第53話 リシテアの門
「カズヤパーティでいいだろ?アリスでも、サナエさんでも、ソフィアパーティでもいいよ。いっその事、最初の文字を取って、アカサソパーティなんてどうだ?」
「えーっ、そんなのつまんないし、かっこ悪い。『天地人、遍く世界を守護する永劫の騎士』は?」
気持ちよく晴れた穏やかな冬の一日。
建設作業のお昼休み、屋敷の庭の焚き火を囲みお昼ご飯を食べている。
肉体労働で汗をかいた体に冬のひんやりした空気が調度いい。
木の枝に刺したパンを焚き火で炙りながら、アリスが矢継ぎ早に提案してくる名前を端から撃ち落とす。
「だめだめ、そいつはいったい何処の誰だ。いろんなモノをいつまでも守り過ぎて、頭がおかしくなる。過労死するぞ。第一、名前が長過ぎる。マラガジャイアンツ、マラガホークス、マラガオールスターズ、マラガファーマーズ、マラガベジタブルズ、マラガコレステロールズ、マラガマヨネーズ、これでどうだ?地産地消のご当地色溢れる分かり易い名前だぞ?」
長すぎる名前は誰も正式名称で呼んでくれない。
他人はもとより、クラメンでさえも使わない。
名付けた本人も『あれ?これでいいんだっけ?』と首を捻る時がある。
それは、『春風』で経験済みだ。
「ナニそれ?マラガくっ付けただけだし、意味不明すぎるし、カッコ良くないし、最後のマヨネーズってナニ?そんなのより、『テティスの御使い』、これなら良いでしょ?」
先日の忘年会で会った転生者達のクランなど、食事の会話の流れの中で話したら、ウチのパーティもちゃんと名前を付けたらどうかという事に相成った。
「神様とか、仰々しいのはやめてくれよ、アリス。完全に名前負けしてる」
「ぶーっ、カッコイイのにーっ。ソフィはどう思う?」
アリスは中二病的な名前が好きなようだが、ここは全力で阻止するぞ。
「そうねぇ、カズヤの言ったのもどうかと思うけれど、もっと普通のにしたら?私も大げさ過ぎる名前はちょっと恥ずかしいかなあ・・・」
「ほらほら、ソフィもそう言ってるし。カズヤパーティでどうだ?農場も手を付け始めたし、サナダ農場のカズヤパーティで良いんじゃないか?俺は農場主だから、家名を名乗っても良いんだろ?」
火ばさみを使って焚き火の中からジャガイモを取り出す。
灰を払い、ぱっかり割って、先日作り置きしておいたマヨネーズを垂らし、塩、胡椒を軽く振る。
湯気に乗って良い香りが上がってくる。
ほくほくと湯気が立つジャガイモをスプーンでほじろうとしたらアリスに横から取られた。
「そうですね。バートン農場からサナダ農場へ代替わりしたという事でおかしくは無いと思います」
そう言いながら、サナエさんも皿を出してきたので一つ乗せる。
「ふむ、こういうのはどうだろう?私達の『薔薇』を使ってもいいぞ。『薔薇族』なんてどうだ?『菊の誓い』『パンジー倶楽部』『野良犬の午後』もいいな」
薔薇組のユキコがマジメな顔つきで言ってくる。
それ全部、ホモネタじゃねーか。
マコトちゃんはキョトンとしているが、他の四人はニヤニヤ笑っている。
最近、腐女子の『腐』が取れてきたかと思っていたのに。
「ねえ、前から思ってたんだけど。カズヤって元は貴族だったの?それとも大地主?ときどき、サナダ・カズヤって名乗ってるわよね?カズヤがファミリーネームなの?」
ソフィも目でジャガイモを要求してきたので、皿の上に置く。
さて、俺の分を・・・、灰の中をごそごそ掻き回したが、もう無かった。
俺のジャガイモが・・・。
食べたいなら、俺がジャガイモを火の中に投下してる時に言ってくれよ。
「いや、俺が元いた世界では、貴賤、財産の有無に係わらず皆ファミリーネームを持っていたんだ。ちなみに、家名は前に置くのが習慣だったから、俺の個人名はカズヤ」
「ほっか、『ハフヤ・ハナハ』ね」
ソフィが熱いイモを口の中ではふはふ転がしながらしゃべるので、『カズヤ・サナダ』もハフハフにしか聞こえない。
むぅ、かわいいではないか。
「だからサナダパーティでも・・・、む、思いついたぞ。パーティ名はサナダまムガッ・・・」
