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第46話 薔薇の騎士

 深い山の中、幾層にも重なる張り出した枝のわずかな隙間、針の穴を通すが如く、視線をくぐらせて盗み見る。

 今まで探り当ててきたどの陣地よりも規模の大きなものが見える。

 蟻のように列を成したゴブリン達が資材を運び、突貫工事で要塞化が進んでいる。

 山の中腹に顔を出したテラス状の整地された台地、倒木を利用した急ごしらえのバリケード、板塀と丸太を組み合わせただけの物見やぐら。

 三匹の子豚を連想させるような粗雑な作りの建造物ではあるが、ゴブリン側の基地と呼べる物が出来つつある。

 部隊長らしきゴブリンが、何を言っているのか分からないゴブリン語で指示を出している。

 これまでに出会ったゴブリン達よりも質の良い防具を装備している。

 身に着けている防具は、人間の一般兵士が使う防具と比べて同等、あるいは、それ以上の性能を有しているように見受けられる。

 ゆったりしたローブをまとい、木の杖を持ったゴブリンもいる。

 隣にいるクリスさんとベネットさんの様子が、今までとは違う。

 二人とも険しい顔をして、黙ったままだ。

 辺りをきょろきょろと見回し、山頂側をじっと見上げていたベネットさんが、独り離脱して低木の茂みを掻き分けて消えて行った。

 クリスさんは、棚台のゴブリン達を無言で観察し続けている。

 指導者らしきゴブリンが金切声で何かを叫ぶ。

 周りを囲んでいたゴブリン達が、軍隊のように隊列を組み、山の向こう側へ行進していく。

 ひょっとして、ここがゴブリンの本陣?

 音も立てずに戻って来たベネットさんが、クリスさんに何かを耳打ちする。

 少し考え手を一振りし、山を下りはじめた二人を慌てて追いかける。




「ちとメンドウな事になった」


 司令部の中、あちこちにメモが殴り書きされた地図を、薔薇組を含めた皆で囲んでいる。

 中央に座ったアーロンさんは、無精髭の生えたアゴをぞりぞり撫でながら、クリスさんの話を聞いている。


「どうしたの?」


 呼ばれて駆けつけたソフィは、腕を組み、地図を見下ろしながら立っている。


「予想していたよりも、上位種のヤツがいた」


 クリスさんが、何処からかくすねてきた干し肉をクチャクチャ噛みながら、面白くなさそうに言う。


「群れのボスが、ってこと?本陣まで偵察できたの?」


「そうじゃない。手下の中に上位種のメイジがいた」


 山の陣地の中、ローブを着て偉そうにしていたゴブリンの事だろうか?


「一匹?」


「俺が見ただけでも三匹はいた。場所はこのあたり、おそらく、この連中が主力部隊だろうな」


 クリスさんが、地図の山裾から中腹までを指でなぞり、止めた場所を指先でトントン小突く。


「それじゃあ・・・、数体の上位種メイジを従える事ができる、かなり支配力のあるリーダーがいる。って事ね・・・、大隊長クラス?」


「そういう事だろうな」


「迂回して登れないの?それとも、先にそっちから潰す?」


 地図に顔を近づけて、書きこまれた文字に目を凝らすソフィの肩から髪の毛が地図の上に流れ落ちる。

 山の上に剣を持ったゴブリンの落書きがしてある。

 誰が描いたの?ベネットさん?


「それがな、ベネットを先行させたんだが・・・」


「ボスの本陣が微妙に近い場所にある。どのくらいの集団か分かる程近づけなかったが、周囲の様子からすると、それほど大きくは無さそうだった。お山の大将と数匹の護衛がいるだけだろう」


