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第54話 小さな恋のメロディ

 ≪カズヤ≫


「ヤッホー!遊びに来たわよーっ!」


 朝も早くから『Queen of Hearts』のアヤメ姉さんと『ピンクサファイア』の玄蔵が屋敷にやってきた。

 アヤ姉さんが農場の入口で派手な衣装をひらひらさせながら手を振っている。

 やはり普段着も赤だった。

 その後ろに黙って立つ玄さんは、対照的にモノトーン。

 片手にお椀を持たせたら、まるで托鉢僧のよう。


「・・・、そのヒラヒラした格好はなんだ?」


 建築作業の手を止め、手拭いで汗を拭く。

 茶色の風景の中、場違いに真っ赤なアヤ姉をジロジロ見る。


「え?何って・・・、似合わない?」


 スカートをちょっと摘まんで持ち上げる仕草が可愛い。

 ちらりと見えたふくらはぎの白さが眩しいが、ここは毅然とした態度を取る。


「おい、エリカ!この新人にウチの掟を教えてやんな!」


 黙々と木材を運ぶエリカに声を掛ける。


「新入り、良く聞きな!サナダ家、家訓!ひとーつ!」


 肩に担いだ木材を勢いよく地面に突き立てると、軽く地面が揺れた。


「ひとーつ!」


「働かざる者食うべからず」


「えっ?」


 背中の腰に両手を回して応援団ポーズでエリカが叫ぶ。

 ぎょっとしたアヤ姉が首を回してエリカを見る。


「ふたーつ!」


「フォークより鍬を持て!」


「ええっ?」


 いつの間にか、右隣にいたナオミがスコップの先端で土を叩く。

 アヤ姉が軽く握った両手を胸の前に置き、びくりと身を震わせる。


「みーっつ!」


「肥やしは友達、臭くない!」


「えええっ?」


 左隣に現れたユキコの声に驚き飛び上がる。


「よーっつ!」


「むやみに女性キャラを増やさない!」


「「ええええっ!」」


 後ろから響くユカリの声に、アヤ姉と俺、二人いっしょに飛び跳ねた。

 そんなのあったっけ?


