猫と鼠
裏見の中央に辿り着くと、蛇がいたであろう場所に丸い水晶のようなものが落ちている。無意識に両の手で拾うとシステムが詳細を教えてくれた。
〈アイテム『鈍色の真核』を入手しました。説明:蛇神の末裔が岩や鉱石を餌とし取り込んだ影響で硬質化した核〉
「核!手に入っちゃったー!」
勢い余って、拾い上げた両の手で、核を天井に向けて高く持ち上げる。ただただ逃げ回ってただけなのに、凄そうなアイテムが手に入ってしまった。棚からぼたもちすぎる。
だけど、なんで、三ツ角の大蛇は突然倒れちゃったんだろう。さっきまであんなにピンピンしてたのに。……まあ、何はともあれ、これで素材は集まったんだから良しとしよう。……ウズメ、猿のツノでも許してくれるといいなあ。
そんなことを思いながら、蛇の核をストレージにしまう。その瞬間、アマビエの福音が発動した。右斜め後ろから攻撃がくる。逃げても間に合わない!直感でそう感じ取ると、指は薙刀を握りしめ、体を捻り、攻撃がくるであろう場所へ遠心力に任せてフルスイングした。
奇跡的にもドンピシャのタイミングで、迫り来るそれと薙刀の尖先が重なり合う。
――ガキィィィィィン
強烈な衝撃音は、滝の流れ落ちる反響音を一瞬だが、確実に凌駕し、次第に飲み込まれていった。攻撃の元は、大蛇よりも小柄だが、私よりは大きい。丁度、ミキさんぐらいだろうか。しかし、それはあくまでも高さの話であって、全長はもっと大きい。それに、体躯には人とは似ても似つかない禍々しいパーツが付いている。
体の横には、成人男性の背丈ほどの翼が伸び、お尻からは意思を感じさせるが如くゆらゆらと動く尻尾がチラつく。極め付けは、顔面に1対の巨大な牙が見える。私の肘から先ぐらいのサイズ感だ。目の前の化け物は、死角からの攻撃を反応されたことに驚いているのか、じっと私の様子を見ている。
〈特殊個体『陽炎の獠牙』です。推奨レベル不明。特徴不明〉
何にも情報ないじゃん!と、いつもならシステムに突っかかるところだけど、今あいつから意識を離しちゃダメな気がする。冷や汗が頬を伝う。
蛇を倒したのも絶対にあいつだ。でも、蛇が倒れたとき、その姿は一切見えなかった。きっと何か仕掛けがあるはず。
――ゴォアアアア!
化け物が頭部を震わせながら叫ぶ。その瞬間、全身の身の毛がよだつ感覚に襲われる。私への威嚇か、倒した獲物を横取りされたことに腹を立てたのか。どちらにせよ、私を敵と認識していることは間違いない。
「――ッ!」
咆哮が途絶えた瞬間、エコーロケーション内で獠牙を示す輪郭が陽炎のように揺らぐ。ぼんやりとした輪郭は後方に飛び退き、私の視界から消え去る。音に集中しないと…………って、ダメだ!滝の音がうるさくて、全然わかんない。
私は反射的に薙刀を上段に構え、全神経をエコーロケーションの際に集中させる。水の反響音に意識を引っ張られないように、気を強く持つ。
――左後方の際から揺らいだ輪郭が飛び込んでくる。今度はしっかりと反応して、上段のまま体を左へ反転。敵の膂力に負けないよう、膝を抜いて振り下ろしに重力を乗せる。
ビュオッ、と風を切り裂き、テリトリーに侵入した獠牙の左腕を弾きとばす。それと同時に、私の薙刀も強く弾かれ、大きく姿勢を崩す。なんとか、1、2歩で踏みとどまり、迎撃に備える。
(……戦えている)
蛇との死戦のおかげか、格段に落ち着いて対処できている。
獠牙はスピード重視ではないのか、一撃一撃にかなりの時間をかけてくる。それはカウンター主体の私にとってはありがたかった。再び、獠牙は後方へ飛び退き、姿を眩ます。でも、なんでわざわざ一度距離を空けるの?
――三ツ角の大蛇が倒されたときの姿を懸命に思い出す。蛇は倒される瞬間まで周りをキョロキョロと見渡していた、まるで何かを探しているように。そして、怯えるかのように。倒れるときは背中から攻撃を受けたように見えた。今、私が受けている攻撃と同様に背中からの――。
考えがまとまらないうちに、アマビエの福音が、右後方からの攻撃を予測する。獠牙のパワーを毎回、薙刀で受け切れるとは限らない。完璧のタイミングでなんとか互角に持ち込めているのだ。少しでもずれてしまえば、負けるのは明白だ。
攻撃の場所がわかっているなら避けた方が安全なはず。攻撃がくる反対方向へ素早く反転し、躱す。私がいるはずだった場所で獠牙の攻撃は空を切る。
バランスが崩れた獠牙に僅かな隙が生まれた。2メートル先に顔面がある。チャンスだ。洞窟内でレベルアップした「トライ・スピアー」を下段から頭部に向かって繰り出す。
今、私の持ちうる最大の攻撃である三連撃は左牙に直撃する。一瞬、怯んだように見えたが、禍々しい牙は口元にくっついたまま。ダメージを与えた、という感覚はなく、当たっただけという感じだ。獠牙はその姿を再び、私の前から消す。
「いつまでやればいいのこれ」
半ば愚痴っぽく呟く。ダメージは与えられないし、かといって逃げるのも難しい。毎回、エコーロケーションの外へ出るのに加え、滝の反響であいつの場所が特定できない。そんな中で、出口に向かって走り出すのも愚策だろう。
今度はこれまでの攻撃よりもかなりの間隔が空いた。相当焦らされた私は、エコーロケーションの際から僅かに意識がずれ、真後ろから飛び込んでくる陽炎に呼吸ひとつ分、反応が遅れた。すんでのところで獠牙と私の間に薙刀を滑り込ませる。
軽く押し込まれるが、なんとか直撃は避けた。また体勢を立て直して――刹那、薙刀を構える反対側から、細長い何かが猛烈な速度で私の側腹部を殴打する。
「……っぐ、うぇ……っ」
胃からおむすびを吐き出しそうになるほどの衝撃。――尻尾だ。油断した。死角からの攻撃にばかり集中して、相手の攻撃手段を腕によるものだけと勝手に思い込んでいた。猫が鼠を転がすように、私は裏見の壁際まで吹き飛ばされる。
HPバーは今にも消え入りそうなほど赤く点滅している。
グアッ、グアッ、グアッ!