 クリスさんの言葉を継いで、ベネットさんが落書きのゴブリンを指さす。


「どちらかを攻めている間に合流されるとやっかいだ。出来れば同時攻撃で各個撃破したい。いっその事、まとまってくれてた方がやり易かったんだが・・・」


「それじゃあ、クリスのパーティがボス、私達がメイジ部隊をやる?」


 マコトちゃん率いる薔薇パーティは天幕の壁際?垂れ幕のそばに黙って立って聞いている。

 外からは、兵隊の駆け足の音と掛け声が、音楽のように調子良く響いている。


「いや、メイジ部隊の数がちと多すぎる。ざっと見ただけでも五十匹以上はいた。山の木立や岩に邪魔されてソフィの竜巻は威力が半減するだろうし、そっちのお嬢ちゃんの広範囲の火魔法で収拾のつかない山火事が起きるのも困る。ゴブリンと一緒に丸焼けになりたくないしな。山ごと燃やしていいなら最初からアーロンが焼き討ちしてるさ。程よく落ち葉の積もった秋の山だ。どこまで燃え広がるか見当もつかん。使うなとは言わんが、よーく狙って単発で打ってくれ、ドロシーの土系統でやるのが一番良いだろうな」


 話を振られたドロシーさんは、自信ありげに手をヒラヒラさせて応えている。

 頭をがりがり掻き、クリスさんが椅子の背に体重を預ける。

 後ろにひっくり返りそうになる寸前で、足をテーブルの縁にかけて、器用にバランスを取りながら続けて言う。


「そこでだ、お山の大将は、俺とベネット、そしてカズヤでやろうと思う。この三人だけなら、山の中にも慣れてるから、余計な時間をかけずにボスまで辿り着いて強襲できるだろう。俺達が攻撃したら、下のメイジ部隊が救援に動くはずだ。そしたら、ソフィ達が後ろから攻めて、合流するのを防いでくれ」


「そうね・・・。カズヤ、それで良い?」


 テーブルを囲む輪の外側で話の成り行きを黙って聞いていた俺に、ソフィが振り向いて確認してくる。


「いいよ、了解。いざとなったらクリスさんを盾にするよ」


「バカ、師匠を盾にすんな。それじゃあ、アーロン、そういう段取りで、深夜に出発して夜明けと同時に攻撃をする。片が付いたら煙玉を上げて知らせる。宴会の準備を忘れんなよ」


 次々とアーロンさんが指示を飛ばし、伝令兵達が駆け出して行く。

 翌日に本戦を控え、前線基地が慌ただしく動き出した。

 作戦会議が終わって、外へ出る皆の後に続こうとしたら、薔薇のエリカに服の裾を引っ張られた。


「ね、ねえ、カズヤ。これって・・・、大型レイドってことだよね?」


「ん~、なんでもかんでもゲームに例えれば良いってもんじゃないけど、まあ、分かり易く言うとそうだな、ゴブリン討伐クエって事になるのかな。ボス特攻部隊が俺とクリスさん、ベネットさん。取り巻き固定部隊がソフィ隊長率いるエリカ達。雑魚殲滅部隊が麓で展開する兵隊さん達、って事だな」


 不安そうなエリカを安心させる為に、あえてゲームに例えて話した。

 ふと気づけばゲームの世界。

 どういう理由で、どういう仕組みなのかは分からないが、迷い込んだゲームの世界。

 ここはゲームの世界?

 最近、俺はこのゲームの世界という考え方に疑問を持つようになった。

 転生者の中には、自分が電子レベルの情報となって、未だに現代世界のサーバーの中にいると思っている者もいる。

 この世界の人々をNPC扱いして、格下の存在に据えている者さえいる。

 俺より四年も先行している転生者が、四年この世界を歩き、四年この世界の人と話しているにも関わらず、いったいどうして頑なにゲームの世界と思い続けるのか、俺には分からない。

 ゲームの世界と思い込む事で、無意識に精神の均衡を図っているのかも知れないが・・・。

 ここは俺達がいた現代世界の付属品なんかじゃない。

 そういう俺も未だに、ゲーム用語に置き換えたり、クソ運営のバカヤローなどと考えてしまうが、それは御愛嬌ということで・・・。


「カズヤ、あんた、無茶しないでよね・・・」


「・・・俺が無茶するキャラに見えるか?さっき言った通り、ヤバくなったら一目散に逃げ出すよ。逃げ足にはいささか自信がある」


 どうしたんだ?

