第55話 マラガの怪人
「ん~~~~っ!できない!もう、やめた!」
イモと皮むき用ナイフを投げ捨てたジョシュが地団太を踏んでいる。
翌日に宵越し祭り、つまり、この世界の大晦日を控えて、サナダ屋敷の住人は皆忙しく働いている。
祭りの期間、フィオと使用人の三人娘達も可能な限り休んで楽しめるように、食事の下ごしらえ、食堂の飾り付け、屋敷の住人を総動員して突貫作業で準備を進めている。
フィオは放っておくと台所で何かやりはじめてしまう。
まるで昭和のお母さん。
ある程度作り置きしておいて、後は火を通すか俺の電子レンジ魔法で温め直せば良いだけにしておく。
年末年始をダラダラ過ごす為に前倒しで忙しくなるのは、あっちの世界もこっちの世界も同じであった。
「ジョシュ、お前、根気ねぇなあ」
「こんなの出来なくたっていいもん!」
「ジョシュ、冒険者になりたいんだろ?」
「うん・・・」
「冒険者ってのは旅暮らしだ。旅の間、自分のメシは自分で作らなきゃいかん。イモの皮むきくらい出来ないでどうする。それとも、お前、かーちゃんに付き添ってもらって、朝メシから晩メシまで作ってもらうのか?かーちゃんが後ろからトコトコ付いて来る冒険者なんて恥ずかしいぞ?」
その時どんな奴とパーティ組むのか知らんが、自分以外が全て女王様とお嬢様というハイエンドパーティの可能性もある。
当然のように視線だけで給食当番を命じてくる彼女達の人間性が怖い。
そして、それを普通に受け入れてしまっている自分が怖い。
「そんな事しないもん」
イモの山を目の前にして、立ったり座ったり落ち着かないジョシュ。
お気に入りの棒を手にして今にも外へ飛び出そうとしている。
「だったら、簡単に投げ出さないでもう一度やってみろ。ナイフは刃物の基本なんだ。ナイフの上手いやつは大きな剣の扱いも上手いもんだ。急がないでゆっくりやれ、こういうのは何度もやって慣れるのが大事なんだ」
「うん・・・」
「上手に出来るようになったら、俺の必殺技の一つ、背負い投げを教えてやる。これは自分より大きな相手にも通用する技だ。俺のとっておきだぞ」
「ほんと?」
「ああ、だからもう一度やってみろ。それにな、料理の出来る男はモテるぞ。にーちゃん見てみろ。ソフィとアリスにモテモテだぞ」
「にーちゃん、ソフィアねーちゃんからいっつも怒られてるじゃん。それに自分からそう言うのはカッコ良くないと思う」
おい、そういう目で俺を見るな。
最近、ジョシュが薔薇のバカ女の影響を受けてジト目攻撃をしてくるようになってしまった。
俺とお前は男同士なんだから、男女比率の偏っているこの屋敷の中でどっちの味方に付くべきなのか良く考えろ。
「ジョシュ・・・、いつの間にかナマイキ言うようになったなあ。あのな、お前には分からんだろうが、あれはツンデレって言って、ちょっとヘソ曲がりのソフィの愛情表現なんだ」
「ツンデレって何?」
「俺の口からは説明できない。だがお前にもいつかきっと分かるようになる時が来る」
「何ソレ?いいや、かーちゃんに聞いてくる」
「ば、バカっ、やめろっ!そんな事ソフィの耳にはいったら殺されるじゃねーか!こら、待てっ!」
「ただいまー、あぁ、あったかーい。暖炉のある生活、これよねー。ねぇねぇ、外は雪が降ってきそうだったわよ」
チョロチョロ逃げるジョシュを追いかけていたら、食堂の扉を大きく開き騒がしい一団がゾロゾロ入って来る。
マラガの街へ年越し用の食材、雑貨など、あれやこれやを買い出しに行っていた薔薇組が帰って来た。
「おかえり」
「モガモガ、モガガガ!」
後ろから羽交い絞めにされ口を塞がれた裏切り者のジョシュが俺の腕の中で暴れている。
「またじゃれ合って、あんた達仲が良いわねえ。あ、フィオナさん、買ってきた物何処に置いておけばいい?」
「ナオミねーちゃん、ツンデレって何?」
逃げ出したジョシュがナオミの背中の後ろに隠れ、上着の裾を引いて見上げる。
「ぷっ、なんだなんだあ?カズヤから聞いたのかあ?まーたヘンな事教えてしょーがねーなー」
「ソフィねーちゃんがツンデレだって言ってた」
「うーん、ちょっと違うなあ。ソフィアさんはクーデレ、ツンデレなのはエリカ、分かるかなあ?」
「わかんない」
「ちょっと、誰がツンデレだって!ナオミもヘンな事ジョシュに教えないでよ、もう・・・」
買ってきた食材を片付ける薔薇組の足元にまとわり続けるジョシュ。
きれいなお姉さん達に構われて嬉しい気持ちは分かるが、お前が教会でナニかやらかす度に俺がフォローしてんだから、少しは俺の顔色を伺ったらどうなんだ?
