鬼と睡眠
レベルアップのために連れてこられたのはアスカの南東に位置する『禊の連峰-オオエヤマ』だ。
サクヤが言うには、推奨レベル50。
エリアボスの『悪鬼 酒呑童子』はなんと100オーバーらしい。
早くない?
私、13ですよ。レベル。
道中、サクヤに何度も文句を言ったが「カナデちゃんの武器なら問題ないから」と一蹴された。
どうやらここのボス酒呑童子はかなり経験値効率がいいらしく、多くの廃人が狩場として使っているらしい。
ただ、経験値効率がいいとは言っても、かなりの強敵とのこと。
雑魚敵狩っても意味ないから。
ターン制のRPGならともかく、自分の体を扱うVRMMOは強敵と戦ってなんぼだよ。
これがサクヤの口癖だった。
「まあ、流石に今のカナデちゃんに童子を倒すのは無理ゲーだから。ここでの目標はレベルを最速で50にすること、OK?」
頷くしかないので、とりあえず頷く。
レベルが50になると、ランクを上位種に切り替えられるらしい。
武士系統の上位種は3つだ。
1. 侍 刀を極め、一対一や攻防に長けた王道アタッカー
2. 荒武者 防御を捨て、二刀流や大太刀で敵陣を切り裂く特攻型
3. 兵 槍や長柄武器を使いこなし、間合いの支配と多人数相手の戦闘に長ける
「順当に考えれば、兵かなあ。 メイン武器が薙刀だし、戦い方もカウンター主体だもんね」
サクヤが連峰を先導しながら提案してくる。
「具体的な違いはあるんですか?」
廃人を自称するプレイヤーがそばにいるんだ。
聞けるときに情報を聞いておく。
「侍はソロ向きだね。攻撃と防御にバランスがいいから、大崩れすることはないけど、まあ無難すぎて個人の力量がモロに出る。ATKとDEに補正がかかる」
なるほど。
「荒武者は、ガンガン行こうぜ!タイプ。唯一、二刀流ができるランク。ボス戦でダメージアタッカーとして優秀だけど、一人だと簡単にキルされちゃうかな。ATKにかなりの補正がかかる」
ソロでプレイする私向きではないな。
「たまに荒武者カウンター特攻っていうドMステ振りもあるけど、まあ初心者がやるようなもんじゃないね」
うん。私には向かないな。
「兵は対多人数戦に向いてるね。パーティメンバーに武器の当たり判定がなくなるのが特徴かな。だからボス戦で混み合った時でも、他のプレイヤーを邪魔しないのがいいね。補正は、ATKとDEF、DEX」
「やっぱり兵ですかね?」
「他人の育成に口を挟むべきじゃないんだけど、まあ、兵だろうね。それよりカナデちゃん、お出ましだよ」
サクヤがそういうと、目の前に2メートル強の鬼が入り込んでくる。
「酒呑童子ですか!?」
反射的に薙刀を構える。
「あはは、童子はもっと大きいよ。こんなちっちゃくないね」
これで小さい!?
確かに鍾乳洞の蛇よりは小さいけど、高さだけで考えたら獠牙を優に凌ぐ。
「童子はね、単体でも十分強いんだけど、配下の鬼たちを上手に使うんだよね。同じ場所でモタモタしてるとこんなのがどんどん湧いてきて囲まれちゃうから。早く倒してね」
急に言われても困りますよ!
「こいつ何!?」
私の問いにシステムが瞬時に答える。
〈『惛沈の緑鬼』です。推奨レベル45。状態異常『睡眠』を付与してきます〉
レベル45!?
32差!?
これ倒せるの!?
「そいつの吐く息を吸い込むと、寝ちゃうから気をつけてね。とりあえず俺のサポートは考えないで頑張って」
あーもう!
やるしかない。
鬼との距離は約5メートル。
まずは相手の出方を見る。
……。
動かない?
「カナデちゃーん。さっき言ったばかりでしょー。モタモタしてると、敵に囲まれるって! そいつは囮の役になってるだけ。 あと5分もすれば、10体には囲まれちゃうよ」
「ッ!」
私の戦い方じゃだめってことじゃん!
イジワルな相方だなあ、もう!
絶対こうなること分かってて選んだでしょ!
現れた場所から一切動かない鬼との距離を詰めに行く。
敵は約2メートル越え。
頭を狙うのはほぼ不可能。
届いたとしても、効果的な一撃にはならないはず。
なら、狙うは足元!
全速力で鬼に肉薄して、左脛めがけて薙刀をフルスイングする。
「脛ぇっ!」
鬼はその体躯に見合わない速度で、薙刀の軌道に合わせて右足をぶつけてくる。
私の腰回り以上はあるだろう足の膂力に勝てるはずもなく、薙刀と私の両腕は無惨にも空中に弾き飛ばされる。
体勢を大きく崩す。
瞬間、2メートルの高さにあった鬼の顔面が私の視線に近づいてくる。
(食べられる!?)
反射的にそんなことを思って目を瞑ってしまう。
私にとって目の開閉は全く意味をなさない。
しかし、人間としての本能的がそうさせる。
直後「ブハァー!」と音とともに、生温かい空気が流れてくる。
「くさぁ!くっさいよ!」
人生で初めて鬼の口臭を嗅いだ。
こぼした牛乳をボロ雑巾で拭いた匂い。
形容するならそんな感じ。
なん……で、こん……なに……く……さい
《警告。現在ステータスは『睡眠状態』で――》
システムの警告内容を全て聞き終える前に私の意識はそこで途絶えた。
――
目を覚ましたのはアスカ――ではなく、鬼と戦っていた禊の連峰-オオエヤマだった。
「カナデちゃーん。言ったでしょ? 今の戦い方じゃあ勝てないって。 現実の延長で考えてちゃダメなの」
覚醒直後にお小言が降ってくる。
「鬼に真っ向でパワー勝負できるのなんて闘士の上位ランク『横綱』ぐらいだよ」
あの膂力を正面から受けきれるランクがあるのか。
おそらく数分前のことを鮮明に思い出す。
何度打ち合ったとしてもあの力には絶対に勝てない。
何か絶対的な力が働いている感じだった。
重力によって地面に落ちるように。
雨が降ったら体が濡れるように。
絶対に抗えないような何かが。
「じゃあ、どうすれば――」
「俺を空中で吹っ飛ばしたときを思い出しなって」
1時間以上前のことを思い出す。
あのときは言われるがままにジャンプしただけ。
「飛んだり跳ねたりしながら戦うってことですか?」
「……見本を見せようか」
深々とため息をつかれてしまう。
最初からそうしてくれればいいと思いますけどー。
心の中で文句を言いながらも、表では感謝を伝えておく。
新たな鬼が出てくるまで、山の中を歩き回る。
「さっきの鬼は?」
「倒したよ。流石に俺も十数体の鬼に囲まれた状態で、カナデちゃんを助けるのは骨が折れるからね」
軽々と答えるサクヤを見て、改めてこの人は強いんだと確信する。
骨が折れる、ということは無理ではないということだ。
2メートル越えの体躯が複数いる状態で、私を助けながら勝つ算段がこの人にはあるんだ。
「すごいなあ」
素直な感想が口から漏れ出てしまう。
「見直した?」
ニヤニヤするサクヤに一瞬、これまでと違う感情が湧いた気がした。
それがなんなのかは分からないが、後ろから「苛立ち」という感情が現れて覆い隠してしまう。
「むかつく」
今度はサクヤに届かない声量で愚痴をこぼす。