 なんだか、薔薇のエリカに真面目に心配されると調子が狂うな・・・。

 ここに来てから、訓練半分、実戦半分の毎日に慣れたところで、目の前に本番が迫って神経質になってんのかな?


「そんな情けない事、カッコつけて言うんじゃないわよ。だって・・・、いっつも、こういう時は、あんた、一番ギャーギャー言って嫌がるじゃない」


「お、俺だって空気くらい読むんだよ。ソフィとクリスさんがやれるって言ってんだから大丈夫だよ。それに、ほら、あそこで空気読まないヤツが騒いでるだろ?」


 クリスさんに詰め寄るアホのコジロウと幼児化しているアリスに、顔を振って目を向けさせる。


「ハイッ!回復役の俺はこっちで兵隊さんの後方支援をした方が良いと思います!」


「アリスもカズヤと一緒に行く!シリウスもいるもん!」


「カズヤ・・・、気を付けてね」


「エリカこそソフィの言う事、ちゃんと聞けよな」


 ツンデレモードのエリカにドキドキしながら、フリーダムな二人を回収しに行く。




 ≪エリカ≫


 夜明け前のまだ暗い山の中、ひっそり息を潜めて時を待つ。

 湧き上がる緊張感が、夜霧に溶け込み、身体にまとわり付いてくる。

 怒ったり、おどけたり、何かとひょうきんなカズヤだったけれど、あれはあれで、良い意味でムードメーカーだったんだなあ、と改めて思った。

 山の向こう側が、薄く白みだした頃、動きがあった。


「始まったわね。やるわよ」


 ソフィアさんの言葉に気持ちを切り替えて立ち上がる。

 朝露で湿った低木の茂みを踏みつぶし、枝の折れる音を鳴らしながら前進する。

 ドロシーさんの範囲魔法が届くには、まだ距離がある。

 私とナオミ、ユキコの三人で壁を作り、敵を引き寄せ詠唱時間を稼がなければならない。

 大きく息を吸う。

 盾を、剣を握りなおす。


「やあーーーーっ!」


 覚悟を決めて、ゴブリンの群れに背後から飛び込む。

 腰を落とし、思い切り身体を捻って旋回、剣を一閃。

 足を断ち切られた魔物達が崩れ落ちる。

 私が体制を整える隙を狙って、仲間の死体を踏み越えたゴブリンが剣を振り下ろしてくる。

 今まで、山の麓で相手にしていたヤツより、動きが良い。

 大丈夫、私達だって成長している。

 私の斜め後ろからナオミの突き出した槍が、前に出てきたゴブリンの喉を突き通す。

 飛び出したユキコが、私の背中に回り込もうとするゴブリンの腕を切り落とす。

 小屋の上に陣取ったマコちゃんの弓矢とユカリの火の玉が、風を切り、空気を焦がし、私達を押し包むゴブリン目がけて飛んで行く。

 私達はパーティだ。

 それぞれが成すべき事を成す。

 後ろで支えてくれる仲間を信頼し、剣で盾を打ち鳴らし、もっと多くの敵を引き寄せる。

 さあ、来い。

 カズヤの所には行かせないからね。




 ≪カズヤ≫


 ソフィ達と別れ、月明かりだけを頼りにベネットさんの背中を追いかける。

 主力部隊の陣地を迂回し、張り出した木の枝に手を掛けて、山の急斜面を登り続ける。

 大きな岩場をロッククライミングの如く這い上がると、重なる木立の向こう側に赤い光が揺れていた。

 匍匐前進で慎重に近づく。

 ゴブリン達の本陣を、灯された篝火が煌々と照らし出している。

 まだ夜明け前だというのに、もう起き出して動いていた。

 後ろの方で偉そうに座っているのが、ボスだろうか?


