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第51話 境界線

 マラガ城塞都市から東へ伸びる街道を挟んで、北側に屋敷、南側に農場がある。

 北側の居住区域には、十部屋以上の個室と大きな食堂、リビングを内包する本館。

 薔薇パーティとフィオ親子が、それぞれ住んでいる二つの別館。

 そして、二つの倉庫が建っている。

 南側には十三ヘクタール以上、約サッカー場十八枚分の広大な農地が広がっている。

 何も遮る物が無い、地平線が見えそうな農地。

 冬の到来を告げる冷たく乾いた風が枯れた雑草を揺らし、サワサワと寂しい音を立てている。


 広大な農地の一角では、ブル一家が黙々と畑の土おこしをしている。

 春まで何も出来る事が無いかと思いきや、冬の間に土を掘りおこし、冬の風にさらし、春を迎える準備をする必要があるそうだ。

 土の中に空気を含ませるとか、土壌の殺菌効果があるとか、専門的な事は良く分からないので任せっきりにしている。

 俺の実家は兼業農家であったが、それ程大きくも無いし、農業とは関係の無い仕事に就いていたので、せいぜい繁忙期に手伝うだけだった。

 ブル一家の遥か向こう、まだ整地の済んでない荒地の方から、『やあっ!』『たあっ!』『とおっ!』と奇声が聞こえる。

 これはジョシュが愛用の木の棒を振り回し、人の背丈よりも高いススキと巨大なネコジャラシを相手に、日夜終わりの無い戦いを繰り広げている声である。

 そう遠くない将来、立派に育ったジョシュが農地の管理人となり、荒れ果てた土地を再生し、在りし日のバートン農場を取り戻す事をフィオは夢見ている。

 だが、俺には分かる。

 ジョシュにその気は全く無い。

 屋敷の厨房の片隅には、ジョシュの木の棒コレクションが山と積み重ねられている。

 どっしりした太い棒、ムチのようにしなる細枝、ごつごつした節目のある棒。

 頭に角を生やしたフィオに『捨てて来なさい!』と何度怒られても、あいつは頑なに譲らない。

 選び抜いた今日の一棒を片手に、隙あらば、俺に戦いを挑んでくる。

 しょうがない、男の子だもんなあ。


 ぽつんぽつんと点在するブル一家の三人とジョシュの存在が、冬枯れの寂しさと切なさを伴い、農地の広大さをより一層際立たせている。

 バルビゾン派の絵画のような光景を目の前にして、俺は途方に暮れている。

 未だ収入の見込みが無い農地からは、ブル一家の人件費だけが引かれていく。

 おまけに、所有者が俺に変わった途端、商工会から早く荒地を何とかしろと、矢のような催促が飛んできている。

 言いたい事は分かる。

 流通の中継都市として栄えてきたマラガの歴史ではあるが、可能な限り自給率は上げたい。

 マラガから離れる程、大型の獣や魔物が増える。

 城塞に寄り添う比較的安全な一等地を無駄には出来ない。

 それは分かる。

 だが、これから冬将軍が襲ってくるし、具体的な予定も無いまま、いきなり百人雇って畑を耕しても大赤字だ。

 土地を手に入れたばかりの素人なんだよ!

 常識的に考えて、待てっつーのに!

 いっそのこと、農地部分を二束三文で何処かの誰かに売っぱらってしまいたい。

 そんな、投げやりな感情が頭の中をよぎる事があるが、それを口に出すとフィオがとても悲しい顔をするので、胸の中に鍵をかけて厳重管理してある。


 開拓チート、領地経営チートって何だろう?

 俺の愛読していた小説とは違うぞ?

 第一印象は中世欧州を舞台にした剣と魔法の世界。

 この異世界で半年を過ごした結果、第一印象の上方修正を行う。

 感覚的には近世欧州、おそらく大航海時代あたりの文明段階ではなかろうかなぁと思われる。

 どうにもあやふやなのは、物理学的な技術と魔法学的な技術が入り混じっていて分類しづらいからである。

 まだまだ高級品の印刷物ではあるが、すでに活版印刷は発明され、製本技術も向上している。

 小型化には時間が掛かりそうだが、振り子とゼンマイ、歯車を組み合わせた柱時計も流通している。

 剣や防具の需要が大きいので、火魔法を併用した治金、鍛冶、板金技術も発達している。

 連作障害や四輪農法の知識もすでに有る。

 但し、魔境に近くなる程、家畜への獣や魔物の被害が大きくなるので、マラガでは難しい。

 実際、マラガで流通している肉は、鹿、猪、野鳥の獣肉、又は魔物の肉がほとんどで、南の地域から届けられる食用肉は贅沢品である。

 俺の中途半端な現代知識では、付け入る隙が無い。

 おかしいぞ?

 俺の愛読書で、主人公達は現代知識と謎魔法を垂れ流し、大笑いでボロ儲けしていたぞ?