「あ、そうだ。カズヤ、聞いた?」
「聞いたって、何を?」
散らばったイモを回収しながら、エリカに聞き返す。
「ヘンタイが出るんだって」
「露出狂のヘンタイがマラガの街に出没しているらしい」
暖炉の前で手を温めながらユキコが言う。
「コートの前を開いて『ほーら、見てごらん、ナウマン象だおー』ってやつ?」
「そそ、上手いじゃないカズヤ、街で噂になってるから、もうやめた方が良いわよ」
「そうか・・・、ほとぼりが冷めるまでおとなしくしてるか・・・って、やってねーし!だいたい、そういうのはもっと暖かくなってから芽吹くもんだ。季節感がずれてる」
「それと、最近街の中で頻繁に下着が盗まれるそうですよ」
脱いだ外套を椅子の背に掛け、背中に広がった長い黒髪をまとめながら肩越しにユカリが話す。
「露出狂に下着泥か、基本的な下ネタコンボだな」
「わざわざ盗まなくても言ってくだされば下着の一つや二つ差し上げましたのに」
「そうか・・・、じゃあ遠慮なくパンツかぶってハァハァさせてもらうかな・・・って、やらねーし!いちいち俺にオチを振ってノリツッコミさせんなよ」
「にーちゃん、ヘンタイ?」
おい、ジョシュ、そういう事言いながら曇りなき眼で俺を見上げるな。
食堂の中でジョシュと薔薇組を相手にダラダラ騒ぎながら雑用をこなしていたら、教会に行っていたソフィとアリスがボリス教官を連れて帰って来た。
「あれ?ボリス教官じゃないですか、何か用ですか?」
「カズヤ、ちょっと手を貸して欲しいんだが・・・、そういや、お前転生者だったな・・・、転生者か・・・、どうするか・・・、うーん・・・」
食堂の扉を開けたまま腕を組んで考え込むボリス教官。
「どうしたんですか?転生者だと何か不都合でも?」
「いや、ちょっとな・・・、お前、すっかり馴染んじまって、生まれた時からこっちにいるような顔してるからついうっかりしちまった。まあ・・・、いいか、大丈夫だろう。宵越し前の忙しい所悪いんだが手伝ってくれ。そっちの若いのも・・・、名前何て言ったっけ?」
「僕?マコトです」
マコトちゃんがキョトンとしながら自分自身を指さして答える。
何気ないしぐさの一つ一つが俺の魂を揺さぶる。
無自覚な小悪魔、マコトちゃん。
「そうそう、男・・・だったよな。マコトも一緒に来てくれ。ソフィ、そっちの女の子達は任せるぞ」
「分かったわ。後は打ち合わせ通りで良い?」
薔薇の女子を集めて指示を出していたソフィが振り返る。
「ああ、それじゃあカズヤ、動けるカッコして・・・、打撃系の武器は持ってるか?刃の付いて無いヤツだ。いつもの木剣でも良いんだが」
「打撃系の武器?メイスとか?棍棒みたいなのでも良い?」
愛用の木製撲殺バットを取り出して見せる。
「それで良いだろう。先に組合に寄って行く」
「ちょっと待って、組合?何かの討伐依頼?何するつもりなのか分からないけど、何かと戦うならそれなりに準備したいんだけど?」
「いや、まあ・・・、その事も含めて組合で説明する。とにかく付いて来てくれ」
「あれ?ソフィは?」
「あっちは別働隊だ」
「え~っ!ナンか嫌な予感がするんですケド!」
ボリス教官の奥歯にナニかが挟まったような言い方。
俺に知られたく無い事を背中に隠すような態度。
何故男性チームと女性チームに別れなくてはならないのか。
どう見ても怪しい。
ナニかある。
「日頃いろいろ面倒見てやってるだろ!余計な事言わずに付いて来い!」
「分かった、分かりましたから!耳を引っ張らないで!シスターマリサといい、どうして教会に出入りしてる人は俺の耳を引っ張るの!?」
夕暮れが迫るマラガの大通りを冒険者組合へ向かって歩く。
街の中心を走る大通りは宵越し祭りの準備で賑わっている。
気の早い商人達が早々に屋台を組み上げ、道行く人々を呼び込んでいる。
立ち止まって露店を覗く人込みをかき分け、速足で先を急ぐボリス教官の後に続いて組合の扉をくぐる。
いつも夜遅くまで人の絶えない組合だが、この期間だけは年末年始の長期休暇で休業中である。