「盟主様、その先を言ってはいけません。サナダですら、時期的に非常に問題があります」
サナエさんが俺の口の中に突っ込んできたパンの固まりのせいで、最後まで言えなかった。
「何故だ?俺が自分の姓を名乗ってナニが悪い?」
「国民的歴史物語が佳境を迎えております。まるかぶりでございます」
「何を言うか、そもそも、この話はその国営放送的軍記ドラマが始まる前から存在していたのだぞ。早い者勝ちなら俺の方が先だ。パーティ名はサナダまモガッ・・・」
もう一個パンを押し込まれた。
「ダメ、と言ったら、ダメでございます。その名前の後に三角とか四角とか、あるいは船舶を表現するような言葉を繋げてはいけません」
ヤマト国一のツワモノだか何だか知らんが、いい迷惑だ。
「サナエさん、いくらコメディーのタグ付けがしてあるからって、なんでもかんでも笑いに持っていけば良いってもんじゃない。メタ発言をし過ぎると収拾がつかなくなるぞ」
「大局的なモノの見方と言ってくださいませ。とにかく、却下でございます」
「むう、納得いかん。業界っぽくダーサナって変えてみたらどうだ?」
「盟主様、はっきり言ってダサいです」
「よし、分かった。異世界男農城主カズむぐっ・・・、サナダ丼むげっ!」
押し込まれたパンで気道が塞がれて死にそうだ。
「いけません。ご自重ください」
結局パーティ名に関しては保留となった。
やっぱり『春風』じゃないと、しっくりこないんだよなあ。
今まで通り、暫定『カズヤ』パーティでいくことにした。
「さてと、はじめるか」
お昼の休憩も終わり、よっこら正一郎と腰を上げて作業現場へ向かう。
土の中から半分程顔を出している岩を浮かせる為、魔力を集中する。
「カズヤ、急がないで。丁寧に、ゆっくりよ」
ソフィア先生の指示に従い、そろそろと魔力を流す。
魔力で岩を握りしめて持ち上げるイメージ、イメージ。
腕を組み、仁王立ちで監督するソフィア先生。
その表情はいつも以上に厳しく、眉間にいつもより一本多くシワが寄っている。
ソフィア先生の魔法授業はいつも気を抜けないが、今日はいつも以上に監視がキツイ。
それは、今朝、こんな事があったから。
すっかり土木作業が身に染みついた今日この頃。
ツルハシを担ぎ、鼻歌を歌いながら農地側の鶏小屋建築現場に向かう。
すでに作業を始めていた建設業者が一か所に集まり、顔を寄せ合って相談している。
どうしたんだべ?
顔を突っ込んで事情を聴く。
でかい岩が土の中から出てきたが、そのままでは重すぎて自分達の魔力では浮かして取り除く事が出来ない。
クサビを打ち、細かく砕いて持ち上げようか、じゃあ、どこに打ったらいいべ。
そんな事を話していた。
穴の中を見てみると、庭石にしたくなるようなマーブル模様の立派な岩が横たわっている。
ぱっと見ただけでも三トン以上ありそうな岩。
だがしかし、魔力量だけならソフィア先生のお墨付き。
ここは俺に任せんさい。
魔力の循環をフル回転させて大岩を包んで浮かせようとするが、ビクともしない。
ムムムッ、燃えてきたぞ、俺の取り柄はいまいち使い道が無い溢れんばかりの魔力。
尻の括約筋に力を入れて余計なブツがこぼれ出さないようにしてから、思いっきり気張る。
「ふんっ!」
両手の拳を握りしめて踏ん張るが微動だにしない。
いいぞ、それでこそ、俺の好敵手にふさわしい。
いったん力を抜き、肩を回し、屈伸運動をして、大岩と向かい合う。
こめかみに血管が浮き出る程気合いを入れ、再度魔力を高速回転させる。
「そいやあっ!」
しゅぽっ。
まるで頑固なコルクの栓が抜けたように、蒼く広がる空へ垂直に飛んで行きました。
「おおっ!」
作業員は、ただただ単純に驚きの声を上げています。
マズイ!
直感というか、とっさにそう思いました。
「退避、たいひーーーっ!逃げろーーーっ!」
俺のそばで、ぼーっと空を見上げていた二人の作業員の一人を小脇に抱え、一人を肩に担ぎ上げ必死で走りました。
何メートル、何十メートル上がったのか分かりません。
もしかしたらK点越え?