 このままでは俺の資産が日を追う毎に目減りしていく一方だ。

 どげんかせんといかんばい。








「アリス、そっち側押さえて」


「こう?」


「もうちょっと持ち上げて」


「んしょ、これでいい?」


「そのまま・・・」


「カズヤ、ナニ作ってるの?」


 ソフィが不思議そうに俺の手元を覗き込む。


「人力攪拌機・・・、よし、できた」


 ハンドルを握り、ゆっくり回し始める。

 大きな歯車に連結された小さな歯車が倍の速度で回り出す。

 小さな歯車に取り付けられた泡だて器が回転する。


「よし、いいぞ。エリカ、油を少しずつ垂らしてくれ」


「うん、入れるね」


「おお!いける、いけるぞ!俺ってすごい!」


 先日、街の定食屋のお品書きに『まよねえず』なる記述を発見した。

 おそらく先行した転生者が持ち込んだ知識が拡散しているのであろう。

 どの程度の再現性なのか、モノは試しと注文してみる。

 女給さんが献上品の如く恭しく運んできたのは、握りこぶし大のひんやり冷えた小さな壺。

 ふたを開けた壺の中には淡い黄色のとろっとした懐かしい物体が鎮座していた。

 ほのかな酢の匂いがふわり漂う。

 フォークの先で少しすくって舌先で味わう。

 俺の馴染んでいたモノよりは尖った味だが、卵黄百パーセントの手作りならこんなモノだろう。

 いくつか買って帰って皆に食べさせてやろうかな。

 ところがお値段を聞いてびっくり。

 なんと一壺、銀貨三枚ナリ。

 新米兵士の給料がだいたい銀貨五枚。

 いくらカネは有るとはいえ、そんな無駄遣いできる程、俺の金銭感覚は麻痺していない。

 この辺りの養鶏が盛んでは無い故、卵の供給量が絶対的に不足しているのは分かる。

 それでも銀貨三枚は高すぎる。

 幸い作り方はだいたい分かるから、安くは無い卵、ビネガー、植物オイルを買い込んできた。

 ここで、秘密兵器の御手製ハンドミキサーが満を持して登場する。

 地道に手に持った泡だて器をしゃかしゃかし続けたのでは、近く腱鞘炎になるのが目に見えているし、それをする根気が俺には無い。

 街の時計屋と金物屋に飛び込み、店主のオヤジと顔を突き合わせ図面を引き『こんなモノを作りたい』から、『こんな部品』が欲しいとカネを積み上げて頼み込んだ。

 自転車のペダルと後輪を想像して欲しい。

 ペダル部分を手で回すと、後輪の軸に取り付けられた泡だて器がクルクル回る仕掛けである。

 長方形の箱に取り付けられた金属製の持ち手とハンドル、そして針金を曲げて重ねた泡立て羽。

 武骨な外見のそれを、俺が腰ダメに構えると金曜日の殺人鬼が持つチェインソーに見えなくもない。

 見た目はイマイチ、構造は至って単純ではあるが、こんなモノでも有ると無いとでは大違い。

 作業効率が格段に違う。

 鉄製なのでとても重いが、そこは部分的に木製、革製にするとか、小型化するなり、台座を作って据え置き型にするなり、改良の余地はある。

 これさえあればメレンゲだって作れる。

 フィオは多岐に広がる利用価値を思いついたようで、俺がハンドルを回している間、感嘆の声を上げていた。


 マヨネーズって卵と酢、あとは塩と胡椒かなあ。

 かなりふわっとした情報しか持ち合わせていないので、薔薇の女子と知識を出し合い、あれこれと分量を試行錯誤しながら作り上げた。

 しばらく保冷庫に寝かせておいたマヨネーズを取り出す。

 ちなみに冷蔵庫ではなく、保冷庫。

 大きい箱と小さい箱の二重構造、内側と外側の壁の間に氷を入れておくだけのものである。


「どう?」


「うん、美味しい。カズヤって器用よね。こういうの何処で覚えてくるの?」


 そう言いながら、スティック型に切った野菜をもう一本取り、マヨネーズにつけて、ポリポリ食べているソフィ。

 ジョシュも椅子の上に立ち、テーブルの上の野菜に手を伸ばし、夢中で口の中に押し込んでいる。

 屋敷の皆が食堂に集まり、ワイワイ騒ぎながらの試食会。

 孤児院出身の下働き三人娘が食堂の隅に立ち、指を咥えて羨ましそうにこちらを見ている。

 手招きし、『好きに食べていいよ』と言ってやると、始めは遠慮がちに、後半は熱心に口に運んでいた。

 味は概ね良好のようだ。


 鶏卵の安定供給を得る為に、農地の一角に百坪くらいの養鶏所を建てる事にした。

 すでに本館の裏手では、使用人達が住む建物の整地が始まっている。

 作業を監督中の親方に声をかけ、南側の農地へと引っ張って行く。

 地面に木の棒で線を引きながら、大きさはこのくらい、簡単な木製の建物で屋根と壁があればいい。

 小屋の中で放し飼いにするので、床はいらない、高い位置に窓が欲しい等々説明して追加注文した。

 問題は、鶏を狙う野生の獣による被害だが、実は、ウチの屋敷の周囲に獣はほとんどいない。

 何故かと言うと、夜な夜なシリウスが獲物を求めて野山を徘徊し、岩に、木に体をこすり付け、あちこちにマーキングし、縄張りを主張しまくっているので、この辺りに野生の獣は近づかなくなっていた。

 上手くいけば多角経営の第一歩になるし、鶏糞も利用できる。

 悪くても屋敷の食事で使う分が確保できればそれで良い。

 とにかく、万事が万事、俺にとっては初めての事なので、やってみなきゃ分からん。

 結果として、多額の資金が出て行ったが、先につなげる為の投資である。

 いざとなったら、冒険者稼業でがんばりゃいいさ。









「あの・・・、旦那様・・・」


 ある日、使用人宅の建設現場で土木作業を手伝っていた俺の所へ、フィオが深刻な顔をして走って来た。

 つるはしを置いて汗を拭う。

 本人が知ったら怒られるから言わないが、フィオは困った顔が良く似合う。

 薄幸の未亡人と言うか、愁いを帯びた表情というか、とにかく、手を引いて物置小屋に連れ込み、藁の上に押し倒したくなる。


「どうした?」


 またジョシュが教会で何か壊したのか?