表通りの喧騒とは対照的に、室内は全ての灯りを落としひっそりと静まり返っている。
夕日だけが窓から差し込む薄暗い大広間に整然と並べられた机と誰も座っていない椅子。
誰もいない冒険者組合。
マコトちゃんと二人でぽつねんと広間の中央に立つと妙な肌寒さを感じる。
ボリスさんが受付窓口に置いてある呼び鈴を鳴らす。
組合の壁に反響し非常ベルのように鳴り響いた。
「ああ、来ましたね。ご苦労様です」
受付窓口のさらに奥、事務処理室側から声がする。
近づく足音の後に続いて脇の通用口が開き男性が出てきた。
「どうも、カズヤさん、マコトさん、お久しぶりです。ご活躍の程はサナエさんから聞いています」
現れたのは冒険者組合のフルタ課長。
この街に着の身、着のまま無一文で辿り着いた俺に教会の孤児院を紹介してくれた人だ。
「その節はお世話になりました。おかげで今も生きています。改めてお礼申し上げます。今度何か美味しいお酒でも・・・」
「ああ、いいんですよ。お元気そうでなによりです。それより・・・、カズヤさんですか・・・、う~ん・・・」
「あのぅ・・・、俺だとナニか?」
「失礼しました。いえ、カズヤさんがどうこうでは無くて、転生者かどうかなんですが・・・。あ、どうぞ、座ってください」
フルタ課長に促されて冷たい椅子に腰かける。
「転生者かどうか?それより、状況が全然分からないんだけど」
「ボリスさん、ここに来るまで説明は?」
「まだ何も。あの屋敷には孤児院から働きに来ている娘もいるから、余計な事が耳に入らない方がいいと思ってな。おしゃべり雀達に後になってから、おもしろおかしく噂立てられても困るだろ」
テーブルの端っこに腰かけて腕を組むボリス教官。
「そうですね。カズヤさん、マコトさん、これからの話はここだけにしておいてください」
「それはいいけど、いったい何ですか?」
「最近、マラガの街が騒がしいのは知ってますか?」
「騒がしいのは宵越し祭りが近いからでしょ?あちこちから商人や大道芸人が集まって来てるから、いつもよりトラブルが多くなるのはおかしな話じゃないと思うけど」
「いや、そうじゃなくてですね・・・」
俺の正面の席に座ったフルタ課長が目を泳がせて言いよどむ。
「フルタ、はっきり言った方がいいぞ。変質者が現れて痴漢やら下着ドロが多発してる、ってな」
「そういや、ヘンタイが出没してるって、ウチの女子達が話してましたね。で?そいつを捕まえるのが今日呼ばれた理由ですか?そんな事なら何もこんなに秘密めかさなくっても良いのに。普通に依頼出せば、その辺のヒマな冒険者がやってくれるでしょ?それに自治領軍の衛兵は?」
「それが出来れば、そうしたいんですけど・・・」
「カズヤ、その変質者っていうのは、この冒険者組合の職員なんだ」
言い澱むフルタ課長の言葉の後に、ボリス教官からため息交じりの声が聞こえる。
「あ~、なるほど。身元がバレて組合関係者だと大騒ぎになる前に内部でこっそり始末したい、って事ですね。組合の不祥事を表沙汰になる前にもみ消したい、って事ですね」
「まあ、そういう事なんですが・・・」
「あのな、誤解している様だから説明しておくが、そいつは自分の意思で下着盗んだりしてるんじゃない。魔物の妖気にあてられておかしな行動してるだけだ。魔物に心を支配されてると言ってもいい。下世話な話だけが噂になってるが、食料品も盗まれている。そいつは、今、自分を操っている魔物の為に甲斐々々しく盗んだ物を貢いでいるところだ」
テーブルの端から降りて俺の後ろに立ったボリス教官に両肩を掴まれた。
「このまま騒ぎが大きくなって正体を知られてしまっては、魔物の精神支配から助け出しても世間から白い眼で見られ、健常な社会復帰が出来なくなってしまいます。カズヤさん、同じ男としてどう思いますか?気のどくだと思いませんか?可哀そうだと思いませんか?助けてあげたいと思いませんか?私も第一線から退いた身ですが、今日は彼の名誉の為に全力を尽くす所存です」
