第四話 歴史浪漫・三国街道に散った幕末の夢
日々の歩みのなかで出会う、ちいさな自然の営み。
雨に濡れるススキの静けさや、川辺で出会う名もなき命の躍動。
そうした身近な景色を見つめていると、ふと、この同じ土地を踏みしめた過去の旅人たちの足跡が、鮮やかに蘇ってくる。
かつて佐渡へと渡り、極限の寒冷のなかで不屈の祈りを捧げた日蓮上人。
激動の幕末、近代日本の礎を築こうと志しながらも、険しき三国街道を越えて散っていった小栗上野介と彰義隊。
本作は、越後の豊かな風土に身を置き、日々の散策から生まれる俳句や短歌とともに、この地に刻まれた壮大な歴史の記憶を紐解く、四部構成の連作エッセイです。
足元に転がるドングリから、夜空に瞬く歴史の星々へ。
言葉の紡ぎだすささやかな旅路に、しばし耳を傾けていただければ幸いです。
【第四話】歴史浪漫・三国街道に散った幕末の夢
日蓮上人が歩んだ遥かなる中世の祈りから、時代は一気に下り、激動の幕末へと移る。
この越後の地は、古くからの祈りの場であると同時に、ある者にとっては再起をかけた逃避行の道であり、またある者にとっては、潰えゆく夢の名残を噛みしめる終焉の地でもあった。
物語の始まりは、豊かに実った越後の秋の象徴である、弥彦の景色から幕を開ける。
彌彦や 苅田を照らす 夕景色 黄金の波の 夢の名残りか
神祖の山として仰がれる弥彦の麓、収穫を終えた苅田が、傾く夕日に照らされて静かに輝いている。かつて見渡す限りに広がっていたであろう、たわわな稲穂の「黄金の波」。そのまばゆい光景は、激動の時代を駆け抜け、日本の未来を夢見ながら散っていった志士たちの「夢の名残」のようにも思えてくる。美しくもどこか物悲しい夕景のなかに、時代の転換期を生きた男たちの影が重なる。
その幕末の動乱期にあって、人並み外れた先見の明を持ちながらも、悲劇的な最期を遂げたのが小栗上野介である。
星や問え 小栗上野 夢の道 今の日の本 照らす灯火
横須賀製鉄所の建設など、日本の近代化を見据えて尽力した小栗の志。しかし、時代はその先進的な「夢の道」をすぐには受け入れず、彼は罪なき身で刑場の露と消えることとなる。だが、夜空に毅然と輝く星よ、彼に問いかけてみてほしい。彼が命をかけて遺した功績は、時を超え、まさに「今の日本」を足元から温かく照らし出す不滅の灯火となっている。その先駆者の孤独な志に、深い敬意を禁じ得ない。
東軍の瓦解にともない、彼は領地であった上野国を目指し、険しき三国街道へと足を踏み入れる。
小栗には 三国街道 つづれ坂 越えし峠に 待つは星影
行く手を阻むようにどこまでも続く、三国街道の険しい「つづれ坂」。一歩踏み外せば谷底へと落ちるような厳しい峠道を、どのような思いで越えていったのだろうか。徳川の幕引きという過酷な現実を背負いながらも、幾重もの峠を越えたその先、夜のしじまのなかに静かに彼を迎えたのは、冷たくも美しい「星影」であった。孤独な逃避行を、星だけが黙って見守っていた。
そして、その徳川の誇りを最期まで胸に抱き、上野の山で戦った彰義隊の姿もまた、この歴史の糸と固く結ばれている。
彰義隊 星の瞬き 夢の跡 葵の誇り 露と消えゆく
上野の戦争で散っていった彰義隊の兵たち。彼らが命を燃やした戦場は、いまや静かな「夢の跡」となり、夜空にはただ星が何事もなかったかのように瞬いている。主君への忠義、そして「葵の誇り」を最期まで守り抜こうとした若き命は、草葉に結ぶ儚い朝露のように、時代の濁流のなかへと消え去っていった。しかし、その散り際の美しさは、歴史の闇に埋もれることなく、今もなお人々の胸を打つ。
日常の散策で見つけたススキやドングリの、ちいさな生命の営み。
そして、この同じ空の下で命を燃やした、日蓮上人や小栗上野介たちの壮大な祈りと志。
足元に転がるちいさな秋の欠片から、夜空に瞬く歴史の星々へ。
越後の風に吹かれながら紡いだ言葉の旅は、ここで一度筆を置くこととなるが、彼らの生きた証は、これからもこの豊かな土地のなかに、静かに、しかし確かに息づいていく。
【後書き】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
日常のふとした歩みのなかで見つける季節の移り変わりを、五・七・五の調べに乗せてお届けしました。みなさまの心にも、それぞれの秋の景色が浮かんだなら幸いです。




