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ジェネシス・オブ・アイランドー天神七代記ー視えない私の神攻略  作者: 梵天丸(ぼんてんまる)
第壱ノ世界 コモリク 未だ天地開闢は起こらず

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33/46

魚と痛み

「じゃ、場所変えよっか」


 サクヤに連れられて転移した先は、水音が絶えず響く渓谷だった。


 足元は滑らかな岩場で、水が薄く張りついている。

 空気はひんやりとしていて、肌にまとわりつく湿気がやけに鮮明に感じられた。


「ここは『飛沫(しぶき)の渓谷-雨乃香和(アメノカワ)』。レベル帯的にも今のカナデちゃんにちょうどいいかな」


「……なんか、寒いですね」


 肌を触れる空気がやけに冷たく感じる。


「でしょ?それも触覚の影響だよ。このエリアでも寒く感じるなら雪エリアは凍えちゃうかもね、あはは」


 笑いどころじゃない。

 服越しに感じる水気がやけに生々しくて、現実よりもはっきりと存在を主張してくる。


 私は無意識に腕をさすった。


「さて、と。まずはあそこに立って」


 サクヤが指を指すのは、水辺の中央に向かう細い道の先。

 指示された通りに、歩を進める。


「ここ、ですか?」


 私がつくや否や、来た道が水でさぁーっと覆われてしまった。

 360度が水に囲まれた。

 

「そう。そこから動かないでね」


「……嫌な予感しかしないんですけど」


「大丈夫、大丈夫。死にはしないから」


 信用ならない。


 しかし、ここまで来て従わない理由もない。

 私は言われた通り、岩場の中央に立った。


 数秒の静寂。


 ――チャプン。


 水面が揺れる音。


 次の瞬間。


 ヒュッ――!


「っ!」


 何かが高速で迫ってくる。


 考えるよりも先に、体が横へ流れるように動いた。


 バシャッ!


 水飛沫が弾ける。


「……今の、魚?」


「そ。水刃魚(すいじんぎょ)。突進して当て逃げしてくる雑魚敵」


 なるほど。確かに速い。でも――


「避けられますね」


「うん、今はね」


 サクヤの声が妙に含みを持っていた。


 その意味は、すぐに理解することになる。


 ――ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ。


 連続で水を裂く音。


 2体、3体。


 数が増えている。


 私は足を捌き、体をひねり、次々と回避していく。


 当たらない。

 全部、避けられる。


 水の揺れ。空気の裂け方。

 触覚がそれを拾って、頭が気づいた時には体が勝手に反応している。


(これが触覚特化……)


 ほんの少し、楽しくなってきた。


 ――その瞬間だった。


 ヒュッ――ヒュヒュッ――ヒュッ!!


「えっ、ちょっ――」


 一気に数が増えた。


 エコーロケーションの四方八方から魚が同時に飛んでくる。


 体が動く。


 避ける。


 でも――


 間に合わない。


 ドッ――!


「っあぁ!?」


 脇腹に衝撃。


 その直後。

 ズキン、と焼けるような痛み。


「いっ……!!」


 息が止まる。


 ただの体当たりのはずなのに、鋭い痛みが神経をなぞる。


「ほらね。当たるでしょ?」


「な、なんですかこれ……っ!」


 思わずその場で膝をつきそうになる。


 こんな痛み、ゲームで感じるものじゃない。


 でも、現実とも違う。


 逃げ場がない。


 ――ヒュッ!


「っ、また……!」


 避ける。

 避ける。

 でも。


 ドッ! ドッ!


「あ、ぐっ……!」


 2発、3発。


 連続で当たる。


 痛い。


 痛い痛い痛い。


 体が強張る。


 動きが鈍る。


 ――さらに当たる。


「やっ……もう……!」


 思わず体を丸めて、最大限の防御の姿勢をとる。


 その瞬間、サクヤの声が飛ぶ。


「逃げるな!」


「っ!」


「殻にこもっても意味ないでしょ!」


 無理に決まってる。


 こんなの、耐えられるわけがない。


 そう思った瞬間――


 ドッ!


「ぁ……っ!」


 今度は肩。


 さっきより、痛い。


 なんで。


 なんでこんなに痛いの。


 呼吸が浅くなる。


 頭が白くなる。


 逃げたい。


 ここから離れたい。


「……カナデちゃん」


 サクヤの声が、少しだけ低くなる。


「それが“普通”のプレイヤーが避けたがる理由」


「……っ」


「でも、カナデちゃんはそれ選んだんだよ」


 ほぼ強制だったじゃない!

