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第56話 宵越し祭り

≪カズヤ≫


 今日は宵越し祭りの初日、元の世界で言えば大晦日。

 年末年始の長期休暇、お正月休みに突入したマラガの城塞都市。

 マラガの大通りで軒を連ね、肩を寄せ合っているいつもの露店は赤や黄色の原色で派手に飾られている。

 中央広場には大道芸人に野外劇団、三角屋根のテントの中へ子供達が駆け込んで行く。

 そんな街の風景を横目で見ながら、いつもより三割増しで大きくなっている売り子の呼び声に後ろ髪を引かれつつ教会へ足を運ぶ。

 子供達による舞台劇、近隣の有志住民によるバザー、教会関係者によるチャリティーオークション、本日の教会はイベント目白押しである。

 カズヤパーティと薔薇組、そしてシリウスで街をゾロゾロ歩くと目立つ、目立つ。

 風の女王様とマラガの聖女様、見た目は華やかな薔薇組。

 通り過ぎる一団を、男ばかりか女性達もため息交じりで振り返って見ている。

 マラガの住民も自治領軍の衛兵も、石畳をチャカチャカ歩くシリウスには慣れっこになってしまって今更驚いたりしないが、宵越し祭りで壁の外から来た観光客が驚いて立ち止まり遠巻きに見ている。