緊急避難できるくらいの時間はありました。
鼓膜が割れそうな轟音、屋敷の裏山、荒地の草むらから空の一角が黒く染まる程の鳥が一斉に飛び立ちました。
荒地の雑草が同方向に波打ちます。
大気を揺るがす衝撃波の後に続いて、質量をもった厚みのある砂煙が壁の様に迫って来ました。
地べたにべったり伏せ、二人の作業員の頭を押さえつけました。
頭の上をもの凄い勢いで風が流れて行き、飛ばされた石礫が雨の様に背中を叩きます。
まるで、隕石落下を扱ったハリウッド映画のようでした。
砂塵が収まった跡地は、およそ直径二十メーター以上のクレーターが出来ていました。
クレーターを生で見たのは初めてでした。
人死にが出なかったのが不思議なくらいです。
こういうの質量爆弾って言うんでしょうか?
あまりの出来事に、屋敷の住人どころか東門の衛兵、壁の内側の住人までもが駆けつけて来ました。
もちろんソフィも屋敷の中から飛び出してきました。
第一段階は口を半開きに開けて呆けた表情。
第二段階は辺りを見回し状況を把握しようとする冷静な表情。
第三段階はクレーターと両手に作業員を抱えたままの俺に因果関係を発見した納得の表情。
目を吊り上げ、最終段階に進化したソフィに怒られました。
「そうだ、岩を垂直発射してから、その下に魔物を誘い込めばいいんじゃね?」
途中、ふと思いついて口を滑らせたら、ソフィの目の角度が三十度上がりました。
午前中、まるまるお説教されました。
美人が怒ると迫力があります。
この異世界において、浮遊魔法は初歩の魔法であるそうな。
上昇下降ができるだけで、前後左右の移動はできないが、任意の方向へ打ち出す事はできる。
荷台を浮かせて馬に引かせたり、じゃまな岩を掘り出し脇へどけたり、高い位置にいる人間に物を届けたりできる。
基本的な魔力量の違いはあれども、フィオも土木作業員もブル一家も使える。
ソフィア先生はいとも簡単に浮かせて停止させてみせるが、これがなかなか難しい。
吹き上げパイプというものを御存知だろうか?
パイプに息を吹き込み、先から出てくる空気で、発泡スチロールでできた軽い玉をバランスを取って浮かせ続けるおもちゃである。
イメージとしては、そんな感じ。
小石程度でも微妙な力加減が必要で、強すぎると空へ飛んで行くし、弱すぎると地面に落ちてしまう。
作業の手を止め、ソフィア先生の監督下、小石相手に脂汗を流す俺の練習風景を体育座りで見ていたエリカに試しにやらせてみたら、あっさりこなした。
もうちょっと上げて、と言ったら、十センチ程上げて停止させた。
「上手いじゃん、練習したの?」
「スキルボタンの横に、メモリがあるから、それをちょっとズラしただけ」
納得いかねーっ!
夕方、ジョシュとドナを迎えに教会へ行く。
教会、教会と言っているが、西洋宗教に似ているのは建物の外見だけ。
教義はソラリス神を主神とする多神教なので、強いて例えるなら、中身は日本の神道に近い。
しかしながら、どう見ても西洋風の顔立ち、服装のロバート司教やシスターマリサを、宮司さん、巫女さんと表現するのは、どうもしっくりこないし、神殿司祭と呼ぶのも仰々しすぎるので、俺が勝手に司教、シスター、教会と脳内変換している。
ソラリス神はおおらかで、これはダメ、あれはダメと口うるさく日常の生活に口を挟んでこない。
こうした方が良い、ああした方が良いと穏やかな基本方針だけがある。
農家は盾のカリストに豊作を、商人は知恵のディオネに商売繁盛を願い、自分の生活スタイルに合った神様を好き勝手に選んで拝んでいる。
教会のシンボルマークは角度をズラした十字を二つ重ねたもの。
十 + ×、大きい十字、足す、小さいバツ印、乱暴だが、こんな感じ。
教会ごと、職人ごとに、その二重十字を花びらや雪の結晶に見立てて装飾している。
だけれども、寂しいことに、右下だけが欠けている。
ロバート宮司によると・・・、やっぱりヘンだから、ロバート司教の説明によると、欠けた場所はリシテア神の場所だそうな。
祭壇の正面に位置するソラリス神の像も、よくよく見れば、少し左側に寄っている。
家を飛び出して悪神となった奥さんが、改心して帰って来た時の為に場所を空けて待っているそうだ。
地方によっては、普通にソラリス神とリシテア神を並べている教会も有るそうだが、闇の教団扱いされてはいない。
