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ジェネシス・オブ・アイランドー天神七代記ー視えない私の神攻略  作者: 梵天丸(ぼんてんまる)
第壱ノ世界 コモリク 未だ天地開闢は起こらず

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新しい武器と一刻の別れ

「はぁ、はぁ……っ! 出られた……!」


 行きと比べると、かなり肌寒くなっている。冷たい風が頬を撫で、その冷ややかさに背筋がぞくりと震え上がる。背後へ意識を向けるが、獠牙(リャオヤー)が追ってくる気配はない。どうやら煙玉と滝の轟音が、上手く追跡を振り切る助けになってくれたようだ。


 一刻も早く戻るべく、ウズメの待つ家?へと急いだ。


 ――


 「お、やっと戻ったか。遅かったやん、カナデ」


 変わらず上下に動き続ける建物の扉を開いた先で、ウズメが出迎えてくれる。

 

 「ウズメーーーッ!!」


 ウズメの姿を認めた瞬間、後先考えずに駆け出した。手放した薙刀が床に転がる音さえ耳に入らない。そのままの勢いで、驚きに目を見開く彼女の小さな体に飛び込んだ。


 「わわっ、ちょっ、カナデ!? 何やねん急に!」


 驚いて声を上げるウズメの細い腰に、しがみつくようにして顔を埋める。


「ううう、温かいよお」


「どこ触ってんねん!カナデ!」


 軽く頭を小突かれる。

 

「怖かった……本当に、死ぬかと思ったんだからぁ……っ!」


 ゲームに慣れていない私にとって、ゲーム内の死は現実のそれと区別がつかない。ましてや、感覚の完全再現を実装しているGOIであれば、プレイ時間が伸びるほどに現実との乖離が減っていく。ゲーム内での死が、本当にゲーム内で済むという確証などないのだ。


 「……っ。デカ女のくせに情けないやっちゃな……」


 表面的に言葉を受けとってしまえば、馬鹿にされていると感じるのかもしれない。それでも、グスグス、と泣く私を戸惑いながらも、優しい手つきでゆっくりと支えてくれている。


「よう頑張ったな。よう無事に戻ってきた。……ほら、もう泣かんとき。せっかくのべっぴんさんがもったいないで」


 その言葉に、私はぐすっと鼻を鳴らして体を離した。私には、長年の疑問があった。それは自分の顔の美醜についてだ。八歳で視力をなくしてから、鏡の前に何時間立とうとも自分の姿を見ることさえ叶わなかった。そんな燻った疑問が口から滑り出た。


「……私ってべっぴんなの?」


 「なんやその質問!……まあ、あくまでウチから見たらやで。他のやつがどう思うかは知らんけど、アンタはべっぴんさんやと思う」

 

「そっか……そうなんだ」

 

 少し恥ずかしくなって顔を逸らすと、ウズメはいたずらっぽく笑いながら私の頭を乱暴にかき回した。


 ――


「で、素材どうやった?ツノは、角猿(サル)のぐらいか。まあ、数があればどうとでもなるわ。問題は核やなあ。あそこで武器に使えそうなのは戻蛙(カエル)の核ぐらいやけど、あいつ逃げ足だけは早いからなあ」


 私の泣く姿を見たからか、あまり期待されていない様子だ。


「さすがのウズメもびっくりするかもよ?」


 両腕を胸の前で組むウズメを試すように返答すると「早よ、出せや」と催促される。ストレージから、核を取り出し、ウズメに渡す。


「――っ!?これ鈍色(にびいろ)真核(しんかく)か?どうやって手に入れたんや、これ!カナデにあの蛇を倒すことなんてできんやろ」


 計画通り驚きを与えられたのは満足。でも、もう少し「カナデが倒したんか!?」ぐらい言ってほしいものだ。


「実はね、獠牙(リャオヤー)って敵が大蛇を倒してね、私はそれを棚からぼたもちでありつけたってわけ」


「それは僥倖やったなあ……――って、カナデ、陽炎におうたんか!?」


 ウズメの声が、建物の梁を震わせるほどに跳ね上がった。その驚く様は蛇の核のそれとは比べものにならなかった。


「おうたどころか、死ぬ気でやり合ってきましたよ!ほら、これ!」


 ストレージから核に続き、『陽炎の禍牙(まがきば)』を取り出し、テーブルにどんと置いた。先ほどまでの涙目はどこへやら。ウズメの驚きが見たくて、つい胸を張ってしまう。


「……っ!?これ、陽炎の牙……それも、生え変わって自然に落ちたものやない。生きたままへし折った、鮮度の高い『禍牙(まがきば)』やんけ!」


 ウズメは牙を手に取り、まじまじと観察する。


「カナデ……あいつの攻撃、見えたんか?あれは光を歪ませ、景色と同化し、存在をその場から見えん様にする。まさに陽炎の名に相応しいバケモンや。普通の冒険者なら、気づかんうちに宿屋へ戻らされとるはずや」


 ウズメの説明でやっと合点がいった。獠牙(リャオヤー)は自分の存在が見えないはずなのに、攻撃を防ぐ私に驚いていたんだ。だから、毎回距離をとって様子を見ながら攻撃をしてたんだ。エコーロケーションで獠牙(リャオヤー)の輪郭がぼんやりしていたのも、陽炎の力だったのかなあ。


「私、視覚を消してるから、そもそも最初から見えてないんですよね。でも、スキルでなんとか攻撃は防げてたんで。だから、勝手に慎重になってくれたみたいです」


 と苦笑気味に答えると、ウズメは一瞬呆然とした後、「だとしてもや!この牙はどうしたんや!?」と声を荒げている。鍾乳洞で起きた出来事を分かる範囲で話す。


 ――

 