「わあ綺麗、ねえ、カズヤ、ちょっと寄ってく?」


 店先に並べられた色鮮やかな砂糖菓子に目を奪われ、アリスが立ち止まる。


「後で来ればいいよ、早く行かないと」


「カズヤ、そんなに急がなくても大丈夫よ。それより、子供達に配るプレゼント用意してきた?」


 俺の横に並ぶソフィは冬の風に長いお耳を赤くしている。


「うん、ばっちり」


「あ、新しいお店が出来てるよ」


 もう一度アリスに袖を引かれる。


「縫製店みたいだけど・・・、幾つか見本の完成品が置いてあるようね」


 ソフィも立ち止まって首を回す。


「え~っ、後にしようよ」


 彼女達が服飾関係の店に入ると長くなるのだ。


「ちょっと見るだけだから良いじゃない。そうそう、私の下着が一枚見当たらないのよねぇ・・・、どうしたのかしら?」


「うっ・・・」


「アリスのパンツも数が足りないんだよねぇ、ねぇ、カズヤ、知らない?」


「ぐっ・・・」


 たぶん、ソレは今、俺の部屋の引き出しの中に有ったり、無かったりして・・・。

 ヘンタイ捕獲作戦遂行の為にやむを得ず無断拝借したと正直に話しても、彼女達の理解が得られるとは思えない。

 俺には女性用下着を収集する趣味は無いが、例の布はこのまま墓場まで持って行くつもりだ。

 そもそも、何故、女性は自分のパンツの柄と数を一々覚えているのであろうか。

 俺は今、自分の下着の数をだいたいこの位かなあ、くらいにしか把握してない。

 干した洗濯物が風に飛ばされ、一枚無くなっても気付くことは無いだろう。


「盟主様、サナエの下着には何の変化もございません。どうしてですかっ!」


「減ってないんだから良いじゃないか・・・」


 あの時、変質者のエサを用意する為に洗濯籠を漁ったら、俺の名前が刺繍された女性用の下着が出てきた。

 もちろん俺に女性用のパンツを着用する趣味は無い。

 それなのに、俺の名前が刻まれた下着。

 見るからに禍々しいオーラを放つ物体。

 いったいどうしちゃったんだ、サナエさん。

 元の世界のゲームの中では俺達の後をちょこちょこ付いて来る可愛い後輩だったのに、今や重い女を通り越して貞子レベルの這い寄る混沌になってしまった。


「いらっしゃいませ~」


 下着の件について、これ以上追及されたくないので、皆に従いおとなしく縫製店のドアを開けて店の中に入る。

 カランコロンと頭の上でベルが鳴り、奥から店員が出てきた。


「これ、珍しい型ね」


「そうなんですよ、店長のいた世界の服をこちら風にアレンジしたそうです。どうですか?」


「いいわね、他にも有るなら見せてもらえるかしら?」


「どうぞ、どうぞ、こちらへ~」


 ソフィとアリスは店員に案内され、生地や見本品の並ぶ棚の向こうへ入って行った。

 今の売り子の口ぶりからすると、店の責任者は転生者のようだ。

 薔薇の女子達も熱心に店の棚を見て回っている。

 こうなると長いんだよな~。

 店の表ではシリウスが行儀良くお座りをして待っている。

 シリウスの相手でもしてヒマを潰そうかと思っていたら声を掛けられた。


「兄さん、兄さん。あそこの彼女達は兄さんのお嫁さんだろ?凄いねぇ」


 後ろに立っていたのは、背が低くもっさりちんまりした感じの女性。

 無造作に束ねた髪の毛と全体的にダボついた服装。

 首からぶら下げた巻尺と服のあちらこちらに絡み着いた糸クズと差し込まれた待ち針がより一層粗雑感を引き立てている。

 二十代後半、薔薇組のちょっと上くらいの年齢だろうか。

 顔立ちは悪く無いと思うが、無頓着な感じが強すぎる。


「うむ。まあ、そんなもんだ。ところでアンタは誰?ここの御針子さん?」


 最近、彼女達との正確な関係を一から説明するのはメンドクサイし、誤解されていた方が都合良いので受け流す事にしている。


「アタシはここのオーナー兼デザイナー、転生者のシバヤマ・ツバキ。こっち風にツバキでいいよ。兄さんが東門の転生者だろ?」


「よく知ってるな、カズヤだ」


「ここに店を出す前、この街の立地状況とか顧客層は調べたから、噂はイロイロとね・・・」


「ほう、どんな噂なのかぜひ聞かせて貰いたいな」


「まあいいじゃないか、それより兄さんに見て貰いたいモノが有るんだ。きっと気に入るよ、こっちにおいで」


 調子の良いツバキに流されるまま店裏の作業室に連れ込まれた。

 表の店から想像できない程、奥深く広い部屋。

 机の上に裁断途中の布の切れ端や型紙が雑然と置かれている。

 木製のマネキンに着せられた服には、どこか見覚えがあるような・・・。


「これ・・・、アニメのコスプレ?」


「そうは言っても天然素材百パーセントだから元の世界の化学繊維で出来たペラペラとは違うだろ?アタシなりに手を加えて改良してあるから仕上がりには結構自信があるんだ」


「うん、質感がすごいな。本物みたい」


 元の世界のネットなどで良く見かけた異世界ファンタジー風の衣装だが、ペンキで塗りたくったような原色のケバケバしいベッタリ感は無く、奥行きのある色で染められている。

 素人の俺が触っただけでも高級品だと分かる肌触りの良い布生地。


「『みたい』じゃないよ、本物だよ。ここはもう異世界なんだからさ。こっちでコレを着て街の中を歩いても全然違和感ないだろ?兄さんの好みのモノはどれだい?」


「そうだなあ、これが良いかなあ」


 ハーフマントと組になっているタイトミニの将校制服風。

 この深緑の上着の胸に階級章っぽい飾りを付けてソフィが着たら、きっと良く似合うだろう。


「兄さん、好みが渋いねぇ。じゃあソレあげるよ、包んでおくから持って帰りな」


「あげる?無料って事?」


「そうだよ。今、表で彼女達が選んでる商品も割引しておくよ」


「ちょっと待った。タダより高価い物は無いって言うし、素人の俺が一見しただけでも分かるような高級品なのに、どうして?」


「あのエルフの姉さんが、『風姫ソフィア』さんだろ?あのヒトにウチの商品を着て外を歩いてもらえるだけで良い宣伝になるんだ。誰かに『それどこの店で買ったの?』って聞かれたらウチの名前を言って欲しい。アタシは元の世界で服飾の学校を卒業したんだけど、結局、服屋の下っ端店員でね、オーダーメイド専門の店を構えるのが夢だったんだ。ちなみにコスプレは個人的な趣味だったけれど、着る方じゃなくて作る方専門だったから」


「そういう事なら貰っておくけれど、コレを着てくれるかなあ・・・」


「そこはホラ、おだてるなり持ち上げるなりして上手くやりなよ。ちょっと雰囲気が違うだけでも夜がはかどるよ~。アタシの旦那はあっちに置いてあるピッチリ系が好きでさ、普段は虫も殺さないような顔してるのに、アレを着ると飢えた獣になるんだな~」


 ニヤニヤしながら俺の背中をバシバシ叩くツバキ。


「ぶっちゃけ過ぎだろ」


 将校制服を着てハイヒールを履き、鞭を手に持ったソフィが頭の中に浮かんでゾクゾクしてきた。


「こっちの世界に旦那と二人で飛ばされてから、魔物相手にがんばって資金貯めて、やっとここまで漕ぎつけたんだ。実はさ、最初は王都にお店を開いたんだけど上手くいかなかったんだよ。ほら、こっちの世界のお金持ちって言うと貴族様だろ?その貴族様に買ってもらうには、出入りの商人に取り次いでもらうしかないんだけど、なかなか受け入れてもらえなくってさあ。アタシみたいな新参者が割り込んで来ると貴族様お抱えの老舗が嫌がらせしてきたりするんだ。それでこのマラガ自治領なら、魔境と王都を結ぶ中継都市で商売が盛んだし、貴族の影響力もあまり無いし、お金稼いでいる冒険者も多い。思い切って、このマラガでやり直す事にしたんだよ」


「貴族様かあ・・・、なるほどなあ、そういう苦労もあるんだな」


 たまに金銀で装飾された豪華な馬車や、ぞろぞろと御付の騎士を従えたそれっぽい人を見かけるが、直接話す機会も無いのであまり意識した事はない。


「手間暇かけて材料にも拘ってるから値段はそれなりにするけれど、着てさえ貰えればきっと気に入ってくれると思うんだ。無理に勧めてくれなんて言わないよ。今、表で買おうかどうしようかを迷っている彼女達の背中をそっと押してくれるだけで良いんだ」


