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第十三章:涙色のハンカチ

-1-


日曜日。


遠征してきた他校の部員たちと練習試合を終え

家にたどり着いたころには日はすっかり暮れ真っ暗な闇が静かに町を包み込んでいた。


玄関のドアを開けた瞬間にふんわりと香るやさしいシチューのような

クリーミーな香り。


「ただいまー!!今日は何?シチュー?」

そういいながらキッチンのドアを開けた。


「お帰りなさい、今夜はグラタンよ」

母親が木べらを手にニコリとほほ笑みながらこちらを振り向いた。


「よっしゃー!!」

小さくガッツポーズしキッチンのドアを閉めると自室へと向かう。


部屋のドアを開くと冷たい真冬の空気がつんと鼻を突いた。


照明をつける。


まず一番目につくのがアメリカのバスケット選手がボールをドリブルしながら

駆け抜ける巨大なポスター。

あとは勉強机にベッド、本棚…。


クローゼットを開けると空いたハンガーを引っ張り出し脱いだ制服を掛けていく。


今日の練習試合、

なかなかの接戦で楽しかった。


相手は横浜の中でもなかなか名の知れた公立校のチーム。


先輩たちは残念ながら惜しくも負けてしまったが

1年のチームは満天星が勝利を飾ることができた。


昼休み、相手のチームと話す機会があって

高校は満天星を受験したいと言っているやつに

少しだけ学校の様子を話してあげたらとても喜んでいた。


トレーナーを着こんだところ、自宅の固定電話の着信音が家中に鳴り響いた。


バッハの「主よ人の望みの喜びを」…。


固定電話独特の連続する電子音が苦手だ、というわけで

我が家では固定電話の着信音にこの曲を採用している。


しばらくしてコールが途切れる。


親が受話器を取ったのだろう。


着替えを終えクローゼットの扉を閉めたところで

階段下から母親の呼ぶ声が聞こえた。


「明―!!電話よ!」


「え?!誰から?」

言いながら階段を駆け下りる。


すると母は表情をにやりと崩して笑った。


「お・ん・な・の・こ!

あなたもなかなか隅におけないわね!」


そういいながら肘で俺の脇腹を小突きながら受話器を手渡した。


女?


「なんかの勧誘じゃねーの?」


そういいながら保留を解除させ

受話器を耳にあてた。


「もしもし?」



「……日向君?」


弱弱しい女の声…。


でも聞き覚えがある。


瞬時にそれが誰であるか察した。


「…美月?」


「…うん…」



「どうしたんだよ、急に電話かけてくるなんて…なんかあったのか?」


「今会える?」


「え?…

お前、今どこいんだよ?」



「…西金倉駅」



俺の自宅の最寄り駅だ。


受話器を切ると一気に二階に駆け上がり

コートをひっかけて再び階下に降りた。


「ちょ…どこ行くの?」


母が驚いて声をかける。


「駅。先食べてて」


そう言うと母の返事を待たずに玄関のドアを開き

外に飛び出した。


闇に沈んだ静かな町の中をぽつぽつと規則的な距離を保って

白く光る街頭を両脇に挟まれながら大通りを駆け抜けた。


吐く息が白く広がる。


住宅街の坂を駆け下りると徐々に町が明るくなり

やがて西鎌倉駅前へと出た。


美月はどこだ?!


必至で辺りを見回す。


と、

「日向君!」と後ろから声をかけられ振り返る。


まず驚いたのは、

その相手が一瞬誰なのか認識できなかった事だ。


だが、今の声は間違いなく美月のもの…。


「美月?」

するとその少女は軽く頭を下げた

「ごめんなさい、急に呼び出したりして…」


再びあげた顔をみて思わず反射的に目をそらしてしまった俺がいる。


だが、再びちらりと美月の方を見た。


「…なんか…びっくりしたっていうか…一瞬誰か分からなかった…」


いつもはまとめ上げている髪を下ろしウェーブがかかり

かわいいピンクのコートにギンガムチェックのミニスカート、

ブラウンのタイツに短いブーツ…。


「お前、デートでもしてきたのか?」


「え?」


思わず美月が俺の言葉に聞き返す。


「だって…なんつーか…そんな格好してるからさぁ…」


「別に?いつも普段出かけるときはこんな感じだけど…?」


「へー…あ、そうなんだ…。

で?話って何?」


「あ、うん…その…」


美月が少し困った顔をしてみせる。


そんな美月がとてもかわいく思えて思わず心の中で

何考えてるんだ!おれ!!とかぶりを振っている自分がいた。


「あの…この前はごめんなさい…

せっかく日向君、自分の事話してくれたのに…

ちゃんと聞いてあげられなくて…

あの後どうしたらいいのか…わからなくて

日向君の事避けちゃって…」

「ちょ…!待てよ…美月が謝る必要ないって!!