「ベネット、ここからお前の弓でやれるか?」


「無理だな、距離がありすぎるし、木の葉がじゃまだ」


「そうか・・・、一匹くらい減らしておきたかったんだが、このまま突っ込むか・・・」


「一匹やれればいい?」


 剣を引き抜き、立ち上がりかけたクリスさんを制して声を掛ける。


「カズヤ、なんか手があるのか?」


「うん、たぶんやれると思う」


 静かに立ち上がって、アイテム倉庫から取り出した槍を構える。

 何故、弓では無く、槍なのか?

 武器の歴史の中、投槍は弓との性能競争に敗れ、隅に押しやられていった。

 俺だって、異世界のウィリアム・テル、或いは、異世界の凄腕スナイパーとなり、クールに頭の上のリンゴを打ち抜きたかった。

 だがしかし、リンゴどころか、特大のスイカすら当てる事が出来なかった。

 笑っちゃうくらい、矢がまともに飛ばなかった。

 陽が暮れるまで、ソフィに手取り足取り教えて貰ったが、どうにもならなかった。

 おそらく、俺の心の奥底で、『身体強化があるんだし、投げちゃった方が早いよネ』と囁く小悪魔がいるからに違いない。

 いいさ、いいさ、弓ならソフィとマコトちゃんがいるしね。


 量産型ロンギヌスの槍(マラガで大量購入した安物の槍)を握りしめる。

 南無八幡台菩薩、願わくはこの槍、外させ給うな。

 魔力を高速循環させ、波の上に揺れる扇を射抜いた那須与一の如く、一点に集中して、腕を振り抜く。

 進路上の葉を散らし、狙い過たず一匹のゴブリンの胸のど真ん中に突き刺ささった。


「よっしゃ!」


「カズヤ・・・、お前、たまにスゲェな」


 支えを失った棒のように倒れるゴブリンの向こうに、ボスの姿が見える。

 射線が通った。

 やれるかも。


「もういっちょ!」


 地面に突き立てておいた槍を取り、間髪入れずに腕を振り上げる。

 こちらを向いたボスゴブリンの眼がギラリと光る。

 目が合っちゃった・・・。


「あ、バカ・・・」


 クリスさんの止める声が聞こえたが、もう遅い。

 第二射目は、ボスが持ち上げた盾にあっさり跳ね返された。


「カズヤ、一つ余計だ。行くぞ!」


 剣を抜き、駆け出したクリスさんとベネットさんの後に続く。

 先行するクリスさんには目もくれず、俺に迫るボスゴブリン。


「良かったな、カズヤ!大将閣下、直々のご指名だ。先に取り巻きを片付ける。それまで抑えておけ!」


 あ、やっぱりボクですか?

 空の向こうが明るくなり、朝もやが白く漂う山の中、雄叫びを上げるボスに突撃する。




 ≪エリカ≫


 数が多すぎる。

 次から次へ、沸くように現れるゴブリンに息を付く暇も無い。

 頼りのソフィアさんは後方のメイジを牽制するので手いっぱいだ。

 サナエさんとシリウスに騎乗したアリスも横から溢れ出しそうになる敵を抑え込むので、大忙しだ。

 飛び掛かってきたゴブリンに剣を突き刺し、足で蹴り飛ばしたとき、大気を震わせ、一斉に弓の鳴る音が聞こえた。


「ナオミ、ユキコ!」


 大盾を正面に構えて、後ろに下がった二人の前に出る。

 盾に跳ね返された弓矢が、激しい夕立のような音を立てる。

 防ぎきれなかった矢が、左肩と右腿に刺さったままブラブラしている。

 痛い。

 でも、まだ大丈夫。


「ユキコ、お願い!」


 返しの付いた矢尻はそのまま体の中に残し、根元で切り払って貰う。

 額から目の中へこぼれ落ちる汗を袖口で拭い、再び正面の敵に立ち向かう。

 戦いが始まってから、まだ十分も経っていないはずなのに、一日中こうしているような気がしてくる。

 目の前のゴブリンを盾で殴りつけ、切り捨てる。

 もう、何匹目かな?