 どういう訳か、ジュシュが教会でナニかやらかす度に俺まで呼び出される。

 シスターマリサは、何故か俺とジョシュをセットにして説教したがる。

 しかも、くどくど長い。


「その・・・、たいへんなんです。付いて来てください」


 フィオが俺の手を取り歩き出す。

 駆けてきたせいか、ちょっと湿って暖かい。


「物置小屋へ?」


「え?物置小屋がどうかしたんですか?」


「いや、こっちの話だ。忘れてくれ」


「とにかく、こっちへ」


 急ぎ足のフィオに手を引かれ、屋敷を出て街道を東に向かう。

 何処まで行くつもりなのか、速足で歩く、歩く、まだ歩く。

 こんなに強引なフィオは見た事無い。

 ちょっと勘違いしてしまうのも無理は無い。

 かなり屋敷から遠ざかった辺りで立ち止まった。


「これを見てください」


 息を切らしたフィオが指さしたのは、地面に突き刺さった一本の棒。

 高さ一メートル、太さは俺の腕くらい。

 棒ではなく、杭と呼ぶのが正解か。


「これがどうした?」


「ずれてるんです」


「ずれてる?」


「わた・・、いえ、旦那様の農場側へずれてるんです」


 今、私の農場と言いかけたな・・・。


「お隣の農場との境い目は、あそこの木の下・・・、あれ?木が無くなってる!」


 フィオが目を向けた辺りへ移動する。

 隣の農場なんて気にした事も無かった。

 今に至るまで、農地の境界線など考えた事も無かった。

 今立っている場所ですら、屋敷から一キロ近く離れているのだ。

 とにかく広すぎる。

 隣の農家なんて顔を見た事も無い。

 引っ越しソバ持って、挨拶に行くべきだったか。


「本当です!この間まで、ここに木が立っていたんです!」


「フィオ、嘘だなんて言ってないから、落ち着いて」


 泣き出しそうなフィオの手を取って、その辺をウロウロしたら直ぐに見つかった。

 背の高い雑草の陰に、まだ切り口の新しい切り株が残っていた。

 杭の立っていた場所からここまで三十メートルくらい。

 農場の所有者が変わったドサクサに紛れて、お手軽に所有地を広げようとしたのだろう。

 どうせ証拠隠滅するなら、切り株くらい取り除いておけよ。

 仕事が雑だなあ。

 

「ひどい・・・、こんな事するなんて」


「フィオ、大丈夫だから」


 フィオの肩を抱きながら、杭の場所へ戻る。


「よいしょ、っと」


 かなり深くまで突き刺してあったが、魔力を循環させて一気に引き抜く。

 土の付いたままの杭を両手で持ち、砲丸投げの如く体を回転させて切り株の向こうへ放り投げる。


「とりあえず、これで相手がどう出てくるか様子を見てみよう」


 いきなりケンカ腰で怒鳴り込んでもしょうがない。

 一応、お隣さんだし、出来れば仲良くやりたい。

 今まで荒地にしていた負い目もあるし。

 おとなしく手を引いてくれるなら、黙って水に流そう。









 やっぱり、引き下がってはくれなかった。

 翌日、農地の東端を見に行ってみたら、また杭が打ち込んであった。

 しかも、さらに俺の農地側に割り込んで。

 こうなるだろうなあ、とは思っていた。

 再度、杭を引き抜き、肩に担いで街道をトコトコ東へ歩く。

 切り株から、さらに三十メートル東へ歩く。


「ここらでいいか。そーらよっと」


 用意してきた木槌でがっつんがっつん杭の頭を叩き地面に押し込む。


「これで、よしっと」


 翌日、翌々日、そのまた翌日、抜いては打ち、抜いては打ちを繰り返した。

 黙って泣き寝入りなんかしねぇぞ。

 こうなりゃ根競べだ。

 そう思い、夕食の席に着こうとした時、屋敷の玄関を激しく叩く音がする。

 こんな時間に誰だ?


「わぁのはだげにてぇだすんでねぇ!ありゃうっでぇまえから、わぁだもんじゃ!じーそもんが、かってこつすんな!ふたぎかげるぞ!ほんげぇがわりのせぃで・・・」


 扉を開けた途端、もみあげから繋がったもじゃもじゃのアゴ髭、大きな団子鼻で酒焼けの赤ら顔をした大男が、唾をベッタベッタに飛ばしながら喚き散らし、来たときよりも顔を赤くし、こちらの言葉も待たずに去って行った。

 今のは、何処の誰?

 そして何を言っていたの?

 通訳の孫娘はどうした?


