第二十章:光りの戸惑い
-1-
「日向!」
更衣室に入ろうとしたところで
声をかけられ振り向く。
「あれ、紫苑じゃん。
何やってんだよ、こんなとこで」
「あのさ…ちょっとだけいい?
すぐ済むから…。大事な話なんだ…」
「はぁ?!
無理!
俺今から部活だから!じゃな!!」
「ああん!!日向ってば!!
本当に1分で済むから!!お願い?!」
そう言って紫苑が腕を掴んできた。
甘ったれた子どもが切望するように
きらきらした瞳で上目遣い…。
なんだこいつ…。
思わず力が抜ける。
「はいはい…1分ね?
で?なに?」
「射川も一緒にいい?
裏庭で待っててもらってるんだ。」
「ああん?
1分じゃねーじゃねぇかよ!!
裏庭行くまで1分かかるわ!ぼけ!!」
軽く紫苑の頭をはたくと
ため息交じりに
腕を掴んだままの紫苑と一緒に裏庭に向かった。
「おーい!日向どこいくんだよ?
練習はじまるぜ?」
日ノ出だ。
「わりぃ!!ちょっと野暮用。
すぐ済むから…先やってて?」
振り返らずに空いたもう片方の手をひらひらと振って見せた。
-2-
裏庭にたどり着いたものの
紫苑が言っていた射川の姿はどこにもない。
「おい…射川いねーじゃねぇか?」
振り返ると紫苑は近くにあった掃除用具箱をごそごそと漁っている。
「何してんの?」
その中に射川がいるとでも?
まさかね…。
と思っていると
紫苑がモップを一本取り出した。
「これでいいかな?」
ちょっと満足げにそれを持ってこちらにやってくる。
「なにしてんの?」
その言葉が言い終わったか言い終わらないかの間に
突如モップの頭の部分をこちらに向けて振り落とした。
慌ててよけるが足元を段差に取られ派手に転ぶ。
「いってぇ~…
てめー!!何すんだよ!!」
「ばいばーい」
紫苑が不気味な笑顔を作って再びモップを勢い良く、
俺に頭に向かって振り落としてきた。
「な!!」
とっさに両手で頭を抱えぐるりと体を回転してみせる。
「ぐあっ!!!」
逃げ切る事が出来ず
モップの金具の部分がふくらはぎを命中した。
「あらら…はずれちゃった。
日向~、動いちゃだめだよ。
頭出して?」
そういいながらも紫苑はクスクスと笑っている。
こいつ…
なんでだ!?
スコーピオン!?
だって…!!
だって!!スコーピオンは紫苑が封印したんじゃねーのかよ?!
慌てて立ち上がると
足の痛みをこらえながら
もう片方の裏庭の出口へ向かおうとしたその時、
その影から女子生徒が姿を現した。
!!
七瀬愛理。
しかし…次の瞬間体が凍りつく。
七瀬愛理の右手には大きめのカッターナイフの刃が光っていたのだ。
「逃がさないわよ?日向君♪」
そういいながらじりじりとこちらに歩み寄ってくる。
後ろからはモップをもった紫苑…。
やべぇ!!
なんなんだよ!!こいつら!!
あっという間に壁際に追い詰められて身動きがとれなくなってしまう。
「ちょ…、よせ!!お前ら自分が何やってんのかわかってんのか?!」
「さぁね」
紫苑がじりじりと近づきながら不気味ににこにこと笑って見せた。
次の瞬間、
紫苑のみぞおちに思い切り蹴りを入れる。
勢いで後ろに倒れる紫苑。
今だ!!
倒れた紫苑の脇を通って逃げようとした瞬間に
愛理が思い切り体当たりしてきた。
「!!」
その勢いで思い切り倒れこむ。
ちょうど仰向けになった状態の俺の上に愛理が馬乗りをするような格好で
乗りかかった。
そして両手にカッターナイフを高く構える。
「悪く思わないでね」
愛理がカッターナイフを振りかざした瞬間
殺られる!!