向かいの席から俺の左隣へ移ってきたフルタ課長の顔が近づく。
「なあ、カズヤ、人海戦術の大捕り物で騒ぎを大きくしたくないのは分かっただろ。ここにいるメンツだけでささっと終わらして、気持ちよく新年を迎えたいんだ。お前、組合の受付け嬢と付き合ってるだろ。身内みたいなモンだ。商会、教会、組合に日頃からお世話になってるだろ?まさか、イヤだなんて言わないよな?」
俺の両肩を掴むボリス教官の手の力が強くなる。
「わ、分かったから、やるから、助けるから!二人して詰め寄って来ないで!」
暗がりからゾンビが這い出てきそうな休業中の冒険者組合。
扉の隙間を通して聞こえてくる大通りの人の声や足音が、室内の静けさを一層際立たせる。
俺の魂の友、ソウルフレンドのマコトちゃんは妙な気迫を身にまとう二人に押され、只々頷くだけで頼りにならない。
だが、そういう小動物的な所が可愛い。
「よし!カズヤなら快く協力してくれると思っていたぞ。これから操られてるヤツをとっ捕まえて、教会で待機している司教に浄化して正気に戻してもらう」
「そう言えば、ソフィ達は何処に行ったの?」
「ソフィ達のパーティには魔物の処理を頼んである。マラガの西門から少し離れた所にある農場の倉庫に潜んでいるらしいから、そっちへ向かってもらった」
「俺もソフィと一緒のほうが良かったなぁ・・・」
「なんか言ったか?俺と一緒じゃ不満か?それにな、その魔物は男の天敵で、眼が合っただけで精神支配されちまうから、女だけで相手するのが一番良いんだ」
ぽつりと本音を漏らしたらボリス教官が肩関節の隙間に指をグリグリねじ込んでくる。
「痛い、痛い!いえいえ、めっそうもございません。『咆哮する獅子』のボリス教官と御一緒できるなんて身に余る光栄です。男の天敵?よく分からないケド。ところでこっちは?その組合職員の隠れてる場所は分かってるんですか?」
ボリス教官にギロリと睨まれて言葉を翻し話題を変えた。
「まあ、だいたいな。西側の居住区の辺りに被害が集中してる。日が暮れてからその辺をうろうろしてれば悲鳴なり叫び声なりが聞こえるから、そっちに走れば見つかるだろう。それより絶対殺すなよ。足や腕の骨を折るくらいなら司教に治療魔法かけてもらうから構わんが。マコトも弓を打つ時、頭と心臓は狙いから外せ」
「ワリとテキトーですね。どういうヤツですか?歳とか背格好とかは?」
「見れば分かります」
「見りゃ分かる」
フルタ課長とボリス教官が口を揃えて言う。
「へ?」
組合で幾つか打ち合わせを終え外に出る。
いつの間にか太陽はマルティニー山脈の向こう側に姿を隠していた。
日が暮れてもマラガの大通りは近づく宵越し祭りに浮かれた酔客や買い物客で昼間のように賑わっている。
店の軒先には火の灯されたランプが吊られ、そこかしこに通行人が出した魔法の灯りがプカプカ浮かんで石畳を照らしている。
大通りから外れ、奥へ奥へと歩く程に街の灯りと喧騒は遠ざかり、夜の闇が深くなっていく。
雪が降って来そうな厚い雲に覆われた空には、月の灯りも星の瞬きも見えない。
目的の居住区に辿り着く頃には人通りも絶え、家のカーテンの隙間から僅かな光が漏れるばかりになっていた。
「お題、赤い物」
「えーと、リンゴ」「シャア専用ザク」「トマト」「シャア専用ズゴック」「イチゴ」「シャア専用ゲルググ」「トウガラシ」「シャア専用ジオング」
「カズヤ君、アウト。ジオング赤くないし、シャア付けてるばっかりでずるいよ」
「なんでジオングだけ仲間ハズレなんだ。可哀そうじゃないか。それじゃあ次は好きなAV女優」
「え、えーぶい?そ、そんなの知らないよ」
「またまた、カマトトぶっちゃって。ほれほれ、誰にも言わないから、お兄さんに打ち明けてみそ」
「カズヤ君・・・、真面目にやらないとボリスさんに怒られるよ」
「分かったよ・・・、ごめん、マコトちゃん!」
「だからっ!ボクのお尻を揉まないで!」
ボリス教官、フルタ課長チームと俺、マコトちゃんチームに分かれて居住区の中を巡回している。
