第29話 村最強の漢意気!
ぽぎゃん! めぎゃん! かきかき! ちーん!
「よし、片付いたでゴザル」
不寝番をしていた村の門番に睡眠をプレゼントして俺たちはケッツィオに潜入した。四対二ではこんなものであろう。時間は午前5時45分。この季節なら夜明けまでまだ一時間近くあるはずだ。とはいえ、早い人ならそろそろ起きて仕事を開始する時間。例のオナベさんとやらの店も、朝は早く、仕込みに入る時間らしい。彼女(彼?)の店は、生活雑貨と食品、惣菜の持ち帰りも売っている村の女性たちの憩いの場らしい。もっとも、村長たちの一派がここを訪れる可能性は極めて少ないとか。村の中心からも外れているので、俺達が隠れるとしたらうってつけの場所ということらしい。
ケッツィオは、24家族184人の農家が住む小規模な村である。30年ほど前に国境から数キロの森林地帯を切り開いて開拓された村で、ヌコのじいじが地頭として赴任してきたのは開拓がひと段落した後、15年ほど前である。開拓当初より租税を取り立てることができるようになるまでは、勿論税は免除される制度となっているが、取り立てる役人が赴任してきた当初は最初から開拓してきた人たちからは良い顔をされなかったとか。苦労して開拓した村がようやく実りを手に入れて豊かになることができるようになってきた段階で他所から税を取立てに来た役人に対して村長はじめ村人の目は冷ややかだったらしい。
彼が住民たちに受け入れられ徴税義務を果たす国民として成熟するまでに、ヌコのじいじは自分の私財を彼らの為に使って村のインフラをいくつも整えたのだという。村の中心部に井戸を掘り水汲みを楽にしてあげたり、行商人を招き入れ塩をはじめ重要な物資を定期的に入手出来るよう計らったり、精強な農耕馬や牛を王都で買入れ農作業の手助けとしたり、自ら王都に赴く際に租税の他にも作物を持ち込み換金して住民に分け与えたりと、通常の地頭の分を超えて村人の為に尽くしたのだ。
中でも、王都より仕入れた高価な薬を惜しげもなく村人に分け与え何人もの命を救うに至ると、漸く村人たちも地頭一家を受け入れて彼らの仲間となっていった。そして、件の薬の恩恵に与かった者の中に村長の孫娘、ヌコの幼馴染タマキがいたということだ。
タマキという少女は、生まれつき心臓に欠陥を持っていて、10歳を超えるあたりからは毎日、生きて目を覚ませるかを毎日神に祈りながら過ごしてきたということだ。当然、外で遊ぶことも出来ない。治療したくとも王都まで行かねば治療も出来ない状態で、この村で出来ることといえば、痛み、苦しみを薬を用いて和らげる程度しか出来ない状況であった。それでも、地頭のガザン氏が王都に帰る度に高価な薬を買ってきては彼女に飲ませていたので、三年前までは比較的症状は安定していた。しかし、三年前にそのガザン氏が引退し、次の地頭が赴任してくると、薬の買い付けを拒否されてしまった。
「金なら払う。どうしても、孫のためには必要な薬なのだ!」
と、村長は懇願したのだが、
「我は貴族ぞ! そんな小汚い娘っ子の為になぜ我が尽力してやると思っておるのじゃ! 貴様ら庶民は貴族に奉仕するのが当然じゃ! 貴族が庶民に奉仕するなぞあべこべではないか!?」
と、全くとりあおうともしなかったと聞く。むしろ、無礼打ちされなかったことが奇跡といってもいいくらい平行線であったそうだ。その新任の地頭として赴任してきた貴族というのが、ナイドハート旗騎士爵という下級貴族の長男であるジーム卿である。はっきり言って貴族を名乗る事もおこがましい貧乏貴族で、とどのつまり旗騎士爵というのは、上級貴族のいわば足軽である。貴族が戦場に立つ場合家紋の入った旗を持って立ってる役。貴族の単なる随員である。そういう微妙な立場の者が本家の命を受けこの地に赴任してきたのだとか。事前に魔王様が調べて下さった報告書を見る限りではあるが、到底こういった地位につけてはいけない人物だったらしい。
そして、そういった平行線を辿った結果、農民が貴族に手を掛けて首を王都に送ってきたという事だったらしい。いずれにしても、彼ら村人の立場になると、そこまであからさまな下剋上をしてしまった以上引っ込みもつかなくなり、彼ら自身が生き残るには現在の身分制度をひっくり返す以外に方法が無い訳である。その為の独立宣言であった訳だが、しかし……
「田舎の農村に住んでる農民の発想とも思えないんですけど」
と、ぶっちゃけた感想を俺が言うと、虎縞の猫耳を付けた偉丈夫が、がっはっはと笑いながら答えてくれた。
「そりゃあ、国境の向こうからやってきた助っ人さんの入れ知恵だわさ」
「「「!」」」
俺たちは戦慄した。一番欲しい情報をいきなりぶっちゃけてくれたのが、件の商店の店主「オナベさん」である。ねじり鉢巻きを締めた、どっから見ても大工の棟梁か? と思うような風貌であるが、れっきとした女性だとか。
