第52話 忘年会
「やったー!リーチ!」
薔薇のエリカが握ったカードを振り上げ、小躍りして喜んでいる。
ユキコとナオミは地団駄を踏んで悔しがり、ユカリは静かに微笑んでいる。
忘年会のビンゴゲームであれだけ夢中になれる女子は珍しい。
今時、田舎の町内旅行ですら廃れた余興なのに。
只でさえ、人目を引く美少女が、大喜びではしゃいでいる。
主催者は満足げに頷いているが、周囲からは完全に浮いている。
「見て、見て、カズヤ!リーチよ、リーチ!」
この冬一番の笑顔で手の中のビンゴカードを突きつけてくる。
うん、分かったから、俺に話しかけないでくれ。
地味に恥ずかしい。
ビンゴゲームってのは、一列リーチが掛かってからが長いのだ。
こいつらの飼い主のマコトちゃんは・・・、お約束通り、会場の隅でつぶれている。
時々、勘違いした愚か者が介抱するフリをして、お持ち帰りしようとするので目が離せない。
「よかったな、エリカ。ほら、次の番号が出てくるぞ」
ステージ上でガラガラ音を立てて抽選機が回り出す。
いったい何が彼女達を駆り立てるのか?
高校生の時にこっちの世界に飛ばされて、新人会社員が強制エンカウントする苦行の社員旅行とか、接待ゴルフだとかを経験した事が無いから、新鮮味を感じるのか?
景品は、価値のよく分からない壺やら、古い彫像、ボロい布きれ、お菓子の詰め合わせセット、等々。
ネコ耳、イヌ耳、ピエロ、特攻マスク、ゲーム時代にイベントでばら撒かれた被り物。
持て余したガラクタを参加者が適当に放出しただけじゃないのか?
保育園のバザーでも、もっとマシなのが出てくるぞ。
ホントだぞ。
今時の良家のお子様が通う学校のバザーは、ブランド品がずらりと並ぶのだ。
結局、俺は転生者が集う年末の連絡会という名の忘年会に出席している。
転生者の慣れ合い忘年会だなんて・・・、と斜に構えて冷めた男を気取ってはみたが、やっぱり気になってソワソワする。
どんな連中がいるのか興味があるし、中にはゲーム時代に俺と付き合いのあったクランも有るかも知れない。
サナエさんやマコトちゃん達から話は聞いているが、俺の知らない四年間で、何が、どう変わったのか知りたい。
これまでに出会った転生者は、何処かズレている連中ばかりだった。
PKプレイヤーの成れの果て、自意識過剰なシルバーナイト様、返り討ちにされたSランク様、最近は穏やかになったが、ツンツン尖ってマコトちゃんをネタ扱いしていた薔薇の腐女子。
もう少しマシなヤツがいるかも知れないし、この先、何処かで助け合う事もあるかも知れない。
名刺交換程度に言葉を交わし、顔を繋げておくのも悪くないと思い参加した。
当初、俺とサナエさんだけで出席するつもりだったが、薔薇組がヒマそうにしていたので声を掛けたら、あっさり付いてきた。
参加者はだいたい百人ちょっと超えるくらい。
マラガの街で一番大きな食堂を借り切っての立食バーティ。
雑談しながら落ち着いて飲み食いしたい人の為に、会場の壁沿いにテーブルが置かれている。
幹事役が簡単な挨拶をしてから、数人が壇上に登って今年の活動を報告する。
クラン名、パーティ名、どれも聞いた事が無い名前ばかりが出てくる。
今年はどこそこの土地に行った。
その辺りで見かけたことの無い魔物がいた。
この位の戦力で挑んだが、予想外に苦戦した。
これから行くクランは注意が必要です。
等々、自称Sクラン様のような自慢話大会が始まるのかと思っていたら、意外とマトモな話ばかりだったので、ちょっと拍子抜け。
真面目な前置きが終わると、そのまま壇上の余興を楽しむ者、飲み食いと会話を楽しむ者、三々五々散っていく。
「盟主様、いらっしゃいましたよ」