ボリス教官には『ウロウロしてりゃ、そのうち騒ぎ声が聞こえるだろう』と言われたが、いっこうに怪しい人物は見かけない。
早々にやる気を失くした俺は、マコトちゃんと楽しくダベりながら閑静な住宅街をブラブラ歩いている。
「出て来ないね・・・」
「屋敷に帰って晩メシにしたいなあ・・・、よし、俺の悪魔イヤースキルを発動してみよう」
軽く身体強化して感覚を研ぎ澄まし、耳にパラボラ代わりに広げた手を当てる。
「むっ、二時の方向に感アリ。女性の押し殺したような声が!」
「えっ!ほんとに?」
「こっちだ、マコトちゃん!」
声の聞こえた方角へマコトちゃんの手を引いて、ひた走る。
家と家の隙間を駆け抜け、建物の角を曲がり、路地裏の暗がりへ躍り出る。
「ここかあっ!」
「きゃあっ!なんなのよアンタ達!」
「ちっ、ハズレか・・・、このクソ寒い中紛らわしい事しやがって」
「いつまで見てんのよ、金取るわよ!」
冬の夜更けの最中、積み上げられた薪置き場の影に隠れて破廉恥行為に勤しんでいた只のバカップルだった。
乳をまろび出しながらも堂々と睨みつけてくる女性とは対照的に、男性は慌てて引き上げたズボンに足を取られて尻もちをついていた。
「カズヤ君・・・」
「むう、もう一度やるぞ。デビル耳センサーアクティブ!きてます、きてます。キター!あっちだ、行くぞ!」
「あっ、待ってよ!失礼しましたー」
再び夜の街を疾走する。
進路を遮る垣根を飛び越え、塀を乗り越え、他人の家の庭を潜り抜け、屋根から屋根へと飛び移る。
「すいません、ごめんなさーい!ちょっと、カズヤ君、無茶しないでよ!」
後ろの方から住人の怒鳴り声が聞こえたり、何かが投げつけられたりもするが、その度マコトちゃんが律儀に謝っていた。
「近いぞ、この辺のはずだが・・・、超感覚ブースト!ここだあっ!」
大きな家に隣接して建てられた馬小屋の中へ飛び込む。
「なんなのアンタ達?」
「俺はこの街の乱れた風紀を取り締まる善意の一般市民だ。こんな所でいったい何をしている?」
馬小屋の中には全裸の男女。
首輪を嵌められ四つん這いで隣の馬と並ぶ男性。
男の首輪から伸びた鎖を片手で握り、もう片方の手に鞭を持って男の背に跨る女性。
「あら、見て分からないかしら。お馬の調教よ」
「ふうぅっ!ああぁ・・・我が愛しの女王よ・・・」
男の背に文字通り馬乗りに跨った女性が薄く笑って鞭を振ると尻の下の男性が歓喜の鳴き声を上げ、恍惚とした表情を顔に浮かべる。
隣の柵の中の栗毛馬は心底迷惑そうな顔をしている。
マコトちゃんは目と口を大きく開けたまま凍り付いて動かない。
「アンタも馬になりたいの?アタシが女王様になってあげようか?」
「あいにくだが、もう俺には風の女王様がいる。邪魔したな」
フリーズしたままのマコトちゃんのお尻を叩いて再起動させ、馬小屋から外に出る。
「か、か、カズヤ君・・・、今の人達がボリスさんの言っていたへ、へ、ヘンタイじゃなかったの?」
「いや、あれは同じ趣味嗜好の人間が完全同意の元に行う特殊性癖行為、夜のお馬さんごっこだ」
「お馬さん・・・、お馬ぱかぱか、三ぱかぱか、合わせてぱかぱか、六ぱかぱか・・・」
「マコトちゃん、いつまでも呆けてないで次いくぞ」
初めて見る大人の世界に衝撃を受け、動作不良を起こしているマコトちゃんの尻を再度叩いて覚醒させる。
「女王様のお馬さん・・・、あっ、待ってよ、カズヤ君、置いていかないで!」
日常生活を脅かす性犯罪者を探して静かな夜の街を駆ける。
「悪い子はいねぇかぁ!」
「きゃあっ、誰なの!」
「すいませーん」
「痴漢する子はどこだぁ!」
「どわあっ、なんだね君達は!」
「ごめんなさーい」
「露出狂はここかぁ!」
「じろじろ見てんじゃないわよ!」
「失礼しましたー」
年末で皆浮かれているせいなのか、ちょっとウロウロしただけで暗がりから屋外行為愛好者がぞろぞろ出てくる。
雪が降りそうな真冬の夜、何故外でヤリたがるのか?
それとも気温が低くなる程、反比例的に感情が燃え上がるのか?