「連れて行け」


「え?え?え?えーーーっ!ナニ、ナニ、何なの?ナンなのーーーっ!」


 最後の家訓にちょっとドキドキしながら、薔薇の女子に屋敷へ連行されていくアヤ姉を見送る。







「ううっ・・・、なんでアタシがこんな事やらなくちゃいけないのよぅ」


 薔薇の女子にヒラヒラを剥かれ、野良着に着替えさせられたアヤ姉が文句を言いながら草を刈っている。

 薔薇の女子もここに来たばかりの頃、そんな事をぶつくさ言っていたが、今はすっかり野良着を着こなしている。

 鍬を振り下ろす腰の入り方も堂に入っている。

 うむ、いいケツだ。

 商工会からは相変わらず荒地を何とかしろと言われ続けている。

 それをネタにして絡んできたデリックは魔境の砦へと放逐されたが、依然として我が農場の安定稼働は商工会にとって喫緊の課題である。

 内部の汚職職員による不正事件のせいで、『出来れば、何とかして欲しいなあ・・・』くらいのソフトな物言いにはなった。

 しかし、強く出れなくなった分だけ、声に出さず眼で訴えてくるようになってウザイ。

 寒風の吹く年の瀬にもかかわらず、使える労働力を総動員して、荒地の開墾に取り組んでいる。


「ウチの飯を食いたければ、労働で対価を払え。ちなみにウチの料理長の腕前は一流だからほっぺた落ちるぞ」


「もーっ、畑仕事でヒトが必要なら雇いなさいよ。お金ならあるんでしょーに」


「いろいろ事情があって、春まで待たねばならないのだ。それに、有るからといって、無駄遣いするのは嫌いだ。玄さんを見習って口よりも手を動かせ」


 不承不承に手を動かすアヤ姉と対照的に、編み笠をかぶり黙って鍬を振り下ろす玄さんは、まるで生まれついての農夫のようだ。

 春になったら兵役を終えた孤児院出身者達がマラガに戻って来る。

 家の土地を継げずに仕事を探す農家の三男、四男も溢れる。

 今は日雇いの短期労働者で下地造りの単純作業をこなせれば良い。


「玄といっしょにしないでよ」


「大きな風呂もある。野良仕事の後の風呂と酒は格別だぞ」


「お風呂って・・・、あらあら、お姉さんの裸を覗き見したいのかしら?」


「バカ言え、ウチにはソフィとアリスがいるんだぞ。風呂上りの無防備な姿くらいは見放題だ。ナゼわざわざ、余計なリスクを冒してアヤ姉の裸を見なければならないのだ」


 第一そんな事がバレたら、ウチの女性陣にどんな目に会わされるか分かったもんじゃない。


「むっ!それはそれで頭にくるワネ!覗きに来ないのは失礼よ」


「覗いて良いのか悪いのか、どっちなんだ」


「そんなの決まってるじゃ・・・、え?これナニ?ナニ?ひーーーっ!ブニブニして気持ち悪い!」


 驚いて飛び上がったアヤ姉が、俺の腕に胸を押し付けて抱き着いてくる。

 むっ、ソフィ以上、サナエさん以下の大きさと見た。

 アヤ姉が引き抜いた雑草の穴から、五十センチくらいのミミズがひょこひょこ頭を動かしている。

 あれ以来、メータークラスの大ミミズは現れていない。

 あまり大きくなり過ぎるとモコモコで家が傾いてしまうが、この位の大きさなら土を肥やしてくれるので放置している。

 アヤ姉が俺の背中にへばりついて大げさに騒いでいると、スタスタやって来たエリカが無造作に素手で掴みあげた。

 手の中で元気にウネウネするミミズを一瞥し、草むらの向こうに放り投げる。

来た時と同じように無言で歩み去るエリカ。

 無表情が怖い。


「アタシ・・・、何か彼女を怒らせるような事したかしら?」


「い、いや、そんな事ないと思うが・・・」


 エリカの無言の圧力はむしろ俺の方を向いていたような気がする。

 大抵において、薔薇の女子とは自然に会話出来てると思う。

 仲の良い同級生か、話しやすい会社の同僚くらいの距離感だと思うのだが、やけにツンツン尖ったかと思うと、突然しおらしくなったり、笑顔で抱き着いてきたりもする。

 彼女の感情の起伏の原因が何なのか未だに謎だ。

 正直、反抗期の娘を持ったようで扱いかねている。

 元の世界で、ああいう学校カーストのてっぺんで青春を謳歌しているような女子とは縁が無かったので、ベストアンサーの対応が分からない。

 最下層にいたワケではないが、さりとてトップを狙える位置にいたワケでもない。

 ソフィ、アリスと仲良くなれたのは、まったくの僥倖。

