上達と前衛の兆し
「さっきと同じ場所ですか?」
「いや、ちょっと変えるよ」
サクヤが指差したのは、渓谷の少し上流。
岩が入り組み、足場が不規則に隆起しているエリアだった。
水の流れも速い。
一定の場所に立つことすら難しそうだ。
「ここでやる。今度は動き続けながら、さっきのやつを全部やる」
「全部って……」
「避ける・受ける・倒す。加えて――落ちない」
足元には濡れた岩。
少しでも踏み外せば川の流れに足を取られる。
「……難易度上げすぎじゃないですか?」
「神倒すゲームなんで」
はい出ました。
反論不可の決め台詞。
「あと一個追加」
「まだあるんですか……」
「今回は俺、ほとんど手出さないから」
「え」
そもそもさっきも助けなどしていなかった気が――。
「魚の数、調整しない」
さっきは調整されてたんですか?
どうやって、と気になったが、それよりも気になることが頭から離れない。
「さっきより……数が増えるってことですか?」
「うん」
即答。
この人、本当に鬼だ。
いや、鬼より質が悪い。
私は深く息を吸って、ゆっくり吐いた。
やるしかない。
「……わかりました、やります」
「よし。じゃ、あそこの一番出っ張った岩場に立ってね」
私は一番手前の岩に恐る恐る足をかける。
気を抜いたら、容易にツルッといきそうだ。
ゆっくりと岩を乗り越え、目的の場所に辿り着く。
直後、――チャプン。
水面が揺れる。
ヒュッ――!
来た。
初撃。
体が自然に反応する。
滑る足場を踏み替えながら、横へ流れるように回避。
同時に、次の気配。
背後。
振り返らない。
体をひねるだけで躱す。
「……いける」
静止状態より難しい。
でも、不可能じゃない。
むしろ――
(動いてる方が、やりやすい……かも?)
流れがある分、体の動きに勢いが乗る。
その勢いを利用して、回避から次の動作へ繋げられる。
――ヒュヒュッ!
2体。
前方。
片方を避ける。
もう片方。
間に合わない。
なら――
ギィン!
薙刀で弾く。
その反動を利用して、体を回す。
そのまま――
ザンッ!
1体撃破。
「……っ!」
いい。
流れが繋がってる。
避ける→受ける→倒す。
それが止まらない。
――だが。
ヒュヒュヒュヒュッ!!
「っ、増えて……!」
一気に4体。
さらに。
別方向から2体。
合計6。
体が動く。
でも――
足場。
一瞬の踏み込みがズレる。
ツルッ――
「っ!?」
滑る。
バランスが崩れる。
その一瞬。
ドッ!
「ぁぐっ……!」
直撃。
脇腹。
鋭い痛み。
息が詰まる。
さらに――
ドッ! ドッ!
「っ、ぁ……!」
連続被弾。
視界が揺れる。
いや、視覚はないけど。
視界の代わりになる緑色のレーザー線が歪み、痛みが思考を削る。
(ダメ……崩れる……!)
足がもつれる。
体勢が低くなる。
そこに――
ヒュッ!
「――ッ!」
来る。
でも。
体が、動かない。
痛みに引っ張られている。
その瞬間。
バシャン――!
足を滑らせ、腰まで水に浸かってしまう。
「っ、冷ったああ……!」
刺すような冷感。
痛い。
冷たいのに、痛い。
触覚が過剰に反応する。
(――戻らなきゃ)
いつまでも極寒の水の中にいたら、体が動かなくなってしまう。
何より、この深さの水の中で魚たちの攻撃を避けられるわけがない。
岩場に手をかけ、先ほどまでいた場所に戻ろうとする。
滑る。
でも、踏ん張る。
――ヒュッ!
登り切る前に、無慈悲にも魚の突進を背中に受ける。
「っ!」
歯を食いしばり、なんとか岩を登り切り、再び魚との格闘が開始される。
――ヒュッ!
避ける。
ギリギリ。
体が抜ける。
次。
受ける。
――ギィン!
衝撃。
痛い。
でも。
そのまま流し、反撃。
――ザンッ!
1体。
倒す。
「……はぁ……っ!」
呼吸が荒い。
体が凍える。
でも。
止まらない。
動く。
動く。
動き続ける。
痛い。
滑る。
怖い。
でも。
(当たりたくない)
その一心で。
脳が最適解を探し続ける。
避ける。
受ける。
倒す。
繋げる。
崩れる。
立て直す。
また来る。
また来る。
数が増える。
10。
15。
20。
「……っ!」
呼吸が追いつかない。
でも。
動きは止まらない。
――気づく。
さっきより。
痛みを受けていない。
ゼロじゃない。
でも。
減っている。
(選べてる……!)
どれを避けるか。
どれを受けるか。
どれを倒すか。
瞬間的に。
判断できている。
――ヒュヒュヒュヒュヒュッ!!
さらに増える。
30体。
いや、それ以上。
でも。
怖くない。
怖いけど。
動ける。
全部は無理。
でも。
最小限に抑えられる。
避ける。
受ける。
倒す。
流れるように。
止まらず。
繋げる。
――最後の1体。
ザンッ!
静寂。
水の音だけが残る。
私はその場で膝に手をつき、大きく息を吐いた。
「……はぁ……っ、はぁ……っ」
「いいね」
サクヤの声が、すぐ近くにあった。
「今の、完全に実戦レベル!ビギナーは卒業かな」
私は顔を上げる。
「本当ですか!」
「うん」
即答。
直後、サクヤがにやりと笑う。
「この状態で、鬼のとこに戻ろっか」
「……え?」
「魚でできるなら、鬼でもできるでしょ?」
絶対おかしい。
段階ってものがあるはずだ。
でも。
不思議と。
「……やります」
言葉は自然に出ていた。
痛みは怖い。
でも。
さっきよりは。
戦える。
その確信があった。
「いいね、カナデちゃん。だんだん人間から離れてるよ」
サクヤが満足そうに笑う。
「やっと前衛っぽくなってきたじゃん」
私は一歩、踏み出した。
もう、立ち止まらない。




