サクヤ視点 「肆」
「へー。そのスコップで川辺を掘ると、でっかい翡翠石が採れるんだ?」
俺は川辺に腰を下ろし、彼女の作業を眺めながら適当に相槌を打つ。
正直、手伝うと言った手前、自分でもどうかとは思う。
だが、この『翡翠石・極』という未知のアイテムがどうドロップするのか、そのプロセスをこの目で見届けることの方が、廃人としての俺には重要だった。
(……それにしても、手際が悪いな)
カナデちゃん、とか言ったか。
彼女のスコップ捌きは、お世辞にも効率的とは言えない。
先刻、顔面に受けた一撃は初心者のそれじゃなかった。
アバターの操作性が下手ってわけではないはずだ。
これは、普段ソロでプレイしているから、他のプレイヤーとの絡みがわからない。
あるいは――。
「詩人ちゃん、今『何もしないなら帰って』って思ったでしょ?」
カマをかけてみる。
案の定、彼女の手がピタリと止まった。
「なんでわかったんですか? 何かのスキルですか?」
無感情を装っているが、声が少し強張っている。
ハハっ、と俺は声を上げて笑った。
そんなスキルあってたまるかよ。
「当たった? ハハっ! ジョーダンだよ! こうやって言うとみんなおんなじ反応するから面白くってね」
彼女は俺をキッと睨みつけ、再び砂を掘り始めた。
ふと、気になっていた違和感を口にする。
いや、違和感というには、ほぼ確実な状況証拠が揃っているのだが。
おそらく、俺と真反対のSTS構成の彼女に純粋な疑問をぶつける。
「カナデちゃんはさあ、なんで視覚切ってるの?」
こんな何もないエリアで真っ黒のポンチョ装備でぶら下がっている不審者を、エリアに入ってから数分間も放置するなど、アクティブな視界を持っているプレイヤーならあり得ない。
「……なんのことですか?」
「またまたー、とぼけちゃってえ! 廃人プレイヤーからしたら、目の前のプレイヤーのSTSぐらいなんとなく分かるって。きみ、エリアに入ってから俺に気づくまでかなり時間かかってたからね。フツー、あんな目立つ場所でぶら下がってる俺がいたら、すぐに気づくから」
俺は状況証拠を彼女の突きつける。
「初めてゲームをプレイしたので、訳もわからず設定してたら、視覚を消しちゃいました」
おっ! 頑張って隠そうとしてるねー。
いいよ、プレイヤーとしては大正解。
でも、詰めが甘い。
「嘘だね。このゲームは、視覚消失を選ぶと警告が出るはずだよ。そこで肯定を示さなければ絶対に視覚が切られることはない」
彼女は、副音声で「しまった!」と聞こえてくるような表情をしたかと思えば、すぐさま俺を睨みつけてくる。
(この子、わかりやすくて、面白いな)
なんとなく妹に似ている気がして、ついからかいたくなってしまい、彼女の返答を待たずに続ける。
「それに、普通の人が視覚消失させたまま、ロクなプレイングができるはずないんだよね。実際にGOIで視覚切ってる人なんて1%もいないからね。――カナデちゃん、もしかして現実でも目が見えなかったりする?」
空気が凍りついた――気がした。
(やべっ)
踏み込みすぎた。マナー違反もいいところだ。
「まあ、リアルを詮索するのはマナー違反だね。今のは答えなくていいよ。……でも、最初の質問には答えてよ。なんで視覚切ってるの?」
取り繕うように自分の不躾な質問をなかったことにする。
ただ、STSで視覚を切った理由だけはどうしても知りたかった。
視覚が原因でプロのボクサーを引退した身としては、聞かなければいけなかった。
(……ただのわがままだな)
ほぼ初対面のプレイヤーに聞いていいことじゃなかったな。
謝ろう――とした瞬間、彼女が口を開いた。
「……目は見えませんよ。ここでも、現実でも」
あ、答えてくれるんだ――そんな軽口が口をついて出たが、内心では自分の無遠慮な問いが、彼女の深い場所にある何かに触れたことを悟っていた。
「……私は目が見えない私を好きになりたかったんです。だから、ゲームだとしても目が見えない自分から逃げたくなかったんです。ここでも逃げたら、現実世界の自分自身を二度と好きになれない気がして」
返ってきたのは、静かだが重い告白だった。
彼女は再びスコップを動かし始めた。
砂を噛む音が、先ほどよりもどこか決然として聞こえる。
逃げたくなかった。
その言葉が、俺の胸の奥に冷たい楔のように打ち込まれた。
「逃げ……か。じゃあ、俺は逃げてるってわけか」
自嘲気味な呟きは、彼女に届いただろうか。
網膜剥離。医者から突きつけられた無機質な宣告が、俺のプロボクサーとしての人生をリングから叩き出した。
物体が歪んでいく視界。
日常生活を襲う激しい光過敏。
サングラス越しにしか世界を覗けなくなった俺にとって、現実は苦痛でしかなかった。
何よりもボクサーとして活躍できないことは実質的な死と同義だった。
だから、このGOIに逃げ込んだ。
この仮想世界だけが、見えることの幸せを俺に与えてくれた。
最強のステータス、誰にも負けない知識。
そうやってこの世界を完璧に攻略し、全方位を見渡せる支配者でいる間だけは、俺は壊れた自分を忘れられたんだ。
だが、目の前の少女はどうだ。
目が見えないというハンデを、彼女はシステムで治すことを拒んだ。
現実の自分を好きになるため、現実の不自由さをそのままこの世界に持ち込み、暗闇の中で必死にプレイしている。
彼女の一言は、ゲーマーとしてのサクヤではなく、現実世界の榊原拓也のプライドをへし折った。
俺は隠密スキルを使って、彼女にバレないよう、静かに、逃げるようにその場を後にした。




