第二話 越後路の風に聴く、星と祈りの調べ
日々の歩みのなかで出会う、ちいさな自然の営み。
雨に濡れるススキの静けさや、川辺で出会う名もなき命の躍動。
そうした身近な景色を見つめていると、ふと、この同じ土地を踏みしめた過去の旅人たちの足跡が、鮮やかに蘇ってくる。
かつて佐渡へと渡り、極限の寒冷のなかで不屈の祈りを捧げた日蓮上人。
激動の幕末、近代日本の礎を築こうと志しながらも、険しき三国街道を越えて散っていった小栗上野介と彰義隊。
本作は、越後の豊かな風土に身を置き、日々の散策から生まれる俳句や短歌とともに、この地に刻まれた壮大な歴史の記憶を紐解く、四部構成の連作エッセイです。
足元に転がるドングリから、夜空に瞬く歴史の星々へ。
言葉の紡ぎだすささやかな旅路に、しばし耳を傾けていただければ幸いです。
【第二話】向かい風に舟を漕ぎ出して
川辺の散策を続けていると、水の流れは時に激しく、時に緩やかにその表情を変える。
歩みを進めるうちに、川面を渡る風が少しずつ勢いを増してきた。行く手を阻むような、冷たく強い向かい風である。
ふと目を凝らせば、その逆風に抗うようにして、一艘の舟がゆっくりと進んでいくのが見えた。
向かい風 川面に触れて 舟がゆく
自然の抵抗を受けながらも、一歩一歩踏みしめるように進む舟の緊張感。風が川の水を激しく揺らし、きらめくさざ波を立てている様子と、その荒れる水面を滑るように進む舟の力強さが、そこにはあった。風という目に見えない存在が、川面に「触れる」ことで波となって可視化され、そこを舟がゆく。ただ自然に身を任せるだけでなく、時に厳しい自然のなかへ漕ぎ出していく人間の営みに、どこか心を打たれる。
その緊張感ある光景をあとにし、しばし歩いて足を休める。
辿り着いた先には、周囲の喧騒から切り離されたような、色鮮やかな花の園が広がっていた。
一休み 鶏冠高く 花の園
旅の途中のひと休み。のどかな憩いの場に、凛として咲き誇る花があった。園のなかでも、ひときわ堂々と頭を高く掲げている。その気品ある佇まいを表すには、無粋な呼び名ではなく、「けいかん」という響きこそが相応しい。
先ほどの雨のなかで静かに「こうべ垂れ」ていたススキとは対照的に、こちらは己の誇りを誇示するかのように高く聳えている。その色彩と佇まいは、一瞬でこちらの疲れを癒やしてくれるようだった。
一息つき、再び歩き出す。耳元を通り抜ける風の音が、心なしか先ほどよりも優しく変化しているように感じられた。
そよぐ風 紅葉近しと 問い掛けて われ耳元で 風音は温し
風が「もうすぐ紅葉の季節がやってくるぞ」と、優しく語りかけてくる。季節の移り変わりを告げるその声は、決して冷たいものではなく、むしろ旅人の心を包み込むような温かさを帯びていた。自然との無言の対話が、耳元をかすめる風の音を通じて確かに成立している。
やがて日が落ち、辺りに夜の帳が下りる頃、視界の先には雄大な山影が迫っていた。
さざ波や 星問いかける 米山を 目前にして 灯り近づく
夜空を見上げれば、満天の星々が何かを問いかけるように瞬いている。その星の光を照り返す川面のさざ波。目前にそびえ立つ米山の圧倒的な存在感を感じながら進むうち、闇の向こうから、ぽつりぽつりと人の営みを示す温かな灯りが近づいてくる。
自然の雄大さと寂寥感のなかで、その灯りは旅人に安堵をもたらし、明日への道を静かに照らし出してくれるようだった。
身近な川辺の風から、米山を仰ぎ見る夜の情景へ。
この地を歩み、風の声を聴く旅は、やがてこの土地に眠る遥かなる歴史の記憶へと、私を誘っていく。
【後書き】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
日常のふとした歩みのなかで見つける季節の移り変わりを、五・七・五の調べに乗せてお届けしました。みなさまの心にも、それぞれの秋の景色が浮かんだなら幸いです。




