サクヤ視点 「参」
声を張り上げて、助けを求めようとしたが、サクヤというプレイヤーを客観的に考えた。
俺はPKクランの一員だ。
それもかなりのプレイヤーをキルしてきた。
このプレイヤーが俺に恨みを持ってる可能性も否定できない。
その場合、こんな状態では逆にキルされるリスクが高い。
俺は一瞬、考え込み、プレイヤーを観察することにした。
(プレイヤー名は……カナデか。トップランナーじゃなさそうだな)
どこかで見た気もしないではないが……。
カナデ、というプレイヤーは俺に全く気づくそぶりさえしない。
空中で人が吊るされていれば、真っ先に気づくはずだが、その気配は一向にない。
意を決して声をかけることにした。
「あ、ねえ!そこの人!ちょっとマジで助け借りてもいい!?」
プレイヤーは俺の声を辿って、顔を上げる。
しかし、なぜだか視線が合わない。
……こいつ!無視してやがる!?
「ちょっとぉ!無視しないでもらっていい!?この状態やばいのわかるでしょ!もうかれこれ30分はこの状態なんだわ!」
俺は盛った。
宙吊りになってから、せいぜい2〜3分だ。
切迫感を出した方が助けてくれそうな気がした。
だから、だいぶ盛った。
それでも、目の前のプレイヤーは無視を決め込んでいる。
「だーかーらー!無視しないでってば!あと10分もこのままでいたらデスペナくらっちゃうから!アイテムロストしちゃうから!一生のお願い!頼むよ!」
「あのー、私は何をしたらいいですか?」
やっとリアクションあった!遅いよ!
薙刀で蔦を切るように伝えると「飛ぶ?」なんて素っ頓狂な質問をしてきやがった。
最悪だ! よりによっても超ビギナーかよ!
――
宙ぶらりんのまま、ビギナーに手ほどき。
もとい口ほどきをしてやった。
GOIの上澄みも上澄みの俺自ら!
その結果、俺は無防備な顔面に薙刀フルスイングを受けるはめになった。
「……あの、大丈夫ですか?」
「……ブ、ブハッ! い、いってぇ……。な、なに今の……。ジャンプ一番、顔面にクリティカル入ったんだけど……。君、わざとじゃないよね?」
凄まじい衝撃によってサーマルビジョンが解けた俺の視界に入ったのは、女プレイヤーだった。
腰まで伸びるキレイな黒髪。
女の背丈を優に超える薙刀。
華美な装飾はなく洗練された袴。
装備は武道家のそれなのに、頬の横でわずかなカールを描く髪型とのギャップに驚く。
まじまじと彼女をみて、ふと思い出す。
「――って、きみ詩人ちゃん?」
アスカでぶつかった女プレイヤーだ。
サブランクに吟遊詩人を選ぶなんてマイナーなプレイヤーだな、と記憶の端っこに引っかかっていた。
初心者だったのか。
どうりで、あんな街中で鈴を隠さずに歩いていたわけだ。
「アスカでぶつかった人ですか?」
どうやら彼女も俺のことを覚えていたらしい。
――
それにしてもなぜこんな何もないところに来たのか。
まあ、ビギナーだし、何も知らずに迷い込んだってところか。
「で? 命の恩人(?)さんはこんな何もないひょうたんの先に、何の用? ここはせいぜい、細工師がちっさい翡翠石を拾いに来るくらいしか価値のない場所だぜ」
先ほどのクリティカルな一撃に対して皮肉を込めて、懇切丁寧に無知を教えてやる。
「その翡翠石を、採りに来ました。ちっちゃいのではなく、もっと大きいの。武器を研ぐための砥石として必要なんです」
「……は?」
つい素が出てしまった。
翡翠石が砥石?
なるわけないだろ、あんな小さい石が。
「砥石? あんなちっこい石が? 冗談だろ。翡翠石なんて、磨けば綺麗ってだけの装飾用素材だ。研磨に使おうにも小さすぎて、そんなので研いでたら剣一本磨く前に人生終わっちゃうよ。君、誰かに騙されてるんじゃないの?」
初心者をからかう悪質なプレイヤーもいたもんだ。
俺の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいだぜ。
「いえ、この奥に『翡翠石・極』というのがあるみたいなんです。それなら、私の武器を研げるって、腕の良い職人さんに教えてもらいました」
待て。
今、こいつはなんて言った?
『翡翠石・極』なんて聞いたことないアイテムだぞ。
俺が知らないアイテムってことは、GOIの9割以上のプレイヤーが知らないってことだ。
そんなレアものを、プレイングの基礎も知らないビギナーが知ってるわけがない。
初心者が俺より知っていることがある。
廃人としてのプライドがそれを許さない。
「翡翠石……極……? そんなアイテム聞いたことないぞ……」
女プレイヤーは、ハッとした表情で口を片手で抑えた。
そのまま、逃げるように去ろうとする。
「待って!」
咄嗟に腕を掴んでしまった。
(やべっ! つい! これ通報案件じゃね!?)
倫理的・社会的なアウトが頭をよぎる。
しかし、それ以上に「俺の知らない情報」を目の前のビギナーが握っているという事実が、俺の足を、指先を、その場に縫い付けた。
「あのさ、それ俺も手伝っていい!?」
逃がさない。絶対にだ。
俺は強張った頬の筋肉を無理やり動かし、全力の営業スマイルを叩きつけた。
(営業なんぞしたことがないが……)
彼女は俺の顔を見て一瞬怯んだようにも見えたが最終的には、こくりと頷いて快諾してくれた。
そう、快諾だ。
そう思い込むことで、俺はかろうじて「不審者」ではない自分を保つことにした。




