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第十五章:フルムーンスパイラル

-1-


なんとか冷静を装うことに努めた。


ワンテンポ置き

静かに言葉を発する。


「話しって?」


紫苑を軽く睨んだ。


「な…」


紫苑はただただ目をビー玉の様に丸くし

ただただ驚いた表情を作るだけだ。


「なんで日向がこんなところにいるの?!」


いきなり妙な質問をされて思わず驚く。


「何でってお前が呼び出したんだろうが!野田はそう言ってたぞ」


「野田?!」


紫苑の顔色が見る見るうちに悪くなっていくのが分った。


と、自分の胸を軽く握ってみせる。


「おい、大丈夫か?」


紫苑の方へ駆け寄ろうとした、その時

「来ないで!!」


いきなり紫苑が叫んだ。

が次の瞬間に紫苑は苦しそうに顔をゆがめ

しゃがみこんでしまった。


「なんだよ!また具合悪いんだろ?!」


紫苑の目の前に立つとそっとしゃがみ肩に手を当てた。

やつのせいだろうか…でも本当に苦しそうだし…

放ってはおけない。


「保健室行った方がいいか?」


「だ…め…はやく…にげ…」


紫苑がそっと胸ポケットに手を入れた。


なんだか嫌な予感がした…。


思わず黙ってその様子を見守るしかない。


と、


「ひゅう、が!!


にげ…て!!…早く!!」


紫苑が苦しそうに叫んだ。


「はぁ?何言ってんだ?お前?」


眉間に皺を寄せる。


と、次の瞬間


チャキ!っと音が鳴ったかと思うと

鋭い銀色の線がきらりと光った。


思わず驚いて尻餅をついたが…

頬に微かな痛みを感じた。


紫苑の手には…、

カッターナイフ。


こいつ…


やっぱり…。


「な…な…なんだよ!!」

声が震えているのが分った。


間違いない…。


「紫苑…お前…」



-2-


「死ねーっ!!」

刃を真っ直ぐ日向に向け向かってくる。


体を転がし刃物から逃げると

紫苑の細い手を思い切り掴みこんだ。


「よせ!!お前自分が何してるか分かってるのか?!」


紫苑の華奢な腕とは思えないその力は

俺の手を振りほどいた瞬間、また刃物が

体のどこかを切りつけた。


気がつくとスーツに真っ直ぐと鋭い切れ込みが入っている。


体が動かなかった。

こいつ…

紫苑じゃない!!

こいつは…


こいつは!!