「まあ、そのくらいなら協力してもいいか」


「ありがとう、助かるよ。それと、隣が旦那の店なんだ。兄さんだけで良いから、そっちも覗いてやってくれないか?」


「旦那さんと一緒にこの店を経営してるんじゃないの?」


「旦那は旦那でやりたい事があってさ、まあ見てやってよ」










「生地も良いし、腕も良さそうだから頼んでみたら?」


 店の中に戻って未だに生地を広げ難しい顔をしているソフィに静かに耳打ちする。


「そうね」


 離れた場所でこちらのやり取りを見守っていたツバキに向かって手を振る。

 巻尺片手のツバキに連れられ、店の奥でソフィの採寸が始まった。

 あの様子なら俺が言わなくても注文していただろうが、これで義理は果たした。

 ソフィに釣られる様に他の女子達も動いた。


 まだまだ時間が掛かりそうなので、待ちかねて店の外で居眠りしているシリウスをひと撫でしてから隣の店へ歩く。

 入口の横に良く手入れされた鉢植えが置いてあるが、看板も何も無く、中が覗けるような窓も無い。

 一見さんお断りの店構え

 ツバキに教えられなければここが店だと分からなかっただろう。

 赤茶けた煉瓦に屋根から垂れた蔦がからまっている。

 ゴツゴツした金属製のドアノブを引いて恐る々々中へ入る。


 天井からぶら下がった幾つものランプ。

 そこから溢れた光が柔らかく店の中を照らしている。

 店内の左右の壁際には、大きなガラス窓の付いた飾り棚。

 その中に、木材、石材、鋳鉄、様々な材料で作られた彫像、複雑な花模様が彫られた木製の小物入れ、アクセサリーが雑然と置かれている。


「いらっしゃいませ」


 店の奥から若い男が顔を覗かせた。


「えーと、隣のオーナーに紹介されて来たんだけれど・・・」


「ツバキですね。こちらまで来て頂いてありがとうございます」


 服飾店のツバキと同様に、ちんまりもっさりした風貌。

 油汚れやほつれ、無数の焦げ跡が付いた作業用の革エプロン。

 帽子と皮手袋を外してから丁寧にお辞儀する。

 飾り気のない職人気質の朴訥とした好印象な佇まい。

 それなのに・・・。

 これが夜になると、ツバキ相手に豹変するのか・・・。

 二人とも自分の趣味以外には興味無さそうなのに、陽が落ちると・・・。


「飢えた獣・・・」


「は?何ですか?」


「失礼、こちらの事で・・・。あなたが、このお店の店長さん?」


「はい、シバヤマ・ソウイチと申します」


 ふむ・・・、控えめで大人しそうな物腰なのに、人は見かけに寄らないモノだ。

 これがビースト化してツバキ相手に牙を剥くのか・・・。

 奥さんのツバキは美人タイプではないが、愛嬌のある顔立ちをしていた。

 無頓着にひっつめた髪を整え、ヨレヨレの作業服をあのピチピチスーツに着替えれば、ガラっと印象が変わるのかもしれない。

 これがギャップ萌えというヤツか・・・。

 二匹の獣が・・・。


「あの・・・、どうかしましたか?」


「いや、ちょっと・・・、このお店は、骨董店?」


 二匹の雄と雌が絡み合う生々しい夜の場面を想像してしまった。


「いえ、ここに置いてあるものは全て新品です。僕が作ったモノを置いてあるだけなので、美術店と言う程気取ったモノではなく、工芸店と言うか、まあ、趣味のお店ですね」


「え?これシバヤマさんが作ったの?」


「ソウイチでいいですよ。僕は工芸科、妻は服飾科でしたが、同じ美大に通っていたんです。専門は木工芸でしたが、彫刻や鋳物、気が向けば何でもやります」


「へ~、自分で作ったんだ」


 店内には素人目にも高額商品だと分かる細部まで丁寧に作られた小物入れやアクセサリーが並んでいる。

 だが、それよりも棚の中に並べられた彫像にひどく魅せられた。


「これ、こっちの神様?」


「そうです。どうでしょうか?」


 棚の中段に置かれているのは、主神のソラリスを始めとする七神の鋳鉄像。


「うん、良いね、すごく良いね」


 高さ四十センチくらいの程よい大きさ、芸術と言うほど高尚過ぎず、フィギュアと言うほど俗過ぎない。

 衣服のはためきや指先の動きだけで控えめに表現された躍動感、目鼻立ちのはっきりした現代的な表情が、俺の心の琴線をかき鳴らす。

 左手をそっと胸に当て、僅かに持ち上げた右手の先を仰ぎ見るテティス。

 上着の裾を風にはためかせたテミスが獲物を狙って弓を引いている。

 芸術的価値だとか、歴史的価値だとか、市場的価値だとか俺には分からない。

 これが欲しい。

 ただ単純に欲しいと思った。

 回らない寿司屋のように値札も何も無い。

 いったい幾らするのか見当も付かないが、これを買いたいと思った。

 俺の部屋に飾って悦に浸りながら眺めたい。


 冒険者稼業で生死に直結するような高価な武器も見栄えの良い装備も、左程興味は無かった。

 武器はとにかく切れれば良いし、守りは受けるよりも避けるべきだと思っていた。

 相手との切り合いは力より技だと思っている。

 おそらく俺がお手本とするボリス教官やクリスさんが、速さ重視の軽戦士タイプだからなのであろう。

 この世界に来てから初めて所有欲が膨れ上がるのを感じた。

 だけれども・・・。


「リシテアは?」


 痒い所に手が届かないようなもどかしさを感じてソウイチに問う。


「え?」


「『離反のリシテア』が無い」


「それどうかしましたか?」


「『どうかしましたか?』じゃないよ。創生八神ってのは八人いるから八神なんだ。リシテアがいなきゃ揃わないじゃないか!」


「でも、リシテアは魔物側の神様だし・・・」


「だからこそ、だからこそだよ!心に刃を隠したまま八神の中に密やかに忍んでその時を待つ『離反のリシテア』こそ真のレアキャラ!リシテア抜きで創生神シリーズは成立しない」


