告白と隠蔽
おそるおそる、音がした方へ歩み寄る。エコーロケーションが捉えたのは、地面に大の字になってピクピクと震えている人影だった。
「……あの、大丈夫ですか?」
「……ブ、ブハッ! い、いってぇ……。な、なに今の……。ジャンプ一番、顔面にクリティカル入ったんだけど……。君、わざとじゃないよね?」
這いずるようにして起き上がったのは、全身を覆うポンチョを纏った青年――いや少年という印象だった。
「よかったあ、生きてた」
「いや、息の根を止められる寸前だったよ!HP真っ赤だから!俺じゃなかったら、死んでたからね!そしたら、君立派なPKだよ!PK」
少年は傷薬を2〜3個口に放り込みながら怒鳴ってくる。せっかく助けてあげたのに。
「まあ、でも助けもらったことに変わりはないか。……俺はサクヤ、助かったよ。って、きみ詩人ちゃん?」
サクヤ、と名乗った彼は私を「詩人ちゃん」と馴れ馴れしく呼んでくる。その呼び方どこかで――。
「アスカでぶつかった人ですか?」
「そーそー!あの時はほんとにごめんねぇ!かーなり急いでたからさ」
全く悪びれる様子のないその口調は、なぜか苛立ちを感じることなく、むしろこちらの懐に入り込むように警戒心をとく不思議な印象を受けた。
「で? 命の恩人(?)さんはこんな何もないひょうたんの先に、何の用? ここはせいぜい、細工師がちっさい翡翠石を拾いに来るくらいしか価値のない場所だぜ」
「その翡翠石を、採りに来ました。ちっちゃいのではなく、もっと大きいの。武器を研ぐための砥石として必要なんです」
「……は?」
サクヤが、心底おかしなものを見るような声を漏らした。
「砥石? あんなちっこい石が? 冗談だろ。翡翠石なんて、磨けば綺麗ってだけの装飾用素材だ。研磨に使おうにも小さすぎて、そんなので研いでたら剣一本磨く前に人生終わっちゃうよ。君、誰かに騙されてるんじゃないの?」
「いえ、この奥に『翡翠石・極』というのがあるみたいなんです。それなら、私の武器を研げるって、腕の良い職人さんに教えてもらいました」
「翡翠石……極……? そんなアイテム聞いたことないぞ……」
そういえば、初めてハツセに向かうとき、他のプレイヤーから言われた気がする。情報はむやみやたらに話すものじゃないと。しかし、もうすでに時は遅い。サクヤは初めて聞く事実に興味津々な様子だ。
話しすぎたと思い、その場を離れようとすると「待って!」と腕を強く掴まれる。
「あのさ、それ俺も手伝っていい!?」
先ほどよりも弾む声で聞いてくるが、私を掴む腕は断ることを許さない力で握られていた。
――
「へー。そのスコップで川辺を掘ると、でっかい翡翠石が採れるんだ?」
「らしいです」
結局、サクヤの頼みを断れず、一緒に翡翠石・極の採集に励んでいる。とは言っても、彼は一切手伝おうとせずに、川辺にちょこんと座っているだけだ。
さっき、手伝うって言わなかった!? 何もしないなら帰ってもらいますけど?
「詩人ちゃん、今『何もしないなら帰って』って思ったでしょ?」
反射的に大匙で砂場を掘る手が止まり、サクヤの方を振り返る。
「なんでわかったんですか? 何かのスキルですか?」
心を悟られないように、できるだけ無感情を装って見せる。
「当たった? ハハっ!ジョーダンだよ! こうやって言うとみんなおんなじ反応するから面白くってね」
ケタケタ笑うサクヤをキッと睨みつけて、再び仕事に戻る。未だ見つからない翡翠石・極と後ろでサボってるプレイヤーに苛立ちを覚えてくる。
「あと、私の名前『詩人ちゃん』じゃないんで。カナデって歴とした名前がありますから」
「ふーん。カナデちゃん、ね。カナデちゃんはさあ、なんで視覚切ってるの?」
再び、反射的に手が止まりかけたが、悟られないようになんとか鉄の意志でスコップを動かし続ける。
「なんのことですか?」
「またまたー、とぼけちゃってえ! 廃人プレイヤーからしたら、目の前のプレイヤーのSTSぐらいなんとなく分かるって。きみ、エリアに入ってから俺に気づくまでかなり時間かかってたからね。フツー、あんな目立つ場所でぶら下がってる俺がいたら、すぐに気づくから」
バレてるのであれば、無理に隠す必要もないか。読めない人だけど、悪い人ではなさそうだし。
「初めてゲームをプレイしたので、訳もわからず設定してたら、視覚を消しちゃいました」
できる限り本当のことは言わずに、バレている事実だけでやり過ごそうと嘘をつく。
「嘘だね。このゲームは、視覚消失を選ぶと警告が出るはずだよ。そこで肯定を示さなければ絶対に視覚が切られることはない」
そういえばそうだったー! 一瞬でボロが出てしまった。ってか、この人なんでこんなにズケズケと聞いてくるわけ? プライバシーとかないわけ!?
「それに、普通の人が視覚消失させたまま、ロクなプレイングができるはずないんだよね。実際にGOIで視覚切ってる人なんて1%もいないからね。――カナデちゃん、もしかして現実でも目が見えなかったりする?」
どきり、と心臓が跳ねる。数回の質問で私のリアルに辿り着いた。いや、質問をする前から、すでにこのプレイヤーは私が現実でも目が見えないことを確信していたんだ。
「まあ、リアルを詮索するのはマナー違反だね。今のは答えなくていいよ。……でも、最初の質問には答えてよ。なんで視覚切ってるの?」
いつの間にか大匙を掘る手は完全に止まっていた。どうせこのプレイヤーにはバレている。なら無理に隠したところで意味ないか。深呼吸してから答える。
「目は見えませんよ。ここでも、現実でも」
「あ、答えてくれるんだ」
こちらの決意など知らぬ存ぜぬなあっけらかんとした態度に苛立ちが再燃する。再び、軽く深呼吸し、気を紛らすために、大匙で掘りながら話す。
「……私は目が見えない私を好きになりたかったんです。だから、ゲームだとしても目が見えない自分から逃げたくなかったんです。ここでも逃げたら、現実世界の自分自身を二度と好きになれない気がして」
「逃げ……か。じゃあ、俺は逃げてるってわけか」
そう言い残して、いつの間にか、エコーロケーション内から彼の姿は消えていた。
「サクヤさーん?」
返答はない。なんだったんだろう、あの人。結局、翡翠石採るの手伝ってくれなかったし。
――
サクヤが姿を消してから、30分ほど砂場を掘り続けてようやく翡翠石・極が手に入った。大きいとは聞いていたが、まさか自分の顔をひと回り以上超えるサイズだとは思わなかった。
こんなに大きなものを砥石として使わなければいけないなんて、ウズメの作った武器の恐ろしさがわずかに垣間見えた気がした。
私はひょうたんの先から、ミキさんの元へと戻ることにした。




