越後路の風に聴く、星と祈りの調べ
日々の歩みのなかで出会う、ちいさな自然の営み。
雨に濡れるススキの静けさや、川辺で出会う名もなき命の躍動。
そうした身近な景色を見つめていると、ふと、この同じ土地を踏みしめた過去の旅人たちの足跡が、鮮やかに蘇ってくる。
かつて佐渡へと渡り、極限の寒冷のなかで不屈の祈りを捧げた日蓮上人。
激動の幕末、近代日本の礎を築こうと志しながらも、険しき三国街道を越えて散っていった小栗上野介と彰義隊。
本作は、越後の豊かな風土に身を置き、日々の散策から生まれる俳句や短歌とともに、この地に刻まれた壮大な歴史の記憶を紐解く、四部構成の連作エッセイです。
足元に転がるドングリから、夜空に瞬く歴史の星々へ。
言葉の紡ぎだすささやかな旅路に、しばし耳を傾けていただければ幸いです。
【第一話】雨のすすきと、川辺の見守り人
いつもの散歩道を歩く。
空を低く覆った雨雲から、しとしとと静かな雨が降り始めていた。
雨の日の歩みは、晴れた日のそれよりも自然とゆっくりになる。急ぐ旅ではない。傘を叩く雨音に耳を澄ませながら、川沿いの草むらに目をやると、一本のススキが静かに佇んでいた。
こうべ垂れ 雨を迎える すすきかな
実って頭を垂れる稲穂のようでもあるが、どこか違う。激しい雨に抗うのではなく、その重みと冷たさをただ静かに受け入れ、うつむいている。その姿は、傲慢さとは無縁の、どこか謙虚で哀愁を帯びた佇まいを見せていた。自然の摂理をそのまま「迎える」という姿に、しばし足を止めて見入ってしまう。
だが、雨の日の自然がただ静まり返っているわけではない。
ふと視線を落とせば、ススキの根元、色づき始めた秋草の間に、小さな生命の気配があった。
秋草や ここぞとばかり 羽ひろげ
先ほどの静寂とは一転して、そこには確かな躍動感がある。激しい雨の止み間を突いたのか、あるいは草の葉に遮られた僅かな雨宿りの場で、ここが己の晴れ舞台と言わんばかりに勢いよく羽を広げる虫がいる。短い秋の命を、一瞬でも強く輝かせようとする「ここぞとばかり」という意志が、その小さな羽から立ち上ってくるようだった。
静かに雨を受け入れるものと、そのなかで力強く命を謳歌するもの。自然の「静」と「動」が、一つの道すがらに同居している。
やがて足は小針橋のたもとへと至る。
新川の流れを見下ろす定位置。ふと、橋の欄干の隙間から、ひとつの丸い影が滑り落ちていくのが見えた。
小針橋 ドングリころり 川の中 髭白き我 鴨と見守る
木々から離れたドングリが、文字通り「ころり」と音を立てるようにして川面へと吸い込まれていく。
ポチャンと小さな波紋が広がるその瞬間を、私はじっと見つめていた。そして気づけば、水面にぷかぷかと浮かぶ鴨もまた、私と同じようにその波紋の行方を静かに見守っている。
白い髭を蓄えた老人と、数羽の鴨。
歳の差も種族の違いも超えて、ただ一粒のドングリが川に落ちたという、それだけの出来事を等しく見つめている時間が、そこにはあった。
雨の日の散策は、こうした小さな出会いに満ちている。自然の中に己を置き、ただその営みを見守ることで、心の中の雑音が少しずつ消えていくのを感じる。
【後書き】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
日常のふとした歩みのなかで見つける季節の移り変わりを、五・七・五の調べに乗せてお届けしました。みなさまの心にも、それぞれの秋の景色が浮かんだなら幸いです。




