ギャンブルと副作用
サクヤが掲示板とステータス画面を往復すること、およそ40分。
ようやく、彼は憑き物が落ちたようなスッキリとした顔でこちらを振り向いた。
「決まった! カナデちゃん、これだ。これで行こう!」
「……はあ、お疲れ様です。それで、どうするんですか?」
待ちくたびれて床に座り込んでいた私は、よっこいしょと立ち上がる。
サクヤは興奮冷めやらぬ様子で、私のステータスウィンドウを指差した。
「結論から言うね。センスポイント200、すべて『触覚』に注ぎ込もう!」
サクヤの示した結論は極論も極論。
まさかの一極集中、触覚全ベットだった。
長い間悩んでいた割には、あまりにも安易だとも思った。
「……はい? 全振り……? 200全部ですか?」
あまりの極論に、思わず声が裏返った。
「そう。さっき俺は聴覚を増やすのがスタンダードって言ったけど、それは凡人Pだったらの話。カナデちゃんは、視覚がない状態でも鬼と対応に戦えていた。あの身体操作に、下手に聴覚とか混ぜちゃうと逆に邪魔になると思うんだよね。だったら、自分の体の動かし方や感じ方を極めた方が絶対にいいプレイングができる!」
サクヤが身を乗り出して解説を続ける。
私に瞳の輝きまではわからないけど、きっと初めておもちゃを与えられた子供のような目をしているに違いない。
彼の興奮に水を刺すわけじゃないが、私はいまだにこのゲームの仕様がわかっていない。
「『触覚』って具体的にどんな効果があるんですか?」
説明しよう、と言わんばかりに体を反らすサクヤ。
「いい? GOIで触覚のスキルアップは『体を動かそうとするイメージと、実際に体を動かすときのラグが少なくなる』っていう特徴があるんだ。簡単に言うと『反応速度』に直結するんだよ」
「はあ……今でもかなりスムーズに動けてると思いますけど……」
突如、眼前にナイフが迫る。
(ッ――!?)
それを視認して避ける間もなく、見えない障壁によってナイフが弾かれる。
《安全エリア内での攻撃を無効化しました》
システムの声と弾かれたナイフが床に落ちる音が響く。
「ッ――何するんですか!?」
ナイフを拾い上げるサクヤ。
「ね?避けられないでしょ?人には知覚と行動の間には時間差があるんだよ。フツーの生活では困らなくても、いざ戦闘となれば話は別だ。前衛ならなおさらね」
実際に体験してしまってはぐうの音もでない。
だとしてもだ。
「いきなり試さないでくださいよ!びっくりするじゃないですか!」
「あははは、ごめんごめん。でもいきなりじゃないと意味ないからさ」
一切悪びれていない様子の声色にこれ以上追求しても無駄だと思い、話を切り替える。
「でも、聴覚とかも上げないと、遠くの敵とか……」
「それは俺の役目! 俺が目になり、耳になる。カナデちゃんには前衛で思う存分暴れて欲しいんだよね。俺はあくまで本業はスナイパーだからさ」
銃を模した指で「バァン」とハンドサインをするサクヤ。
こういう所作がいちいち鼻につく。
私はサクヤの言う通りにセンスポイント200を全て『触覚』へと割り振っていく。
――
【プレイヤー・ステータス】
プレイヤー名: カナデ Lv.1
ゼニー:18035ゼニー
メインランク: 兵
サブランク: 吟遊詩人
メインウェポン:真打:陽炎の大蛇薙
サブウェポン:未設定
プロテクト:詳細
保有センスポイント: 0
【センス・アロケーション】
視覚: [消失]
聴覚: 25
触覚: 490 [強化項目:補正有]
嗅覚: 10
味覚: 15
【ベース・ステータス】
HP(体力):145
STR(筋力):68
ATK(攻撃力):131+100
VIT(耐久力):68 +50
DEF(防御力):131 +15
INT(知力):37
DEX(器用):37 +10
AGI(敏捷):37 +20
LUK(幸運):37
――
直後、システムがおびただしい量のスキル獲得を流暢に捲し立てた。
しかし、立板に水すぎて、なにも耳に残らなかった。
「スキルをいっぱい獲得しましたけど、他に特に変わった感じはしませんね」
私は両手をぐーぱーぐーぱーさせながら、変化のなさに若干の虚しさを感じていた。
「サクヤさん、これって――」
サクヤの方へ頭を上げた瞬間、再びナイフが眼前に迫る。
(ッ――!)
