再会と落胆
「ただいま」と、誰にいうでもなく散歩から帰った私は上り框に腰を下ろして、靴を脱ぐ。
30分ぐらいの短い非日常への散歩だったけど、これまでのような閉塞感はなく、なんだか今の私には心地よかった。
「お疲れさま、ルナ」
ハーネスを解いて自由になったルナの体を軽く叩くと、彼女は満足そうに大きなあくびをして、いつもの定位置へと戻っていった。
汗ばんだ首筋を拭いながら、私は自分の部屋へ戻る。現実の30分は、ゲームの中の激闘に比べればほんの一瞬かもしれない。けれど、言い訳をせずに外の空気を吸い込んだ今の私は、ログインする前よりもずっと「東堂奏」としてここに立っている実感を抱いていた。
十分な休息は取った。倦怠感も、心地よい疲れへと変わっている。
「よし。……ミキさんに、会いに行こう」
再び、意識をGOIへと繋ぐ。
――
アスカの正門をくぐった瞬間、懐かしい熱気が肌を撫でた。ハツセの静謐な水の音や風鈴の音色も心地よかったが、今の私にはこの絶え間なく響く槌の音と、肺の奥まで焦がすような鉄の匂いの方が、不思議と「帰ってきた」という実感を強くさせてくれる。
「まずは、冒険者ギルドの方だね」
慣れた足つきでミキさんの元へと向かう。
――
「おお、嬢ちゃん、案外早く帰ってきたなぁ。納得のいくぅ武器は作ってもらえたかぁ?」
開口一番、ミキさんは巨大な金槌を肩に担いだまま、低い声でそう言った。挨拶もそこそこにギルド内の工房へ踏み込んだ私を、彼は相変わらず岩のような体躯で見下ろしている。
「はい!ウズメさんにすっごい武器を作ってもらいました!……でも、まだ不完全だからミキさんに研いでもらえって言われてきました!」
一瞬、唖然としたミキさんは、僅かな間をおいてガッハッハ、と豪胆に笑い始める。
「相当ウズメにぃ、気に入られたようだなぁ。あいつが冒険者に肩入れするたぁ、珍しいこともあるもんだぁ」
意外とすんなり作ってもらえた気がするけどな、と不思議に思っていると「見せてみろぉ、武器」と言われたので、ストレージから『刃引き:陽炎の大蛇薙』を手渡す。
渡した薙刀をミキさんは、じぃっと見つめている。色々な角度から薙刀を見ている。……長い。ウズメと同様に、コンコンと叩いたり、匂いを嗅いだり――はしないんだね。
どっかに座りたいな、と思った頃、ミキさんが険しく「無理だぁ」と短くこぼす。
「えぇっ!?ウズメさんが、ミキさんならできるって――」
「できるぅ。だがぁ、今は無理だぁ。この武器の刃、これぇ陽炎の牙だろ。これはそんじょそこらの砥石で削れる代物じゃあねぇ」
私は、嫌な予感がした。ゲームを始めて3日目にして、すでに「フラグ」というものを理解してしまった。これは、何かを取りに行かされる。そう直感した。
その直感は見事に的中し、完璧にフラグを回収していった。
「いいかぁ、嬢ちゃん。こいつにぃ真の刃を付けるには、アスカの東に位置する断絶の崖にしか湧かない鉱石――『翡翠石・極』が必要になる」
こういうのを「お使いイベント」と言うらしい。GOIを始めてから、少しだけゲームの勉強をしたことで、ミキさんが何を言いたいのかが事前に読めてしまった。
「翡翠石……。それを取ってくればいいんですね……」
ミキさんは「察しがいいなぁ」と再び豪快に笑った。
私から頼んでいることなので、嫌な顔をするわけにもいかず「任せてください」と言うしか選択肢はなかった。ミキさんから「これぇ、使え」とスコップのようなものを手渡された。
〈アイテム『初心者用・鉄の大匙』を入手しました。〉
ミキさん曰く、翡翠石は川の上流から流れてくるらしい。それが、断絶の崖あたりに堆積していくのだと。だから、壁をピッケルで叩いても絶対に見つからないらしい。
「あとなぁ、その薙刀を研ぐには小さい翡翠石じゃあ話にならねぇ。翡翠石・極ぐらいでかいのが必要だぁ。ただ、小せぇ石より重いからよぉ、普通より深いところにぃ埋まってる。ま、根気よく掘るこったぁ」
「行ってこいぃ!」とミキさんの豪快な送り出しを背に、私は大匙をストレージにしまい、アスカの東門を目指した。
――
町の外へ出る前に、恒例のステータスを確認する。あれだけ激闘を越えてきたんだから、レベルだいぶ上がってるんじゃない?とワクワクしてウィンドウを開く。
【プレイヤー・ステータス】
プレイヤー名: カナデ Lv.13
ゼニー:0ゼニー
メインランク: 武士
サブランク: 吟遊詩人
メインウェポン:刃引き:陽炎の大蛇薙
サブウェポン:未設定
プロテクト:詳細
保有センスポイント: 5
【センス・アロケーション】
視覚: [消失]
聴覚: 25
触覚: 90 [強化項目:補正有]
嗅覚: 10
味覚: 10
【ベース・ステータス】
HP(体力):45
STR(筋力):18
ATK(攻撃力):31
VIT(耐久力):18 +50
DEF(防御力):31 +15
INT(知力):12
DEX(器用):12 +10
AGI(敏捷):12 +20
LUK(幸運):12
「レベル1しか上がってないじゃん……なんでよ」
どうもこのゲームは自身あるいは自身の所属するクランが敵を倒さなければ経験値が入らないらしい。私が最近倒した敵で記憶に新しいのは猿か蝙蝠ぐらいだ。
蛇は倒していないし、獠牙は牙を折っただけ。……牙ぶんくれても良くない!?
私は、なけなしのセンスポイントを味覚に振る。なぜ、味覚なのか?と言われれば、鍾乳洞内で食べたおむすびの感動が未だに記憶に新しいからだ。聴覚や触覚が良くなるなら、味覚だって良くなるはず。つまり、美味しいものがさらに美味しくなるってこと。
料理人というサブランクもあるぐらいだから、多分すっごい美味しい料理とかもあるはず!
「……」
今回はスキル獲得ないんだ、とシステムの声が聞こえないことに落胆する。私は気を取り直して、東門を抜け、断絶の崖へと足を進める。