「え?シリーズ?そういうつもりで造ったのでは・・・」


 歯痒い・・・。

 ソウイチ君はコレクターが求める何たるかを理解できていないようだ。


「例えるなら、昨日のリシテアは明日のシャア・アズナブル、エウーゴのクワトロ・バジーナから逆襲のシャア総帥へ覚醒したようなもの。シャアなくしてアムロのニュータイプ化は成しえないんだ」


「は?」


「弁天様のいない七福神は男だらけの六福人。マッチョな男しかいない宝船が初夢に出てきたらどう思う?筋肉達磨オンリーのガレー船に乗せられて、男達の汗の匂いが充満した船倉でオールを漕ぐようなものだ。がっかりなんてもんじゃ済まないぞ、それからの一年がだいなしだ」


「あのぅ、かなりバチ当たりな事を言っているのでは?」


「モモレンジャーのいないゴレンジャーは男祭りのヨンレンジャーにしかならない。ヨンレンジャーだぞヨンレジャー。語呂が悪すぎるだろう」


「ゴレンジャーって何ですか?」


「ちっ、ゆとり世代かっ!」


 こういう世代間の隔たりをワイドショー的な画一化された言葉で表現したくなかったが、つい出てしまった。


「向こうの世界でもよく言われましたが、それ知ってなきゃいけない事ですか?」


「とにかくだ、お前の本気を見せてみろ。離反前の母性愛に溢れたリシテアも良いが、イケイケムチムチの格好をした闇の聖母も捨てがたい。うーん、この際だから、表リシテアと裏リシテアのツーバージョンでいっちゃおうか」


「イケイケムチムチ?その情報はどこから?」


「ふぅ・・・、そこから説明しなきゃいかんのか?悪の女幹部といったら、谷間を強調したタイトなミニスカボンテージに決まっているだろうが。いや・・・、申し訳ない。これは俺の貧困な想像力が生み出したステレオタイプの悪女像だ。君には俺をギャフンと言わせるような裏リシテアを創造してもらいたい」


「ぎゃふん?」


「そうだ。本能を解き放って俺を越えてみせろ。ツバキ限定の野獣化じゃ内弁慶すぎる。お前の命を削れ、人形に魂を吹き込むんだ。書を捨て街を出て、川を下り大海原へ漕ぎ出すんだ。今こそ、フロイト的な抑うつされた性衝動を具現化する時がき・・・ぐはっ!」


 後頭部に衝撃を受けて下を噛みそうになる。

 振り向くと買い物を終えこちら側に来たソフィが手刀を構えて立っていた。


「カズヤ、お店のヒト相手にナニを無茶言ってるの、困ってるじゃない。ウチの駄犬が迷惑かけたわね。ほら、行くわよ」


「いや、ソフィ、俺は若き芸術家の力になってやろうとしただけで、あっ、痛い、痛いから、耳を引っぱらないで!だいたい自分が買い物する時は平気でヒトを待たせるクセに・・・、あ、ごめんなさい、ウソです、許して!痛い、痛いってば!ソウイチ君、そこの神様シリーズは俺が全部買い取るから売約済みにしておいて!」













