悩む男と悔やむ女
翌朝、午前10時から15分前。
私は、約束通りアスカの冒険者ギルドへと足を運んだ。
昨夜の泥のような眠りのおかげか。
レベルが50を超えたせいか。
ログインした瞬間にエコーロケーションが描く街の立体感は、昨日よりもずっとクリアに感じられた。
「おっ、おはよーカナデちゃん」
ギルドの入り口でサクヤが手を振っていた。
「おはようございます。……すいません、待ちましたか?」
これまでの軽薄な態度から、まさか私より先に待ち合わせ場所にいるとは思わなかった。
時間ギリギリに来て「ごめんごめん!色々忙しくてさ!」などと言いそうなくせに。
「いやー、俺も今来たところ! さっ、ランクアップさせに行こ!」
私に気を遣わせない、その心遣いもなんだかくすぐったい。
(相変わらず掴みどころのない人だなあ)
そんなことをぼんやりと考えていると、ギルドの扉を開いたサクヤから「早く早く!」と声がかかる。
サクヤに促され、ギルドの中へと進む。
「ランクアップってどうするんですか?」
「ギルドの奥にランクアップ用の部屋があるんだよ」
そう言ってサクヤは受付嬢に軽く挨拶をして、私を奥の部屋へと案内する。
ギルドの奥。
重厚な扉を開くと、静謐な空気が漂う空間が広がっていた。
空間の中央に立つと、目の前に複数のウィンドウが浮かび上がる。
《上位職へのランクアップが可能です。以下の系統から選択してください》
1. 侍
2. 荒武者
3. 兵
「昨日の話だと……『兵』ですよね?」
「そう。カナデちゃんが持ってる『真打:陽炎の大蛇薙』を最大限に活かすなら、それ一択だよ。間合いの利点をシステム的な補正で補ってくれる。それに、長物に関するスキルが多いから、カナデちゃんにとって使いやすいと思うよ」
私は迷わず『兵』をタップした。
瞬間、足元から眩い光が溢れ出し、私の全身を包み込む。
《ランクが【兵】へと遷移しました。ステータス補正が実行されます。また、レベルは初期値に戻ります》
システムによる無惨な通告が私だけに響く。
「え、レベル。初期値?」
「あ、言い忘れてた。 ランクアップするとレベルは1に戻るから、またレベリング頑張んないとね!」
本人は愛嬌のつもりで首を傾げているのだろうが、私をイラつかせる以外の何物でもない。
「絶対、わざとですよね」
サクヤを睨む。
「えー、なんのことかなー?」
わざとらしく口笛を吹いて誤魔化すサクヤ。
深いため息をついて、気持ちを落ち着かせる。
「そういうことにしておきます」
「カナデちゃん、おっとなー!」
(なんでこの人とパーティなんて組んじゃったんだろう……)
昨日は鬼退治を手伝ってもらい、道中でかなり助けてもらった。
一人で高レベルの敵を倒せるようになったとはいえ、それはこの人の協力があったからだ。
私が鬼と向き合えるように、邪魔が入らないように調整してくれていた。
あのエリアを一人で彷徨っていたら、ものの数分で鬼たちに囲まれて、なす術もなくキルされていたに違いない。
昨日見た、サクヤの戦う姿を思い出す。
「見た」と言ってもエコーロケーションで人型が縁取られているだけの無機質な映像だけど。
それでもサクヤの動きは綺麗だった。
無駄がなく洗練されていたように思える。
激しい戦いの中の一挙手一投足が一つの型のように思えた。
あの瞬間と、今目の前のプレイヤーが同一人物だとは思えなかった――。
「何考え込んでるの?」
不意にサクヤが下から顔を覗かせてくる。
「なんでもないです!」
慌てて頭を振る。
「そう? ならいいけど」と短く返したサクヤが続ける。
「めでたくレベルが1に戻ったわけだけど、これまでのセンスポイントとかは引き継がれてるから。 まずそこら辺を整理させよっか」
センスポイント。
また失念していた。
レベル13から一切触っていない。
ウィンドウを開き、ステータスを確認する。
「それじゃあ、センスポイント割り振ろっか!」
サクヤが私の横に移動してくる。
これまではなんとなくで割り振ってきたが、今は自称GOIトッププレイヤーがそばにいるのだ。
これを頼らない手はないだろう。
「……お任せしてもいいですか?」
「……いいよ。 じゃあ、ステータス画面見せて」
どうやらステータス画面はそのプレイヤーが許可しなければ、他のプレイヤーからは一切見えないらしい。
ステータスの共有を許可し、熟練ゲーマーに一任する。
それにしても、今なんだか変な間があった気がする。
「ゲーマーにとって一番ワクワクするところなんだけどなあ」とサクヤのぼやきが耳に入る。
そうか。普通はこういうのを自分で考え、一喜一憂しながら楽しむものなんだ。
遅れて気づくが、私にそこまでのこだわりはないので、考えを改めることはせずサクヤにステータス画面を近づける。
――
【プレイヤー・ステータス】
プレイヤー名: カナデ Lv.53
ゼニー:18035ゼニー
メインランク: 兵
サブランク: 吟遊詩人
メインウェポン:真打:陽炎の大蛇薙
サブウェポン:未設定
プロテクト:詳細
保有センスポイント: 200
【センス・アロケーション】
視覚: [消失]
聴覚: 25
触覚: 90 [強化項目:補正有]
嗅覚: 10
味覚: 15
【ベース・ステータス】
HP(体力):145
STR(筋力):68
ATK(攻撃力):131+100
VIT(耐久力):68 +50
DEF(防御力):131 +15
INT(知力):37
DEX(器用):37 +10
AGI(敏捷):37 +20
LUK(幸運):37
――
あまりにもステータス画面をジィッと見つめているもんだから、なんだか恥ずかしいものを見られている感覚に陥る。
この空気に耐えられず、サクヤに答えを催促する。
「どうですか?」
「悩ましい! ひっじょーに悩ましい!」
うーん、と喉を唸らせるサクヤ。
「適当でいいですよ?」
あまりにも真剣に悩んでいるようだから、多少の妥協を提案すると、怒声に近い声が返ってくる。
「適当でいいわけないでしょ!!! カナデちゃんのプレイスタイルを考えれば、触覚特化をベースに、聴覚を増やしていくことがスタンダードなんだ――」
「じゃあ、それでいいですよ」
「まだ!続きがあるの!」
普段からコロコロと雰囲気が変わるが、今回のような熱の入れようは初めてだ。
真剣すぎるのが逆に不気味に思えてしまう。
サクヤは独り言のように、ぶつぶつとつぶやく。
「……カナデちゃんをGOIのスタンダードに抑え込んでしまっていいものだろうか。 俺と共闘することを前提に考えれば、聴覚を上げなくても、周囲への対策は可能だ。 なら、その分触覚に全振りするのも面白いか。 いや、それであれば、カナデちゃんが逆に俺をカバーできるように最低限の嗅覚スキルをとっておくべきか――」
完全に一人の世界に入り込んでしまっている。
ついにはスキル構成が載っている掲示板と睨めっこを始めてしまった。
私は広い空間でポツンとひとりぼっち。
今ばかりは自分の投げやりな性格を悔やんでいる。
(――自分でパパッと決めればよかったな)