「おっと、それじゃあ、向こうの席で」
「その頭で『ピンクサファイア』?」
「そっちこそ、乙女チックな『春風』ですか?」
会場の隅のテーブル、サナエさんの紹介で、ゲーム時代一緒に遊んでいた男と会っている。
「・・・お互いに顔と名前をディスるのは止めておこう。ゲームの中で散々チャット交わしておいて、初めまして、って挨拶するのは妙な気分だけど、改めて『春風』のカズヤだ」
「こちらこそ、『ピンクサファイア』の玄蔵です。この世界に来てから随分になりますが、未だにファーストネームで呼び合う習慣には馴染めませんね。彼女から聞きましたが、カズヤさんだけ四年の空白ですって?そんな事もあるんですね」
こいつはリアルで寺の跡取り坊主のクセに、オンラインゲームにはまり込んでいた珍しいヤツだった。
青々とした坊主刈りの、ほっそりしたヤサ男。
生身で面と向かい合うのは初めてだが、嫌味なインテリ感が漂うところは、ゲーム時代から変わっていない。
「どうしてかは、俺にも分からん。それより、呼び捨ての『カズヤ』で良いよ」
「私の話し方は、放っておいてください。敬称の響きが好きなんです」
「相変わらずかてぇなあ」
「あなたも変わっていませんね」
お互いに酒杯を軽く持ち上げて、目礼してから一口つける。
「まあいいや、こっちに来てからの事教えてくれる?クラン同志の友好関係とか、『fool』の事とか」
「こっちに来てからと言われても・・・、そうですね・・・、あの転移が起こった時、幸いにも狩りから帰ってきたばかりで、街の中でまとまっていたので助かりました。不思議と異世界の事実を受け入れるのは、抵抗がありませんでしたね。むしろ、街の外に出て行きたがる血気盛んなメンバーを抑えるのに苦労しました。外から帰って来た人達の話を聞いて、慎重に活動範囲を広げて行きました。それは今も変わりません。おかげで、あの時ログインしていたメンバー、十六人、無事に生き残っています。今は、オーフィス村・・・は御存知ですか?ここから南西方向にある村です。そこに拠点を置いて活動しています。カズヤさんは?」
「俺はこの街の東門をすぐ出た所にある屋敷で暮らしている。狩りは近場をウロウロする程度だな」
「東門?あの大きな屋敷の?東門の好色戦士ってカズヤさんの事だったんですね。主に魔境近く、たまに砦の向こう側に行くこともあります」
「へぇ、魔境側に?実力のあるクランなんだな。どんな感じだった?いや、ちょっと待て、東門のナンだって?」
「たいした事はありません。浅瀬を軽く流す程度です。何かあったらすぐに砦に駆け込めますから。カズヤさんは魔境には?」
「いや、まだ行った事はない・・・、そうじゃなくて、さっきの東門のナントカって?」
「そうですか、勘違いしている人が多いんですが、魔境とは言っても、砦の向こう側全てが魔物ですし詰めになっているわけではありません。こちら側だって、人口の密集している場所、まばらな場所、誰もいない場所がありますよね。オーク、ゴブリン、オーガ、獣、それぞれが集団、あるいは統治組織、国家のようなものですね、それを作って生活しています。単に、魔物が目的も無く徘徊している場所では無く、砦の向こうに、人間と敵対している国家が有る。そして、エルフ、その他亜人を含めた人間側と何年、何百年にもわたって縄張り争いを続けている。というのが正しい見方だと思います」
「東門の・・・」
聞こえないフリをして、涼しい顔で前菜を摘まむ玄蔵。
隣のサナエさんは、おすまし顔で静かに話を聞いている。
俺は根拠の無い誹謗中傷には断固として立ち向かうぞ。