 異世界の神様の手違いなのか、気まぐれなのか。

 でも、いつか離れてしまうとか、いなくなってしまうとか、不思議と彼女達との関係に不安は無いんだよなあ。

 手慣れた様子で鶏小屋の建築作業を手伝う薔薇の女子。

 溜息をついて眺める。

 扱い辛いが、元の世界の話題で話が弾み、笑っている笑顔は素直に可愛いと思う。

 こうやって、肩を並べて畑を耕したり、剣の稽古を出来るのは嬉しい。

 ソフィア先生の指導を受けて真っ直ぐに立って剣を構える姿は、凛として美しいと思う。

 御機嫌ななめで拗ねている表情もそれはそれで愛らしいと思う・・・、時もある。

 うーん、分からん。

 まさかミミズに驚いて抱き付いて来たアヤ姉に焼きもちを焼いたワケじゃないよな・・・。

 この程度のイチャイチャなら、ソフィ、アリスとしょっちゅうやってるし。

 まさか、エリカが俺に・・・。

 うーん、さすがにそれはナイよなあ。

 乙女心はまるでワカラン。











 ≪エリカ≫


「ううっ、またやっちゃった」


 私もカズヤとおしゃべりしたいと思って行ったのに、二人の邪魔をしただけになってしまった。


「あそこは一緒になって、キャーキャー騒ぐのが正解だったな」


 すごすごと皆のいる場所に戻って来た私を見て、ユキコが言う。


「遠くから見ていただけでも不機嫌オーラが出ていました。あのウネウネを何のためらいも無く掴みあげた姿は鬼気迫るモノがありましたよ」


 分かっているけど、改めてユカリに言われるとへこむ。


「抱き着かれてデレデレしてるカズヤの顔みたら、頭に来ちゃって、ミミズなんかどーでも良くなっちゃった」


 思いだしたら、今頃、あのブニブニの感触が沸いて来て、気持ち悪くなってきた。


「エリカ、カズヤがデレデレしてるのはいつもの事だ。今のところツンデレのツンしか出てないぞ」


「体中からトゲトゲが出ていますよ。もっと素直になったらどうですか?ほら、スマイル、スマイル」


 ユカリが私のほっぺたをグニグニしてくる。


「ひゅかり~、やめふぇ~」


「もっと、こう、ゴリゴリ押し付けたほうが良いんじゃないか?」


「ナニを押し付けるのよ?だいたい、みんな偉そうに言うケド、この中でちゃんと男のヒトとお付き合いした事あるの誰もいないじゃない」


「それを言われると・・・」


「返す言葉もございませんわ」


 私達は人気があって男子からはモテた。

 だけれども、自分から真剣にお付き合いしたいと思うような人は誰もいなかった。

 騒がしく落ち着きの無い小学生のような男の子。

 上っ面だけ大人ぶって妙に気取った男の子。

 底の浅い薄笑いを浮かべながら集団で声を掛けてくる男の子。

 揉み手をしながら下手からご機嫌を取ってくる男の子。

 払っても払ってもまとわりついてくるハエのような存在に辟易していた。

 同性から受ける嫉妬と羨望の入り混じった視線。

 そんなアレコレから身を遠ざけ、身を守る為に、ナオミ、ユキコ、ユカリ、私の四人は自然と一緒に行動するようになった。

 私達も周囲に負けず劣らず子供で自惚れてもいた。

 たった四人で完結した世界を作って他人と適度な距離を取り、余計な波風を立てないように他人をソツなくあしらう術も覚えた。

 今思い返せば、それ以外の他人との接し方も有ったのだと分かる。

 それでもあの時の私達には、それしか出来なかった。


 おかげで、一歩踏み込んだ人との付き合い方の経験が無い。

 他人と衝突して、それを乗り越えてきた積み重ねが私には無い。

 畑仕事をしたり、日課の稽古で動きを揃えたり、何気ない会話で笑ったり、とにかく、カズヤと一緒に何か出来るだけで楽しい。

 大抵は、自然におしゃべりできるし、肩を叩いて笑う事も出来る。

 でも、何かのはずみで意識してしまうと、急にぎくしゃくして、カズヤを見ていられなくなってしまう。

 どうしたら良いんだろう?

 もっと上手に気持ちを伝えたいのに。

 アリスはいつも『好き好き大好き』が、言葉、仕草、表情、体中から溢れ出している。

 ソフィアさんは、一歩退いているように見えて、常にカズヤを気にしている。

 サナエさんは、カズヤの影のように寄り添っている。

 私はどう接したら良いんだろう?