もうだめだ!!とそう覚悟した時だった
「やめなさいっ!!」
女の声が裏庭内に響く。
その命令の通り愛理はぴたりと手を止めて見せた。
カッターナイフの刃の先端が丁度俺の喉元手前数ミリのところで止まる。
と…愛理が目をぱちくりさせてみせた。
「え?」
俺の目を真っ直ぐに見つめた後、
自分が手にしているカッターナイフを見て派手に驚いてみせると
それを悲鳴と一緒に庭に投げて見せた。
「いや…ちょ…な…なんでこんなこと…?!」
なぜか動揺する愛理。
どういうことだ?
俺が少し頭を上げようとしたところで
馬乗りになっていた愛理のスカートに思わず目が行ってしまう。
「ちょ!!どこみてんのよ!!エッチ!!バカー!!」
愛理が俺の腹の上から飛び降りた次の瞬間に
俺の頬がなった。
だが…このビンタに殺意は感じられない。
ゆっくりと体を起こす。
顔を真っ赤にしながらスカートの裾を下に引っ張って下着が見えないように
隠している愛理と
みぞおちを押さえながら咳き込む紫苑…。
それから…
「…美月?」
その名前を呼んだ瞬間にふわりと美月が俺に抱きついて見せた。
思わず条件反射的に美月を両手で受け止める。
その美月の小さな肩は小刻みに震えていた。
泣いてる?!
「…なさ…い…」
「え?」
「ごめんなさい…!!
ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
ごめんなさいの言葉をひたすら連呼する美月に訳が分らず、
そっとひっついた美月の体を離すと
涙でぐしょぐしょに濡れた顔がそこにあった。
「何泣いてんだよ…」
「私がいけないの…。
本当に…本当に…私のせいで…」
「紫苑君、大丈夫?」
射川が紫苑に駆け寄った。
一緒に入間先輩もいる。
一体何が起こったのか訳が分らない。
「皆の命令は私が解いたわ。」
「え?」
「美月!その男から離れなさい!!」
裏庭入り口の方から声がしたので皆が一斉にそちらを向くと
そこには佐藤聖が立っていた。
「僕の命令を勝手に解かないでほしいな。
あともう一歩でそいつを殺れたのに…。」
「お兄ちゃん!!もうやめて!!お願い!!これ以上こんな事しても
誰も浮かばれないわ!!みんなが傷つくだけじゃない!!
もう…これ以上過去を繰り返さないで…お願い…」
最後の方は涙声でほとんど聞き取れなかったが…。
美月が何を言っているのかその意味も分らない。
「こんな場所じゃ力も思うように使えない。
場所を移動しようか?」
聖が右手の平を広げ、それを空に上げた次の瞬間、
その手が別の手によって下ろされる。
驚いて振り向く聖。
「もういいでしょ。こんな茶番劇はばかげている。
そうは思わない?」
「…翼さん…」
聖の手を止めたのは羽鳥翼だった。
なんでこんな所に…。
「僕が呼びました」
入間が答える。
それに頷きながら羽鳥翼は言った。
「みんな怪我はない?」
すると美月が涙声のまま叫んだ。
「日向君が!!日向君の足が!!」
モップの頭の金具でズボンの布と一緒に切れ出血したふくらはぎ。
今更ながらそこから急激に痛みが沸き起こってきて驚いて顔がゆがむ。
「竹人君、ちょっといい?」
翼に呼ばれ射川が俺の足元にひざを付いて座った。
「この傷にその指輪でそっと触れてみてくれないかな?」
「え?」
射川だけでなく回りの皆が小さな声を上げた。
「さぁ…」
翼に促され、訳が分らないといった表情のまま
射川は自分の左手小指の指輪の石をそっと俺の足の傷に当てて見せた。
するとどうだろう。
石がふわりと光りだしたかと思うと、
足の傷も同時に光りだした次の瞬間、あっという間に傷がなくなってしまったのだ。
「え?!」
射川と俺が同時に声を上げた。
傷の痛みもすっかり取れている。
ただズボンには血痕と破れた痕だけが生々しく残っていた。
「さすがにズボンは直せないけど、とりあえずこれで治療完了、だね?」
そう言って翼さんは俺をみたのでつられてそれにうなずく俺。
「じゃあ…」
そう言って翼さんは立ち上がりまわりの皆をぐるりと見回して見せた。
そして聖の横に立ちながら言った。
「聖君、もうこれで終わりにしよう。
いいね?」
「………」
「美月ちゃん、どうしてこんな事になったのか皆に説明してあげられる?」
すると俺の横に座っていた三月は途端に顔を赤くすると黙って俯いて見せた。
なぜそこで照れる必要があるのだろうか?