エコーロケーションの外から、怪物の嘲るような鳴き声が聞こえてくる。――遊ばれている。あいつは最初から本気なんかじゃなかったんだ。私を鼠に見立てて、暇つぶしの如く遊んでいただけだ。
勝利を確信したのか、獠牙はゆっくりと私に近づいてくる。流石に、もう無理だよ。頑張ったよね、ここで負けてもハツセの宿に戻るだけ。デスペナルティで、核を失う可能性はあるけど、他のアイテムも結構あるし、大丈夫だよ。
自分を納得させる言葉を脳内で行き来させていると、ふと、八歳の――視力を失う前の記憶がよぎる。
――――
「奏、あんたは負けるときに仕方がない、と思っていないかい?」
自宅で祖母の稽古を受けている時の記憶。
「相手が私だから。相手の方が背が大きいから。相手の方が薙刀の経験が長いから。――だから仕方がない、そう思っていないかい?」
私の返答を待つこともなく祖母は続ける。
「負けるのに仕方がないなんてことはないんだ。負けたときに言い訳を用意するんじゃない。負けたときは全力を出して負けた、そう胸を張れるようになりな。――あんたは全力を出し切ったのかい?」
そこで記憶の断片は途切れる。
――――
記憶の片隅の祖母に発破をかけられる。薙刀を支えにして、なんとか立ち上がる。目の前、わずか数メートル先には私にトドメを刺そうと深く沈み込む怪物。
「どうせ、負けるなら全力出してやる!窮鼠は猫だって噛むんだ!――こいよ、化け物おおお!」
獠牙の踏み込みに合わせて、全ての力を振り絞り「トライ・スピアー」を繰り出す。衝突の寸前、システムの声が響く。
〈神職アマノ・ウズメの『八百万の加護』の発動条件を満たしました。スキル『刹那の九曜』を発動します〉
時が止まった。そんな感覚に陥るほどに周囲の動きがゆっくりに見える。
〈『背水』『剛力』『破砕』『反射』『貫通』『破甲』『属性・雷』『会心』『神速』が付与されました〉
9つのスキルが瞬間的に私の身体に付与され、それらが相乗効果を生み出し、神の一撃を彷彿とさせる雷光を纏わせる。バチバチバチと激しい音を立てた一撃は獠牙の振るう腕よりも早く、その軌道は左牙に直撃する。
――ガァァァァキィィィィィンッ!
強烈な衝撃音が、滝の音を、獠牙の咆哮を、この鍾乳洞の全てを飲み込んだ。渾身の一撃は、禍々しい鋭さを帯びた巨大な牙を――片方だけ、根元から破壊した。支えをなくした牙はポトリ、と虚しく地面に落ちる。
ゴォアアアア!
これまでの咆哮とは質の違う叫び。ダメージが入った感覚。猫め、噛んでやったぞ!……とはいえ、自分でも何が起きたか把握できていない。とにかく、ウズメ!――ウズメのおかげだ。
〈スキル『刹那の九曜』が終了しました〉
どうやら起死回生の一発に頼ることはもうできないようだ。
牙をなくした獠牙が怯んでいる。自らの象徴とも言える猛々しい牙が鼠に折られたのだ。相当に混乱しているに違いない。その隙に目の前に落ちた牙を急いで拾う。ポリゴン状に消失しないということは、アイテムとして拾えるのではないかと直感した。
〈アイテム『陽炎の禍牙』を入手しました。説明:陽炎の獠牙の牙。その鋭さに比肩する自然物はないとまで言われている〉
「やっぱり!」
直感が当たったことに喜びながらも、同時にここをどう乗り切るか、頭をフル回転させていた。獠牙は次第に冷静さを取り戻したのか、頭を振ってこちらを凝視している。心なしか、さっきよりも荒々しく感じる。幸いにも、出口につながる道は、壁沿いに進めば辿り着ける。なんとか逃げる方法を――
……あ、ある。いや、もうこれしかない。アスカで万が一の役に立つかも、と購入した煙玉。嗅覚が優れていませんように、と心で強く念じる。
煙玉を獠牙の足元に強く投げ込む。瞬間、ボンと音を立てる。エコーロケーションに煙までは映らないらしい。しかし、獠牙が頭を高く持ち上げてキョロキョロしているのは認識できる。きっと効いてる。
「システムさん!煙玉の効果でてる!?」
〈是。煙玉による視覚阻害効果は機能しています〉
その言葉を聞いた瞬間、出口に向かって壁際を走り出す。滝の反響音にも助けられ、なんとか裏見から抜け出すことができた。しかし、まだ安心はできない。蛇みたいにこの通路まで追いかけてくる可能性もある。
ストレージの傷薬を2つ取り出し、口に投げ込む。それを口に含んだまま、再び出口に向かって走り出す。




