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第57話 ラビニア家

 ラビニア男爵領。

 バルト王国、北部下端に位置する。

 山と湖に囲まれた風光明媚な小領ではあるが、山岳地帯に良質な鉄鉱脈が存在し領内の財政を潤している。

 血筋は古く、バルト王家成立以前からの貴族家であり、安定した領地経営には定評があったが、近年たて続けに起こった不幸がラビニア男爵家に色濃く影を落とし続けている。


 ラビニア家当主には三人の男子と一人の女子がいたが、妻と三男を流行病で亡くしたのを皮切りに、長男が狩りの最中に落馬して急逝、次男は鉱山の視察の最中に落盤事故で命を落とした。

 ラビニア家当主も心労で倒れ、床に伏せたまま息子達の後を追うように息を引き取った。

 唯一存命なのが第三子、長女のミーア。

 故に、女ながら齢十六歳にしてミーアが爵位を継ぎ、ラビニア領ミーア男爵となった。


 度重なる不幸に襲われ、まだ幼さの残る娘を領主として仰がなければならなくなったラビニア領ではあったが、層の厚い家臣団が内政を引き受け、領地軍の司令官である分家筆頭格の叔父が後見人となり、領内は落ち着きを取り戻すかのように見えた。


 しかしながら坂道を転がり続ける岩の如く状況は悪化した。

 大規模な武装集団が領内を荒し回るようになった。

 それを鎮定に向かった後見人の叔父が混戦に巻き込まれて戦死。

 領地軍とはいえども、所詮は田舎の地方貴族。

 職業軍人はほんの僅か、ほとんどは農村からの臨時徴兵。

 司令官を失った領地軍は瓦解し、寄せ集めの兵隊達は我先にと方々へ逃げ散った。

 勢いのままに中心都市へ押し寄せた武装集団に対し、都市の外壁の門を固く閉じ、篭城戦へ移行した。

 家族を失い、頼るべき親族も失い、重荷だけを受け継いだミーア新領主。

 気丈にも涙一つ見せず、残った家臣、領民を鼓舞し続け、近隣領主からの援軍を待ちわびた。

 昼夜を問わず散発的に壁を攻撃してくる武装集団に心が折れそうになった頃、ようやく援軍が到着した。

 現れたのはラビニア領の東に位置するコートニー男爵領の軍隊。

 率いるのはコートニー家の次男シグナス。

 あれだけ手を焼いた武装集団が蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 領民達は門を解き放ち、歓声と共に援軍を都市内に迎え入れた。