「お待たせ!」


 痛みと疲労で現実感が無くなり、条件反射だけで身体を動かすようになった頃、ドロシーさんの声がして我に返る。

 戦場を包むように魔力が満ちてくる。

 空気が、土が、草木が震える。

 目の前のゴブリン達も不安そうに辺りを見回している。

 何が・・・。

 ゴブリン達のざわめきが叫び声に変わる。

 いつの間にか、辺り一面が草木で埋め尽くされていた。

 豪雨で川の水かさが増すように、成長記録の早送りのように、ぐんぐん伸び続ける植物。

 足元にまとわりついて離さない雑草から逃れようと、必死で剣を振るゴブリン。

 太い蔦に絡め捕られ、泣き叫ぶゴブリンが、真っ赤な花の咲いた茂みの中に引きずり込まれ消えていく。

 びっしりトゲの付いた茎が、ゴブリンの体に巻き付いて締め上げる。

 背骨の折れる低く鈍い音が聞こえた。

 凄い、これがドロシーさんの魔法なんだ・・・。

 マコちゃんとユカリの攻撃が、身動きの取れなくなった魔物達に容赦なく襲いかかる。


「エリカ、ナオミ、ユキコ!まだ動ける?ここのボスはあいつよ!私がやる?それともあなた達がやる!?」


 ソフィアさんの言葉に三人目を合わせて頷く。

 兵隊ゴブリンの一番後ろで、這い寄る草木に杖を叩きつけているゴブリンメイジに向かって走り出す。

 やっぱりソフィアさんは素敵だ。

 私達に華を持たせてくれた。


 迫る私達に向けて、メイジが炎を浴びせてくる。

 背中にナオミとユキコを隠す。

 盾の脇から流れる熱波がジリジリ肌を焦がすのを感じたが、そのまま走り続け、肩で盾を押しながら体当たりして弾き飛ばす。

 後ろに仰け反った魔物の胸にナオミの槍が突き刺さる。

 最後の力を振り絞り、杖を振り上げて魔法を打とうとしているメイジの喉を、ユキコの剣が切り裂く。

 血飛沫をまき散らしながら、地響きを立てて倒れるメイジゴブリン。

 後ろを振り返ると、先程まで猛威を振るっていた草木の緑はすっかり無くなり、ゴブリン達の死体だけが転がっている。

 張りつめていた緊張感が少しずつほどけていく。

 盾と剣を握りしめていた手から力が抜ける。

 終わったんだ。


「やったーーーーーっ!」


 駆け寄って来たマコちゃんとユカリ、朝露で湿った泥と返り血にまみれた防具の事もわすれ、皆で押しくら饅頭みたいに固まって、肩を抱き合い喜んだ。


「お疲れ様、良かったわよ」


「意外とやるじゃなぁい。上出来よ、上出来ぃ」


 ソフィアさんとドロシーさんの声がする。

 二人から見れば、私達なんかまだまだ駆け出し初心者に違いないだろう。

 それでも、今日、ほんの少しだけれども、一歩前に進んだ手応えがあった。

 今は素直にお褒めの言葉を受け取り、大きく声にだして喜ぼう。


 カズヤは大丈夫かな?




 ≪カズヤ≫


 目の前に立ちはだかる壁のようなボスゴブリン。

 身長は約二メートル強、一六八センチの俺とは、大人と子供位の身長差。

 横幅の広いずんぐりむっくりの体格、厳つい肩の間に埋もれた頭。

 例えるなら、横に引き延ばされたフル装備のスーパーフットボーラー。

 盾と剣を構えた姿は、まさしく壁。

 肩パットの入れ過ぎなんじゃないの?

 ゴツゴツ盛り上がったモスグリーンの皮膚の下、白く浮き上がった目が俺を見据える。


 クリスさん、こいつヤバイよ!

 雑魚ゴブリンみたいに、隙だらけの大振りを連発なんかしてこない。

 足さばき、体さばき、ベテラン剣士のような動きをするのだ。

 抑えるなんて、ムリムリ!

