猫に小判と豚に真珠
「じゃあ、カナデちゃん、早速レア武器完成させにいこっか!」
「サクヤさん……そのカナデちゃんっていうのやめてもらえませんか? なんか慣れなくて」
「じゃあ、カナデ?」
男性に名前を呼ばれて背筋がぞくりとする。
これまで下の名前を男性に呼ばれたことなど、父と祖父以外にいない。
ウズメに名前を呼ばれる感覚とは全く違う。
数秒、考え込んで「やっぱりそのままでいいです」と答える。
「りょーかい!」
相変わらずニヤニヤしているサクヤに若干の嫌悪感を抱きつつ、カフェを後にする。
――
「おおう!やっとぉ、戻ってきたかぁ、嬢ちゃん!翡翠石・極は手に入ったかぁ?」
冒険者ギルドにつき、ミキさんの声を聞くと肩の荷が降りたようにほっと息をつく。
「ん? 今日は連れぇがいるのかぁ?」
私の隣を見て指をさす。
「どーもー!サクヤでーす」
と軽薄な挨拶をするサクヤ。
ふん、とだけ返すミキさん。
なんか冷たいな、と感じてサクヤに視線を送ると「これがフツーだよ?」と返される。
吟遊詩人に会話補正がかかるというのはどうやら本当らしい。
ゲームの完全攻略を目指さない私にとっては、良いサブランクだったのだろう。
ギルドでミキさんに初めて会った時にこんな反応をされていたら、続けていられなかったかもしれない。
ただでさえ、デッカくて怖いんだから!
「ミキさん、翡翠石・極で足りますか?」
ストレージから、私の頭の倍以上はある石を抱え込んで手渡す。
それを、ミキさんはひょい、といとも簡単に持ち上げてじっくりと観察する。
「十分だぁ!これで、ウズメの作ったぁ武器を最高のものにしてやれるぅ。今すぐとりかかるかぁ?」
「お願いします!」
そう言って、『刃引き:陽炎の大蛇薙』を渡す。
「うし! ちょいとそこらで待ってなぁ、すぐに仕上げてやるからなぁ」
大きな体躯は炉に向かうと、その体を小さく丸めていった。
――
「武器が出来上がるまで、今後の話を軽くしておこうか」
「クニノトコタチですか?」
首を振るサクヤ。
「そうしたいのは山々だけど、まだ無理だね。カナデちゃん、弱すぎるもん」
いきなり精神的ダメージを与えてくるなあ。
さっき、強さは担保されてるって言ってなかった?
「じゃあ、どうするんですか?」
「カナデちゃんのレベルアップとスキルアップ。あ、スキルアップっていうのは、ゲームの戦い方を学ぶって意味ね。カナデちゃんは現実でそこそこ武道とかやってるんだろうけど、ゲームでの戦い方はまるでなってないからね」
そこそこ、という言葉に引っかかるが、否定はできない。
私は18年近く薙刀を扱ってきたが、その半分以上は型稽古しかしてきていないのだ。
実践経験がないと言う意味では、サクヤのそこそこという言葉を飲み込むしかできない。
「そうですね。でも、ゲームの戦い方ってなんですか?」
サクヤは指をくるくると回しながら答える。
「カナデちゃんの戦い方は、現実世界をわずかに延長しているに過ぎないんだよね。現実より少し早い。現実より少し強い。現実より少し硬い。所詮、人並みの域を超えない。端的に言えば、プロの手前ぐらいの強さって感じ」
数秒、間をおいてサクヤが続ける。
「でもこのゲームは神を倒すのがコンセプトだよ? 人でいる限り勝てるわけがない。」
「神になる」
人に聞かれたら、恥ずかしくて悶えてしまうであろう言葉が口から溢れる。
それを聞いたサクヤが一瞬、きょとんとして、すぐに声を出して大きく笑う。
「あはははは!やっぱり面白いねえ、カナデちゃんは! 神になんてなれるわけないじゃん、無理無理。 でもね、そこを本気で目指さない限り、GOIはクリアできない」
珍しく真面目な口調に、茶化す気はまるで起きない。
サクヤからはゲームをゲームで終わらせない確かな熱が感じられた。
「そのためには、レベルアップとスキルアップが必要ってことですね」
「そ!そーいうこと!」
指をビシッと勢いよく私に向けてくる。
「ちなみに、レベルはどのぐらい必要なんですか?」
そもそもレベルに上限とかあるのだろうか。
私のレベルは13だ。これが高いのか低いのかも分からない。
おそらくは低い。サクヤにバレたら、思いっきり笑われるぐらいには低い。そんな気がする。
「50」
あれ、意外と高くないんだ。
50ならちょっと頑張れば到達できるのでは?