 領民達は誠意をもって解放軍をもてなした。

 お祭り気分のまま数日が経った。

 コートニー軍は役目を終えた後も帰らなかった。

 他領の中、我が物顔で振る舞うようになった。

 領館を包囲するように居座り続けた。

 領民が何かおかしいと感じた頃にはもう遅かった。

 ラビニア領はコートニー軍に占領されていた。


「それで私に何をさせたいの?」


 目の前に置かれた暖かい飲み物にも手を出さず、訥々と経緯を語るラビニア家からの使者。

 溶けた雪で濡れた外套から水滴がポタポタと食堂の床に落ちている。

 時折、溢れ出した憤りの感情で声が大きくなっているのに気付いて、気まずそうに居住まいを正している。

 手に持った手紙に目を落としたまま使者の話を聞いていたソフィが、顔を上げて静かに尋ねた。

 うん、それそれ、まさか俺達にコートニー軍を撃退して追い返せなんて言い出すんじゃなかろうな。


「それは・・・」


 使いの男が言い澱んで俺達に目を泳がせる。

 成り行きのまま食堂の椅子に座らせたので、カズヤ組だけでなく、薔薇組もコジロウも何事かと興味津々で耳を傾けている。

 ナルホド、野次馬には聞かせたくないハナシか。


「ああ・・・、込み入った話なら向こうの部屋を使って・・・」


 気を利かせてめったに使わない応接室に案内しようと席を立つ。


「待って、ここにいるのは皆、私の仲間で、そこの彼は私のパーティリーダーなの。彼等が気に入らないならこの手紙を持って帰ってちょうだい」


 一見高飛車で冷徹な風のソフィア女王様だが仲間への想いは熱い。

 マラガの冒険者組合からもソフィ名指しでの依頼が多々あるが、素っ気なく断り続けている。

 俺達を立ててくれるソフィの男気というか姉御肌はとても嬉しいが、一瞬で部屋の空気が凍りついたので、俺も椅子から尻を浮かせ中腰のまま固まってしまった。


「い、いえ、そんなことは・・・」


 額に脂汗を浮かばせてしどろもどろで取り繕う男。

 チラチラ俺を見る男の顔には『え?こんなヤツがソフィア様のリーダー?何かの間違いでは?』という驚きが浮かんでいる。

 浮いた尻を椅子に戻しながら口の端をわずかに上げて『フッ』と笑みを返す。

 使いの男の眼が一回り大きく開いたまま凝固する。

 さらに『そう言えば、風姫ソフィアが何処かの馬の骨と付き合い始めたという噂があったが、まさかコイツが?』そんな言葉が男の頬を電光掲示板のように流れる。

 親指を立ててサムズアップし、止めを刺す。

 顎が落ちて大きく開いた男の口からエクトプラズム的な何かが漏れ始めた。

 勝った。

 俺を敵に回すとは愚かな。


「カズヤ、話が進まないからふざけないで」


 使いの男で遊んでいたらソフィに怒られた。


「どうするの?納得したなら話を続けてちょうだい」


「は、はい・・・。現在、領都を守るという建前で押し入ってきたコートニー軍に領館は事実上占拠されてしまいました。シグナスは領民を人質にとり、ミーア様に婚姻を迫っています」


 息を吹き返した使いの男が額の汗を拭きつつ話を続ける。


「そう・・・。だけれども、聞いた限りでは他家からの援助を受けなければラビニア家は成り立たない状況のようだし、例え敵軍の将といえども敢えて領地の為に気の進まない縁組を受け入れ、それを利用するのも領主の責務ではないかしら」


 こういう時、あえて正論を唱えて憎まれ役を引き受けるのがソフィ。

 深い碧色の眼が男をひたと見据える。

 まだ雪は降り続いていて、窓の明かりに落ちる雪が浮かび上がる。


「そんな事は承知しております!しかし、しかし・・・、相手があのシグナスとはあまりにも酷すぎます。ラビニア領に隣接する領地の御子息の事ですから噂はいくらでも流れてきました。性格は妬みやすく憐みは無く、思慮に欠け激高しやすい。すでに三人の奥方と婚姻なされましたが、いずれも日を置かずに変死したと聞いております。噂にたがわず、我が領内に入ってからも取り巻きを引き連れ勝手気ままに振る舞い、気に入らなければ剣を抜き放つ次第でございます。コートニー家は鉱山の採掘権が欲しいだけです。このまま黙って従えば、ミーア様も先の奥方様と同じ末路に行きつくのは間違いありません。ミーア様は気丈にも矢面に立ちシグナスをなだめ受け流しておられますが、それも時間の問題でございましょう。ミーア様は幼少の頃、ほんの数ヶ月の間ですが護衛役引き受けてくださったソフィア殿と過ごした日々を片時も忘れておりません。今や強く気高いソフィア殿の思い出だけが心の支えなのです」


 男は食堂のテーブルに身を乗り出し一気にまくし立てた。

 話し終えると不安そうに眼だけを動かし俺達の顔色を一つ一つ伺った。

 貴族のお姫様が直々にソフィア様を指名してきたのには、そういう理由があったのか。

 ソフィの交友範囲が広すぎる。

 これでは、ちょっと離れた街のちょっとエッチな店で羽を伸ばそうとしてもバレてしまうではないか。

 いっそ、別の国まで遠征しなきゃダメか?


