サクヤ視点 「捌」
レベル上げに連れてきたのは、アスカの南東にある『禊の連峰-オオエヤマ』。
正直、下位ランクのビギナーを連れてくる場所じゃない。
推奨レベル50以上、エリアボスの酒呑童子に至っては100超えの魔境だ。
「カナデちゃんの武器なら問題ないから」
道中、不安げに訴える彼女を適当にあしらう。
嘘じゃない。あの真打の性能なら、ちゃんとした攻撃を当てることができれば格上相手でも致命傷を与えられる。
それに、俺がここを選んだのは、単なる経験値効率のためじゃない。
ここは人間の戦い方を捨て、GOIの住人としての戦い方を強制される場所だからだ。
「まあ、流石に今のカナデちゃんに童子を倒すのは無理ゲーだから。ここでの目標はレベルを最速で50にすること、OK?」
上位職への転職条件、レベル50。
彼女の武器と戦い方を考えれば、順当なのは兵だろう。
槍や長柄の扱いに長け、間合いの支配に特化したランク。
なんて俺が先導しながら解説していると、早速お出ましがやってきた。
「酒呑童子ですか!?」
ビビり散らかして薙刀を構えるカナデ。
「あはは、童子はもっと大きいよ」
現れたのは惛沈の緑鬼。レベル45。
ビギナーが戦うには絶望的なレベルだが、今の彼女には規格外の武器がある。
「早く倒してね。もたもたしてると囲まれちゃうよ」
あえて突き放して見守る。
案の定、彼女は現実の薙刀術の延長で戦おうとした。
全力の踏み込み、鋭い脛への一撃。
だが、ここは仮想世界だ。
鬼のステータスは、人間の物理限界を易々と越えてくる。
――ガァン!
案の定、鬼の強引な蹴りに薙刀ごとバンザイしてしまうカナデ。
体勢を崩した彼女の顔面に、鬼が毒霧をぶちまける。
「くさぁ! くっさいよ!」
……感想そこなの?
呆れる俺を余所に、彼女はそのままステータス異常で夢の世界へ旅立っていった。
「はあ、だから忠告したのに」
――
数分後。目を覚ました彼女に本日一回目のお小言をプレゼントする。
「カナデちゃーん。言ったでしょ? 今の戦い方じゃあ勝てないって。現実の延長で考えてちゃダメなの」
鬼に正面から打ち合って勝てるのは、STRに全振りした横綱クラスの重戦車だけだ。
「じゃあ、どうすれば――」
「俺を空中で吹っ飛ばしたときを思い出しなって」
あの時、彼女は無意識にシステムの支援を受けた。
自分の筋力ではなく、この世界の物理法則――スキルや慣性を味方につける感覚。
「見本を見せようか」
深いため息をついて見せる。
さて、そろそろ「お兄さんの格好いいところ」を見せて、この世界の歩き方を叩き込んでやるとするか。
「さっきの鬼は?」
「倒したよ。流石に俺も十数体の鬼に囲まれた状態で、カナデちゃんを助けるのは骨が折れるからね」
嘘じゃない。レベル173の俺にとっても、無防備な初心者を守りながらの乱戦はそれなりに集中力を要する。
ふと隣を見ると、彼女がぽかんとした顔でこっちを見ていた。
「すごいなあ」
素直すぎる賞賛に、胸の奥が少しくすぐったくなる。
「見直した?」
いつもの調子でニヤついて煽ってみるが、彼女はすぐに薄暗い山々の先へ顔を背けてしまった。
――
「俺の動きをしっかりと見ててね。今のカナデちゃんにできる動きしかしないから」
そう言って走り出した俺の背後に、彼女の視線を感じる。
今回使うのは、取り回しのいい中距離用のハンドガンだ。
相手は瞋恚の青鬼、レベル49。
彼女にとっては即死級の相手だが、俺にとってはただの練習台に過ぎない。
まずは挨拶代わりに肉薄し、跳躍。
空中で体を反転させ、重力に抗うようにして鬼の顔面へ二発叩き込む。
――ギャァアアアア!