「転生者の中には、魔境に行った、行ったと威張り散らす人がいるんですが、砦周辺で慎重に行動しさえすれば、それほど危険はありません。むしろ、近くに砦が有り、軍隊が常駐していますから、いざとなったら救援を求められる分だけ、こちら側の人里離れた山奥で魔物の集団を相手にするよりは安全です」
「東門・・・」
「こだわりますね・・・、失礼、口が滑っただけです。こういうの何て言えば良いんでしょうか?有名税?色男税?もてる男はつらい、ってやつですよ。あそこの華やかな集団はカズヤさんの奥さん達ですよね?ささやかな嫉妬、妬みをおおらかに受け止めるのも色男の甲斐性ですよ」
「あいつらは、一緒に行動しているだけの別パーティで、嫁じゃない」
会場の中央から拍手の音が聞こえてくる。
優雅に微笑みを浮かべながら景品を受けとりに壇上へ上がるユカリ。
早口でまくしたて、司会者にクレームを付けるエリカ。
三列リーチが掛かっていたって、なかなか揃わないのがビンゴゲームなのだ。
司会者のヒトが困ってるから、それくらいにしとけ。
「おや、そうでしたか。婚約者さん達ですね、まさか婚約者や妻を複数形で語る事になるとは思ってもいませんでした」
「婚約者でもないし、彼女でも無いっつーのに、お前、相変わらず、ねちっこくチクチクしてくるな」
「カズヤさんこそ、相変わらずで安心しました」
「大手のクランは?中堅規模で名前の通ったクランは今どうなってる?ここには来ていないみたいだけれど」
余興は少人数の楽団演奏に移り、弦楽器の落ち着いた曲が流れている。
参加者達は、三、四人の小グループに別れ、それぞれに雑談と食事を楽しんでいる。
景品を見せ合って喜んでいる薔薇の女子。
残念賞のエリカも、それはそれで嬉しそうにしている。
いつまでも不満な顔をして雰囲気を悪くしないのはエリカの良いところだ。
「そうですね・・・、あれから四年、魔物との戦いで壊滅、仲間割れの解散、自然消滅、その他、大手、中堅と言えども良くある理由で幾つかが消えていきました。今なお健在の有力クランですが大きく分けて四つの集団になると思います。第一は、伯爵家、侯爵家など大貴族に取り込まれ私兵化したクラン。『黒衣の未亡人』『Twilight night』などがいます。第二は、本拠地を王都、活動拠点を砦近くに置き、主な狩場を魔境とするクラン。『花鳥風月』『Twisted Sisters』『ミザリー』。第三は、私のクランのように、主に魔境のこちら側、せいぜい観光程度に魔境の浅瀬を流す慎重派、そこそこの収入で安全優先を望むクラン。『巴』『夜間飛行』『イグニス』それから・・・、ほら、あそこで真っ赤なイブニングドレスを着てお酒をラッパ飲みしている女性、『Queen of Hearts』の盟主、アヤメさんですよ」
「え?マジで?俺、絶対中の人、男だと思ってたよ」
「アタシは女だ、女だ、言ってるのが、かえって嘘臭かったですからね」
酒瓶を両手に抱え、片方は自分の口へ、もう片方を誰彼構わず溢れる程注いでいる。
辟易している相手に構わず、一方的に話しかけ、ゲラゲラ大笑いしていた。
「ありゃ、ハートの女王ってより、単なるウワバミだな。今は近づかないほうが良さそうだ」
「カズヤさんが、こっちに来ていると知れば喜びますよ」
「俺の経験上、酒乱の女性はメンドクサイのが多い。それに・・・、『春風』の名前を出すのは・・・、出さないと単なる赤の他人だし・・・、うーん、どうすっかなあ?」
「ゲーム時代の報復ですか?」
「うん、それそれ、ぶっちゃけどんな感じなの?」
会場を歩く女給さんを呼び止め、料理の乗った小皿を受け取る。
鹿肉のローストだろうか、果物ベースのソースがちょっと甘すぎる。
フィオの味付けの方が俺には合っている。