「事情は分かったけれども、私にコートニー軍からラビニア領を奪い返せと言うのは、無理な話よ?」


「そんな事は申しません。ミーア様をサンドラ領のカリウス子爵の元へ連れて行っていただきたいのです。サンドラ家はコートニー家、ラビニア家、双方にとって格上の家柄で古くからのお付き合いがあります。カリウス子爵にミーア様の後見人となって頂いて此度の諍いを取り成していただきます。すでにカリウス子爵には使者を送り内諾をいただいております。しかし、これをシグナスが黙って見過ごすはずがありません。ソフィア殿に道中の護衛を引き受けていただきたいのです。どうか、何卒お願い致します」


「そう・・・。カズヤはどう思う?」


 ソフィが俺に視線を切り替えて話を振る。

 どうやったらソフィの眼をごまかして夜の繁華街に繰り出せるだろうかとの考えを振り払って、思考を戻す。


「ちょっと質問。俺は転生者だからこの世界の貴族の習慣とか常識とかは知らないんだが、それって、そのカリウス子爵とやらにラビニア領まで来てもらうってのはダメなの?その方がいろいろと楽だと思うんだけどさ」


「あのね、カズヤ・・・。たぶんだけれども、カリウス子爵には他の領主への言い訳が必要なんだと思うの」


「言い訳?」


 黙って座っていたアリスが珍しく口を挟んできた。


「うん、ラビニア家にとって納得のいかない要求だとしても、コートニー家がラビニア家の窮状を救ったのは事実。助けた見返りを求めるのはコートニー家の正当な権利なの。だから、カリウス子爵が自分からラビニア領に行って後見人を引き受けると、後から出てきた領主がお手柄を横取りすることになっちゃうの。そうするとコートニー家だけでなく他の領主からも妬まれてカリウス子爵の立場が悪くなっちゃうから、ラビニア家の当主自らサンドラ領に『足を運んで』何度も頭を下げて『お願いされた』ので、『仕方なく』後ろ盾役を引き受ける事にした、っていう形が必要なんだと思う」


 ソフィに目で確認すると小さく首を縦に振った。


「ふーん、なるほどなあ・・・。アリスは意外とそういうのに詳しいんだな」


 いきなりアリスの口から政治評論家のような説明が飛び出して来たのでびっくり。

 なんでそんな事知ってんの?


「う、うん・・・。詳しいって程でもないけど・・・、ちょっとね・・・」


「ところで、そのミーアさんを連れ出すのをシグナスって奴は黙って見てるワケがないよね?当然邪魔してくると思うけど、強行突破する際にシグナスやその手下をケガさせたり、ひょっとしたら当たり所が悪くて殺してしまう事もあるかも知れないケド、そのへんはどうなの?」


「・・・」


 非常に気まずい沈黙が漂う。

 ここは笑顔で『ゼンゼンオッケー』とか言って、明るく安心させて欲しかった。


「もしかして、俺達お尋ね者になっちゃう?」


「後見人のカリウス子爵の影響力次第でもあるけど・・・、コートニー家の次男を殺してしまったら、男爵家としてのメンツもあるから話がまとまらなくなる可能性が高くなるし、少なくとも私達の首は要求してくるでしょうね」


 そう言って手の中の手紙に視線を戻すソフィ。

 首を傾けたひょうしに金色の髪が肩から流れ落ちて手紙を覆う。

 髪を払いのけずに手紙を見つめたまま考え込んでいる。

 私達の『首』って言い方が生々しくて、シャレにならなくなってきた。


「疑問なんだけど、同じ国に所属する領主が土地の取り合いで侵略戦争しても良いの?一応、隣の領地を助けるって建前で動いてはいるけれど、この程度の建前で良いのなら、他の領主だって機会さえあればやるよね?」


 元の世界に例えれば、茨城県が千葉県を攻撃して落花生の畑を奪うようなものだ。

 む・・・、例えが悪いかな?


「もちろんいけないわ。そんな事を認めたら国内が荒れるから、王家が何らかの処分をするでしょうね」


「ふーん・・・、そのコートニー軍とやらに領地が占領されてからどの位経つの?」


「三週間程です」


 使いの男が答える。


「それなら、そろそろ王家が動いてもいいんじゃないか?いっその事、王家に直訴してみれば?」


「ダメ!それはダメ!」


 アリスが俺の袖を掴んで叫ぶ。


「え?」


 いつものアリスと様子が違う。

 いったいどうしたんだ?