そのへん、おおらかと言うよりは、適当とか、いい加減と評した方が良いのかもしれない。
教会の裏庭を通り抜け、食堂の窓から中を覗く。
食堂の中では子供達が宵越し祭りの出し物の演劇を練習している。
宵越し祭りとは、年末年始に跨って行われるお祭りだそうだ。
ちなみに、こちらの世界では、冬至の日が大晦日にあたる。
一年で一番長い夜に、その年が無事に終わった事を皆で祝う。
教会もバザーや出店をだし、教区の住民から寄付を募っている。
『りっちゃん、今帰ったぞ、おい、俺の晩飯はどうした?』
ソラリス神に扮した年長の男の子が舞台上手から登場。
『そーちゃん、そんな事より、ここに座ってください』
リシテア神に扮した年長の女の子がアゴクイで指図する。
この異世界におけるアゴクイは、とても緊張感がある。
ソフィにやられると、体が条件反射でビクッと跳ねる。
『改まって、いったい何の話だ?』
顔色と空気を読むんだ。
『あなたの上着のポケットからこんなモノが出てきました』
『そ、それは・・・、飲み屋のお姉さんの名刺ではないか!』
証拠を残しておくとは迂闊なヤツだ。
『どういう事ですか?あれほど商売女に手を出してはいけませんと言ったじゃありませんか!』
女の子の演技が真に迫っている。
この男の子と何か個人的な関係でもあるのだろうか?
『部下にせがまれて、仕方が無かったのだ!』
『その部下の奥さんから、「ウチの旦那を無理矢理付きあわせるのは止してください」と苦情が来ています』
『むぅ、これは男の付き合いだ。やましい事など何も無い!』
残念ながら、その理屈は女性に通用しない。
『ああそうですか、分かりました。あなたには愛想が尽きました。ワタクシ実家に帰らせていただきます』
『ま、待ってくれ、誤解なんだ!リシテアーーーっ!』
・・・・・・。
この舞台の脚本家はいったい誰だ?
かなり前衛的な演出が取り入れられているが・・・。
異世界の宗教的にコレはアリなのか?
手作りの衣装で八人の創生神に扮した子供達が、『世界の成り立ち物語』の舞台稽古をしている。
真剣に役を演じている子もいれば、照れくさそうにボソボソと小さな声でセリフを読み上げる子もいる。
テティス神の役を振られたドナが、頭の上にフィオ御手製の花冠を乗せ、ちょっと長すぎるローブを床に引きずっている。
可愛い!可愛いよ、ドナたん!ナイスキャスティング!
それでこそ旅先で得た魔物の素材や肉、金品をせっせと御寄進した甲斐があるというものだ。
自慢気な顔で手に持っているおもちゃの杖は、俺が夜なべして作った。
ああっ、動画が撮影できないのがもどかしい。
場面変わって、人界軍を率いるソラリス神と魔物軍を率いるリシテア神が荒野で対峙している。
両者一歩も引かず、睨み合って火花を散らす。
魔物軍側のその他大勢に交じって、ジョシュが不機嫌な顔をしている。
ジョシュよ、長い人生、山もあれば谷もある。
スポットライトの当たる場所もあれば、当たらない場所もある。
揺れる木の枝や馬の後ろ足役にならなかっただけ、儲けモノだ。
『りっちゃん!我がままいわないで、帰ってくるんだ!』
ふむ、いかんな。
自分の所業を棚に上げてリシテア神を分からず屋扱いしている。
こういう時は土下座して、ひたすら許しを請うべきなのだ。
『うるさい!いい加減、しつこいわよ!』
出直して双方、頭を冷やしたほうが良さそうだ。
ここで、六神役の子供が前に進み出てくる。
ドナがローブの裾を踏んでコケた。
ああっ!コケるドナがとってもキュート!
窓を割って颯爽と助けに入ろうとしたら、すかさず横のイケメン男子が手を貸して立たせていた。
ちょっと顔が良いからって調子に乗るな。
それだけで人生勝ったと思うなよ。
ウチの娘に手を出すんじゃない!
『おかーちゃーん!』
子供部隊が揃って叫ぶ。
情に訴える作戦に切り替えたようだ。
『くっ、あんた達、元気で育つのよ、旅立つお母さんを許してちょうだい』
子供達の呼び声に後ろ髪を引かれつつも、舞台下手へハケていくリシテア神。
『待つんだ、リシテアーーーっ!』
ここで、幕引き。
シスターマリサが子供達に演技指導している。
この物議を醸しそうな舞台はシスターマリサの演出らしい。
世の男性に対してナニか思うトコロでもあるのだろうか?