「正直、こちらに来たばかりの頃は、皆が普通に名乗っていました。何処かにいるかも知れない、いないかも知れない仲間や知り合いを探すのが最優先でした。それに、まさかゲーム時代のいざこざを根に持って、転生者が転生者を攻撃するなんて思いもしませんでしたから」
「そのまさかがいた?」
「そうです。待ち伏せ、闇討ち、モンスターのなすり付け、チャットでの挑発、外部掲示板での誹謗中傷、現実世界で手が出せない分だけ、インターネット内での精神的な攻撃は果てし無く、ストレスは溜まる一方でした。それがこちらの世界で、たまたま、街の路上、酒場、街道沿いの野営地でばったり出会う。お互い、腰に刃物を吊っているし、腕に覚えも有る。何よりここは剣と魔法の異世界で交番もおまわりさんも居ない。我異世界ノ路傍ニテ宿敵ト遭遇、コレヨリ戦闘ヲ開始ス。死シテ屍拾ウ者ナシ、まるで昭和の任侠映画のようなひどい時期もありました」
「そうか・・・、ふむぅ・・・」
やっぱり、そうなったか。
言いたいだけ言って、ログアウトして逃げて行くヤツにはイライラしっぱなしだったからな。
「ああ、御安心を、潰し合いの結果、血の気の多いクランは自滅しましたから、今はそういった話は聞かなくなりました。皆、この異世界に慣れましたし、ゲーム時代、対人戦争を辞さなかった力のあるクランは、先程説明した貴族の私設軍隊になり、魔境を活動の主体とし、或いは、第四の集団・・・、話が逸れましたが、第四は・・・」
「『fool』の傘下に入った」
思わせぶりに口を止めた玄蔵の後に言葉を繋げる。
「・・・その通りです。『セラエノ』『薔薇十字団』『ヤタガラス』『ワンニャン同盟』カタロニア帝国乗っ取り事変以前から、または、その後『fool』の思想に共感し合流した第四の集団です」
「おい・・・、『セラエノ』と『ワンニャン同盟』ってのは、『反fool連盟』の中心核だったクランだぞ?『fool』が釣り糸の先に何の餌を下げたかは知らないが、ホントか?」
しかも、『ワンニャン同盟』の盟主は、アルステアを蛇蝎の如く嫌っていた。
いくら利益優先、寄らば大樹の陰と言えども、ちょっと予想外だ。
「目に見えて、手に取れる餌ではありませんでしたね。カズヤさんは、こっちに来てからの『fool』をどの程度知ってますか?」
「どの程度って言われてもなあ。何しろ、俺がこっちに来たのが半年前で、全部終わった後だったから」
「実はですね、もう随分経ちますが、乗っ取り事件よりもっと前の事です。『fool』のアルステアが私に会いに来ました」
「アルが?直接、玄さんのところに?」
「はい。ゲーム時代の事で難クセを付けに来たのかと思いましたが、違いました。『魔境の最奥を目指す為には、精鋭クランが結集し協力する必要が有る。組織的に、計画的に、戦略性を持って活動しなければ到達できない。俺に力を貸して欲しい』そう熱く語っていました。彼は初めからカタロニア帝国を潰すつもりではありませんでした。帝国急進派と手を組み、事が成った暁には、新帝国から全面的な支援を受けて魔境の攻略にかかるつもりだったんです。ところが、改革に成功した急進派が、約束を反故にし、用済みになった『fool』を排除しようとしました。その結果はカズヤさんも知っているとおりです」
「魔境の最奥?行ってみたい気持ちは分かるが、そこまで拘るようなモノか?」
「カズヤさん、何も知らないんですね?どうしたんですか?ぼんやり流れに身を任せるようなヒトじゃ無かったでしょう?『fool』の創設者でありながら、袂を分かち、『反fool連盟』の統括盟主として辣腕を揮ったヒトは何処へ行ってしまったんですか?たかが、オンラインゲームですが、当時の私には英雄そのものだったのに」
いったい誰の事を話しているんだ?