「あの・・・。その・・・、王家はそんなに甘くない・・・と思う。王家は常に地方領主の事を気にしているから、とっくにラビニア家の窮状には気づいているはず。このままコートニー家がこれ以上の騒ぎを起こさずにミーア様との婚姻で実質乗っ取りを終わらせてラビニア領を安定させるなら、それで良し。長引くようなら使者を送って仲裁に入るけれど、その場合、ラビニア家に領地の統治能力無しと見なされて、悪くて改易、良くて代官が送り込まれて王家の直轄領扱いになると思う。王家にとって地方領主の内情は些細な事で、善政していても土地が荒れる領主よりは、悪政でも安定して土地を治めることが出来る領主を選ぶと思うの。その・・・、もちろん、悪政って言っても程度によりけりだけど・・・。直訴に行っても、事の発端は治政が乱れて、他家に付け入る隙を作ってしまった事だから・・・、たぶん、ラビニア家にとって良い結果にはならないんじゃないかな・・・。コートニー家もこのまま時間だけが過ぎると王家に介入されて自分の好きに出来なくなるから焦っているはず。もっと乱暴な手を使ってくるかも・・・しれない・・・と思う・・・」


 最後は消えていくような小さな声で俯いてしまった。

 なんかやけに事情通な気がするけれど、貴族が身近に存在するこの世界では、この程度常識なのだろうか?


「うーん・・・、そういう事だとアレコレ仕掛けを仕込む時間も無さそうだし、どう考えてもこっちが不利だなあ・・・」


 首の後ろをボリボリ掻いて考える。

 貴族のお姫様には同情するけれど・・・。


「ね、ねえ、カズヤ。とにかく行ってみようよ。何かしてあげられるかも知れないし、そのミーア様は何もかも放り出して逃げる事も出来たのに、たった一人残って頑張っているのに・・・。助けてあげられないのかなあ・・・」


 ひとしきり喋り終えたアリスが感極まって涙ぐんでいる。

 そこまで感情移入しちゃう?

 俺には何処かの貴族様のお家騒動なんて完全に他人事にしか思えない。

 やっぱしこっちの世界の女の子は、貴族のお姫様に特別な憧れとかあるんだろうか。

 ソフィは手紙を見つめたまま黙っている。

 心情的には助けてあげたいが、予想に容易い現実的な困難が待ち構えているので安易に賛成票を投じられないのだろう。

 アリスは俺の手を握ったまま、じっと見上げている。


「まあ・・・、行くだけ行ってみようか」


「うん、うん!ありがとうカズヤ!」


 破顔して喜ぶアリスの向こうで、ソフィがほっとした顔をしている。

 この答えで正解だったようだ。


「でも、基本方針は俺達の命と生活最優先で行くからな。何かあったら、そのミーア様より俺達の仲間を選ぶからな」


「うん!」


 トホホ、俺の正月休みが・・・。

 正月休み用の料理や遊び道具もいっぱい用意しておいた。

 明日は手作りのソリにジョシュとドナを乗せて裏山の斜面を滑り倒すつもりだったのに。


「それじゃあ、ちょっと行ってくるから留守は頼むよ」


 厨房の奥で心配そうに見守っていたフィオと後ろで黙って控えていた薔薇組に声をかける。


「私達も行くわ。何かあった時の為に人数は多いほうが良いし、手伝える事があるかも。ね、ソフィアさん良いでしょ?」


 そう言って椅子からエリカが立ち上がった。

 マコトちゃんを含め薔薇組一同がソフィを見る。


「ええ、お願い」


 ソフィが頷く。

 やれやれ・・・。

 自ら正月を返上するとは勤勉なことだ。

 このシリアスなムードの中、奥の席で未だに残飯を掻きこんでいるコジロウ。

 こいつも連れて行こう。

 囮役に使えるかも知れないし、いざという時には肉盾として犠牲になって貰おう。

 なにより平和そうに一人ノホホンとしている姿がイラついた。

 それにしても、アリスから領主と王家の内情の説明を聞かされるなんて思ってもみなかった。

 今までそんな事話す機会は無かったけど、なんか違和感あるなあ・・・。

 パタパタと厨房の奥へ行くフィオの足音が聞こえる。

 フィオに聞いてもこの位の事は答えるのだろうか?

