「旦那様、あの人が・・・」


「ああ、そういうコトか・・・」


 一方的にまくし立て、嵐のように去って行った男が隣の農場主だった。

 うむ、こじれた。









「盟主様、いろいろと調べてみましたが、やはり、こちらに不利になりそうです」


「やっぱり荒地がマズイ?」


 カズヤパーティのエロくノ一、サナエさんに、この異世界の土地訴訟問題について探らせた。

 単に組合関係のツテで聞いてもらっただけ。


「はい。商工会から見れば、こちら側は農耕放棄、向こう側は、放置された荒地を開墾しようとする意欲的な農家という事になります」


「土地の権利書は?」


「ずっと昔にお互いの地主が話し合って決めた事、当事者どうしの口約束ですから境界の定義が曖昧です。そもそも、ちゃんとした測量をしたわけではありませんから」


「ってことは・・・、商工会に調停を任せるとウチの負けになるか・・・」


「向こう側が主張する全部でなくとも、何割かは持っていかれますね」


「ん~、どうしたらよかんべ・・・、おい、そっちに落とすから気を付けろよ!」


 屋敷の裏の建設現場で地面に埋まったデカイ岩を魔力で持ち上げ、脇に寄せて落とす。

 ねじり鉢巻きとツルハシが似合う男になってきた。

 手を休め農地の境界線問題という慣れない諍いに頭を悩ます。


「にーちゃーーーん!」


 サナエさんから水筒を受け取り、掘り出した岩の上に腰かけて一息ついていたら、ジョシュが半ベソで走って来る。

 お前、また教会でナンかやらかしたのか?

 最近、孤児院の男の子達の間でスカートめくりが流行っている。

 その先頭に立って捲りまくっているのがジョシュだ。


 俺が余計な事をジョシュに吹き込んだに違いないとシスターマリサは疑っている。

 シスターマリサ、あなたは間違っている。

 男には、ヒラヒラしたモノに注意を向けてしまう習性があるのだ。

 国道沿いのパチンコ屋が立てるのぼりや、女の子の揺れるスカートに視線が奪われるのは、遺伝子に組み込まれた本能なのだ。

 ヒラヒラの向こう側に何が有るのか知りたいと思うのは、純粋な好奇心と探究心なのだ。

 ジョシュが悪戯する度に俺を呼びつけて、ソラリス神の前でお説教するのは勘弁してください。


「どうした?シスターマリサのスカートを捲るのは、もうやめろって言っただろ。それとも、シスターアデリンか?お前、年増好みか?今からそんなんじゃ、先が思いやられるぞ?」


「違うってば!ヘンなのが畑にいるんだ!早く来て!」


「ヘンなの?」


「早く来てってば!」


 ジョシュに背中を押されて農地へ走る。










「こんな所でナニしてんだ?」


 境界線のグレーゾーンに、先日、俺にクラン合流の誘いをかけてきたSランク御一行様がいた。

 寒空の下、わざわざテントを設営して、その周りを二十人くらいの冒険者がヒマそうにウロウロしている。


「ああ?ナニしてるって?仕事だよ。ここの農場主に畑を荒らす不届き者がいるから、見張ってくれって依頼されたんだ。お前、まさか、こいつのオヤジか?子供の躾くらいちゃんとしろよ。それとも、畑を荒らす不届き者ってのは、このガキのことか?」


「ふーん、それで蹴り飛ばしたのか?」


 よくよく見れば、ジョシュの腹にはブーツの裏底の跡、背中一面が泥まみれになっていた。


「いきなりその棒っきれで襲ってきたんだぞ?そのくらいで済ませてやったんだ。感謝しろよ」


 悔し涙を浮かべ、ゲス男に飛び掛かろうとするジョシュを抑える。


「なるほどねぇ、それで子供の腹にケンカキックですか。さすがSランクの勇者様はやる事が徹底していらっしゃいますね。ジョシュ、行くぞ」


「おい、今、何て言った」


 背中で喚くバカは無視して、屋敷へ引き返す。


「ジョシュ、良くやった。農場を守ろうとしたんだな。偉いぞ、良くやった」


 帰り道、とぼとぼ歩くジョシュの頭に手を置いて、髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回してやったら堰を切ったように泣き出した。

 初めてジョシュに会った時、チンピラからフィオとドナを助けようと果敢に挑んでいた姿を思い出した。

 ウチの子供に手を出したな。

 許さねぇぞ。








「カズヤ、食べさせてあげる。はい、アーン♡」


「アーン♡、んん、ソフィから食べさせてもらえるなんて夢のようだ。じゃあ俺からもお返し」


 ここは極楽、夢の世界。


「ん、美味し」


「カズヤ、私も、私も」


「おお、もちろんさ、アリス、口開けて」


 アリスの可愛い口の中に肉を一切れ入れる。


「めいふはま、どーほ」


 口に果物の欠片を咥えたサナエさんが顔を突き出している。

 ほほう、裏町の帝王と呼ばれた俺に、大人のゲームで挑戦してこようとは・・・。

 ここで、顔を赤らめ、初々しくたじろぐ俺の姿を期待しているのであろうが、ポッキーゲームにおける夜のお姉さんとの対戦記録は連戦連勝、常勝不敗を誇っている。

 いざ、参る。


「んっ、んんっ、ん・・・、んぷっ、ぷはっ、ん~~~、うんっ♡」


 ちゅぽん。


「たいへん結構なお点前でございました。ふぅ・・・♡」


 こちらこそ、たいへん美味であった。

 さて・・・、次はの相手は・・・。


「か、カズヤ・・・」


「む、エリカにアーンしてもらう日が来ようとは、夢にも思わなかったな・・・、どんと来い!」


 緊張で震える手に持ったフォークからは、とっくに食べ物は落ちてしまっている。

 握りしめた剥き出しのフォークがキラリと光る。

 それでどうするつもりなの?