 身体を強引に捻り、残像が発生する程の高速三段突きをギリギリで躱す。

 唸りを上げて通り過ぎて行く剣先、振り終わりに合わせて剣の持ち手を狙い、剣を振り上げたが、反対方向から来た盾に叩き飛ばされた。

 筋肉で硬太りしたガタイの割に動きが速い。

 とっさに受け身を取って、ゴロゴロ転がり、追撃から逃げる。

 鈍痛の止まない頭を押さえて立ち上がる。

 今の衝撃、軽トラックに跳ね飛ばされたかと思ったよ。

 ボスゴブリンがゆっくり、こちらに体を向ける。

 こんなのいったい、どーすりゃいいの?


 身体の中の魔力をジェットタービンのようにフル回転させる。

 無理矢理の身体強化のせいで、感電したような痛みが神経に沿って走る。

 酷使された筋肉の繊維がプツプツ千切れる。

 早鐘のように鳴り続ける脈拍の音で、頭が割れそうだ。

 加速された感覚の中、身体にねっとり纏わりつく空気が重い。

 服を着たまま水中に飛び込んだような抵抗感を感じる。


 次々と打ち出される攻撃を必死で凌ぐ。

 ゴブ野郎のクセにフェイントすら使ってくる。

 打ち合いの末に、俺の剣が横へはじかれる。

 ほら、正面がガラ空きだよ。

 かかってこいやあっ!


 俺は敵の猛攻を剣で迎撃し、隙あらば、真正面への攻撃を繰り返していた。

 あいつの頭の中は、俺に刷り込まれた正面攻撃でいっぱいのはずだ。

 目の前に餌をぶら下げてやれば食いついてくるに違いない。

 狙い通り、誘い込んだ上段からの打ち下ろしを横方向に回避、靴底で地面を削る。

 限界ギリギリの負荷に押し潰されそうになる意識を握りしめ、そのまま側面へ回り込む。

 みーつっけたっ!


 防具の前と背中の合わせ目の隙間、脇腹めがけて、両手で握りしめた剣をねじ込む。


「うりゃあああっ!」


 そのままボスゴブリンの体内に、魔力の大量注射!

 久々に俺様の必殺技、分子振動爆裂魔法、華麗に炸裂!

 なんて事を考えていたら、空振りから戻って来たゴツイ肘に払い飛ばされていた・・・。

 こいつ、どういう筋肉してんの?

 針金を束ねたようなバリカタの筋肉に阻まれて、渾身の一突きもクリティカルにならなかった。

 頼みの綱のオリジナル謎魔法も、元気いっぱい暴れ回るボスには、流し込むことすら出来ない。

 破壊力抜群の必殺技があるにも係わらず、ひたすらプロレス技で相手を弱らせなければならない光の国から来た巨人の苦労が偲ばれる。

 心無いチンピラに蹴り飛ばされた仔犬のように、ゴブリンの作った小屋に激突。

 木の板をベリベリ引き裂き、降り注ぐ木材と一緒に小屋の中へ雪崩れ込む。

 欠陥住宅で良かった。

 脆い木の板がクッションになったおかげで、意識はまだある。

 ガレキを掻き分けリングに戻ろうとしたが、全身強打の痛みに襲われた。

 体を起こそうとしても、思うように力が入らない。

 せめて、テンカウントいっぱいまで休憩させて貰おうと思ったが、割れた板塀の間から、俺に向かって足を踏み出すボスゴブリンが見える。

 やれやれ、そろそろ立たなくちゃ・・・。

 溜息を付いて、もう一度体に力を入れようとしたら、ボスゴブリンが視界から消えた。


「カズヤぁ、よくやったあっ!後は任せて、そのまま寝てろ!」


 おせーよ、クリスさん・・・。

 それにしても、飛び蹴り一発で吹っ飛ばすって、どんだけ強いんだよ。

 今度は、クリスさんに蹴り飛ばされたボスゴブリンが別の小屋に突っ込んでいた。

 激怒したボスが、小屋の破片をまき散らしながら、クリスさんに体当たりする。

 闘牛士のように、ひらりと躱すクリスさん。

 すれ違いざまに切りつけた傷口から、血が吹き出す。

 ・・・それは、俺が今まで相手して、弱らせたから出来たんですよネ?