 夜のうちに支度を済ませ、朝一番に二日酔いでフラフラしている馬舎のオヤジを叩き起こしラビニア領へと旅立つ。

 つもりだった・・・。


「俺、馬に乗れないよ」


 馬小屋の柵の向こう側で鼻水と涎をまき散らしながら俺を威嚇する馬から距離を取る。


「え?なんで?」


 エリカが不思議そうに言う。


「いや、普通、馬なんか乗らないだろ?逆に聞きたい。なんでエリカ達は乗れるんだ?」


「なんで・・・って、こっちには馬しか交通手段がないんだし、せっかくこっちの世界に来たんだから、馬に乗りたくなるじゃない・・・、ワリと早い時期から練習して乗れるようになったわよ、ねぇ?」


 エリカの言葉に、薔薇組がウンウン頷いている。

 馬に乗れるだけでそんなに偉そうな顔するな。


「サナエさんは?」


「もちろん乗れます」


 コジロウを一瞥すると、首を横にブルブル振って否定している。

 そういや、エリカと初めて会った時、コジロウを後ろに乗せたって言ってたっけか。


「じゃあ、アリスと二人乗りでもするか」


 コジロウは縄でしばって馬に引かせれば良いだろう。


「距離が長いし、雪路で馬が疲れやすくなるからやめておいた方が良いわ」


 鼻面を撫でながら馬を選ぶソフィから声がする。


「しょうがない・・・。それじゃあ、走るよ」


「走る?」


 エリカの顔に『コイツ、何言ってんの?』の文字が浮かぶ。


「うん、身体強化すれば馬の速さくらい余裕だよ」


「ちょっ・・・、やめてよね!」


「なんで?」


「なんでって・・・。カズヤ・・・、深夜の高速道路を時速百キロで走っていてふと窓の外を見たら、同じ速さで駆けるお婆さんがいました。あんた、これどう思う?」


「ばあちゃん、スゲーなあ。って思う」


「違うでしょ!怪奇現象じゃないの!びっくりしておしっこ漏らすわよ!」


 おしっこ漏らして羞恥に頬を染めるエリカはぜひ見てみたい。

 ここは謎理論の謎魔法がまかり通る謎異世界なのだから、時速百キロで走る婆ちゃんがいたっておかしくは無いと思うが。


「俺は婆ちゃんじゃないし、道中ずっと馬を全力疾走させるワケじゃないんだから、イケるって。せいぜい、オリンピックのフルマラソン程度だろ?自分じゃ実感沸かないが、俺には人並以上の魔力があるらしいし、本気だせばエイト男とタメ張れると思うぞ?だいたい、エリカだってコジロウを剣で突いて走らせただろ?」