そんなカッコイイ奴が現実にいたら、俺だって全てを投げ出して信者になり、朝昼晩と拝み倒すぞ。
マトモな奴だと思っていたのに、こいつも英雄伝説病の感染患者であったか。
「勝手に持ち上げんな、鳥肌が立つ、背中が痒くなる。坊主のクセに生臭いコト言うな。ゲームはゲームだ。それより、ほら、話の続き、俺の知らないコトって?」
「現実への帰還方法です。今は、この世界にどっぷり浸かって、どうでも良い、むしろ、帰りたくないと思えるようになってしまったんですが、転生して間もない頃は、皆が真剣に出口を探していました。『死ねば戻れる』『居るのか居ないのか分からないラスボスを倒す』噂、与太話、様々な仮説が飛び交いました。その内の一つに『転移門で向こうの世界に戻る』という説が有ります」
「そう言やあ、ゲームにはあったけど、こっちには無いな」
現実への帰還か・・・、アリスとソフィがいたから、考えた事も無かった。
「いえ、その昔には有ったんですよ。どのくらい昔の話なのかは分かりませんが、この世界の半分が魔物に支配された時、浸食された都市にある転移門を使って、魔物がこちら側に転移して来るのを恐れた当時の為政者が、一つ残らず破壊してしまったんです。ですが、魔境側には、使用可能な転移門が残っているはずです。その中でも、『離反のリシテア』が隠遁したとされる最北の転移門には特別な何かが有る。という説が最有力です」
「ふーん、なるほどねぇ」
ふむ、やっと話がファンタジーっぽくなってきたな。
確か・・・、『離反のリシテア』っていうと、ソラリス神と夫婦喧嘩して出て行った奥さんだっけか。
「興味無さそうですね・・・。残骸跡だけなら王都にも残っていますよ。まあ、こちらの世界で美女を侍らせ、我が世の春を謳歌しているカズヤさんには、どうでも良い話なのかも知れませんが」
「しつこいな、否定はしないケド、そんな良いもんじゃないっつーの。んぎゃっ!」
噛み切れない頑固なスジ肉をフォークで引っ張っていたら、跳ね返って来た。
玄蔵が溜息をつき、アホの子を見る様な目をしている。
「そう言う私もアルステアが訪れた時には、この世界にすっかり慣れてしまって、安定した生活を捨て、あえて危険を冒す価値は無いと思いました。話半分で聞いている私に向かって彼はこう言いました。『帰る、帰らないはどうだって良い。だけど、魔境の向こうに何が有るのか知りたくないか?』その言葉に身震いしました。異世界で魔物を狩る冒険者と言っても、ルーチン化すれば、ただの害獣駆除業者です。最前線に立ち、誰も見た事の無い土地を探索し、切り開く。腹の底から熱い何かが湧き上がってくる想いがしました。結果として断りましたが、さすが『アリオスクロニクル』筆頭クランの盟主だと思いました。かつて敵対していたクランの盟主も、それで心が動いたんでしょうね。シルチス、アウソニア、他の国の事は分かりませんが、少なくとも、このバルト王国から、本当に実力のあるクランはアルステアに引き抜かれてしまいました。カズヤさんは、この話を聞いてどう思いますか?」
「どうもこうも無い、ぜんぜん興味ないネ。俺には、畑耕しながら、綺麗な奥さん達とイチャコラしながら生きるという壮大な野望がある。あのな、俺にいったい何を言わせたいワケ?」
スジ肉との格闘をいったん中断して、玄蔵に向き直る。
横から、一口サイズに切断済みの肉を小皿に乗せて、サナエさんが差し出してきた。
うむ、かたじけない。
「まあ、それも良いでしょう。そういのもカズヤさんらしいかと思います。ええっと・・・、何の話をしていたんでしたっけ?」
「『春風』を公表しても良いかどうか」
「そうそう、それですが、難しいところですね。私達のようなその他大勢のクランであれば、気にする必要は無いと思いますが、今はどうあれ、あの『春風』ですからねえ。カズヤさんが『春風』として旗揚げすれば、味方に取り込むか、敵対して排除しようとするか、どちらかの動きは有ると思います」