 こっちの世界で四年、もうすぐ五年過ごし、とっくに二十歳は越えている。

 想像していた職業とは違うけれど、収入を得、自分の力で生活している。

 でも・・・、私が子供の頃に見上げていた大人達は、今の私よりもっと大人だった気がする。

 両親、親戚の叔父さん、叔母さん、学校の先生、何でも知っていて、何でもできる、私の知らない世界の人達だった。

 今の私は、あの頃の私から見て、どんなふうに見えるだろうか?

 難しそうな話を自信あり気に口にしているけれど、その実、好きな人とどうしたらもっと仲良くなれるだろう?

 そんな事をうじうじ考えているなんて知ったらどう思うだろうか?


「あのさあ・・・」


「ん?なに?ナオミ」


 今まで一人黙っていたナオミの声に、思考の底から引き戻された。


「もう好きって言っちゃえば?」


 あぐらを掻いて土の上にペタリと座り、頭のてっぺんを指でぽりぽり掻きながら言ってくる。


「それが出来れば、こんなに悩んでないわよ」


「時々、ヘンになるけど、けっこうイイ感じになってるじゃん。いけると思うんだけどなあ・・・。エリカってさあ・・・、どうしてもカズヤの一番になりたいの?」


「え・・・、だって、その・・・、やっぱり・・・」


「現実的に見てさ・・・、ソフィアさんとアリスのツートップは、どうやっても崩せないと思うんだよね。サナエさんはそのへん割り切って、押しかけ女房の位置に収まってるじゃん。この三人は確定だと思うんだよね。アタシ達からすると、一人の旦那さんに複数のお嫁さんって、どうしても抵抗感あるけどさ・・・。あの三人を見てると、イイ感じに役割分担っていうか、棲み分けっていうか、出来てるよね。ソフィアさんはしっかりしたお姉さん。アリスはちょっと甘えん坊の妹。サナエさんは世話焼きの奥さん。ああいうのも良いなあ、って思うんだ」


 いつも『にしし』なんてふざけて笑っているナオミが、私に言い聞かせるように、ぽつぽつと言葉を選んで語りかけている。


「うん・・・」


「ここからが本題なんだけど・・・、ぶっちゃけちゃうと、アタシもワリと真剣にカズヤの事が好きなんだよね。それはユキコもユカリもそうなんだよ」


「え・・・」


 他の二人が私を真っ直ぐに見て頷いている。

 そうなんだ・・・、ラモアの温泉で言ってた事は、私を焚きつけるための冗談だとばかり思っていた。


「でさ・・・、最近フィオナさんが怪しいんだよね」


「フィオナさん?」


「うん、カズヤを見るフィオナさんの目がうるうるしてる。そりゃそうだよね、借金だとかいろんな事をカズヤに助けて貰ったし、意外とカズヤはお父さんって言うか、お兄ちゃん的に子供達の面倒もしっかり見てるし、子供達もカズヤに懐いているしさ・・・。フィオナさんは子供二人いるけど、歳はアタシ達とそんなに変わらないじゃん。この世界のヒトから見れば、借金を肩代わりして、衣食住の世話をしてるって言うのは、もう旦那さんなんだよね。フィオナさんは、そのつもりでいると思うんだよ。ぐずぐずしてると、どんどん席が埋まっちゃうよ?」


「分かるケド・・・、でも・・・」


「それでさ・・・、カズヤについては、この際、改めて四人で協定を結んで同盟を組まない?ソフィアさん、アリス、サナエさんのトライアングルとは違うアタシ達なりのカズヤとの付き合い方があると思うんだよね・・・、どうかな?」


 私の返事を黙って待つ三人。

 ホント、どうしたらいいんだろう?