 お願い、そろそろ気づいて。


 いったい幾らの依頼料で引き受けたのか知らないが、野放図に伸びた雑草がサワサワと揺れるこの荒地の中、寒風に凍えながらの二十四時間警備に釣り合う程の金額は貰っていないはずだ。

 よほど、俺がソフィ、アリスと仲良くするのが腹に据えかねたのであろう。

 寒空の下、警戒を続けるヤツ等の目の前で、焚き火を囲み、連日連夜、大宴会を繰り広げた。

 ソフィ、アリス、サナエさん、薔薇の女子、どうだ、ウチの美女、美少女は破格だぞ?

 バカ騒ぎを続け、やつ等を挑発しまくった。

 後半では、仕事を終えた建設作業員も呼んで、盛大に飲んで食った。


「おい、いい加減にしろよ!冒険者が壁の外側で、一人、二人死んだくらいじゃ、衛兵は動かないんだからな!」


 そのくらい、知ってますよ。


「キャー、コワーイ」


 わざとらしく声を上げながら、アリスが俺の左腕に抱き着いてくる。


「あんな奴等、何人いたってヘーキさ」


「キャー、ステキー」


 アリスがノリノリで悪ノリしまくっている。


「カズヤ、いい気分が台無しになったわ。屋敷に戻って飲み直しましょう」


 ちらりと肩越しにヤツ等を一瞥したソフィが、俺の右腕を取って軽くキスしてくる。


「寒い中ご苦労様です。俺達はこれで引き上げるんで、あとはのんびりやってくださいな。それじゃあ、そういうコトで!いやぁ、辛抱強くて羨ましい。このクソ寒い中、テント生活なんて、俺にはマネ出来ないね」


 手を振って歩き出す。

 背中に突き刺さる憎悪と嫉妬の視線がイタイ、イタイ。

 入れ替わり立ち代わりの交代勤務で、おそらく警備員の人数は。総勢三十人くらい。

 あいつの言った通り、城壁の外側で冒険者が騒ぎを起こし、その結果、一つや二つの死体ができても衛兵は動かない。

 あんな奴等、例え五十人いたって、俺のパーティだけでも蹴散らせる。

 だが、それでは余計に状況が悪くなる。

 農場主から依頼を受けて農地を守っていた冒険者を排除したとなると、武装した俺達が農場を直接攻撃した事と同義になってしまう。

 是が非でも、奴等から手を出してもらう必要が有った。

 しかも、農地で、では無く、俺の屋敷でだ。

 交代で街に戻った奴等が、酒場で不平不満を垂れ流して爆発しそうになっているのは、我がパーティのエロ諜報員サナエさんから逐一報告を受けている。

 Sランクの盟主様も、自分達から手を出せないのは分かっている。

 分かってはいるが、バカ騒ぎを監視する部下達の不満を抑え切れ無くなってきているのも、分かってる。

 ぎりぎりまで境界線上で挑発しまくり屋敷へ引き上げた後も、毎日、日替わりの女連れで煽り続けた。










 日が落ちて夜も更けた頃、食事を終えて帰ろうとした客人二人に酒を注いでダラダラ引き留める。

 食堂の隅で居眠りしていたシリウスが、のっそり顔を上げた。


「来たな」


「どうしたんですか?」


 椅子を立とうとする客人を笑顔で制する。


「いえいえ、お気になさらず。お二人はゆっくりしていてください」


 ソフィが弓を手に取り、矢筒を肩に掛ける。

 マコトちゃん率いる薔薇組もガタガタと椅子を鳴らし、支度を始める。


「おい、エリカ、ナオミ、ユキコ。これを使え」


「ナニこれ?刃挽きの練習用?どういうこと?バカにしないでよ!」


「バカになんかしてない。真面目に言ってんだ。殺すしか選択肢が無い時も有るが、今日の相手ならソレで充分だ。あんな奴等、エリカには止まって見えるぞ。だけどな、同じ転生者を目の前にして躊躇しないって言い切れるか?命乞いされても振り切れるか?ヘタに手加減すると余計な隙ができるぞ?イザって時に、迷うほうが危ないぞ?そんなんでも当たり所が悪けりゃ死んじまうし、刃は通らないが、衝撃を与える事はできる。それの方が遠慮なくぶちかませるだろ?骨の二、三本へし折ったれ」


「そっか・・・、うん・・・」


 アリスはすでに、愛用のナベを頭に被り、フライパンを手にしている。

 俺も窓硝子クラッシャーの二つ名を持つ木製バットを装備する。


「一応、腰には本物下げとけ。ひと当たりして難しいと思ったら、そっちに切り替えりゃ良い。それなら安心だろ?ソフィとマコトちゃんが屋敷の上から狙撃するから、矢の二、三本はぶら下げて、動きが鈍くなっているはずだ」