「こっちの世界、向こうのゲーム時代を足せば、『春風』を解散してから何年にもなる。繰り返すが、あれはゲームの中の事で俺自身が持つ力とは一切関係ない。例えれば、家庭用サッカーゲームが上手いヤツ、イコール、現実の競技でも優秀なプレイヤーである。そんなバカな事言ってるのと同じだぞ?俺がそう考えるのは自意識過剰というか、被害妄想が過ぎないか?」
「それもちょっと違いますよ。実際に、私達は自分の育てたキャラクターの力と装備を引き継いで、この世界に来たんです。それに、我々がカズヤさんに求めているのは、単純に腕力が有るとか、足が速いとか、そんな事じゃありません。『fool』との抗争時代を知らない新規さんには、ピンとこない話かもしれませんが、私達のような古参にとって『春風』は未だにビッグネームです。もし私が、どこか違う遠い場所で風の噂に『春風』活動再開の話を聞いたら、大いに気になります。『fool』が帝国を乗っ取り、転移事件から四年も経った今、名前を変えず、敢えて『春風』の名前を使うのだから。四年の空白という特別な事情を持つカズヤさんを知らない人からすれば、その価値を利用し、人を集め、何かを始めるつもりなのだと邪推せずにはいられません。クランを立ち上げたいだけなら、無用な憶測を掻き立てるような名前を使わなければ良いでしょう?」
玄蔵の言う通りだが、来歴はともあれ、やっぱり『春風』の名前に愛着がある。
違う名前を名乗るのは、なんとなく抵抗がある。
「考え過ぎだ。アルステアとの講和条件だった『春風』の解散。その後、メンバーは散って行った。別のクランに移籍したやつもいるし、ゲームそのものから引退したやつもいる。かく言う俺も『春風』の盟主として使っていたメインキャラは封印した。こっちの世界に来てるかどうか、来ていたとしても、何処にいるのか分からないヤツに会う為には『春風』の名前を出すしかない」
「会ってどうするんですか?集めてどうしたいんですか?『春風』で国盗り合戦に参加しますか?」
「バカタレ、どうもこうもしない。会って、酒飲んで、バカ騒ぎして、それで終わりだ」
「カズヤさんの言う通り、これは私の考え過ぎなのかもしれません。案外『へー、そうなんだ』であっさり終わってしまうかもしれません。公表する、しないはお任せします。それまでは私も口を閉じていますよ。どうですか?アヤメさんとも話をしませんか?彼女もカズヤさんと共に『fool』を引っ掻き回した仲間です。カズヤさんが喋るな、と言えば彼女も他言はしないでしょう。せっかくです、アヤメさんも加えて四人で昔話でもしませんか?」
「そうだな・・・、そうすっか」
会場の中心に人だかりが出来て、大きな歓声が上がる。
薔薇の女子が参戦してのツイスターゲームが始まっているではないか。
観客の野獣達が揃って舌を出し、目尻を垂らしている。
ちょっとナオミさん、健康的な太腿が露わになっていますよ。
なんて、はしたないんでございましょう。
俺を差し置いて、そんな楽しい事するなんて。
俺はこう見えてもツイスターゲームの有段者なのだ。
手本を見せてやろうと思い、人垣をかき分け中心に潜り込もうとしたら、男達に跳ね返された。
「あんたが『春風』の盟主?玄、ホントのハナシ?アタシを担いでない?」
「本当ですよ」
怪訝な顔をして俺を見るアヤメに『イェーイ』とピースサインを出す。
胸元の襟ぐりを大胆に開けた真っ赤なドレス。
夜会巻きに結い上げられたワインレッドの髪の毛。
胸の谷間に怪しく光る赤い宝石。
上から下まで赤、赤、赤の派手な女王様。
おそらくパンツの色も赤に違いない。
「うわ、もっと年上なのかと思ってた。てんでガキじゃない」
「失礼な、俺は二十九歳目前の二十八歳だ」
「うそ!アタシと同じくらいじゃない。てっきり高校生かと思ったわ」
「俺は、四年遅刻してっから、そう見えるんじゃないのか?転生の影響でプチ整形されたが、元々こんな感じだ」
「あんた、その顔で居酒屋入ったら通報されるレベルよ。玄はその頭で盛り場に来たら、抹香臭くなるから帽子でもかぶんなさい」
「放っとけっつーの」
「放っておいてください」
「そうよ、サナエちゃんもそう思うわよねぇ?・・・って、ええっ!泣いてるし!ちょっと、どうしちゃったの?この男にヒドイ事されたの?」