迫り来るそれを脳が認識した直後には、体が捻りながら避けていた。
ナイフはシステムに弾かれることなく、部屋の奥へと飛んでいき、壁に当たり破損する。
「これが『触覚』の力だよ!良いところは反応速度の向上だけでなく、反射速度も上がるとこなんだよね〜」
ナイフを投げたことははなから謝るつもりはないらしい。
「反応速度と反射速度?」
私は両者の違いがよく分からず、サクヤに答えを求める。
「うーん。頭で考えて動く速度か、体が勝手に動くまでの速度っていう違いかな?説明が難しいな」
「熱いヤカンに手が触れたら、咄嗟に手を引っ込めるのが反射ってことですか?」
昔、自宅のストーブの上に置かれたヤカンを触れてしまったことを思い出す。
「そう!それ!その究極版って感じ!ナイフが飛んでくるのも脳が『危ない!』って認識したら勝手に体が避けようとしてくれる。前衛にとってはこの上ない能力だよ」
「そんなに強い感覚なら、みなさん『触覚』を上げてるんじゃないですか?」
私は当然の疑問をぶつける。
「……そこはプレイスタイルによるかな。俺なんかはバチバチの後衛だから『触覚』の旨みは少ないんだよ。それに――」
「それに?」
何か言いにくそうにサクヤが口篭る。
サクヤは少し視線を泳がせ、苦笑いしながら言葉を繋いだ。
「触覚全振りには……ちょっとした副作用があるんだよね。だから、普通のプレイヤーは敬遠しがちなんだ」
「副作用、ですか?」
不穏な言葉に、私は自分の体を見下ろす。
特にどこかが変ってわけでもない。
「……触覚っていうのは、体の動かしやすさだけじゃなくて、温度や痛みも含むんだ」
嫌な予感がする。
「触覚が高まるってことは、感覚が鋭敏になるってことと同義でもある。つまり――」
サクヤが人差し指を立てて、真剣な声で告げる。
「『痛み』や『暑さ』、『寒さ』の感覚も、並のプレイヤーより感じやすくなるってこと」
「なっ!?それって――」
「そう。攻撃を受けたら、めっちゃ痛いし、寒暖差があるエリアでは極端に温度の影響をめっちゃ受ける。だからみんな、ある程度バランス良く振って、リスクを分散させるんだよ」
私が一気に怪訝な顔になったことに気付いたのか、サクヤはそこで一度言葉を切り、私の顔を覗き込むようにして笑った。
「でも、大丈夫!寒暖差はアイテムでどうとでもなるし。それに痛みは、えーっと、そう!攻撃を受けなきゃいいだけだから!カナデちゃんなら使いこなせるさ!……きっと」
蚊の鳴き声ほどの「きっと」という言葉を私は聞き逃さなかった。
言いたいことは山ほどあるが、サクヤに任せると言ったのは自分だ。
面倒なことを丸投げしたからにはその責任は引き受けるべきだろう。
私は文句を漏らさないように、グッと唾を飲み込んだ。
しかし、その表情はさぞかし苦い苦虫を噛んだようになっているだろう。
ふう、っと長いため息をつき、言葉を選ぶ。
「……選んじゃったものは、もう仕方ないですね」
「さっすが、カナデちゃん!じゃあ、早速レベリングにうつろっか!」
サクヤはバツが悪そうに早々に話を切り上げる。
私はまだ知らなかった。
GOIの触覚アップによる痛覚の恐ろしさを。