シスターマリサ、おそらく三十台独身、泣きボクロの似合うなかなかの美人だが心に深い闇を抱えている模様。
先日、ジョシュがシスターマリサのスカートを捲る現場に偶然居合わせてしまった。
眼福ではあったが、それ以来、俺に対する当たりが一層キツくなった。
頼むよジョシュ、俺にとばっちりが来るんだからさあ・・・。
非常に分かり易くアレンジされた神話劇であったが、ホントにコレで良いのか?
首を捻りながら窓から離れ、裏口へ歩く。
建物の角を曲がると、鈍い打突音が聞こえてきた。
ロバート司教とボリス教官が模擬戦闘をしている。
二人とも、小盾と片手剣の正統派剣士スタイル。
ボリス教官はすらっとした軽戦士型。
対して、ロバート司教は肩幅の広い重戦士型。
これは珍しい。
ロバート司教がいつもの教会制服を脱ぎ、木剣を振って汗を流している。
息を吐く音、土を蹴る足の音、風を切る剣の音が粛々と裏庭に響く。
無言で間合いを探り合い、相撲の立会いのように同時に動く。
二合、三合と打ち合い、離れて睨み合うの繰り返し。
高レベル過ぎてワケ分からん。
紙一重で切っ先を躱す、踊るような剣技の応酬が終わると、正面から盾と盾とがぶつかり合う力技の押し比べ。
ロバート司教が強引に足を運び、盾を押し続け前進する。
「ふんっ!」
ロバート司教が腰を落とし、密着した盾を下から突きあげる。
ボリス教官の体が浮き上がった。
おおっ!
ここから、格ゲー的な空中コンボの連打か?
すかさずボリス教官が重なったままの盾に力を入れて身を捻り、司教の左側面にひらりと舞い降りる。
これで勝負あったかと思われたボリス教官の打ち下ろしを司教が剣で払いのけ、距離を取っての仕切り直し。
「ふう。ここまでにしておこうか」
司教が剣を下げると、緊張した空気が一気にほぐれた。
残念、もうちょっと見ていたかった。
「おう、カズヤ」
「ちっす、ボリス教官、ロバート司教。珍しいですね、俺、司教様が剣持ってるの初めて見ました」
「昔取ったなんとやらだ。たまには体を動かさんと腹が出てきてしまうからな」
上半身裸になった司教が、手桶に浸した布を硬く絞り、汗を拭いている。
「カズヤも元教会騎士団長殿に稽古を付けてもらったらどうだ?」
ボリス殿がニヤニヤ笑いながらけしかけてくる。
「いやいや、俺なんか恐れ多くて、御勘弁を」
司教の広い背中は数えきれない程の傷跡だらけだ。
あんなのと向き合ったらびびっておしっこ漏らしそう。
「ラモアの温泉はどうだった?」
丸太の上に腰かけたボリス教官がぽんぽんと隣を叩くので、並んで座る。
「温泉は良かったですが、ゴブリン退治の軍隊に徴兵されちゃいました。それと、綺麗な夜のお姉さんが集まっている秘密の館への侵入作戦は、ソフィ率いる女性部隊に阻止されました。とても残念です」
「ソフィとアリスがいるのに、それでも行こうとするお前に感心するよ」
「ボリス教官殿、ソレはソレ、コレはコレです。俺の抑えきれ無いふろんてぃあすぴりっつが、燃え上がるのです」
「帰って来て、さっそく揉め事があったようだが、あまり司教を心配させるな。春までおとなしくしていろ。力が有り余っているなら、俺が相手してやるぞ?」
「あれは俺のせいじゃ無いっすよ。バカが勝手に絡んできただけです。ところで、お二人は魔境には行った事有るんですよね?どのくらい奥まで行ったんですか?」
「魔境か・・・、どうしたカズヤ、魔境で腕を磨いてくる気になったか?砦の隊長に紹介してやってもいいぞ」
「ふむ、それなら教会騎士団はどうだ?私が推薦状を書いてやろうか?」
ひっくり返した木桶の上に腰を下ろした司教が恐ろしい事を言ってくる。
「笑えない冗談はよしてください。もしそんな事になったら、俺初日から全力で脱走してきますからね。ちょっとした好奇心で聞いただけです」
万が一の事があったら、二人の枕元に毎晩化けて出て恨み辛みを垂れ流して後悔させてやる。