案の定、顔を覆って蹲る鬼。
着地と同時に、最小限の動きで顎を跳ね上げ、ストレートを叩き込んだ。
ボクサーとしての動きを、システムが加速させる。
仕上げは『クリティカル・バレット』。
戦闘機の轟音のような衝撃波と共に、青鬼はポリゴンとなって霧散した。
「はい。こんな感じ! よく見てくれた?」
「圧巻でした……」
素直な感嘆の声。悪くない気分だ。
鬼系の攻略法は単純だ。
弱点である顔面を叩いて強制的にダウンを取り、そこを畳み掛ける。
口で言うのは簡単だが、それを実践できるかは別問題だ。
――だが、カナデはやってのけた。
二体目の青鬼を前にした彼女の動きは、驚くほど鋭かった。
俺の動きとほとんど同じだった。
跳躍からの薙刀で顎下を突き上げる。
着地が少しよろめいたのは愛嬌だが、しっかりとダウンを奪ってみせた。
(……この子、本当に初心者とは思えないな)
視覚消失という枷を背負いながら、彼女は俺の動きを正確に掴み取っている。
ただ、やはりレベル差による攻撃力不足は否めない。
一体を仕留めるのに五分。
これではすぐに他の鬼に囲まれてしまう。
「カナデちゃん、スキルあるでしょ? フツーの攻撃だけじゃ効率悪いよ」
アドバイスを飛ばすと、彼女はハッとした顔で再び薙刀を手に動き出した。
――
「トライスピアー!」
真打から放たれる強烈な三連撃。
その威力は凄まじく、二分後には鬼を狩り取っていた。
鬼がポリゴンとして消えた直後、彼女が叫んだ。
「あがりすぎじゃないですか!?」
レベルアップの通知を見て驚いたんだろう。
驚愕する彼女に、俺は肩をすくめて見せる。
レベル50近い敵を完封したんだ。
たったの二体といっても、その経験値は他の雑魚とは比べ物にならない。
――
そこからは、スパルタの時間だった。
レベルアップした分だけ、センスポイントを割り振ることはできたけど、あえてさせなかった。
他にも、同じ倒し方は禁止。
常にバリエーションを求め、彼女の限界を少しずつ引き上げていく。
途中、レアエネミーの黒鬼と遭遇したのは想定外だったけど、レベル70オーバーの化け物もなんとか彼女一人の力で倒し切った。
流石に黒鬼を短時間で倒すことはできず、その間他の鬼たちがわらわらと俺らの周りに湧いてきた。
彼女の視界に鬼が入り込まないように、7メートル。
いや、安全マージンをとって10メートルの範囲に入り込まないように、処理していく。
彼女には、目の前の強敵だけに集中してもらわなきゃ困るからね。
数時間で大台の50レベを突破した彼女を見て、俺は心地よい疲労感と、それ以上の期待感に浸っていた。
「案外、早くすんだね。とりあえず、ランクアップしにいこうか」
「すいません。そろそろログアウトしようと思います。流石に疲れました」
「まだ6時間ぐらいしか経ってないよ?」
「6時間も!です!」
憤慨する彼女を見て、ようやく気づく。
俺の普通はと彼女の普通は、まだまだ遠い距離があるのだと。
「明日、またログインします」
「そっか。わかった! じゃあ、また明日の10時にアスカのギルド待ち合わせでいい?」
素直に引き下がると、彼女はどこか意外そうな顔をした。
転移アイテムを持っていない彼女に、予備の転移札を握らせる。
「ありがとうございます」
礼を言って消えていく彼女の後ろ姿を見送りながら、俺は一人、静かになった山あいでライフルを弄んだ。
たった一日で、彼女は「逃げない強さ」の片鱗を存分に見せつけてくれた。
「……また明日か。待ち遠しいなんて、いつ以来だろ」
俺も久しぶりに、まともな飯を食って寝ることにしよう。
明日、上位職になった彼女がどんな顔をするのか。
これからどんなプレイヤーになっていくのか。
それを想像するだけで、俺の視界が少しだけ普段より色鮮やかになった気がした。




