第三話 越後路の風に聴く、星と祈りの調べ
日々の歩みのなかで出会う、ちいさな自然の営み。
雨に濡れるススキの静けさや、川辺で出会う名もなき命の躍動。
そうした身近な景色を見つめていると、ふと、この同じ土地を踏みしめた過去の旅人たちの足跡が、鮮やかに蘇ってくる。
かつて佐渡へと渡り、極限の寒冷のなかで不屈の祈りを捧げた日蓮上人。
激動の幕末、近代日本の礎を築こうと志しながらも、険しき三国街道を越えて散っていった小栗上野介と彰義隊。
本作は、越後の豊かな風土に身を置き、日々の散策から生まれる俳句や短歌とともに、この地に刻まれた壮大な歴史の記憶を紐解く、四部構成の連作エッセイです。
足元に転がるドングリから、夜空に瞬く歴史の星々へ。
言葉の紡ぎだすささやかな旅路に、しばし耳を傾けていただければ幸いです。
【第三話】歴史浪漫・佐渡へ渡る祈りの星
越後の地を歩み、川のせせらぎや山々の稜線を眺めていると、時折、景色そのものが過去の記憶を語りかけてくるような錯覚に囚われる。
この地は、遥かなる時を超えて、多くの歴史的偉人たちがそれぞれの運命を背負って行き交った舞台でもある。私の足元に広がるこの流れも、かつて一人の先代が激動の生涯のなかで見つめたものと同じなのかもしれない。
まず思いを馳せるのは、流罪となり、過酷な運命のもとでこの地を踏んだ日蓮上人の物語である。
旅の始まりは、現代の我々にとっても馴染み深い、大河の夕暮れから幕を開ける。
茜雲 黄金に染まる 信濃川 萬代橋に 灯のともる頃
空を焦がすような茜雲が、信濃川の水面を美しい黄金色へと染め上げてゆく。やがて萬代橋にぽつりぽつりと街の灯りがともり始める頃、その美しさのなかに、どこか一抹の寂寥感が漂う。かつてこの大河の行く先を見つめ、過酷な佐渡の島へと渡っていった上人の、孤独で毅然とした背中が夕闇のなかに重なるようである。
やがて舞台は、荒れる日本海、そして流刑の地である佐渡へと移る。
上人の 夕風渡る 佐渡が島 祈りの声か 波の音に和す
夕暮れの冷たい風が吹き抜ける佐渡島。聞こえてくるのは、吹き付ける荒波の音ばかりではない。大自然の轟音のなかに、静かに、しかし力強く響く上人の祈りの声が混ざり合っていく。それは自然に抗う音ではなく、波の音と一体となり、世界の平穏を願う深い和音のようであった。
だが、待っていたのは「塚原の三昧堂」という、言葉を失うほどの極限の寒冷地獄である。
峰凍え 塚原の庵 波しぶき 声も凍らぬ 祈りぞ響く
周囲の峰々は白く凍てつき、吹き付ける波しぶきがそのまま氷へと変わるような極寒の庵。常人であれば絶望し、声すら凍りついてしまうような過酷な環境にあって、上人の祈りだけは決して凍ることはなかった。むしろ、その寒さを穿つようにして、熱き信念の調べがどこまでも響き渡る。人間の精神の、計り知れない強さと崇高さを思わずにはいられない。
そして、その長い苦難の闇の向こうには、常に進むべき道を指し示す光があった。
星ひかり 佐渡への道を 照らしけり 闇を穿ちて 昇る初陽か
極寒の夜空に厳かに瞬く星の光。その静かな光は、佐渡へ続く荒波の道を、そして上人の歩むべき不屈の行く手をも見守るように照らしていた。やがてその星々は、夜の深い闇を鋭く穿ちながら東の空へと沈み、そこへ眩いばかりの初陽が昇りゆく。
それはただの夜明けではなく、苦難の果てに訪れる、新たな時代の希望の夜明けそのもののようであった。
佐渡の厳しい自然と、そこに響き渡った一人の人間の不屈の祈り。
星々の光に導かれたその足跡は、今もなお越後の風のなかに生き続けている。
【後書き】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
日常のふとした歩みのなかで見つける季節の移り変わりを、五・七・五の調べに乗せてお届けしました。みなさまの心にも、それぞれの秋の景色が浮かんだなら幸いです。