「そこで、やっと上位へのランクアップができる。そっから、さらに+50は欲しい。だから、目指すは100だね」
そこが最低限、と念押しされる。
一体何レベルまで存在するんだ……。
「ちなみに、サクヤさんのレベルは?」
「173」
ぶい!っと音がするかのように指を2本立ててくる。
私と160の差――気が遠くなる数字だ。
めまいのような感覚に襲われていると、ミキさんの声が響く。
「おおい、できたぁぞ!」
――
ミキさんから、打ち立ての薙刀を手渡される。
〈アイテム『真打:陽炎の大蛇薙』を入手しました。説明:神職ウズメによる傑作を鍛冶師ミキが研ぎ澄ませた完璧な一振り。【特殊効果】①装備時にのみ、スキル『朧陽炎』を発動可能。一定時間、自身の姿を視覚的に消失させ、敵や他プレイヤーからの視認を困難にする。②装備時にのみ、スキル『硬質化』を常時発動。装備者のVITを+50上昇させる。③装備時にのみ、スキル『良業物』を常時発動。装備者のATKを+100上昇させ、攻撃に部位破壊を付与する〉
「新しい効果がついてる……強そう」
「ガッハッハ!そりゃあそうだぁ。俺とウズメのぉ、共同作品だからなぁ」
満足そうに笑うミキさん。
いいなあ、こういう関係。
「見せて見せて!」
サクヤが子供っぽく、私の周りをぴょんぴょんと跳ねている。
どうやら、勝手に人のウィンドウを見ることはできないようだ。
それにしても、私の相手はこの人かあ。
理想の相手とは程遠いであろう人物についため息が出てしまう。
「掲示板に書きませんか?」
ジィッと、サクヤを睨む。
「書かない書かない! 当たり前でしょー」
「お友達に話すのもダメですよ」
バラすなよ、と釘をさす。
すると、サクヤがうっ、と小さく漏らした。
書きはしないけど、言う気だったなこの人。
「わーかったよ! 言わないし、書かない。 誰にも伝えない。 約束」
勘弁したように両手を頭の上に広げるサクヤ。
軽くため息をつき、見せることにした。
一応、パーティを組んだ身だしね。
「どうすれば見せられるんですか?」
「ウィンドウを、反転させるように指でスライドすればいいよ」
言われた通りに、指をふいっと動かす。
ウィンドウは滑らかにサクヤ側に反転する。
数秒かけてじっくりと読み込むサクヤ。
「うっわぁ。これやばいね。初心者が持っていい武器じゃないよ。」
「そんなに強いんですか?」
「そうだねえ。 桃太郎が生まれたときから、最強の武器を持ってる感じかな? 伝わる? RPGなら冒険の最初から勇者の剣を持ってる感じ」
イメージしにくいが、とにかく熟練プレイヤーが強いと言うんだから強いんだろう。
「できるだけ人目が多いところでは出さない方が賢明だよ。もし、その武器の強さがバレれば、PKクラン意外にも魔が刺すやつは少なからず出るだろうから」
「そんなにですか!?」
「だから、自衛できるように強くなろうね、カナデちゃん」
前途多難だなあ。
そう思いつつも、強さを目指すことは嫌いじゃなかった。
私はサクヤに悟られないように、ひっそりと拳を握りしめた。