「昨日のおねえちゃんには言ったかもしれないけど、村長は国境の向こうからやってきた助っ人たちのおかげで無謀な宣戦布告がうまくいくって幻想を持たされちまったのさ。まったく、ちょっと考えれば無謀、無理、無報酬と三拍子揃った境遇だと判りそうなものだけどね」
そう、この人、初対面からトイチさんの事認識していたんだよ。それを聞いたとたん、ぱぁぁぁぁぁっ! といい顔でトリップしてしまったトイチさんのおかげでオナベさんと俺が差し向かいで会話している訳だ。ちなみに、どうしてトイチさんの事を認識できたのか聞いてみたら、
「商人ってもんはそういうものさね」
と、軽く答えていた。聞いていた以上に計り知れない人らしい。
「元々わっちらは先代の地頭ガザンのジジイにスカウトされてここへ移民してきたのさ。女ばかり五人の商人なんて田舎じゃ舐められるからな。わっちが店主で他の四人が奴隷だから、まあ、ふざけて四人のことを『わっちの嫁』と紹介したら純朴な村の連中が間に受けてな。訂正するのも間抜けだからそのままにしてたら完全に婚期を逃したってわけさがっはっは!」
「えーと、つまりみんなはオナベさんの嫁じゃないのにゃ?」
「こーいう純朴なのが簡単に釣れるわけさね。面白いだろ?」
「! 今初めて知る衝撃の事実にゃ!」
「まあ、ともかく村人の半分は村長の政策を支持しているが、もう半分、特に女衆は決して戦争をしたいわけじゃあない。そこは誤解しないでくれよ」
「旦那様、そろそろあいすくりんの仕込みを始めたいんですが」
「おう! 続きは後でな。朝飯を奢るから食べながら続きを話そう。アサギ! モエギ、キナリ、ベニも始めるぞ!」
そう言って中座したオナベさんたちを後目に俺達は一度寄り集まって相談を開始した。
「と、なってくると、やはり女性を味方につけて無謀なことを止めさせるのが一番手っ取り早いかな?」
「そううまく行くでござろうか? 結局の処、助っ人とやらの事を片づけなければ一時はテンションが下がっても、直ぐに説得されるだけでは?」
「ともかく、不穏ニャ話を持ち掛けてきた人たちをにゃんとかするべきニャ!」
「そうだな。先ずはその助っ人のことを調べよう。そんで、どうにか打開策が見えればいいんだがな」
こうして、一応の方針が決まったので後は予備知識をオナベさんに聞いてから行動することにした。
その後、朝飯をごちそうになり、一息ついたところで話を再開したところ、いくつかの有益な情報と一緒にこの日一番ショックな情報を聞くはめになった。
「ああ、そうそう、ヌコ! 大事な事を忘れてた。タマキな、死んだよ」
呆然と、顔色を無くしたヌコが見ていられなかった。
実のところ、一番ヌコがショックを受けるような話を落ち着くまで保留してくれていたのだろう。
飯の前に聞いていれば、とてもではないが喉を通ったとも思えない。
「ガザンのじいさんもそうだが、共同墓地で弔ってある。墓参りに行ってやってくれ」
ヌコのじいじの墓は、敷地の隅っこに申し訳程度に体裁を整えてあった。村長による殺しであったため、もっとぞんざいな扱いかとも思ったが、思ったよりも綺麗に整えられていた。
「彼のおかげで取り留めた命も多かったからな。村人はみんな感謝してるよ」
付いてきてくれたオナベさんは、深々と手を合わせるとしんみりした感じで話してくれた。彼女自身もここへの縁をつないでくれた恩人だと言っていた。
村長家の墓は対照的に立派な御影石の墓石だった。
全員で手を合わせてお参りすると、ヌコが没年を確認する。
「……やっぱり、うちらが逃げ出してすぐ亡くなってたのにゃ。せめて、薬だけでもと思って村に送ってたけど無駄になってたのにゃ」
ヌコは王都に住むようになってからも、小遣いをためて薬を買ってたらしい。それをケッツィオに行く商人に託していたとか。彼女の持ち金では満足な量を揃えられなかったようだが。
「正直、遺跡に入る前におとんから貰った支度金も半分は薬代に化けたにゃ。生きていれば必要なのは間違いにゃいからにゃ」
そんな理由であのしょぼい装備だったのか……
『ありがとう。ヌコちゃん』
そんな声が天国のタマキちゃんから聞こえてくるような、厳かな雰囲気であった。
・
・
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へ?
いや、一瞬ほんとに聞こえたような?
見やると、お墓の前に半透明な少女の姿が浮いていた。
「ぼ、亡霊だぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ラダーが素っ頓狂な声をあげた。