紫苑が俺めがけてカッターナイフを振り上げた瞬間、

「動くな!!」


ホールにその声が響いた。


その声主のほうに瞳を動かす。



「スコーピオン、少しでも動いてみろ。

この弓矢で今度こそお前を封じ込む!!」


射川だった。

射川が

弓矢を構える格好をしながらこちらを向いて立っていた。


弓矢自体は見当たらないがその代わりに

弓矢があると思われる場所が光り輝いた。


光りの弓矢だ。


紫苑のものとは思えない低い声でいう。

「やりたきゃやればいい。だがこの小僧もただでは済まされないぞ。」


「もうよせ。君はオリオンを仕留めたじゃないか。

目の前にいるその子は関係ない。

その刃をどけてくれ!でないと…

僕はまた君を射る羽目になる。

同じことの繰り返しじゃないか!」


「同じじゃないさ。

俺には味方がいるんでな」


イネ=ノはさらに弓を引いて

蠍の心臓に狙いを定めようとした時だった。

首に鋭くつめたい感覚を受けはっとする。

刃物を首に当てられているようだ。


振り向かないままそっと言う。

「…野田君…」

「やぁ、イネ=ノ殿。お久しぶりですね。

まさかまたこんなところで会えるとは思っていませんでしたよ」


「君も目覚めていたのか…」

「ええ…とっくにね。」

ニコリと微笑んだがその笑顔をイネ=ノは確認することができない。


「お…お前ら」

自分の声が震えている。

その事実がさらに俺を恐怖へと陥れる。


突然紫苑の持っていたカッターナイフが弾かれた。


カッターナイフと一緒にバスケットボールが転がる。


「ぐぁっ!!」

野田の悲鳴だ。


見ると

男子生徒が野田の腕を取って背中に回していたところだった。


イネ=ノが叫ぶ


「アキレス!!」


「お待たせしました、イネ=ノ様。

今回はお役にたてそうですね。」

そう言ってウィンクしてみせた。


「オリオン、お前を殺すのが私の使命。

そうだ…こんな茶地な道具で殺されたのではお前も浮かばれないだろう。

お前にふさわしいものはやはりこうでなけれえばな。」


次の瞬間、

紫苑の手の中に光る棒のようなものがあらわれた。

さらに光りは伸び、

やがて巨大な鎌となり神々しく輝きを放つ。


「やっぱりお前を殺すにはこうでなくっちゃなぁ。」



「や…やめろ!!紫苑!!」



鎌を射川たちのほうに向け

思い切り空を切った。


突風が生まれ3人を部屋の隅へと弾き飛ばした。

壁に激しくぶつかりガラスの壁にヒビが入る。


「これで邪魔者は消えた。」

紫苑の冷たい瞳が日向を捉えた。


「ほ…本当にこれでいいのかよ、紫苑…」

震えた声で、だが紫苑の瞳を真っ直ぐ見つめながら問う。


「後悔なんてないさ」

そう言って鎌を思い切り振り上げた


「そうじゃない!俺は紫苑に言ってるんだ!!

紫苑!!

聞こえてるなら返事しろ!!」


鎌を振り下ろそうとしたつぎの瞬間、

ぴたりとその手が止まる。



「くっ…小僧が…

無駄な抵抗はよせ…。

これ以上抵抗するとお前の心臓は破裂するぞ」


紫苑の体は異常なほどの汗に包まれていた。


「くぅっ…」

紫苑の体の中で蠍と紫苑が鎌を取り合っていた。


錯覚だろうか?

紫苑が…ふたり…画像がぼやけるような不思議な光景が

瞳に映し出された。


「日向は殺させない!!その鎌を捨てるんだ!!」

「放せっ!!これはもともと俺の体だ!!」

「何言ってるんだ!!

これは!!

この体は!!

この魂はっ!

僕のもんだーっ!!」


紫苑が蠍の魂を思い切り弾き飛ばしたその瞬間、

体の外にもう一人の紫苑が現れた。


しかし、

その姿は半透明に透けていて、

胸に弓矢が刺さり

背中まで貫通していた。



かなり弱りきった様子で床に倒れこんだまま息を切らせ、

紫苑の顔を見上げている。


その顔の目の前に鎌が向けられた。


「この体も魂も僕のもんだ!」

息を切らせながらもう一人の自分を見下ろした。

「くっ…」


紫苑は乱れた呼吸をなんとかして落ち着かせ息を飲んだ。


ゆっくりと小さなため息をつく。


「やっと会えたね…。

君が僕の中で暴れてたんだ…。

でも、もうそうはさせない。

大切な友達を殺したいなんて僕は一瞬たりとも思ったことなんてない。

それに、日向はオリオンじゃない。

君の役目はもっと他にあるんじゃないの?」


「…ふ…お前のようなガキに説教されるとは俺も落ちぶれたものだ…。

言っておくが俺はお前の代わりを務めてやったまでだ。

これはアポロン様よりの命令。

俺がやらなくても他の誰かがオリオンの命を狙うだろうよ。」


「え…?」



紫苑の体から飛び出した蠍をイネ=ノが弓で狙った。


「待って!イネ=ノ。」

紫苑の言葉にイネ=ノは慌てて弓を構える力を弱めた。


「確かにこの体は僕、観月紫苑のものだけれど…

この蠍は…僕自身でもあるんだと思う。

だから殺さないで。」


「…紫苑君、何を言ってるんだ。

そいつは日向君や君をも殺そうとしたんだよ?

…それに…魂を入れる器を失ったんだ…

今は月の力でなんとか姿をとどめていられるけれど

月が沈めばその体は自然消滅するんだ…」


「え?」

イネ=ノの言葉に驚き思わずもう一人の自分を真っ直ぐに見下ろした。


紫苑を見つめるもう一人の紫苑…。


不思議な光景だった…。


「ふん…」

蠍が笑いながらため息を漏らした。


「最後の最後まで俺は悪役のままか…。

なんのために生まれてきたんだろうな…」


蠍は目を逸らし鼻で笑って見せた。


「そんな…悲しいこと…」


ただただ、紫苑は悲しげな表情で蠍を暫く黙って見下ろした。


「あのさ…

もう一度やり直せばいいんじゃない?」


その言葉に蠍は目を丸くして顔を上げて見せた。


「そうだよ…。

まだ終わってないよ!

もう一度やり直そうよ!!

ねぇ、蠍…。

本当は寂しかったんじゃないの?

そうなんでしょ?」


「はん、何を言ってるんだ…」

「もう、いいじゃない。

僕は君を殺さず、僕の中に取り込もうと思う。」

「…な!」

思わずイネ=ノが声を上げる。

「紫苑君、君は何を言っているか分ってるのか?!