 猛打で押しまくるクリスさん。

 隙を見て、死角から切りつけるベネットさん。

 感心している場合じゃない。

 もう一度剣を取り、立ち上がる。


「カズヤっ!寝てろっつったろ!」


「ずるいぞ!クリスさんにだけ、美味しいトコ持っていかせねぇからな!」


 あれだけ無敵だった、ボスゴブリンの足元が覚束ない。

 とは言うものの、馬鹿力は健在なので、引き続き受け役はクリスさんに任せて、慎重に一撃必殺の機会を狙う。

 一つ、また一つ、刀傷が増える。

 流れ出した血でボスゴブリンの装備が赤く染まっていく。

 おっと、俺の作った脇腹の傷口から溢れ出した血液が、血の川を作っている。

 流れ落ちる血液で、土の上に血だまりが出来ている。

 結構、効いているじゃありませんか。

 喘ぐように肩を上下させる激しい呼吸音がここまで聞こえてくる。

 手負いの獣が放つ捨て身の攻撃を警戒し、クリスさんも慎重に最後の一撃を狙っている。

 失血と苦痛でダウン寸前なのは間違いないが、間合いを詰めようとすると剣を振り上げ、不屈の闘志を剥き出しにするので、今一つ攻め手に欠けている。


 睨み合う一人と一匹を中心点にして、螺旋を描き、徐々に距離を縮めて反撃の機会を伺う。

 ボスゴブリンの足元の地面に、意識を集中して魔力を送る。

 クリスさんが、『何してんだ?』って訝しげな顔で俺を見ている。

 イメージを固めて静かに魔力発動。

 一歩踏み出し、剣で地面を軽く叩きボスの注意を引く。

 俺の方へ体を回したゴブリンの親玉が、大きく吼える。

 ヤツが踏み出した足の下には、俺が分子無振動魔法で凍らせた小さな血の池があった。

 足裏の摩擦抵抗を失い、ボスゴブリンがのけぞる。

 かかった、バナナ作戦成功!

 俺とクリスさんが同時に飛び出す。

 右脇腹の傷口に再び剣を突き刺し、釘を打つように柄頭に喧嘩キックを叩きつけ、剣を深く沈ませる。

 厚い壁をぶち抜いたような抵抗感の喪失に手応えを感じた。

 顔を上げると、反対側の左脇腹に剣を刺したクリスさんが、口の端を少し上げて、してやったりの顔をしてくる。


「カズヤ、俺の方が早かったな」


「えーーーっ!俺だってば!だいたい、チャンス作ったの俺だし!」


「ナニ言ってんだ。余計な事しなくても、あのまま放っときゃ倒れてたじゃねぇか」


 納得いかねーーーっ!




≪エリカ≫


「エリカ、ごめんね。でも、こうしないと矢尻が埋まったまま肉が再生しちゃうから」


 私の前に屈んだアリスが、申し訳なさそうに言う。

 蒼い瞳、ゆるく三つ編みされた淡い金髪、可愛らしい顔立ち。

 近くで見ると、本当にお人形さんみたい。


「うん、分かってる。遠慮しないで一気にやってね、アリス」


 まだ血の匂いが残る戦場跡地で、ゴブリン達の残した木の椅子に腰を下ろしている。

 私の左肩と右腿に刺さった矢には返しがついていて、そのまま抜くわけにはいかない。

 魔法にも出来る事と出来ない事がある。

 ユカリを助けた回復魔法は、ソフィアさんからすると奇跡のようなものらしい。

 少し頭がぼんやりしてきた。

 さっきアリスから貰った薬草が効いてきたみたい。

 体を楽にするお薬だと言われたが、正露丸を団子にしたような強烈な味だった。


「これ噛んで」


 おしぼりみたいに丸められた布を受け取って、噛みしめる。

 アリスの持ったナイフが、肉を切って入口を広げる。


「んーーーっ!」


 閉じた口の隙間から、声が漏れる。

 戦ってる間は、こんなの何でも無かったのに。

 痛くて涙が出てくる。

 何か楽しい事でも考えよう。

 何が良いだろう?