 いつもは説教台と木の長椅子が置かれているだけの教会正面ホール。

 今日は色鮮やかな壁掛けや赤い実を房成りにつけた木の枝で、宵越し祭りの舞台用に飾り付けられている。

 笑い声、衣擦れの音、軽い足音、雑多な音がホール内に溢れて反響している。

 教会に着いた頃、正面ホールの観客席は近隣の住民で全て埋まっていた。


「空いてる席が無い」


 アリスは教会側の手伝いで裏に回った。

 先に来ていたフィオは中間あたりの席に座って、顔見知りの奥様方と談笑していた。

 仕方なく立ち見客を掻き分け、ソフィ、薔薇の一団と共に空いている壁際に立ち並ぶ。


「カズヤがオタク友達と長々話し込んだから」


 俺の漏らした独り言を耳ざとく聞きつけたエリカが反応してくる。


「俺のせいか?どう考えても、そっちが服屋で潰した時間の方が長いだろ。それと自分に理解できない他人の趣味を『オタク』で一括りにすんな」


 どういう訳なのか、最近エリカが情緒不安定で機嫌の波が激しい。

 ちょっとした雑談でコロコロ笑い転げ笑顔の弾幕が俺のハートのど真ん中を打ち抜く時もあるし、そうかと思えば、どうでも良いような一言に噛みついてくる時も有る。

 俺の事が気に入らないなら離れていれば良いのに、今日も俺の隣に立っている。

 正直、思春期の妹を相手しているようで、どう接したら良いのかまるで分からず困惑している。


「静かにして、始まるわよ」


 肩をすくめて前を向き、壇上に上がったロバート司教の挨拶に耳を傾ける。


「・・・宵越し祭りを無事に迎えられた事を喜び、全ての創生神に感謝を捧げます。さあ、堅苦しい話はこれで終わりです。今日は楽しんでいってください」


 ロバート司教が説教を終え、壇上から降りる。

 入れ替わりに舞台の上手側から年長の男の子が現れた。


「私はソラリス、全ての神の父である。この世界を光で満たし導こう」


 下手側から現れた女の子が男の子と手を繋いで口を開く。


「私はリシテア、全ての神の母である。この世界を愛で満たし育もう」


 子供達による世界成り立ち物語の劇が始まった。


「私はカリスト、この力で大地を支え日々の糧を与えよう」


「私はテミス、私の吐息は風となり世界を駆け、悪しき物を吹き払おう」


「私はカロン、雷光を支配し勝利を約束しよう」


「私はディオネ、夜の煌めきとなり知恵を授けよう」


「私はアトラス、炎で障害を焼き払い道を切り開こう」


 舞台の端から出てきた子供が台詞を言い、手を繋で列になる。

 神様が登場する毎に、そこかしこで控えめな拍手が鳴り、感嘆の声が上がる。

 おそらく、それぞれが信仰している神様なのだろう。

 左隣に立っているソフィもテミスの時は目を閉じ静かに黙祷していた。


「私はテティス、枯れる事の無い泉を用意し子供達を守ろう」


 そしてテティス役のドナが登場。

 誇らしげに胸を張っているが、緊張で語尾がちょっと震えていた。

 そんな所がこれまた可愛い。

 創生八神が揃ったところで繋いだ手を上に挙げ、声を揃えて宣言する。


「全ての子供達に祝福を!」


 観客席から一斉に拍手が湧き上がった。

 俺も指笛を吹き、手を叩く。

 完全に子供の発表会に出席した父親の気分。

 見た事も無いドナの赤ん坊時代が頭の中に浮かぶ。

 感極まって、両の目尻から涙すらこぼれた。


「ドナ・・・、立派になって・・・、お父さんは、お父さんは・・・」


「ちょっとカズヤ、興奮しすぎ。まだ始まったばかりじゃないの」


 すでにエンドロールのような盛り上がりだが、お話はまだ序の口。

 厳かなオープニングに続き、それぞれの神様の説話が演じられる。

 所々で笑いを誘う風刺を交えた軽いお芝居。

 子供達の熱演に観客席も程よく暖まっている。

 やがて話は山場を迎え、ソラリスの人界軍とリシテアの魔界軍が夕暮れの荒野で火花を散らして睨み合っている。

 リシテア側のその他大勢の一般兵の中にハリボテの剣を携えたジョシュがいる。

 練習中のジョシュはいかにもやる気有りません、と言った不貞腐れた態度を隠そうともしなかったが今日は違う。

 背を伸ばして静かに前を向いて立っている。

 ジョシュの瞳の中で炎が燃えている。

 あれは何事かを果たさんとする漢の眼。

 漢と書いてヲトコと読む。

 他の誰も気付かなくても俺には分かる。

 あれは不退転の決意を秘めた漢の眼。

 今・・・、戦いの・・・、ゴングが・・・、鳴る。


「うぉらぁーっ!」


 ジョシュがハリボテの剣を掲げ、教会の床を蹴って飛び上がる。

 あちゃ~、やっぱりやっちゃったか。


 戦場の真っ只中へと躍り出て、迷うこと無くソラリス神役のイケメン男子に襲い掛かったジョシュ。

 お前、その男の子に何か恨み辛みでもあるのか?

 告白した女の子に『ゴメン、わたしソラリス君が好きなの』とか言われたのか?

 気持ちは分かるが、そういうのは夕日が映る川に石を投げて発散しろよ。

 ハリボテだろうが聖剣だろうが棒を持てば振りたくなるのは男の子の本能。

 ジョシュだけでは無く、大多数の男の子が練習の時からチャンバラしたくてウズウズソワソワしていた。

 ジョシュの暴走を合図に堰を切ってぶつかり合う両軍。

 狭い舞台上で敵味方入り乱れての大乱戦だが、ここの男の子達はボリス教官の基礎訓練を受けているので動きが良い。

 小さい身体でちょこまかクルクル動くので、これはこれで見応えがある。

 まるでエピソード参で本気を出したマスターヨーダの様。

 観客席は台本通りの演出だと誤解して、子供達の奮闘に歓声を上げている。

 舞台袖に控えているロバート司教も大らかに笑っているが、隅に追いやられた女の子達がどう対応して良いのやら分からずにオロオロしている。

 真面目そうな委員長タイプの女の子が間に割って入ろうとするが、相手にされず輪の外へ押し出されていた。

 ジョシュを止めようとしたドナが揉みくちゃにされている。

 むう、これはイカン。

 我が家の天使ドナを助け出そうと一歩踏み出した時。


「やめてーーーっ!」


 押しくら饅頭の中心で癇癪をおこしたドナが叫ぶ。

 その手に持った杖から、ほんのわずか輝き虹色の光が広がった。

 およよ?