 ≪カズヤ≫


「あーっ、腰が痛い。カズヤ、揉んで、揉んで」


「分かった」


 目の前の尻を両手で鷲掴みにして親指に力を入れ、ツボをグリグリと揉みしだく。

 指圧の心は母心。


「あっ、コラ!当たり前にお尻を触らないでよ!」


「揉んでって言って尻を突き出してきたのは、アヤ姉だろ。言っておくが尻くらいで俺がうろたえると思ったら大間違いだからな」


「ちょっとくらい初々しく動揺したらどうなのよ、仮にもアヤメ様のお尻なんだから」


「何がアヤメ様だ。ウチにはソフィア様とアリス様の尻があるんだぞ。今更アヤ姉の尻くらいどうという事はなイデデッ」


「こらっ、尻、尻言わないの!」


 後頭部にソフィからチョップを受けた。

 ちょっとお耳を赤くした照れ屋さんのソフィは格別に可愛い。

 アヤ姉と玄さんのサナダ屋敷への紹介も済み、お昼の休憩時間、いつものように焚き火を囲んでお昼ご飯を食べている。


「おいしいわ、これ」


「だろ?晩御飯はもっと旨いぞ」


 火にかけた大鍋の中のシチューを、アヤ姉が木のお玉でなみなみとよそってお替りしている。

 特別な材料は使っていない普通のシチューだが、フィオの料理はとにかく旨い。

 屋敷が目の前にあるのだから食堂で食べてもいいのだが、天気の良い日は冷たい空気の中で焚き火を囲むのも気持ちが良い。


「だけど、あんた、『俺は畑耕して生きる』とか冗談で言ってると思ってたのに、ホントだったのね」


「まあ、半分くらいの本気だな。魔境に乗り込んでガツガツやる気は無いから、冒険者と農家の兼業でボチボチやっていければ良い。本格的な農場経営に付け焼刃の素人が手を出してうまく行くとは思ってない。人件費やら諸経費やら、トントンの収支になれば上出来だ。この辺の農家とか孤児院の子供達とか、付き合いが出来ちゃったしな。何て言うか・・・、そういうアレコレを切り捨てられる程俺の心臓は強くないんだ」


「ふーん。結局、この世界でもイロイロと背負ってるのね」


「いや、背負うとか、そういう大そうなモンじゃなくてだな、放り出してもその後が気になるって言うか、すっきりしないって言うか・・・」


 何度説明しても過大評価してくるなあ。

 焚き火の中に枯れ枝を放り込みながら言葉を選んでいたら、息を切らせたアリスが背中に抱き着いてきた。


「カズヤ、たいへん、たいへん、ちょっと来て」


「うひゃう!ど、どうした?」


 俺の後ろに現れたアリスが耳元に口を近づけ小声で囁いてくる。

 アリスの息が耳の中をくすぐり飛び上がった。


「いいから、早く」


 アリスに急かされ、慌てて立ち上がる。

 枯草が風に吹かれてカサカサと音を立てている農地の奥へ、手を引かれながら走った。










「カズヤ、伏せて」


「え?お、おぅ」


 膝をついて茂みの影に身を隠す。

 向こう側にいったい何が有るのかと思い頭を上げたら、アリスに手で押さえられた。

 改めて枯れ枝の隙間から、透かすように目を凝らす。

 農地の端に積まれた資材の上に、人が二人腰かけている。


「アリス、あの二人がどうした?」


「しっ、黙って」


 四つん這いで食い入るように見続けるアリス。

 静かにしろというワリには、藪の中に頭をガサガサ言わせながら突っ込んでいる。

 頭隠して尻隠さず。

 突き出した丸いお尻が可愛らしくフリフリ動く。

 なでなでしようとしたら、ペシっと手を叩かれたので目の前の光景に集中する。

 若い男と若い女、こちらに背を向けて座っているので、顔は分からない。

 どちらの後ろ姿にも見覚えがあるような気がするが・・・。

 相手に話しかける際に、ちらりと横顔が見えた。


「ん?あれは、アン?ベティ?クララ?誰だっけ?」


「ブルーノとクララ」


 メイド隊のクララ、ブル一家の末っ子ブルーノ。

 二人並んでお弁当を食べている。

 クララが積極的に話しかけているが、ブルーノは下を向いて恥ずかしそうにモソモソ食べている。


「ね、ね、カズヤ、いい感じでしょ?」


「あいつ等、いつの間に・・・」


 二人の間にあるバスケットに入った水筒へ同時に手が動き重なる。

 静電気で弾かれたように手が離れ、二人して俯く。

 そしてまた、そろそろと手を動かし、触れ合うと同時にまた離れる。

 ・・・・・・。


 酸っぺぇ!