 石が投げ込まれ、ガラスが割れる。

 投石から始めたか。

 火矢を打ち込んでくる事も想定して準備はしていた。

 むしろ、そうして欲しかったんだが、ソフィとアリスを燃やすつもりは無いらしい。

 絨毯の焦げ跡を心配せずに済みそうだ。

 フィオと子供達、使用人の三人娘は教会に避難させておいた。

 奴等、組合の酒場で屋敷の襲撃計画を普通に話していたのだ。

 張り付けておいたエロ密偵のサナエさんから直通で俺に連絡が来る。

 っていうか、組合の受け付け窓口でサナエさんが聞き耳を立てていただけ。

 さすが、Sランクだ。

 やる事、成す事、いちいち雑過ぎて切なくなってくる。

 打ち合わせ通り、ユカリが屋敷の二階から、庭のあちこちに積み上げておいた藁束に火弾を撃ち込んだ。

 燃える炎が辺りを照らし、襲撃者の姿が浮かび上がる。


「さ、やるぞ」


 正面玄関を勢いよく開け放つ。

 火の粉が舞い散る冬空の下、撲殺バットを片手に持ち、肩で風を切って堂々と歩く。

 中央で腰を落とし、片手を前に差し出す。


「お控えなすって、おひけぇなすっておくんなせぇ。わたくし、生まれも育ちも向こう世界の片田舎。牛倒山で産湯を使い、姓はサナダ、名はカズヤ、人呼んで二枚刃のカズヤと申します。いたって平凡なサラリーマンでございましたが、何の因果か流されて異世界。星が煌めく夜空の下、辿り着いたこの屋敷、微力ではございますが番を張らせていただいております。他人の屋敷を土足で踏みにじる言語道断な御振る舞い。お兄さん方、覚悟はよろしゅうござんすか?」


 俺の見事な口上に、返す言葉も無く立ち止まる襲撃者。

 うむ、気持ちイイ。


「か、カズヤ、あんたねぇ・・・、何を言いだすのかと思って、最後まで聞いちゃったじゃない・・・」


「エリカ、来たぞ」


「分かってるわよ、もう・・・」


 何処から掻き集めたのか、五十人近くのボンクラ共。

 これだけの数が揃えば、楽勝だと思ったのであろう。

 考えも無くワラワラ押し寄せて来た集団の最前列が、前のめりにコケる。

 木の間の低い位置にロープを張り巡らせた簡単な罠だが、暗がりだとそれなりに効果がある。

 倒れたヤツにつまづいて、その後ろの連中も積み重なる様にコケる。

 そして、第一のロープ障害を乗り越えた奴等もつんのめってうつぶせに倒れる。

 第二の障害物は落とし穴。

 バケツほどの小さな穴に落ち葉をふんわりかけておいた。

 コツは大きく作り過ぎないこと。

 片足を取られてコケる。

 何で俺がわざわざ目立つ位置に出て来たのか、ちょっとくらい怪しく思えよ。

 こんなモノ、孤児院の子供達ならひょいひょい避けるぞ。

 目の前の惨状に驚いて立ち止まった後続の肩に、足に、屋敷の屋根に陣取ったソフィとマコトちゃんの矢が刺さる。

 起き上がってきたヤツを、片っぱしから叩き飛ばす。

 段取り八分、現場二分、仕上げは上々。

 木の陰から飛び出して来たヤツが、ソフィに足を打ち抜かれ、勢い余って顔から地面に激突する。

 俺の目の前に転がって来たところを、高く蹴り飛ばす。

 薔薇組も危なげなく戦果を挙げている。

 アリスのフライパンの音も調子良く響いている。

 マラガの東門が騒がしくなってきた。

 そろそろだな。

 ここは皆に任せて、S級クランの盟主様を探す。

 いったい何処に隠れているのやら、戦闘開始から今に至るまで姿を見せていない。

 あちこちに襲撃者が転がっている。

 まだ元気がありそうなヤツには、もう一発叩きこんで黙らせながら移動する。


 お、いたいた。

 街道を挟んだ屋敷の向かい側、鶏小屋建設予定地、資材置き場の陰に隠れて、思い通りに行かない状況を歯噛みしながら伺っている。

 夜陰に紛れ、大きく迂回して背後に回り込む。

 今にも逃げ出そうとしている奴の後ろへ足音を忍ばせ近づく。

 フルスイングで脇腹の辺りを叩き飛ばした。

 地べたに嘔吐し、体を折って苦しそうに喘ぐSランク様の足を掴んで屋敷へと引き返す。

 おっと、そういえば、ジョシュの腹に足跡付けてくれたっけか。

 腹に足を落とし、ぐりぐり体重を乗せて踏んづける。

 うめき声も聞こえなくなった。

 死んだかな?