 記憶が甦ったらしく、コジロウが俺の背中に隠れる。

 だから、俺を盾にするのはやめろっつーのに。


「あ・・・、あれとこれを一緒にしないでよ。独りだけ走ってたら、私達がいじめてるみたいに見えるじゃない。それに、エイト男って何よ?」


 ふむ、雪の上を引き摺られるコジロウの姿はイジメと言うより拷問だな。


「知らんのか?八番マンとも言うな。それに戦国時代の足軽は槍を担いだまま駆け足で騎馬隊の行軍に付いて行ったんだ。どうって事はない。えっへん」


「だから、アンタ、いったいいつの生まれなのよ!とにかくヘン!ねえ、ソフィアさんもそう思うでしょ?」


「そうねえ・・・、いいわ、馬車も用意しましょう」


 ホラホラ、そういう文明の利器があるじゃないか。


「だけど、雪路だから車輪がわだちにハマり込むんじゃないの?」


 細かい事にいちいちうるさいな。


「大丈夫よ。カズヤは魔力を使う事に異議は無いらしいから。そうよね、カズヤ?」


「いや、俺は走っても良いと言っただけで・・・」


 急にソフィア先生の目つきが鋭くなった。

 ナンか不吉な予感が・・・。













 昨夜からの雪は小康状態になり、今は小雪がチラチラ舞っている。

 一歩踏み出すと足首は完全に雪の中に沈む。

 吐く息は白い。

 時折、木の枝から落ちた雪の塊が鈍い音をたてる。

 静謐な銀世界の中、四騎の馬を先頭に二頭立ての幌馬車が進む。

 降り積もった雪を物ともせず、幌馬車は滑るように進む。

 馬の蹄の跡だけが雪に残る。

 車輪のわだちは無い。

 馬車は音も無く雪の上を滑る。


 幌馬車の布の隙間から吹き込む真冬の乾いた風が肌を刺す。

 冷たい空気の中、俺の額には玉の汗が浮かび、背中には汗を吸った肌着が張り付いている。

 ソフィア先生の御指導の下、長時間に渡り魔力を活性化し魔力で馬車を持ち上げ続けている。

 浮いた馬車を馬が引いている。

 故に雪もぬかるみも関係なく、馬車はスルスル進む。

 俺の向かい側の席にはコジロウが口の端から涎を垂れ流しながら居眠りしている。

 どこまでも俺の神経を逆なでするアホに苛立ち不意に力を抜く。

 雪の上、十五センチ程を浮いていた馬車が地面に落ちる。

 突然発生した馬車の重みに驚き馬が嘶く。


「ンガッ!!」


 床に転げ落ちたアホが半目でキョロキョロ辺りを見回している。


「カズヤ集中して。もっと自由自在に魔力を調整できないと戦闘慣れしたベテラン勢には歯が立たないわよ。カズヤには素質があるんだからもっと自覚して伸ばさなきゃ。もう少しで今日の予定地に着くから頑張って」


「へい」


 呼吸のリズムを整えて体の中の魔力をぐるぐる廻す。

 なんか最近、ソフィの俺に対する期待が溢れ過ぎてつらい。

 異世界転生した奴等の誰も彼もがてっぺんを狙ってるワケじゃないんだから。

 第一俺に戦闘慣れしたベテランと戦うつもりは全く無いし、そういう状況を作りたくも無い。

 アリスとサナエさんは御者席で手綱を握っている。

 アリスはシリウスに騎乗しようとしたが、街道を馬と並んでひた走る謎男以上に目立つので却下。

 そもそも狼のシリウスがいると馬が怯えるので無理。

 そのシリウスはその辺の山の中とか畑の向こう側を隠れながら移動しているハズ。

 小休止とか野営地に着くといつの間にかそばにいるし、アリスが呼べば何処からともなく現れる。

 俺が呼んでも現れるが、三回くらい叫ばないと出て来ない。

 ふと思った。

 犬を家で飼うと家庭の中の序列を本能的に判断し、自分の立ち位置を決めるが最下位に身を置く事は無いと聞いたことがある。

 つまり、自分より下に見ている人間が最低一人いる事になる。

 ふむ・・・。

 ソフィには従順だ。

 サナエさんの言う事もおとなしく聞いている気がする。

 まさか!


「カズヤ、乱れてるわよ」


「はい」


 余計な事を考えていたら上昇しすぎて馬が風船を引くみたいになっていた。












 途中の村に馬車を停めて一泊する。

 村長さんと交渉し空き家があったので使わせてもらった。


「あのさ、武装集団って何?」


 髪の毛を櫛で砥いでいるソフィに聞く。


「何って・・・、名前のとおりだけれど」


「俺達が以前相手にした盗賊達とは違うの?」


 暖炉の中に入れた薪の位置を火鋏で整えながら尋ねる。

 弾けた木片から火の粉が舞う。


「まあ・・・、似たようなものね。あれより規模が大きくなって昼間から堂々と村を襲うようになるとそう呼ぶようになるかしら。大人数だから一か所に留まっているとあっという間に奪いつくしてしまうし、討伐軍に見つかり易くなるから短い間隔で村から村へと渡り歩くようになるわね」