「くそぅ、またハズレか。この街はいったいどうなってるんだ。風紀が乱れすぎている」
「ねえっ、カズヤ君!ワザとだよね、ワザと間違ってるよね!」
「マコトちゃん、今の俺達はマラガの街の公序良俗を守る正義の風紀委員だ。結果として、偶然、男女の愛の営みを目撃してしまうのは役得・・・、じゃなくて不可抗力なんだ。仕方のない事なんだ」
「今、役得って言った、言ったよね!今の僕達、そ、そ、そういう行為を覗き見するデバガメだよね!」
「はあ?『そういう行為』ってのはナニ?具体的にはっきり言ってくれないと分からないなあ。ほらほら、『そういう』ってのは、どんな事?ナニをどうしてナニするのか言ってみ」
「ど、ど、どんな事って、そ、そ、それは・・・、カズヤ君のバカ!もう知らないからね!」
「ごめん、ごめん、マコトちゃん、悪ノリしちゃった。ちゃんとやるから。よし、次はあそこの二階が怪しい。すぐそばに立っている木に登って覗いてみよう」
「今度は家の中?窓から覗くつもり?それじゃただの覗きで僕達が犯罪者だよ!カズヤ君いい加減に・・・、あ、今、笛の音が聞こえたよ!行かなくちゃ!」
「ちっ、これから面白くなるところだったのに、しょうがない、行くか・・・」
マコトちゃんをからかって遊んでいたら試合終了の笛の音が聞こえた。
事前に打ち合わせしていた高い音の警笛。
先にヘンタイを見つけたチームが笛を鳴らして別チームに知らせる事になっていた。
マコトちゃんに袖を引かれ、しぶしぶ現場に向かう。
「フハハハハハハハ!」
居住区の一角、高級そうな屋敷の屋根の上で夜空を背負い高笑いする男。
「ね、ねえ、カズヤ君。あのオジサン、マントを着ているよ」
「マコトちゃん、それを言うなら『マントしか着ていない』だ」
「フハハハハハハハ!」
「ひいっ!」
高笑いしながら体に巻き付けたマントをぶゎさりぶゎさりと広げたり閉じたりする。
変質者と言うよりは、夜の街に現れた変態怪人マントマン。
暗闇の中、細部までは見えないが、マントをバサバサする度、足の間にナウマンゾウがチラチラ浮かび上がる。
それを見たマコトちゃんが、いちいち可愛い悲鳴を上げて新鮮な反応をするので、調子に乗った怪人がヘンタイ行為をエンドレスで繰り返している。
とても嬉しそうだ。
それにしても、暗くてはっきり顔が分からないけれど、どっかで見た事ある気がするんだよなあ。
組合関係者って言ってたから、見かけたり、すれ違ったりしていたんだろうけれど、なんか気になるんだよなあ。
「マコト、足を狙って矢を打て!」
「は、はいっ!」
「カズヤ、ボサっとしてないで裏へ先回りしろ!油断するなよ!」
「へいっ、合点承知の助!」
ボリス教官の指示に従いマコトちゃんが弓を引き、塀を乗り越えヘンタイに迫るボリス教官とフルタ課長を後にして屋敷の裏手へ走る。
「フハハハハハハハ!」
裏路地の角を曲がった途端、ボリス教官達に追われ、庭木の茂みから変態マント怪人が飛び出して来た。
とっさに背中に刺した強化バットを抜いて外角低めの位置から振り上げる。
「フハハハハハハハ!」
マントを体に巻き付けたまま跳ねるように避けるヘンタイ。
こいつ動きが速い!
身体強化した俺の攻撃を高笑いしながらヌルヌル躱す。
なんだコイツ、ホントに組合の事務職員か?
上段からの攻撃を、仰け反る様に背を逸らして躱したヘンタイに間髪入れず、一歩踏み込んで突きを繰り出そうとしたが・・・。
「フハハハハハハハ!」
「どわあっ!眼が腐るぅ!」
ヘンタイが羽ばたく鳥の様に、否、蝙蝠のようにマントの両端を手に持って大きく広げると股間のナウマンゾウが間近で俺の目に入って来て思わず目を背けてしまった。
マント男の放った前蹴りをまともに喰らって、後方へ大きく跳ね飛ばされる。
「カズヤ!真面目にやれ!」
追いついてきたボリス教官の叱責が怪人の反対側から聞こえるが、本能的な生理的嫌悪感が体中を走り回る。
「ボリス教官、なんなのコイツ?めちゃくちゃ強いよ、俺の攻撃が当たらねぇ!」
「油断するなっつったろ!このまま囲んで取り押さえるぞ!」
ボリス教官、フルタ課長、マコトちゃん、俺の四人で包囲し、じりじりと輪を縮める。
しかしながら、俺達の波状攻撃をマントを翻しながら華麗に避け続けるヘンタイ怪人。
あのボリス教官の連撃すら余裕で躱している。
なんなのアイツ?