 甘酸っぺぇ!

 なんだコリャ!

 農地をゴロゴロと転がって、二人が見えない所まで逃げてしまいたくなる。


「すてき~」


 アリスは俺の隣で藪の中に頭を突っ込んだまま、両手を握りしめて感動している。

 眼をハート型にして夢中で見続けているアリスとは対照的に、枯れ枝が服の間に入り込んだのか、今朝食ったモノがあたったのか、はたまた目の前の青春の一幕の影響なのか、猛烈な痒みが俺の全身を襲っている。

 クララが資材の上のお尻を滑らせ体を寄せる。

 ブルーノはもじもじしながら反対側へ体を動かす。

 どうして、そこで肩に手を回して抱き寄せないのか?

 酸っぱすぎる!

 もどかしすぎる!

 寄せては離れ、離れては寄せる。

 クララの猛攻撃にブルーノの尻は半分資材からはみ出している。

 どうするブルーノ、土俵際だぞ!


「ああっ、もうっ!じれったいわねっ!押し倒しなさいよっ!」


 後ろから聞こえたアヤ姉の声に振り向く。

 アヤ姉、薔薇の女子、ソフィまでもが、各々変装用の枯れ枝や枯草を両手に持って、俺の背中越しに若い二人の逢瀬を覗き見していた。


「あっ、いつのまに!ソフィまでいるし!」


「だって、慌てて二人が走り出すんだもの、追いかけるわよ。あっ、動いたわよっ!」


「お?おおっ!」


 ついにブルーノがクララの片手に左手を置いた。

 至近距離で見つめ合う二人。

 空いた右手が、クララの背中辺りで上に下にフラフラ彷徨っている。


「今よ!右手を背中に回して抱きしめるの!」


「ちょっ!アヤ姉、押すなって!ああっ!」


 背後からの圧力に負け、防波堤が決壊するように藪を突き破り、音を立てて前になだれ込む。


「え?え?え?イヤーッ!」


 予想された結末とでも言うべきか。

 俺達を見て目を丸くしたクララが、ブルーノを突き飛ばし走り去って行った。

 独り取り残されたブルーノだけが、状況を理解できずに呆けた顔で立っている。

 千載一遇のチャンスを逃した哀れなブルーノ。

 獲物を取り逃した手が、何も無い空間をあても無く彷徨い続けていた。

 分かる、分かるぞ。

 お前の気持ちはイタイ程良く分かる。

 この悲惨な結末は、同じ男として胸が痛い程良く分かる。


「あ~あ、もうちょっとだったのに」


「でも、初恋って良いわね~、思いだしちゃった」


「冬の大地に散った甘く切ない恋心ですね」


 言いたい事を言ってゾロゾロと戻って行く女性達。

 おい、ちょっと待て。

 このままブルーノを放っておいたら、廃人確定だぞ。

 正直、振られた直後の男にどうやって声を掛けたら良いのかサッパリだが、置き去りにしたら明日の朝にはあのままの姿で凍っているだろう。

 仕方なく近づいて、そっと肩に手を回し資材の上に座らせた。


「あ・・・、旦那様・・・。その・・・、空がきれいですね。空ってこんなにきれいだったんですね」


「そうだな・・・」


「ほら、鳥が飛んで行きました。何処へ行くんだろう・・・。俺も鳥になって何処かへ・・・」


 ダメだ、こりゃ。









「おいしー、ホント美味しいワ。アタシ、ここの家の子になろうかしら」