「んで、そいつら強いの?」


 火にかけたポットを持ち上げ、ソフィの差し出したカップにお茶を注ぐ。


「中にはそこそこ強いのがいるかも知れないけれど、全体としてはそれ程でも無いわね。実力があるなら魔物相手に稼いだり、大貴族の私兵になったほうが実入りは良いから」


「ふーん・・・、なんかヘンだなあ・・・」


「カズヤ、何がヘンなの?」


 剥き出しの板床の上に毛布を敷いてソフィが座る。

 テーブルも椅子も何も無い空き家なので、予想以上に寒い。

 各々、毛布を何枚も被ったり、蓑虫みたいに巻きつけて暖を取っている。


「ラビニア領を襲った奴等は何人くらいだったんだ?」


 部屋の隅で毛布を被って座っている使いの男に尋ねる。


「詳しくは分かりませんが、おそらく二百人を少し超えるくらいだと思います」


「迎え撃ったラビニア軍は?」


「大半が農村からの臨時徴収でしたが五百人くらいでした」


「え?倍以上の戦力比で負けちゃったの?」


 つい、本音がポロリと口からこぼれてしまった。


「先程も申し上げたように、掻き集めた急編成の部隊でしたから充分な装備も揃えられませんでした。敵は人数を十人くらいの集団に分けて散発的に領内に出没し、討伐軍が現れるとあっという間に逃げてしまい、また次の晩には別の場所を襲うのです。とにかく神出鬼没で手が付けられませんでした」


 俺の言葉にカチンときたらしく、反抗的に男が答える。


「それで、いくつかに別れた集団を相手する為にラビニア軍も部隊を分けて対応したと・・・」


「はい」


 不機嫌な顔を隠さずに俺を睨んでいる。

 いけね、怒らせちゃった。


「混戦の中、孤立した部隊長がいつの間にか近くに現れた武装集団にやられてしまった。そして救援に現れたシグナスがあっさり追い払う。その後、武装集団は出て来なくなったの?」


「はい。現れなくなりました。方々へ逃げ散ったようですが・・・」


「ん~、追えば逃げる、引き返せば現れる。それを繰り返していたならず者達がきれいにいなくなっちゃったワケだ」


「はい・・・」


 使いの男も何かに気付いたらしく声に張りが無くなってきた。


「ソフィ、なんかおかしくないか?」


「そうね・・・、おかしいわね・・・」


「おそらく、シグナス率いるコートニー軍の自作自演じゃないかな?」


「自作・・・?」


「つまりさ、ラビニア領を襲ったのもコートニー軍。ラビニア領を助けたのもコートニー軍。初めからコートニー軍がそれっぽいカッコして村を荒して回ったんだよ。んで、ある程度の成果が上がったのを見届けてからコートニー軍本隊が登場。武装集団は逃げたフリして人目の無い場所で武装を変えて本体に合流。シグナスがおいしいトコ全部持ってったワケだ」


「改めて考えると、ラビニア家の係累がたて続けに亡くなったのも不自然ね・・・」


「母親と末っ子が病死、長男が落盤事故、次男が落馬、父親が心労。全部は無理だけど、長男と次男くらいはどうにか出来たかもな。仮に、コートニー家の関与が無かったとしても、ラビニア家はふらふらのダウン寸前、今ならやれるかも、ダメもとでやっちゃえ。ってな感じで行動に踏み切ったんじゃないか?状況証拠ばっかりの憶測だけどさ」


「カズヤの言う通りなのかも知れないわね・・・」


「まあ、こんな所でいくら考えてもどうにもならないよ。行ってみるしかないな」


 窓の隙間から吹き込んだ風が天井から吊るしたランタンを揺らしている。

 部屋の隅にいたアリスがトコトコと近寄ってきた。

 俺の隣に座るともぞもぞ体を動かしながらくっついてくる。

 そのまま眠りに落ちた。


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