「……ハハッ!そうか、そうか!八百万の神さんがカナデを守ったんやな。――それにしても、あの『九曜(くよう)』を引き当てたか!カナデ、アンタやっぱりただの泣き虫やないかもな」


 今日、何度目かの泣き虫認定をされる。ウズメはそのまま続ける。

 

「九曜はな、逆転の神と呼ばれとる。だけど、そう簡単に力を貸してくれるもんでもない。……格上の敵と戦い、負けそうになる。それでも、負けたくないという強い想いにのみ答えてくれる。ま、癖のある神さんやな。」


 彼女は嬉しそうに牙を高く掲げると、核の横に置く。

 

「……で、カナデ。こっからが本題や。あとひとつのもん早よ出せや」


 ウズメが促すように手のひらを上に向ける。


「忘れてました!――金剛竹!」


 ストレージから真宵の竹林でなんとか没収されずに済んだ『蓬莱の金剛竹』を取り出した。眩い光沢を放つであろうその竹を、ウズメは満足げに受け取る。


「よっしゃ。鈍色の真核、陽炎の禍牙、そして金剛竹……。こんだけ貴重な素材が揃えば、あとはウチの出番やな」


 任しとき、とサムズアップするウズメは、慣れた手つきでガラクタの山から大麻(おおぬさ)』を手にした。彼女はそれを天に掲げ、工房の中央に素材を並べる。


「カナデ、そこから動かんとき。これは鍛冶やない……神さんとの対話や」


 ウズメの言葉と共に、建物の空気が一変した。どこからともなく、低く響く鈴の音が聞こえ始める。ウズメが静かに舞うように大麻を振ると、素材が宙に浮き、渦を巻きながら竹を中心に収束していく。


「――八百万の神々よ、この娘の不屈に免じて、その力を貸し与えたまえ」


 ウズメの声が、普段の奔放な響きから、凛とした神職のそれへと変わる。金剛竹が中心で直立し、その周りを鈍色の真核が砕け散るように光の粒子となって包み込む。さらに、陽炎の禍牙がそこに飛び込むと、シュン、と空間が歪むような感覚に襲われた。

 

 ウズメが最後に強く大麻を振り下ろすと、異なる素材はその形を明確にしていく。出来上がったのは、一振りの薙刀。柄は金剛竹の強靭さを保ち、石突には大蛇の核が埋め込まれており、存在感を放っている。そして何より、刃は獠牙(リャオヤー)の牙をさらに洗練させたかの如く、細く、それでいて鋭さを宿していた。


「……できた。受け取りな、カナデ。これがアンタの新しい相棒や」


 私は震える手で、その一振りを手に取った。


〈アイテム『刃引き:陽炎(かげろう)大蛇薙おろちなぎ』を入手しました。説明:神職ウズメが、強大な力を秘めた核と牙を、金剛竹を依代(よりしろ)として神事により合一させた傑作。しかし、その刃は未だ不完全である【特殊効果】①装備時にのみ、スキル『朧陽炎(おぼろかげろう)』を発動可能。一定時間、自身の姿を視覚的に消失させ、敵や他プレイヤーからの視認を困難にする。②装備時にのみ、スキル『硬質化』を常時発動。装備者のVITを+50上昇させる〉


「『朧陽炎』……。見えなくなるって、今度は私が獠牙(リャオヤー)の力を使えるってこと?」


「せや。あのバケモンの力を、そのまま刃に封じ込めといたわ。ま、視覚上、消すだけやから音や匂いまでは消せへんけど、十分すぎるやろ」


 ウズメは誇らしげに鼻を鳴らした。私は薙刀を軽く振ってみる。以前の『処女の薙刀』よりも重厚なのに、空気抵抗を感じさせないほどに滑らかに風を切る。武器が変わるだけで、こうも強くなったと錯覚するものだろうか。


「ウズメ、これ……すごいよ!本当にありがとう!」


「でもな、まだそいつは未完成なんや。」

 

 これほど強力な武器なのに、まだ完成していないとはどういうことなのか。


「『刃引き』ってついてるやろ。ウチは、神さんの力を借りていろんなもんが作れる。武器もそのひとつや。やけど、武器を武器たらしめる真の刃をつけることは、さすがのウチでもできん」


「どうしたら……」


「鍛冶師に頼むしかないな。――誰に頼むべきか、もうカナデは知ってるはずやで」


 少しだけつまらなそうに話す彼女を見て、ある人物が脳裏に浮かぶ。


「ミキさん!」


 せや、と呟くウズメ。


 ――


 ウズメの勧めで再びアスカに戻ることを決めた私は、建物の玄関を境にウズメと向き合っている。ゲーム内で一番濃密な時間を過ごした。友だちと言っても差し支えないほどに、私はウズメのことを好きになっていた。


 だけど、これはゲーム。ウズメが現実世界にいるわけでも、私と友だちになってくれることもない。寂しさを胸に、じゃあねとだけ声をかけて背を向ける。


 振り返った私の後ろから「カナデ、また来てくれるか?」とか細い声が届く。少しだけ、ほんの少しだけ震えている気もしたその声に、もう一度振り返り「ウズメ、絶対にまた来るよ!」と手に持った薙刀を高く掲げ、歩き出す。ウズメの目に少しでも長く映るように。薙刀を持つ手は少しだけ、ほんの少しだけ震えていた。

 

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