まったく理解できない。
「僕がします」
聖が手を上げて言った。
「お兄ちゃん!!」
美月が顔を上げたが聖はそれを制する。
「美月…、アルテミスは月の守護神。
なのだから仕事をきっちりやってほしいところを、
アルテミスは人間界に強い憧れを持っていた。
毎日地球をみてはため息をつく日々。
とうとう月での仕事まで捗らなくなってしまった。
このままでは月の存在すら危うい。
仕方がなく苦肉の策で、アルテミスをほんの少しの間だけ
地球に下ろすことにした。
人間界での生活を楽しんだアルテミスはまた月へと戻ってきた。
これでやっと月の仕事をしてくれるかと思っていたら
今度は月の世界に人間が現れた。
それがオリオン。
イネ=ノの紹介だよ。
二人は定期的に地球へ降りては狩りを楽しんだ。
それだけなら目をつぶってやっても良かった。
だが、アルテミスはオリオンに心を奪われてしまった。」
すると先ほどまで赤かった美月の顔がより一層、
まるでプチトマトのように真っ赤になってしまった。
「僕が蠍座を刺客として送り込みオリオンを殺した後もアルテミスは
毎月のように月の馬車でオリオンの墓参りを欠かさなかった。
そこまでしてアルテミスの心を奪ったオリオンが許せなかった…。
そしたら今度はオリオンが人間界で転生を果たしたというじゃないか。
僕が止めるのも聞かずアルテミスは地上へと降り立ち、
人間として振舞ってオリオンのそばにい続けた。
本当に腹ただしかった。
けれど、凄く生き生きしたアルテミスの顔を見ていたら…
なんというか…。
少しの期間だけ許してあげようか…とも思ったのだが…
中学生になったら二人が同じクラスになり更に距離が縮まって…。
もう…見ていられなかった…。
だから…僕も地上へと降りてきた…。
そういうわけだよ」
聖が喋り終わった後暫くの間、誰一人口を聞くものはいなかった。
その静寂を破ったのは、日向だった。
「ただの焼きもちかよ!!
そんなんでなんで俺殺されなくちゃいけねーわけ?!」
怒りを込めて聖に軽く怒鳴るような口調で言った。
「その態度だよ!!
その態度が気に食わない!!
それに人間の分際で誰に口を利いているんだ!!
今すぐこの場でお前を殺してやりたいぐらいだ!!」
「聖君」
翼がそっと聖の肩に手を乗せた。
「こういうことだよ。皆分ってもらえたかな?
でも…、もうよそう。
こんな事をしてもなんにもならないよね?
それと聖君と美月ちゃんには別の使命があるでしょ?
協力してくれるって話を僕はかなり期待しているんだけど?」
すると聖も美月も同時に俯いて見せた。
「聖君、僕の提案なんだけどいいかい?」
翼が言った。
「美月ちゃんを好きなようにさせてあげたらどうかな?」
「な!!」
「彼女にだって人を好きになる権利はあると思うよ?
君だってそうだろ?」
「………」
「それに日向君も確かに少し言葉遣いは乱暴なところがあるけど
それはオリオンの影響がかなり強いから仕方がないよね?
根は真面目で相手思いの優しい子だよ?それは僕が保障する。
もし君に本当に美月ちゃんの幸せを祈る優しさがあるのなら
彼女を信じてみてはどうかな?」
「………」
「お兄ちゃん…」
「………分った…。勝手にしろ」
「お兄ちゃん!!」
美月が嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ…もう金輪際こんな事がないって事を約束してくれるよね?」
すると聖はただ黙って静かに頷いて見せた。
「あの…」
射川だ。
「貴方は一体誰なんですか?