寧ろ俺の方こそごめん…

その…あんな事して…

つい…なんていうか…

自分の事ばっかり考えてて

なんつーか…いっぱいいっぱいになってて…

それで…その…」


顔がカァッと熱くなるのが分かった。


「と…とにかく!!

悪いのは俺だから!!美月はちっとも悪くないからな!!

そこんとこ勘違いすんなよ?」


すると美月はクスリと笑って見せた。


「日向君って本当にやさしいのね…

ありがと。」


やさしく微笑んだ美月の笑顔が眩しすぎて

思わず胸がキュンとなるのが分かった。


な…なに照れてんだよ!俺!!


「で…でさぁ!!

話って?」


「あ…うん…その…」


再び美月から笑顔が消え、目を伏せて見せた。


あまり明るい話題ではないのだろうか…と思った次の瞬間

いきなり顔をあげ俺の腕をつかんで見せた。


「日向君!!」


突然まっすぐな瞳で俺を見つめる美月…


な…な…


!?


言葉がでない…


思わず見つめられた美月の顔を黙って見つめ返すしか

できない…。


「あの!!お願いがあるの!!」



「…な…なに?」

思わず声が上ずる。


「明日、学校を休んでほしいの!!」



「…へ?」


思わず聞き返す。


「なんで?」


それでもきゅっとつかまれた腕をつかむ力は変わらない。


「なんでもいいの!!

とにかくお願い!!」


「だから~、なんで?」


「それは…その…」


腕をつかんでいた力が緩む。

俯く美月。


「…私…」


「…私…!!」


再び俺をまっすぐに見つめる美月の瞳はきらきらと

十分すぎるうるおいを持っていた。


な…なんだよ…!!

そんな…今にも泣きそうな顔されたら…俺…

どうしたらいいんだ…。


至近距離で見つめられて

しかも腕までつかまれ…


体がぐんぐんと熱を帯びていく。


熱い…。


今すぐ美月を突き放して逃げ出したくなっている自分がいた。



「私…!!日向君のことが好きなの!!」


俺の体内温度計の温度が一気に急上昇し臨界点を突破した音がした。


そのショックで体が固まる。


「だから…その…日向君にはいつまでも…その…

だから…その…」


美月の歯切れが悪くなる。


「美月?」


俺のその言葉が合図だったかのように

ポタポタと美月の瞳から

宝石のように美しい涙がこぼれだし焦る。


「ちょ…なんで泣くんだよ!!」



「だから!!」


再び腕をつかむ手に力が入る。


「だから…!!…嫌なの…もう…

もう…だから…」



そこでハッとする。



「美月…まさか…お前…」


「ごめんなさい…。何も聞かないで…?

ただ…日向君にはとにかく明日学校を休んでほしいの…。」


大きな溜息を一つついた。


「はいはい…なんとなくわかったよ。

大丈夫だって!

自分の身ぐらい自分で守れるからさ」


そういいながらそっと美月の腕を離す。



「それよりさ…俺のこと好きって、まじ?」


再び顔を上げる美月。


涙で顔がぐしょぐしょだ。


コートのポケットからハンカチを取り出すとそれで

美月の顔をそっと拭った。


「情とかそんなんじゃなくてマジで?

だったら俺、スゲーうれしいんだけど?」


するとハンカチを手にした俺の腕をそっと掴んだ。


「いまさら…何言わせる気よ…

もう…日向君が鈍感すぎて…私疲れちゃったわ…」


「美月…」


そっと…静かに…やさしく…

美月の頬にキスをした。


すると見る見るうちに美しいほどに白かった美月の顔が

真っ赤に染まる。


見ていてこっちまで恥ずかしくなってしまったくらいだ。


「と…とにかく心配は無用だからな?

まかせとけよ!

紫苑は俺が守るからさ!」


「……日向君…」


「あいつも俺にとっては大切なダチの一人だから…

それに…お前をこれ以上苦しめたくもないしな?」


そういって美月の小さな肩をポンと叩いて見せた。


「今日はわざわざありがとな!

気を付けて帰れよ?じゃ、明日学校で!!」


そういうと美月の言葉もまたずに

彼女に背を向け一気に走り出した。


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