 ナンか今、魔力の波動があったような・・・。

 今まで大騒ぎしていた子供達が、憑き物が落ちたかのようにおとなしくなった。

 キョトンとして、辺りを不思議そうにキョロキョロしている。

 興奮して立って声援を送っていた会場の観客も腰を下ろし、静かに次の展開を待っている。


「カズヤ・・・、まさか、あの杖・・・」


 左隣に立っていたソフィの首が少しずつ回転して俺の方に向く。

 ロボットの関節駆動音のような『ギギギ』という漫画的な擬音表現が首の傍に浮かび上がりそうでちょっと怖い。

 潤滑油でも注したほうが良いんじゃないかな。


「うん、実はね、昨日ドナが舞台の稽古中にオモチャの杖を壊しちゃってさ。作り直す時間も無かったかし、向こうの世界で手に入れた杖が俺のアイテム倉庫の中でほこり被ってたから、それっぽく見える物を選んで持たせたんだけどさ・・・。いやぁ、まさか、魔法が発動しちゃうなんて。ドナって魔法の才能があったんだね。今のはナニ?心を穏やかにする魔法?やっぱり落ち着いて考え直す事って大事だよね。あれ?ソフィ、なんだか目つきがキツイよ?ほら、笑って、笑って。あれれ?シスターマリサまで来ちゃって。シスター、眼が吊り上がってますよ。そんな怖い顔してるから婚期をあっ、痛い、痛い。だってさ、俺が使おうとしてもイマイチ手応えが無かったし・・・、え?魔力を増幅して放出?あ、そうなんだ、杖を握れば火の玉が飛び出すモノだと・・・。うん、俺も反省してるよ。知らなかったとはいえ子供に武器を持たせちゃったワケだし。今日はめでたい宵越し祭りなんだからお説教は後日、という事でどうかな?ちょっと、二人で耳を引っ張らないで!ごめんなさい!反省してるから!耳を持ったままスタスタ歩かないでっ!耳無し芳一になっちゃう!え?知らない?そうだよね、芳一ってのは昔・・・、分かった、分かったから!このままじゃマジで平家物語の弾き語りをしなくちゃならないハメに!」


 その後、別室に押し込まれ、連行されてきたジョシュと一緒にソフィとシスターマリサから懇々とお説教された。

 解放された頃には、バザーやチャリティーオークションなどの催しは終わり、陽が沈みかけていた。

 この日、マラガに第二の聖女が誕生した。


「ジョシュ、何で真っ先にあの男の子に飛び掛かったんだ?いじめられたのか?」


「ううん、違う。強そうだから、やってみたかった」


「そんだけ?」


「うん」


 アホだ、こいつ。








 窓から漏れた灯りに屋敷の庭が白く浮かぶ。

 午後からチラチラ舞っていた雪は夕暮れと共に本降りに変わった。

 静かに雪が降り積もる宵越し祭りの夜。


「さようなら、今日までの一年。いらっしゃいませ、これからの一年。皆さんお疲れ様でした。来年もよろしく。乾杯!」


 フィオ親子、薔薇組、お手伝い三人娘、ソフィ、アリス、サナエさん、そして暖炉の傍で大きな肉の塊にかぶりつくシリウス。

 屋敷の食堂で皆揃って年越し、もとい宵越しを祝う。

 煮込まれた肉、網焼きされた魚、色鮮やかな野菜果物が、広いテーブルを隙間なく埋めている。


「カズヤ、無事の宵越しを祝って」


 風に流された花びらのように上品に触れて離れるソフィの唇。


「カズヤの杯が創生神の祝福で満たされますように」


 右隣のアリスは俺の首に両腕を絡め甘えるように唇を重ねてくる。


「盟主様、お疲れさまです」


 当然のようにねっとり舌を絡めてくるサナエさんを黙って押し返す。

 今はヤメて、お手伝い三人娘がかぶりつきで見てるから。


 ジョシュは手当り次第に口の中に食べ物を押し込んでいる。

 ドナはマコトちゃんの膝の上でニコニコしている。

 薔薇の女子と三人娘はいったい何の話をしているのか、難しい顔をして静かになったかと思うと、突然、風船が割れたかのように笑い転げている。

 屋敷の中に幸せの空気が充満している。

 物質的にも精神的にもこんなに余裕のある年末は初めてだ。

 俺、もしかして、ひょっとして、今、幸運期なのかも。













 ≪ソフィア≫


「楽しい宵越しになって良かったわ」


「ねえ、ソフィ。これまでの宵越しはどうしていたの?」


 笑い声とはずむ会話で賑やかな食堂。

 カズヤは薔薇の女子たちに絡まれている。

 うるさそうに身を引いているけれど、鼻の下が伸びている。

 私がぽつりと漏らした言葉にアリスが尋ねる。


「そうねえ・・・、教会で子供達と一晩過ごしたり、軍隊の宿舎で飲み明かしたり、旅の途中、テントの中で震えていたこともあったかな。ほんの少しだけ故郷が恋しくなったりもしたけれど、それ以上の何かを自分から積極的に求めはしなかったわね。アリスは?」


「わたしは・・・、その・・・」


「ごめん、思い出させるような事聞いちゃったわね」


 俯いて言葉を探すアリスの肩に手を掛ける。


「ううん、違うの・・・。本当は・・・」


「本当は只の町娘じゃなくて、カタロニアの貴族だった事?それとも皇家の末裔かしら?」


「え?気づいていたの?どうして・・・?」


「そのくらいなら何となく分かるわ。アリスは教会で初めて会った時からカタロニアだけじゃなく、バルト王国の地理や事情もある程度知っていたでしょ?普通の村娘なら自分の住んでいる場所以外は知らないし、知りたいとも思わないものよ。商家の子女だって、せいぜい付き合いの有る取引先の街か王都を聞き知っている程度じゃないかしら。言葉の読み書きもしっかりできるし、魔法の使い方も基礎は出来ていたしね。きっと専属の家庭教師が付いていたのね」


「うん・・・、わたしは・・・」


「待って、その話はカズヤと一緒の時にしましょう。でも・・・、今は打ち明け話をするような雰囲気じゃないし」


 カズヤは向こうの席で、薔薇の女子達と言い合ったりゲラゲラ笑ったりしている。

 良く分からない単語が行き交っている。

 私の知らない向こうの世界の話題で盛り上がっているみたい。

 カズヤと同じ話題を共有できる彼女達が少し羨ましく、少し悔しい。


「もっと早く話をしようと思っていたんだけど、わたしを探してる人がいるかもとか、もし見つかって連れ戻されちゃったらどうしようとか、いろいろ考えて悩んじゃって・・・、言い出せなくって・・・」