ずっとアンドロメダ座守護神だと思っていましたが
12星座守護神でもないのにどうして貴方の言う事を聖君が聞くのかが分りません。」
すると翼はくすりと笑って見せた。
「日曜日、うちに来るって話覚えてるよね?」
「え?ああ…はい…」
「みんなも来るといい。ちゃんと話しておいた方がいいと思うからね。」
「あの…僕らは遠慮します」
聖だ。
「そう?
そうだね。聖君と美月ちゃんはもう知ってるからね。
じゃあ他の星座守護神をうちに招待するよ。
そこで全部話してあげるから。」
-3-
皆が裏庭から出て行ったあと、俺と美月だけが二人そこに残った。
今は二人して一つのベンチに静かに腰を掛けている。
「お前…ずっと知ってたんだな?」
「…ごめんなさい…私のせいで迷惑かけちゃって…」
「そんな事もうどうでもいいよ。
それよりさ、俺のこと昔っからそんな風に思ってたなんて
すげー意外なんだけど?」
「お兄ちゃんのせいよ。
一緒の学校に通うのだって最初は反対されたのよ?
でもなんとか許可が出たもののクラスまでは一緒になれなかったから、
せめてと思って同じ部活に入ったの。」
…そうだったのか…。
「なんとか日向君と関わっていたくて…。
毎年バレンタインデーに下駄箱に名前が入ってないチョコレート入ってたでしょ?
あれ、私なの」
「え?バレンタイン?チョコ?
なんの話?」
「覚えてない?1年生の頃から毎年日向君の下駄箱に
チョコレートを入れてたんだけど?」
「え?しらねーよ?」
そこではっとしたように美月は顔をむっとゆがませて見せた。
「お兄ちゃんだわ!!
お兄ちゃんのせいね!!」
「ああ…」
間抜けな声を出した後思わずクスリと笑って見せた。
「何がおかしいの?」
「いやさぁ、お前らって本当仲いいのな?
てか兄貴完全にシスコンだね?いや、いい意味でだよ?
妹思いのいいお兄さんじゃないの?」
「そ…そうかしら…」
「とりあえずさ…なんかほっとしたよ。」
「え?」
「俺もガキの頃からオリオンの記憶があったんだけど、
ずっと仲間がいなくて一人悩んでたんだ。
羽鳥さんがちょっと声かけてくれたことも会ったけど
あの人正体不明だし。
美月のことも最初は全然気が付かなかったんだけどさぁ…
中学入って…なんていうか…ねぇ?」
「なに?」
「ちょっとさぁ…こう…
ちょびっとだよ?ちょびっとは小学生の頃に比べたら
大人っぽくなってきて、アルテミスの面影が出てきてさぁ、
あれ?もしかして!?って思ったわけなんだよ!!
でもどんぴしゃでまさかご本人登場とはね。」
「あの…迷惑だったかしら?」
美月は静かに俯いて見せた。
「え?迷惑って?」
「だって…。ここまでして追っかけてくる私の事、
気持ち悪いとか思ったりしてない?」
「まさか!!むしろ嬉しいくらいだよ!」
「え?!本当?!」
美月が明るい表情を作ってぱっと顔を上げて見せた。
と、思い切り目と目が合い
吸い付くように
視線を逸らせずそこで視点がロックされてしまう。
美月…いや…アルテミスの美しい瞳…
白い肌、桜色の唇…。
そっとアルテミスの頬に手を当てた。
このまま…
このまま、
このまま…
キスを…。
アルテミスに、
キスを…。
と…
「いや!!だめだ!!」
慌てて立ち上がる。
「え?!な…なに!?」
美月は驚いて体をのけぞらせて見せる。
「俺まだ中一のガキだから!!
もっと、オリオンみてーにかっこよくなったらその時は
今日のリベンジさせてくれよ?
じゃあな!!」
そう言って美月の返事を待たず小走りで裏庭を後にしたのだった。