このままでは埒が明かない。
寒いし、腹が減ったし、ブラブラ揺れるソレをいつまでも見ていたくはナイ。
非常事態に直面し奥の手を使う事を決断する。
「くっ、この手は使いたくなかったが・・・」
懐に手を入れて、白くツヤツヤした肌触りの布を取り出す。
「か、カズヤ、お前・・・、まさか、それは・・・」
あの『咆哮する獅子』のボリス教官殿すら驚いて目を剥く危険物。
「フハッ!」
怪人を含めた皆の視線が俺の手の中のブツに集中する。
もう一枚、薄桃色のしっとりした肌触りの布をそっと取り出す。
「ほーら、風の女王様とマラガの聖女様のパンツだぞ~」
「カズヤ・・・、お前、勇気あるな。後でソフィとアリスに殺されても知らねぇぞ」
「ボリス教官、マラガの街の安全の為です。マラガの為ならソフィとアリスも、きっと許してくれるハズです」
純白のソレは、たぶんソフィ。
薄桃のソレは、きっとアリス。
下着好きの変態を釣る餌として、ここへ来る前に急ぎ屋敷に戻り、洗濯物の中から抜き取っておいた。
「フハッ、フハフハッ!」
俺の手の動きに合わせてギロギロした変態の目が左右に揺れ、鼻息が荒くなる。
「ほぅーら、ほぅーら、おっと!」
変態が伸ばした手が届く寸前に、腕を引いて背中の後ろに隠す。
「フウッ!」
御馳走を目の前にしてお預けを喰らい、悔しがる変態。
ダメ押しで胸元からもう一枚、そっと抜き出す。
「フハ?」
「あ、ごめん。これ俺のパンツだった。間違えちゃった」
「フーーーーーーッ!」
猫のように毛を逆立て、歯を剥きだしてヘンタイが怒る。
俺自身のパンツを慌てて戻し、後ろ手に隠したままのブツを前に出す。
もう一度釣り餌をぶら下げて左右に振る。
「ほら、これが欲しいんだろ?そーら、そーら、今だっ!」
破壊力抜群の布に目を奪われた変態怪人に、四人が同時に飛び掛かって抑え込む。
「フハ、フハ、フハフハハ!」
「こいつ、暴れやがって、おとなしくしろ!って・・・、え、え・・・、あれ?」
手足を抑えられながらも激しく抵抗する変態怪人マントマン。
体の動きに合わせてビタンビタン腹を打ってのたうつ象の鼻。
今まで暗がりの中、何処の誰なのか、はっきり顔は見えなかった。
股間にぶら下がるソレをはっきり見たくなかった。
ずっと頭の中に引っ掛かっていた。
組合の中で見かけた事があるとかじゃなくて、もっと特別な場所・・・、組合事務所のさらに奥の応接室で・・・。
がっしりした体格の壮年の男性。
やっぱりその顔には見覚えが・・・。
「ボリス教官、このヒト・・・、冒険者組合の、く、組合長じゃ・・・」
「カズヤ・・・、どうして騒ぎを大きくしたくなかったのか、これで分かっただろ。もし、万が一、誰かにこの事を喋ったら、一生組合から差し向けられた暗殺者に狙われ続けるからな。余計なヤツに見られない内に麻袋に放り込んで教会に運ぶぞ。引退してから随分経ったが、元は凄腕の冒険者だ。サキュバスの妖気にあてられて理性のタガが外れちまうと手が付けられん」
「え?サキュバス?」
「ああ、男は奴等と目が合っただけで支配されちまうから近づくのは・・・、って、おい、カズヤ!」
サキュバス、淫魔、それは男の憧れの魔物娘のトップスター。
一度は見てみたいモン娘。
確か、西門から出た所にある農場の倉庫に隠れているとか言っていた。
このままでは、冷酷無比な女王様に殺されてしまう。
魔物だって、オケラだって、カエルだってみんな友達だ。
真心さえあれば、きっと分かり合えるハズ。
叫ぶボリス教官を振り切って、全力で西へ走る。
「ウキッ!ウキーーーーッ!」
「ソフィアさん!いつものカズヤと動きが全然違う!キャーッ!どこ触ってんのよ!このおっ!エロカズヤ!」
「キキキ、ウキッ、ウキキッ!」
「アリス!浄化魔法は!?」
「だめ!速すぎて狙えない!誰か捕まえて押さえつけてっ!」
「ウッキッキ!」
「押さえつけろって・・・、ど、ど、どこを掴んだら・・・、どうしてスッポンポンなのよっ!」
「こ、こらっ!股間に顔を埋めるなっ!」
「ユキコ!そのまま押さえてっ!あーーーっ、逃げられた!カズヤがエロ猿になってる!」
「ウキッ、ウキキキーーーーッ!」