 つま先で小突いたら、ヒキガエルのような鳴き声がした。

 まだ生きているらしい。

 改めて片足を掴み、ザリザリ地面をこすりながら屋敷へ引き摺って行く。

 戦局は既に掃討戦に移っている。

 あちこちから呻き声の聞こえる屋敷の庭を通り抜け、意識の無いSランク様を玄関先で放り出す。


「カズヤ、急がないと。もう来るわよ」


「分かってる」


 駆け寄って来たソフィから、用意しておいた散髪セットを受け取る。

 髪の毛を鷲掴みにし、大急ぎで根元から乱暴に剃り落とす。

 ハゲ頭と顔面に濃い目の染料をべったべたに塗りつける。

 残念ながら、今日はドナ画伯がお留守にしているので、お花畑はナシ。

 密林迷彩のような薄気味悪いまだら模様が出来上がったところで、サナエさんに先導された自治領軍の部隊が、屋敷の庭へ駆けつけてきた。


 Sランク勇者様の言うとおり、壁の外側で二、三人の冒険者が諍いを起こし、刃傷沙汰になったとしても衛兵は関知しない。

 だが、衛兵の常駐する東門近くの屋敷を武装集団が襲い、そこから火の手が上がったとなれば話は別だ。

 詰所の目の前で起こった騒ぎを黙って見ているワケがない。

 おまけに、今、その屋敷の中では、衛兵仲間が食事に招待されているのだ。


 境界線上での挑発を終え、屋敷に戻ってからは、昼番勤務の終わった門番を、順繰りに夕食に招き続けた。

 自治領軍とは仮の姿、その実態はソフィのファンクラブである。

 最近は、アリスの親衛隊もある。

 夕暮れにソフィが東門へ行き、勤務明けの衛兵に『いつもご苦労様、たまにはウチで食事でもいかがですか?』と誘えば、一も二も無くホイホイ付いて来た。

 毎晩、ウチの綺麗ドコロで接待し、お帰りの際には、お土産まで持たせた。

 もちろん、今日もがっつり飲ませた。

 奴等は知らぬ間に、俺達だけで無く、自治領軍の兵隊も襲ったのだ。


 襲撃されて、すぐに衛兵の救援部隊が駆け付けたのでは、俺の気が済まない。

 助けを求めに行かせたサナエさんに、あれこれ理由を付けさせて兵隊の到着を遅らせた。

 ソフィア様とお近づきになれるかもしれない。

 俺の存在を都合よく忘れ、ソフィに良いトコロ見せようと、意気揚々、乗り込んできた兵隊達。

 ところが、戦闘はあらかた終わってしまっている。

 まだ元気な襲撃者を見つけると、砂糖に群がる蟻の如く我先にと押し寄せた。

 行き場の無い情熱を持て余した彼等は、あたふたと逃げ回る襲撃者達に情け容赦なく追い打ちをかけた。

 ソフィの前で活躍出来なかったのが、かなり悔しかったようだ。

 捕縛されて尚、反抗的な態度を取る者には、すぐさま過剰制裁が下された。

 兵隊に連行される襲撃者達を見届けて走り出す。

 まだ終わっていない。

 やり残した仕事がある。

 俺は煙の燻る屋敷を後にして、深夜の街道を東に向かう。










 翌日、教会に避難していたフィオと子供達、使用人の三人娘が、ロバート司教、そしてもう一人を伴って屋敷に帰って来た。

 食堂で皆が思い思いの場所に腰かけて、成り行きを静かに見守る。


「カズヤ、気は済んだか?もう許してやれ」


 俺の目を見て話すロバート司教の後ろには、髭モジャで団子鼻の大男がうなだれて立っている。


「さて、何の事でしょうか?」


「カズヤ」


 ううっ、ズルイぞ。

 司教に泣きつくなんて。


「許すもナニも、そいつが先に手を出してきたんですよ。俺は飛んできた火の粉を振り払っただけです。おっと、まだ飛んで来てるのかなあ?」


 大げさに、頭の上で掌をパタパタ振る。


「カズヤ!」


「はいっ、すんませんっ!」


 いけね、つい、脊髄反射で謝っちゃった。


「ふぅ・・・、カズヤ・・・、人の心は流れ易きへ流されてしまうものだ。どんな人間でも魔が差す時がある。本人はこれまでの事を反省し、心から後悔しておる。フィオは許すと言ってくれた。カズヤ、水に流して忘れろとは言わないが、このへんで許してやれ」


 フィオを見ると、小さく頷いた。

 隣の農場主は司教の後ろで、肩を落とし、床を見続けている。

 初めて屋敷に怒鳴り込んできた時は、酒に酔って気が大きくなっていたのだろう。

 こいつの方から折れてきた理由は、雇った冒険者が衛兵に一網打尽に捕えられ、今は牢屋の中で沙汰を待つ身になったから、だけでは無い。

 俺はSランクへの仕込みをすると同時に、この農場主の家にも深夜通い続けた。

 農場主の家は地上二階建てのそれなりに立派な家だった。

 ところが、今や、地下一階、地上一階の建物に匠リフォームされてしまっている。

 毎晩、こいつの家にこそこそ近づき、温めた空気を上空の冷たい空気にぶち当て、季節外れの雨を降らし、家の下に時間をかけて魔力を流し込み、基礎部分の土を流砂へと変えた。

 もろい砂に雨が染み込み、液状化現象が起こる。

 少しずつ、少しずつ家が沈んでいく。

 気づいた時には、もう手遅れ。

 今に至っては、一階部分が土の中。

 おかげで俺は寝不足の日々が続いている。

 農場主も不安で眠れない日々が続いているだろう。

 顔面蒼白、握った手は小さく震えている。

 やり過ぎたとは思わないが・・・。


「まあ良いでしょう。フィオが許すって言ってんだから、許しましょう。ただし、条件が。今後、俺が農地の事で困ったら助けてください。俺は、畑に関しては全くの素人です。いろいろ教えてください。農地の事は基本的にブル一家に任せていますが、俺が冒険者稼業で留守にしている時は、特に気にかけてやってください。繁忙期には人手を融通し合いましょう。そんなところかなあ・・・、それで良いですか?ええっと・・・、そういや名前を聞いて無かったな。俺はカズヤと言います。そちらは?」


「あ、ありがどうございます。ぐらはむでございます。ありがどうございます。こしたらことになるどはおもわねぇで・・・。そしたつもりもねがったんです。あるひ、しょうこうかいのでりっくがうらのえぇにきて、のらをましてやるって・・・」


 ふーん、グラハムさんか・・・、ん?