「おい、それは俺の分だ。ちょっとは遠慮しろよ」


 屋敷の食堂での晩御飯。

 ソフィ、アリス、サナエさん、薔薇組に子供達、そしてアヤ姉と玄さん。

 まだまだ広さに余裕はあるが、ずいぶんと賑やかになったものだ。

 テーブルの上にはフィオが用意した料理が、湯気を立てて並んでいる。


「ふふーん、そんな事言っていいのかしら?ちょっと、そこ空けて、もっと広く」


「おい、分かったから雑にやるな」


 白身魚と貝の煮つけが乗った大皿、その他テーブルの上の皿を脇に寄せて場所を作る。


「じゃじゃーん!よーいしょっと、ハイ、これおみやげ」


 そう言ってアヤ姉が、テーブルの上に一抱えほどの麻袋をドカンと一つ置いた。


「何だ、これ?」


「いいから開けて」


 アヤ姉が思わせぶりにニヤニヤ笑っている。

 おもちゃの蛇でも仕込んできたか?

 イタズラに警戒しながらゆっくり袋の口紐を解く。


「種もみ?米ならウチにもあるぞ?」


 まだもみ殻の付いたままの米がザラザラ出てきた。


「まあ、良く見てみなさいよ」


 何だろうなあ?

 指先で殻を一粒剥いて、眼の近くでしげしげ見つめた。


「あっ!短・・・、いや、中粒種か!」


 この辺で採れる米は長粒種。

 細長くパサパサとした食感で、お米その物の味を楽しむには向いていない。

 ピラフやパエリア、味付けしただし汁で煮炊きするのが、美味しい食べ方になる。

 アヤ姉が取り出した中粒種は、馴染のある味に近づいた物だ。

 品種改良を繰り返した芸術的とも言える日本米と比べるのは無理があるが、それでも、

この中粒種の発見はかなり嬉しい。


「そそ、どう?さすがのカズヤも見た事なかったでしょ?」


「うん、どこでコレを?」


「えーと、アウソニアの・・・、何処だったっけ、玄?」


 腕を組んで頭に?マークを浮かべたアヤ姉が玄さんに話を振った。


「アウソニアの中西部、トレオンという町の近くです。それからカズヤさん、アヤメさんが、さも自分の手柄のように語っていますが、それに気が付いたのは私です」


 箸をおいた玄さんが淡々と事実を語る。


「アヤ姉・・・」


「い、いいじゃない、あの時一緒にいたんだからさ、な、ナニよ・・・」


「以前、国境を越えてアウソニアの王都近くまで行く大商隊の護衛を、アヤメさんのクランと合同で受けた事があるんです。その旅の道中で見つけました。どこか引き取って育ててくれる農家を探していたんですが、カズヤさんに渡したほうが良さそうだったので」


 玄さんが麻袋の中から一掴み救い、サラサラとまた中に戻す。


「ありがたいが、今雇っている農夫は米を作った経験は無さそうだし、俺の実家は兼業農家だったが、繁忙期に力仕事を手伝う程度だったから、イチからの米造りってなると・・・、どうかなあ」


 こんな事に成るんだったら、もっと本腰入れて手伝えば良かった。


「どうなっても良いんですよ。それほど貴重な物ではありません。もっと欲しいならアウソニアに行けばいいんです。割高にはなるでしょうが、商いの広い商人に頼めばマラガでも手に入るでしょう。育ててみても良いし、このまま食べても良いんです」


