第2話:水の都を行く船と、旧 、帝石橋の門番
川でありながら、海の匂いがする信濃川の河口。
水上バスが仕掛ける小さな悪戯と、川面に踊る銀のきらめき。
そして、かつて大歌人や聖人が歩んだ歴史の要所に潜む「勇ましい門番」の正体とは?
時空を超える川風を浴びながら、作句の旅はいよいよクライマックスを迎えます。
私が暮らしているのは、信濃川の河口付近である。
ここは大河の終着点であり、同時に広大な海への入り口でもある。ゆえに、流れる水は川でありながら海の匂いを孕み、汽水域ならではのダイナミックな生命の交差が見られる。
川沿いのプロムナードを歩いていると、朱鷺メッセから黒埼ふるさと村へと向かう水上バス「アナスタシア号」が、ゆったりと水面を滑っていくのが見える。その風流な姿を屋形船に見立て、足元に転がる小さな秋と重ねてみる。
屋形船 ドングリぐるり 川を行く
船が立てたさざ波の余韻だろうか。ふと見つめた水面が、一瞬だけきらりと眩しく弾けた。
さざ波や 川面に跳ねる 銀の鱗
サバのような海の回遊魚が勢いよく迷い込んできて跳ねたのか、あるいは命を繋ぐために海から還ってきた力強い鮭の魚影か。川と海が混じり合うこのロケーションだからこそ出会える、刹那の命の瞬きである。
水辺のダイナミズムから視線を土手沿いへ戻せば、そこには実になだらかで優しい、秋のアンサンブルが広がっていた。
土手沿は 花ときのこの 二重奏
雨上がりの湿り気の中で顔を出した小さなキノコたちと、野の花々が仲良く並び、土手を彩っている。
だが、こののどかな土手沿いの道は、ただ美しいだけの場所ではない。歴史の地層がいく重にも重なった、きわめてロマン溢れる道でもあるのだ。かつて平成大橋の前身であり、帝国石油のパイプラインの名残を留める「帝石橋」の周辺――。五七五の響きを整えて「帝橋」と呼ぶその場所の欄干に、一匹の大きな蜘蛛が堂々と網を張っていた。
帝橋 蜘蛛の門番 勇ましし
このあたりは、かつて佐渡島へ配流される順徳天皇が最後の越後の地を踏みしめ、八十八夜に出立されたという「順徳天皇御駐輦伝説」が眠る地。さらには、親鸞聖人が荒波を念仏の力で切り裂いて渡ったという「川越波切の御名号」の舞台でもある。
大歌人でもあった帝の物悲しい旅立ちの記憶と、聖人のダイナミックな川の奇跡。
それら中世の偉人たちの足跡が交差する歴史の要所に、じっと網を構える蜘蛛の姿は、まるで往時の記憶をいまも一人で黙々と守り続けている、忠義の衛兵のようにも見えてくる。
歴史の荒波を飲み込んできた信濃川は、今日も静かに海へと流れていく。
ご隠居の俄小説家、そんな時空を超える川風を全身に浴びながら、今日のお散歩作句の旅を、ひとまず大満足で締めくくることにした。
全2回のエッセイにお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
また次のお散歩で新しい景色に出会えたら、ペンを執りたいと思います。