 カズヤの顔が浮かんだ。

 どうして、ここでカズヤが出てくるんだろう。

 出て来ちゃったんだから、しょうがないよね。

 今日の事を話したら、褒めてくれるだろうか?

 『良くやったね』って、言ってくれるかな?

 いやいや、もしそんな事言ったら、それは偽カズヤだ。

 偽物は赤いマフラーの代わりに、黄色いマフラーをしているって、前にカズヤが言っていた。

 どうせ化けるなら、マフラーも赤くすればいいのに。

 何でマフラーなの?

 本物のカズヤを探しに行かなくちゃ。

 あれ?何でこんな事考えているんだろう?


「エリカ、エリカ、もういいよ」


 アリスの呼ぶ声に目を空ける。

 半分、眠っていたみたいだ。

 まだ、ぼうっとして、ふらふらする。

 ほっとして息を吐く。

 矢が刺さっていた跡をみる。

 傷は綺麗に無くなっていた。

 足を動かし、手をグーパーして確かめる。


「ありがと、アリス」


「うん、がんばったね」


 アリスのニコニコ笑顔にほっとする。

 ホント、アリスって、春のお日様みたいに可愛くて、思わず抱きしめたくなっちゃう。

 皆で水筒の水を回し飲みしていたら、声が聞こえてきた。

 いつも通り?クリスさんと言い合うカズヤが、山の斜面を滑り降りてくる。

 良かった。

 あっちも無事に終わったみたい。

 それにしても、何を騒いでいるんだろう?

 いつも通りのカズヤを見たら、改めて、終わったんだなあと安心した。




 ≪ソフィア≫


「壁のように立ちはだかるボスゴブリン。恐怖に屈する事無く、何度でも立ち上がり、果敢に剣を取る俺様。悔しさで歯噛みする音がヤツから聞こえる。だが、この俺も満身創痍だ。痛みに軋む体を押さえつけ、最後のチャンスに全てを掛け・・・」


 まだ一部の兵隊は、平地に散ったゴブリン達を追いかけているが、陽が沈むのも待たずに、野営地では酒盛りが始まっている。


「うん、うん!それで、それで!?」


 酔っぱらったカズヤが、アリスを相手に武勇伝を語っている。


「あんた、ナニ大嘘こいてんのよ。アリスが本気にしてんじゃない。どーせ、クリスさんの背中に隠れてたんでしょ?」


 そんなカズヤにエリカ達が噛みつく、いつもの光景。

 みんな無事に帰ってきて良かった。


「ばっか、ふざけんなよ!あん時の俺の雄姿を見たら、お前ら、目から飛び出るハートマークでバケツがいっぱいになんぞ!」


「ハイハイ、もうそれくらいにしてよね。カズヤ、何か弾いてよ、皆の知ってそうなやつ。でも、アニソンはやめてよね」


「くっ!よーし、いいだろう。とっておきを歌ってやるぜ!横須賀金蠅、高校八拍子、登校編、いってきまーす!」


 カズヤの歌にケチをつけていた彼女達が、いつの間にか、皆で歌っているのもいつもの事だ。


「ソフィ。カズヤだが・・・、ヘンな魔法使ってたぞ?」


 少し顔を赤くしたクリスが、隣の席に腰かける。


「ん?ああ、アレね。実は私も良く分からないのよ」


 カズヤの周りに、酒瓶を抱えた兵隊達が集まり出した。


「そうか・・・、なあ、ソフィ。あいつ・・・、おもしろいな」


「でしょ?」


 今日は気分が良い。

 私もあの輪の中に入って、拍子に合わせ、手を叩きに行こう。

 


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