 ちょっと待った。

 相変わらず何を言っているのかサッパリだが・・・。


「商工会のデリック?」


商工会のデリックってのは俺に向かって、嫌味ったらしく、荒地を何とかしろ、税を上げるぞ、取り上げるぞと散々脅してきたヤツだ。


「んだ、やくさたたねぼんすけどもごいでこたのも、でりっくが・・・」


 このオヤジに、あのSランクを紹介したのもデリック?


「カズヤ!私達を追い出したのも、デリックってヤツよ!」


 薔薇の女子が立ち上がる。


「ナニ?ユカリの尻を撫でたのもデリック?おいおい、つまり、こういう事か?エリカ達にセクハラし、土地を餌にグラハムさんを焚きつけ、Sランクバカを俺にけしかけたのは、全部デリックの仕業か?あいつ、俺がここに来た頃から、カネ回りが良くて、女を大勢囲って羨ましいとか、ネチネチ絡んで嫌がらせしてきやがった。全部、俺への妬みか?笑って受け流してやれば調子に乗りやがって、あのヤロウ!」


 農地の真ん中に埋めて肥やしにしてやる。

 椅子を鳴らし、席を立つ。


「待て、カズヤ。どうするつもりだ?」


 ロバート司教が俺の腕を取る。


「どうするって?ケンカ売ってきたのはヤツですよ?買ってやりますよ。高値で買い占めてやりますよ」


「カズヤ、座れ」


「止めるんですか?どうしてですか?離してくださいよ。ヤツは自分だけ安全地帯に隠れて、他人を俺にぶつけてきたんですよ?いくら司教様の言うことだからって・・・」


「カズヤ!」


 ロバート司教と睨み合う。

 目力というか、眼圧に吹き飛ばされそう。

 平静を装うが、背中を冷や汗が流れ落ちる。


「じゃあ、どうしろって・・・」


 椅子の上へ腰を落とす。

 司教に黙って見つめられると、頭が冷えて、闘志が萎えてくる。

 どうやっても敵わん、年季が違い過ぎる。


「カズヤ、この件は私に任せてくれ。悪いようにはせん。いくら相手に非が有るとは言え、このまま商工会に殴り込んだら、カズヤも只では済まないぞ。お前は近頃、良くも悪くも目立ち過ぎる。お前の持つ力は強すぎる。剣の腕前の事だけを言ってるんじゃないぞ。慎重に使い方を選ばなければ、人が遠ざかって行ってしまう」


「俺は強くなんて・・・、やれやれ・・・、分かりました。司教様にお任せします」


「カズヤ、お前がグラハムに言った事、素晴らしい収め方だった。短い間だったが、お前も孤児院から巣立った子供だ。旅から帰って来たカズヤのみやげ話を、いつも楽しみに待っておるのだ。お前の活躍を誇りに思っている。道を間違えず真っ直ぐ歩け。もうすぐ宵越し祭りだ。楽しみに待っていろ」


 そう言って、ロバート司教はゆっくり席を立ち、静かに出て行った。

 ちくしょう、そんなこと言うなんて・・・、ずるいよ、司教様・・・。








 城塞都市マラガに冬が訪れた。

 どんよりとした灰色の空から小雪がちらつく冬の朝。

 魔境に向かって、補給品、食料品を山積みにした馬車隊が出発した。

 その後を追って、鎖で繋がれた男達が兵隊に槍で突かれながら歩いている。

 魔境の砦で、補修工事の労役を課せられた罪人達である。

 その中に見知った顔がある。

 一人は生えかけの坊主頭に、まだら模様のフェイスペイントした元Sランクの冒険者とその仲間達。

 一人は、元商工会職員のデリック。

 あの騒動から数日後、デリックに強請られた農民、商人からの訴状、不正帳簿の証拠が、何処からともなく沸いて出た。

 いったい、ナニをどうやったのか?

 恐るべし、ロバート司教。

 あのまま、司教様の提案を拒み続けていたら、今頃どうなっていたのやら。

 今度、お酒と作りたてのマヨネーズでも持って、御機嫌をとりに行こう。

 つるはしを担ぎ直し、作業現場へ向かう。

 本格的に雪が降る前に、出来るだけ作業を進めておきたい。

 ついでに、グラハムさんちも俺が資金援助して建て直すことになった。

 存外、付き合い始めると気の良い田舎のオヤジで、顔を合わせる度に罪悪感がこみ上げるようになった。

 なんだか、後味が悪いし。

 この冬は暖かい暖炉の前で、ソフィ、アリスとのんびりイチャイチャする予定だったのに・・・。

 忙しいったらありゃしない。


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