「そうね・・・。アリスを探している人はいるかも知れないし、連れ戻そうとする人もいるかも知れない。でも大丈夫、私がそばにいるから。こう見えても私、結構強いのよ?」


「うん、知ってる」


 ちょっとおどけて腕を曲げて筋肉を盛り上げてみる。

 今まで下を向いていたアリスが顔を上げた。

 目尻からこぼれた涙の跡を親指で消す。


「それに、なんてったってカズヤがいるじゃない。屈強の戦士には見えないし、すぐにデレデレするスケベで女の子に甘いけど、彼は意外と土壇場に強いからきっと何とかしてくれるわ」


「うん、それも知ってる」


 アリスにいつもの笑顔が戻って来た。


「それじゃあ向こうの席からカズヤを取り返してきて。このままじゃ、鼻の下が伸びすぎて元に戻らなくなるわ」


「うん、行ってくる。ありがとう、ソフィ」


 席を立ったアリスの背中で淡い金色のおさげ髪が揺れる。

 ホント、このままずっと今のままでいられたら良いのに。

 全ての神から祝福を受けるカズヤ。

 おそらく私もアリスもその影響を受けている。

 ソラリス神はカズヤに何をさせようとしているのだろうか?

 カズヤに背負わせた期待が重過ぎはしないだろうか?













 ≪カズヤ≫


「さて、お子ちゃま達は夢の中へと旅立った。ここからはオトナの時間だ。ゆったりのんびりと楽しもうじゃないか」


 ジョシュとドナはフィオに抱きかかえられてベットへ運ばれた。

 いつもは孤児院から通っている御手伝い三人組も空き部屋に撤退した。


「ナニよ、気持ち悪い」


 エリカがジト目で警戒する。


「どーせ、エッチな事でも考えてるんだろ?」


 テーブルの上に片肘を突いて頬を乗せたナオミが赤毛のポニーテールの毛先を指で摘まみながらニヤニヤしている。


「ハハハ、相変わらず思考が単純だな。俺は純粋にこの年越し、いや、宵越しを皆で笑って過ごしたいのだ。そこで、俺様謹製盤上遊戯を作ってみた。題して『大人のスゴロク』」


「分かりました。止まったマスに『服を一枚脱ぐ』とか書いてあるんですよね?」


 長い黒髪を腰まで伸ばした和風美人のユカリが手の平をポンと叩いて答える。


「おいおい、そんな一発で拒否られそうなモノを俺が用意すると思うか?まあ見てみろ」


「どれどれ?『語尾に「ニャ」を付けて話す』『メイド服に着替える』『猫耳を装着する』『一番進んでいるプレイヤーを五分以上褒め称える』・・・」


 長い足を組んだユキコが新聞を読むように紙を広げて読み上げた。


「アンタは小学生かっ!よくこんなくだらない事思いつくわね」


 あきれ顔のエリカ。

 だがこの程度の抵抗は予想済み。


「ちょっと恥ずかしいけど年末の浮かれた今なら許容できる。そんなギリギリラインを攻めてみた」


「この『メイド服』のマスに止まったら、もちろんアンタも着るのよね」


「当然だ。提案者として覚悟は出来ている。お互いにリスクは同じだ」


 フフフ、エリカは勘違いしてるようだが、そのマスはマコトちゃん狙いだ。


「面白そうね。私は良いわよ」


 おっと、静観していたソフィが一番に承諾したのは予想外。


「ええっ!ソフィアさん乗っかっちゃうの?」


「わたしも良いよ」


「アリスまで・・・」


「良いよ、そんじゃあカズヤに『メイド服』を着せて『ネコ耳』で『語尾にニャ』を付けてアタシを『褒め称えて』もらおうかな。イシシ」


 ナオミはノリが良いので早々にオーケーすると思っていた。


「分かったわよ。そのかわり泣いて謝っても許してあげないからね」


 周囲に押されてエリカ陥落。


「望むところだ。さあ、楽しくなってきた。おーし、やるぞー」


 テーブルの上を片付け、腕まくりをしたところで。





 ドン!ドン!ドン!





 屋敷の玄関を激しく叩く音と何かを叫ぶ声がする。

 何だ?

 大晦日の夜に訪問する非常識なヤツはいったい何処のどいつだ?