「そうだな・・・、まだ騎士団の一平卒としてシルチスに赴任していた頃の話だが、私が一番奥まで踏み込んだのはダウラン要塞と呼ばれている場所だ。ただ歩くだけなら二十日とかからん距離だが、魔物の襲撃を警戒しながらの進軍だ。そこまで辿り着くのに二ヶ月以上費やした。シルチス王国軍と教会騎士団、合わせて三万人以上の大がかりな侵攻作戦だったが、結果は散々だった。先史時代の遺跡を修復した要塞に立てこもる魔物を攻めるのは並大抵の事では無かった。大きな犠牲を払って奪った要塞は一ヶ月も立たずに取り返された。昼夜を問わず攻め寄せえる魔物達。長く伸びすぎた補給路の分断。皆、身も心もボロボロだった。ほうほうの体で逃げ出し、こちら側に生還できたのは、たった三千人以下だった。始める前から無理だと分かっていた作戦だった。王家、軍務官、政務官、上層部の誰一人として軍事行動は望んでいなかった。だが、風潮がそれを許さなかった。当時のシルチス王国は相次ぐ自然災害で、不作、不況が長引いており、民衆は魔境を宝の山が眠る未開拓地と見なし、そこから得られる資源、食料を当てにしていた。三万人もの労働力と派兵資金、地道に時間をかけて内政へ回せば、よほどマシな結果になったはず。しかし、苦しい時ほど人は一攫千金を夢見るものだ。自分で自分の首を絞める道を選んだのは民衆自信だった」
むぅ・・・、失敗した。
なんとなく、世間話的に軽い気持ちで話を振ったのだが、予想外に話が長く重くなってしまった。
今更、ハナシが長いぞ、ジジイ。
とか、ツッこめる程俺のハートは強くない。
ボリス教官は静かに防具の手入れをしているが、あれは絶対聞き流している顔だ。
「おかげでシルチス王家の支配力は低下し、羽振りの良い地方領主が、我が物顔で振る舞うようになってしまい、今でも国政は乱れている。行くな、とは言わんが、ソフィの言う事を良く聞いて危ない事をするんじゃないぞ」
ソフィの言う事を聞いて、って・・・。
俺は遠足に行って、はしゃいで迷子になる子供じゃないんだから。
「だから、行きませんってば。そもそも、魔境に踏み込んでる時点で危ないし。あ、そう言えば、司教様は魔境側で『転移門』って見た事ありますか?」
「いや、無いな。有るとしても、旧王都跡だろうな。ここから一番近い旧クリュゼでも相当な距離だ。私の知っている限りでは、そこまで行って戻って来た者はいない。『転移門』がどうかしたのか?」
「どうって程の事は無いんですけど。この間、転生者の飲み会に出たら『転移門』の事が話題に上がりまして、ちょっと気になっただけです」
「ほう、話の内容は?」
「リシテア神が消えた地にある転移門には特別な力があって、それを使えば元の世界に戻れるんじゃないか、っていう話です」
「なるほど、『リシテアの門』か」
「まあ、どうでもいい眉唾の与太話だったんですけど」
「いや、なかなか面白い話だ。こちら側の『転移門』はどれだけ昔なのか分からない程の大昔に全て破壊されてしまっている。僅かな跡が残ってさえいなければ、伝説の中の空想物とされていたかもしれん。今生きている人間で、壊されていない『転移門』を見た者はおらんだろう。実際に、その建造物との間で『転移』が出来たのかどうかは誰も知らない。仮に魔境側に転移門が健在していたとしても、果たして、使えるのかどうか分からない。だが、教会では昔から、『リシテアの門』はこの世界と異界とを繋ぐ門であり、今、魔境を支配している魔物達も、その『リシテアの門』を通ってこの世界に来たと言われている。転生者というのは、闇雲に魔境を目指しているばかりだと思っていたが、そうでも無いようだ。見直した。目の付け所は悪くない。面白い。実に興味深い話だ」
「いやいや、そんなたいそうな話じゃないですよ。なんだかんだ理由を付けて、珍しいモノが見たいって言うだけのハナシっす」
「そうか?それで、もし、元の世界に帰れるとしたら、カズヤはどうする?」
「帰るワケないっすよ。俺はマラガの屋敷の庭に骨を埋める事に決めてますから」
「ソフィとアリスが、カズヤをこの世界に引き留める理由だな」
「それこそ、大げさです。俺は二人のことが・・・、いえ、屋敷の皆が好きなだけです」