俺の隣で声も出さずにサナエさんが泣いていたので、ちょービックリ。
「ち、違います・・・、嬉しくって・・・、そうやって言い合う皆さんの姿を見ていたら、昔の事を思い出しちゃって・・・、良かった、本当に良かった」
「ああ、もう、サナエちゃんたら、可愛いんだから!ほら、涙拭いて、綺麗な顔が台無しじゃないの。ずっと組合の受け付けで皆を探してたもんねぇ。よしよし、お姉さんが慰めてあげるから」
強引に俺とサナエさんの間に入って来た尻に押し出されて、向かいの玄蔵の隣に座り直す。
「それにしても、あんたが『春風』の・・・、今、何て名乗ってんの?まさか、あの時のキャラ名そのまんまじゃないでしょうね?」
「そんなワケあるか。『カズヤ』だ。様を付けたかったら、付けても良いぞ。くるしゅうない」
「相変わらずバカね。街の中で何度も見かけていたのに、全然気づかなかったわ。東門のスケベ成金が、まさか『春風』の盟主様だったなんてねぇ」
「東門の・・・、もう聞き飽きたぞ、あのな、完全に誤解だっつーのに。俺は、荒地を何とかしようと、鍬を振い、汗を流して、土に向き合い、慎ましく生きる只の農場主だ。その東門のナントカは妬んだ一部のヤツ等が悪意を持って流してる噂だ」
「一部じゃないわよ。噂の中身は置いといて、あんた、気づいてないの?あのソフィアさんと教会の女の子、おっきな狼を引き連れて街の中を歩いて、目立たないワケ無いじゃないの。東門の屋敷にいつの間にか住み着いたナントカって有名よ?それに、この間、ヨシミツのクランを潰したでしょ?今は、その話でもちきりよ?」
「ふーん、あいつ、ヨシミツって名前だったのか」
どんな顔だったのか思いだそうとしたら、沼地迷彩柄しか浮かんでこなかった。
「のん気ねぇ、まあ、あいつ等ここ最近、平気で獲物を横取りしたり、目に見えて素行が悪くなってきてたから、いい気味だけどさ。あ、お兄さん!お酒持ってきてくれる?グラスじゃなくて瓶ごとお願いね」
「以前はあんな感じじゃ無かったんですが、夏の前に依頼を失敗して、主力のメンバーが死んでしまい、見限って脱退するクラメンもいましたから、焦っていたんでしょう」
「で、何?今頃正体を現すなんて。『fool』とドンパチする気になったの?やるんなら、アタシにも一枚噛ませてよ。まさか、仲間外れにする気じゃないでしょうね?」
玄蔵が両手を広げて『ほら、そういう反応するでしょう?』と、大げさにジェスチャーしている。
「ホント、おまえ等の頭の中の俺に会ってみたいよ。どんだけ、暴れん坊将軍なんだか。あのな、さっきも言った通り、俺は畑耕してのんびり暮らしたいだけだ。『fool』は勝手に暴れさせとけ。それより、俺の経歴はここだけのハナシにしといてくれよな」
「ええっ!じゃあ、ウチのクラメンにどうやって紹介すれば良いのよ?」
「余計な事言わないで、単に、こっちで知り合った友人にしとけば良いだろ」
「むーーーっ、うちの子達だって、あんたがこっちに来てる、って知れば喜ぶのにーっ!」
「とにかく、今は伏せておいてくれ。今日、二人に会ったのも、危ない橋渡ってるつもりなんだからさ」
「分からなくもないケド・・・、まあ、いいわ、了解。お口にジップロック」
口に指を当てて横に引く仕草がババ臭い。
「アヤ姉、その反応で歳がバレるぞ」
「あら、おもしろくない?でもさぁ、そりゃあ只のゲームだったけどさ、あの時、覇を争っていた二人だったのに、今や、片方は王様、片方は農夫だもんねぇ。なんだかなぁ」
「農業バカにすんのか?家の前に肥やし撒くぞ」
「してないわよ、してないけどさぁ・・・。サナエちゃんだって、そう思うわよねぇ?」
「大丈夫です、アヤメさん。ウチの盟主様はヤレば出来る子ですから」
「もーっ、サナエちゃんったら、一途なんだから!もう、ナンでもいいワ!今日は飲もう!カズヤ!あんた、ぼーっとしてないで、お酒注いで!こっちに来てからの事、全部話しなさい!」
ご機嫌で左手にサナエさん、右手に酒瓶を抱えるアヤ姉さん。
苦笑いしながらグラスを傾ける玄蔵。
笑い泣きしているサナエさん。
やっぱり来て良かったな。