「そうか・・・、そんなら、ちょっと考えてみるか。ありがとう、いただいておくよ」


「あ、もしそのまま食べるんなら、その時は呼んでよね」


 アヤ姉・・・、っていうか、そのまま米を焚いて欲しいって顔に出てるぞ。


「ああ、俺の隠れた腕前を披露してやるよ。やっぱ、焼き魚と合わせるのが良いかなあ」


「良いワネ!焼き魚!でもさあ、お米は有るけど、お味噌が無いのよね~。お米とお魚とお味噌汁。お味噌汁が飲みたいわ~」


「やっぱり、アヤ姉と玄さんも味噌を見た事無い?」


「無いですね。自作しようとした人もいるようですが、成功した話は聞いた事がありませんね」


 口いっぱいに頬張った料理を酒で流し込むアヤ姉を横目に玄さんが話す。

 ふむ、実務レベルの話は玄さんとしたほうが良さそうだ。


「そうか、どうにかできんかなあ。運任せで大豆を煮て、放置して、偶然出来たりしないもんかなあ」


「どうでしょう。難しいと思いますね。元の世界の日本とは気候が違います。ここは内陸で乾いた風が吹きます。適度に雨は降りますが、日本のように湿度は高くなりません」


「うーん、温度と湿度か・・・。それをクリアしても麹がなあ・・・」


 味噌の話題で、ある男の顔が頭の中に浮かんだ。

 あれは誰だっけ?

 ダイジロウ、ショウジロウ、それともチュウジロウだったか。

 まるで役に立たないヤツだったが、憎めない所もあった。

 そんなアイツは、もういなくなってしまった。

 胸の中に一抹の寂しさがよぎる。


「麹ですか?稲が育ちますから、麹なら見つかると思いますよ」


「え?稲があるから麹もある?どういうコト?」


 懐かしい顔を思い出していたが、意外な玄さんの言葉に吹き飛ばされてしまった。

 さらば、ダイキチ。

 味噌の前では、なんと些末な存在だった事か。


「稲麹と言って、どういう条件かは分かりませんが、稲自体に麹菌の固まりが付く事があるんですよ。それを蒸し米の上にまいて増やせば使えるはずです」


「ちょっと待った。どうしてそんなに詳しいの?」


「寺で精進料理を出していて、その一環で自家製味噌も作っていたんです。今のご時世、いや、以前の世界の話ですが、檀家さんからのお布施だけでは食べていけませんから、企業努力ですよ」


「詳しく!初めからいろいろ詳しく!全部、つまびらかに!」











 ≪エリカ≫


 テーブルの向こう側、カズヤがアヤメさんと話している。

 なんだか楽しそうだなあ。

 お皿の上のイモを突いて転がす。

 溜息をついて横を向く。

 ソフィアさんは少し離れた場所で子供達の相手をしている。

 暖炉の火灯りに照らされた金髪が、肩から流れ落ちる。

 同性の私が見ても目が離せなくなるほどの整った顔立ち。

 王国の冒険者達から、尊敬と憧れを集める存在。

 そんなヒトなら、カズヤの周りにいくら女性が現れようと気にならないのだろうか?


「どうしたの?」


 ぼんやり考えていたら、私の視線に気づいたソフィアさんが聞いてきた。


「あのね・・・、ソフィアさんはカズヤの何処が好きなの?」


 近づいて小声で尋ねる。

 自然に口から出ていた。


「なあに?今更ヘンな事聞くのね」


「ご、ごめんなさい。つい・・・」


「ふふ、いいわよ。そうねえ、何処かしら?私にも分からないわ。カズヤと一緒にいたい。カズヤの顔を見ていたい。カズヤの言葉を聞きたい。今ね、私は初めてホントの恋をしているの。こうやってみんなと過ごす毎日。エリカとカズヤが楽しそうに話しているのを見て湧き上がる穏やかでない感情。カズヤを連れ出して二人っきりで何処か知らない場所に行きたくなる思い。そんな一つ一つを受け入れて楽しんでいるの。今、私はカズヤを好きでいる事を学んでいると思うの」


「好きでいる事を学ぶ・・・か、やっぱりソフィアさんは素敵だなあ」


「そんなに難しく考えなくても良いんじゃないかしら。エリカはどうしたいの?」


「私は・・・」


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