それじゃあ今までと何も変わらないじゃないか!!」


「違うよ。

そんな事ない。

ね?

自分の人生を後悔してるんでしょ?

だからやり直すんだ。

僕と一緒に!」


倒れこんだ蠍を抱き起こし

そっと抱きしめて見せた。


「それに君は僕自身でもあるんだもん。

ね?」


紫苑に抱きしめられた蠍はぼろぼろと大粒の涙を次から次へと

零していった。


蠍をぎゅっと抱きしめたまま優しそうな表情で瞳を閉じている紫苑。

そんな紫苑に抱かれた蠍も、

紫苑と心が通じたのだろうか?


自分の手をそっと、

紫苑の背中に回し、

きゅっと、抱き返して見せた。


何故だろう…俺までもらい泣きしそうになって

思わず目が潤む。


二人は泣きながら抱き合っていた。


不思議な光景。


でも…

とても純粋で

美しい…。


二人の心がつながった瞬間を俺は目の当たりにした。


-3-


ホールのガラスを突き破ってまばゆい光が輝きを放った。


光りの中で蠍を受け入れた紫苑の指にはまっていた指輪が強い輝きを持って光りだす。


ずっと半透明だった指輪が蠍を受け入れることによって

光りを増し、

やっと真っ直ぐ透き通った本来の形を得る。


金色に輝く鎌の付け根には蠍座の守護石が輝き、

夢の中でキク=カがまとっていた式服を、紫苑はまとっていた。


からし色の水干のような着物にセーラーカラーのような襟がつき、

蘇芳色の括り袴だ。



イネ=ノが言った。

「キク=カが…蠍座守護神が目覚めた」


神々しい光りの中に紫苑は佇んでいた。


その人物の前にすっと立ち俺はニコリと微笑んでみせた。


「やっと会えたな、キク=カ。」

真っ直ぐに紫苑の瞳を見つめた。


「え?」

紫苑が聞き返す。


「お前って本当に鈍いのな。

俺はずっと小さい頃からお前の存在知ってたぜ。」


「どう…言うこと?」


「さぁね。この学校の初等部に入った頃からずっとお前の夢を見てた。

キク=カとか言う名前でお前がいつも夢に出てきてたよ。

で、俺はオリオンとか呼ばれてさ。

お前に殺された夢もみてた。

だからさ…中等部でお前と初めて会ったときなんとなくそんな気がしてたんだけどな…

それにまさかイネ=ノまで出てくるとは思わなかったぜ?」


そういいながらイネ=ノの方を振り向いた。


「日向君。君もすでに覚醒していたんだね。」

イネ=ノが言う。


「“覚醒”って言葉が正しいかどうかはよくわからないけどね。

記憶はあるよ。

ただ…野田もそうだったみたいだな…。

イネ=ノさ…、野田の記憶消せない?

でないとこいつ、根が真面目だから凄い傷つくと思うんだよね。」


気を失って倒れた野田をそっと見下ろしながら日向は言った。


「残念ながら僕に人の記憶の操作はできないんだ…でも、

野田君ならきっと大丈夫だよ。

スズ=タケの本来の使命は蠍ではなくキク=カを守ることなんだ。

蠍はもう紫苑君に吸収されてしまったから、

あとは紫苑君を守るより他ないだろ?」


その言葉に紫苑もほっとため息をつく。


「良かった…。それに野田もそんなに弱い奴じゃないから

心配しなくて大丈夫だよ、日向。」


イネ=ノがジャケットを脱ぐとそっと野田の体にかけた。

「じきに気が付くよ」

そう言ってイネ=ノは細く微笑んだ。

それに答えるようにニコリと微笑んだ後

隣に立つ人物を見た。


「あなたとお会いするのは本当に久しぶりですね」


一度は電車の中で会ったが、

互いの正体を明かしたのはこれが初めてだ。


だから電車の件を抜きにすると

最後に会ったのは遠い遠い夢の記憶の向こう側…。


「そうだね。と言うかそもそもあまり顔を合わせる機会もなかったしね。

今の名前は入間光いるま ひかる。こういう形で再開できるとは思わなかったけど

嬉しいよ。」


「僕もです。」


あえて“俺”ではなく自分の事を”僕“と呼んでみると

ゆっくりとガラスの向こう側の空を仰いだ。


「不思議だね…。

僕ら、二度とこうして集まる事はないと思ってたのに…。

これは奇跡なのかな…。」

そういいながら紫苑は皆の顔をゆっくりと見回した。


「悪夢じゃねーの?」

思わず口の端でにっと笑って紫苑を見つめ返した。


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