再戦と完勝
「……ふぅ」
短く吐き出した息が、鉄臭い空気と混ざり合い、熱を持って消えていく。
挟撃。
右前方から、怒りに身を任せた荒々しい地響き。
左後方から、機会を窺う冷徹な足音。
『瞋恚の青鬼』が二体。
昨日までの私なら、絶望で足が竦んでいただろう。
けれど今は、自分でも驚くほどに落ち着いている。
「……まずは、右!」
叫びと同時に、私は地面を蹴った。
――ドォォン!
右の鬼が、その巨躯に似合わぬ速度で棍棒を振り下ろす。
避けない。
正確には、避ける必要がない。
私は一歩、あえて懐へ踏み込む。
頭上を通り抜ける凄まじい風圧。
髪の毛が数本、衝撃波で千切れたかもしれない。
だが、私の視界には鬼の無防備な脇腹だけが映っていた。
「はぁッ!」
薙刀が空気を切り裂き、硬質な皮膚を断つ。
だが、深追いはしない。
――ゾクッ。
背筋を走る、冷たい悪寒。
左の個体。
音もなく、背後から水平の薙ぎ払いが迫る。
振り向く時間は無い。
私は薙刀の石突を地面に突き立て、それを支点に体を強引に捻り上げた。
ギィィィィィン!!
背中合わせの状態で、鬼の腕を刃の腹で受け流す。
凄まじい衝撃。背骨が軋み、肺の空気が強制的に押し出される。
「……っ、まだ……ッ!」
衝撃をそのまま回転エネルギーに変え、私は独楽のように回る。
受け流された鬼が体勢を崩したその瞬間、右から追撃に来ていた個体の膝裏へ、薙刀の切っ先を叩き込んだ。
――ギャアアァッ!?
一体が膝を突く。
その咆哮を合図に、戦いは加速した。
片方が倒れれば、もう片方が即座にカバーに入る。
二体の鬼による、息の合った、しかし単調な暴力の乱舞。
右からの振り下ろし。
鼻先を掠める最小限のバックステップで回避。
左からの突き。
薙刀の柄で軌道を逸らし、そのまま鬼の腕を駆け上がる。
腕を駆ける私を鬱陶しく思ったのか、もう一体が拳を振るう。
私はそれをヒョイ、っと空中で軽業の如く体を半回転させて避ける。
――バガァン!
鬼の強烈な一撃が鬼にぶつかる。
屈強な肉体を持つ鬼も同等の体躯から繰り出されるパンチには耐えられないようで、重く沈み込む。
「……今!」
味方を攻撃して戸惑っている鬼の顔面めがけて薙刀の切先を振るう。
直後、二体目の鬼も同様に膝から崩れ落ちる。
私は、王を拝謁するように片膝をつく一対の隙間に、弾丸のように滑り込んだ。
「これで、終わり!スキル『胡蝶旋』」
膝を突いたままの鬼の喉元へ。
舞うように、流れるように、私の薙刀が閃光となる。
――ザンッ!
――ザシュッ!!
絶え間ない連撃。
もはや、どちらがどちらの個体を斬っているのかすら意識の外。
ただ、敵という概念を削り取る作業に没入する。
「はぁぁぁぁッ!!」
最後の一撃。
渾身の力を込めたトライスピアーを放つ。
二撃目で片方の鬼がポリゴン状となり、ラスト一撃を残りの鬼の眉間に放り込む。
凄まじい風が吹き抜け、直後、青色の巨躯が光の粒子へと弾ける。
静寂が戻ったオオエヤマに、私の荒い呼吸音だけが響いていた。
「……ふぅ、ふぅ……」
額の汗を拭い、私はゆっくりと立ち上がる。
手元に残る、確かな手応え。
レベル差という絶対的な壁を、自分の意思と技術でこじ開けた感覚。
「お見事。100点満点中、120点かな」
背後から、パチパチと乾いた拍手が聞こえる。
サクヤは、最初から結末を知っていたかのように、平然とした顔でそこに立っていた。
「どう?2体」
「……死ぬかと思いました。でも……」
私は自分の掌を見つめる。
痺れは残っている。痛みもある。
けれど、不思議と心は凪いでいた。
「……以前よりは確実にやれた気がします」
サクヤは口角を上げ、どこか楽しげに、そして残酷なまでに告げた。
「じゃあ、感覚が忘れないうちに次。次は――3体かな?」
「…………やっぱり、そう来るんですね」
ちなみに俺の記録は18体同時討伐!とマウントを取ってくる男に私は苦笑しながらも、再び薙刀を構えた。
重い空気。
鉄の匂い。
そして、奥から聞こえる複数の足音。
そこには以前感じたような恐怖心は、微塵も存在しなかった。
次はもっと上手くやれる。
その確信が、今の私を支えていた。