「全ての理性を失い、束縛するいっさいの衣服を脱ぎ捨て、本能のままに行動するカズヤ。ああ、なんて恐ろしいモノが解き放たれてしまったのかしら・・・、私のスカート返してください・・・」
「ユカリ!解説はいいから、どーにかしてっ!ああっ!アタシの胸をっ!このスケベカズヤ!」
「盟主様、サナエが情欲の全てを受け入れて差し上げます。さあ、どうぞ!なんで無視するんですかっ!」
「ウキーーーッ!ウキキッ!」
「カズヤの相手は私がするわ。みんなは下がって」
「ソフィアさん・・・」
「カズヤ、私の裸が見たい?」
「ウキッ!」
「カズヤ、私の体に触りたい?」
「ウキキッ!」
「いいかげんにしなさいっ!カズヤっ!」
「ギッ・・・」
「すごい・・・、言葉だけで威圧してる・・・」
「カズヤっ!お座りっ!」
「ギギッ・・・」
「サキュバスの呪縛を気合いだけで・・・」
「カズヤっ!伏せっ!」
「ギギギッ・・・」
「ホント、カズヤはソフィアさんには逆らえないんだな・・・」
「今よっ!押さえつけてロープで縛って!」
「ウギギギギーーーッ!」
どういうワケか、素っ裸で縛られ、教会のソラリス神の前に転がされていた。
俺を囲んで見下ろす皆の視線が冷たい。
素肌に食い込む縄が痛い。
「おい、どういう事だ?何で転生者の男はサキュバスって聞くと、誰も彼もが特攻したがる?男の天敵だから近づくなって言ってんのに、言葉が解らないのか?バカなのか?何か種族的な弱点でもあるのか?」
ボリス教官殿がマジで怒っている。
「やっぱり、こうなりましたか・・・。そのぅ・・・、私達の居た世界では、ごく一部の男性・・・、いや、わりと多数の人なんですが、サキュバスという言葉に耐性の無いヒトがいまして・・・」
「はあ?魔物だぞ?」
「何て言うか、萌えって言うか・・・、こちらの人達には理解できない宗教みたいなモノがありまして・・・」
「邪教か?」
「いや、そういう事では無くてですね・・・」
フルタ課長が助け舟を出してくれるが、目尻の吊り上がった女性達に睨まれ、すごすごとしどろもどろに言葉を濁しながら後ろに下がってしまった。
あの時、マラガの西門から出てすぐの辺りでナニかとばったり出くわした。
暗闇の中、二つの赤い目が怪しく光っていたのだけを覚えている。
そして、気が付けば全裸でココにいた。
「えーと・・・、俺、何かしちゃった?」
誰も応えてくれない。
寂しいなあ。
「あのぅ・・・、そろそろ縄を解いて欲しいんですが・・・」
「なんか言った?」
エリカに睨まれた。
「いえ・・・、せめて何か着る物を頂けないかなあと思うんですが・・・」
「カズヤは裸が好きなんだよね」
アリスに冷たく突き放された。
「自分が裸になっているっていうのは、ちょっと違うって言うか・・・」
さなぎに成る前のカブト虫の幼虫のように縛られたままの体を丸めて、皆の視線から股間を隠す。
教会の床が冷たい。
「もう夜も遅いわ。魔物は片付いたし、帰りましょうか」
ソフィに続いて教会から出て行く女子達。
「あの、ちょっと・・・、許して!反省してるから!二度としないから!お願いっ!」
≪回想記≫
独り思索にふけり、あの時何があったのか記憶の奥底を掘り返す。
気が付けば教会の床に横たわり、女性陣から蔑みの視線を一身に受けていた。
最大の目的であったサキュバスが、どんな顔をして、どんな姿をしていたのか全く覚えていない。
得る物は何も無く、失う物だけが多かった事件であった。
それでも、古い写真のような断片的な記憶がいくつかある。
味わった事の無い高揚感と解放感。
薔薇組の悲鳴と罵声、手のひらに残るナニかフニャフニャした感触。
その全てを破壊し、俺の魂を鷲掴みにするようなソフィの言葉。
あれはいったい何だったのか?
何があったのであろうか?
その後、どういう訳か、組合長が引き起こした数々の騒動も俺がした事になっていた。
理不尽すぎる結末ではあるが、あえて、マラガの平穏の為に何も言わず泥をかぶっている。
マラガのエロ猿。
赤マントのカズヤ。
東門の覗き魔。
黄昏の怪人、等々・・・。
ちっともありがたくない二つ名も頂戴した。
「にーちゃん、ヘンタイ?」
「違うっつーの!」
ジョシュ、そういう目で俺を見るな。