 マルチ商法の勧誘員か、羽毛布団のセールスマンか。

 我が家の団欒を邪魔する不届き者には蹴りをくれて追い返してやる。

 そう決意し扉を開いた。









「カズヤ、お金貸して」









 扉を閉めて食堂に戻った。


「誰だったの?」


「いや、誰もいなかった。近所の子供が度胸試しで、ピンポンダッシュしたんじゃないか?」


 椅子に座ってスゴロクの駒を用意する。


「カズヤ、中に入れてくれよ!」


「カズヤ・・・、アレって・・・」


 玄関から食堂の窓へ移動してきたようだ。

 窓の外に見えるアレは異世界的な心霊現象でポルターガイストだろう。


「エリカ、見るな。放っておけ。お前の番だサイコロ振ってくれ」


「おーい、カズヤくーん。俺だよ俺」


「三、何も無しのマスだったわ。カズヤ、ヘンなモノが窓にへばりついて『俺だ』って言ってるわよ」


「アレはオレオレ詐欺だ。相手にするな」


「カズヤ、俺達、友達だろ、親友だろ!」


「あんたの友達だって言ってるわよ」


「見覚えないな。友達詐欺だ。エリカも小学校の同級生とか言うヤツが突然現れたら、引っ掛からないように気を付けろ」


「聞こえないフリ、見えないフリはイジメの第一歩だって広告機構も言ってるじゃん」


 やけに粘る心霊現象だな。

 窓硝子に手のひらの跡が付いている。


「しつこいわね」


 エリカのこめかみに怒りマークが浮かび上がる。


「カズヤの屋敷に落書きして、庭にウンコしちゃうぞ!」


「ちょっとカズヤ、そろそろ何とかしなさいよ」


「ちっ・・・」











「コジロウ、今まで何処で何してた?お前の後ろに立っている二人組は誰だ?そして出て行け」


 阿形吽形像か、助さん格さんか、はたまたwithBか。

 コジロウの背後に立ち、黙って腕を組み、憤怒の形相で威嚇し続ける二人組。

 制止する俺を無視して、当然のように家の中に入ってきてしまった。

 こいつらを一家団欒の食堂に入れたくないので、別室にて対応する。


「あ、気になる?ソレを聞いちゃう?話すと長くなるんだけど、いいかな?」


「やっぱり聞きたく無くなった。今すぐ出て行け」


 してやったりの得意気な顔が超ムカツク。


「そう言わないで聞いてくれよ。ほら、あのクリスさんと行ったお店で、俺に付いてくれたお姉さんがさ、『寂しい。行かないで。もっとオハナシしたいの』なんっつって引き留められちゃって。そのままズルズル・・・」


「ちょっと待て、『クリスさんと行ったお店』って言うのは、あの温泉街の高級娼館のコトか?お前、あそこにずっと居たの?」


「うん。凄いんだよあのお店、朝から晩まで御馳走が山の様に出て来て、綺麗なお姉さん達が付きっ切りでおオモテナシしてくれてさあ。気づいたら何日も経っていて・・・、まさに竜宮城ってヤツ?タイやヒラメどころか、お姉さん達が舞い踊っちゃって。途中からお金が足りなくなってたんだけど、カズヤに借りれば良いか、なんつって思ってたんだけど・・・。そしたら、みんな俺を置いて帰っちゃったんだもん!」


「当たり前だ。ボケ!それで、結局、そこの二人組は何なんだ?」


「俺の専属護衛って言うか、会計係りって言うか・・・、借金取り?みたいな?」


「了解、把握した。じゃあな、サヨウナラ、元気でやれよ」


「助けてよ、カズヤ!このままじゃ魔境の砦で強制労働だよ!死んじゃうよ!お願い、お金貸して!」


「勝手に死んでこい。短い付き合いだったな。お前の事はすぐに忘れるから、気にせず逝ってこい」


「見捨てないで!ヒトでなし!カズヤのウンコたれーーー!」


 席を立って部屋を出ようとする俺の足にコジロウがしがみ付く。


「だーっ!離さんか、このクソたわけがっ!」


「絶対離さないからな!このままおしっこ漏らしちゃうぞ!」














「・・・」


 まことに遺憾ではあるが、仕方なくコジロウの借金を立て替えるコトになってしまった。


「いいか、この証文が有るかぎり、お前は俺に絶対服従だ。言っておくが俺の取り立ては闇金の百倍厳しいからな」


「わふぁってるっふぇ、ハフハフ、これ美味いね」


 結局、金を借りただけではなく、食堂で晩飯の残りをガツガツ貪っている。

 女性陣の冷ややかな視線を浴びながらよく平気で食えるな。


「コジロウ、ちょっとは遠慮して食ったらどうなんだ」


「ふぉふぉに来るまでの道中まともに食わせて貰えなふってっふぁ」


「自分の立場分かってんのか?俺の一存で明日からでもお前は、魔境で強制土木作業どころか最前線の特攻部隊送りだぞ」


「はんとおふぁねふぁふぁえすってふぁ、んぐんぐ。それより、この魚の素揚げ、もっとないかな?」


 くっ・・・、どこまでツラの皮の厚いヤツなんだ。


「とにかく、もう帰れ。のんびりゆったり幸せを噛みしめていたのに、何なんだよお前は!俺の今日というこの日を返せ!できなきゃ死んで詫びろ!今死ね、すぐ死ね、さあし・・・」




 ドン、ドン、ドン!




 またもや屋敷の玄関を激しく叩く音。

 コジロウの襟元を掴みあげたまま固まる。


「カズヤ、誰か来たよ」


「懲りもせずにまたお前か!」


「いやいや、俺、ここにいるし!」




 ダン、ダン、ダン!




「出たほうが良いんじゃない?」


「くっ・・・」


 頭にキタ。

 この大晦日の一家団欒を邪魔する非常識なコジロウ二号は、絶対許さん。

 粉砕バットを片手に玄関の扉を開く。


「このヤロウいい加減にし・・・」


「ソフィア殿がこちらにいらっしゃると聞いて来ました」


「ソフィ?」


 長い外套を着た男が戸口に立っていた。

 頭と肩に降り積もった雪を払おうともせずに立っている。

 どこから来たのか、吐く息は白く、顔に刻まれた深いシワの溝を伝って解けた雪が流れ落ちる。

 憔悴し薄汚れた顔の中で白い眼が際立つ。

 肩から下げたカバンの中から何かを取り出した。

 その拍子に、肩に乗っていた雪が足元に落ちる。


「ラビニア家のミーア様からの使いで参りました。ソフィア殿にこの手紙をお渡しください」


 蝋で丁寧に封印されたソフィ宛ての手紙。


『助けて下さい』


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