 

 そう言い返したい。

 でも、言い返せない。


 私は自分で選んだ。

 他人にステータスを決定づける権利を与えることを選んだ。


 逃げたくない。


 でも、痛い。


 どうすればいい。


 ――ヒュッ!


「……ッ!」


 来る。

 来るのはわかるんだ。

 ちゃんと()えている。


 右から2体、左から1体。


 正面――1体。


 全部避けるのは無理。


 じゃあ、どうする。


(当たりたくない)


 その一心で、体が動いた。


 最小限の動きで2体を躱す。


 残り1体。


 避けきれない。


 なら――


 ギィンッ!


 薙刀の柄で弾く。


 衝撃が手に伝わる。


 痛い。


 でも、さっきよりマシ。


「……あ」


「そう、それ」


 サクヤの声が少しだけ明るくなる。


「全部避ける必要ないでしょ?」


 なるほど。


 避けるだけじゃない。


 受ける。


 捌く。


 選ぶ。


 ――ヒュヒュッ!


 また来る。


 今度は、少しだけ冷静に見える。


 避ける。


 1体。


 受ける。


 1体。


 残り――


「っ!」


 判断が遅れた。


 ドッ!


「ぐっ……!」


 痛い。


 でも。


(さっきより、マシだ)


 呼吸を整える。

 足を踏ん張る。

 薙刀を構える。


「……まだいけます」


「いいね。魚たちは待ってくれないからね」


 サクヤが楽しそうに言う。


「避ける・受けるに加えて、倒すも入れてこっか」


「……は?」


「数、減らさないと無理でしょ?」


 その通りすぎる。


 ――ヒュッ!


 来た。


 今度は。


 避ける。


 1体。


 薙刀を振る。


 ザンッ!


 水飛沫と一緒に、魚がポリゴン状に弾ける。


「……できた」


「でしょ?」


 でも。


 その直後。


 ヒュヒュヒュッ――!


「うわ、増えてる……!」


「時間経過で増える仕様だからねー」


 鬼か。

 いや、魚だけど。


 でもやるしかない。


 避ける。


 受ける。


 叩き落とす。


 また来る。


 また来る。


 痛い。


 でも。


 避ける。


 受ける。


 倒す。


 ――繰り返す。


 何度も。


 何度も。


 何度も。


 膝が震える。


 腕が痺れる。


 でも、動ける。


 まだ動ける。


 ――気づけば。


「……30」


 口から数字が漏れた。


 30体。


 それでも――


 私は、立っている。

 避けている。

 捌いている。


 そして、倒している。


 最後の1体を叩き落とした瞬間。


 水面が静かになる。


 静寂。


 荒い呼吸だけが残る。


「……はぁ……っ、はぁ……」


「おつかれ」


 サクヤの声が近づく。


「今の、全部捌けてたよ」


 その言葉に、ようやく実感が追いつく。


 最初は、1体で限界だったのに。


 今は30体。


 痛みは消えない。


 むしろ、ずっとそこにある。


 「どうだった?」


 サクヤがあっけらかんとした口調で聞いてくる。


「……体が勝手に避けてくれるんですけど、避けた先に魚がすでにいることがあって……。見える範囲で何を避けて、何を倒すべきなのか先読みすることが大事なんですね」

 

 自然と口が動く。


「大正解!システムはあくまでサポートに過ぎない。それを活かすも殺すもプレイヤー次第!カナデちゃん、よくなってきたよ」


 サクヤが大きく笑う。

 

 私はゆっくりと薙刀を握り直す。

 手のひらの感触が、やけに鮮明だ。


「……もう一回、やっていいですか?」


「そう来なくっちゃ」


 サクヤが楽しそうに言う。


「じゃあ次は、動きながら同じことやろっか」


「えっ」


「止まってできるなら、動いてもできるよね?」


 この人、本当に容赦がない。


 でも。


 ほんの少しだけ。


 悔しいけど。


「……やります」


 私は一歩、前に踏み出した。


 痛みは、消えない。


 でも、それ以上に。


 強くなりたいという感情の方が、強くなっていた。

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