第一話 泡盛と紫煙の夜に、羽虫は何語を語るか
秋の夜長、手元にくゆらす煙草の火と、お気に入りの泡盛。
独り呑む酒の酔いの中で、男は身の回りの小さな命や、遠く離れた旧友、そしてかつて共に過ごした愛猫へと想いを馳せる。
言葉の通じない彼らと、言葉でしか繋がれない人間たち。
一晩の酔いが生み出した六つの即興句と、それを朝の光の中で振り返る、静かな大人の日常エッセイ。
【第1話】(前編)
:紫煙と泡盛、星の夜の対話
秋の夜長。ベランダに出て煙草に火をつけると、それまで賑やかに鳴いていた秋の虫が一瞬、声をひそめた。その静寂が、なんだか愛おしい。
秋の虫 煙草は何を たしまるる
「おい、お前たちは何語を嗜んでいるんだい?」
人間の文化である煙草を前に、ふと虫たちの言葉に問いかけてみたくなる。
部屋に戻り、お気に入りの泡盛をグラスに注ぐ。喉に流し込む強いアルコールの熱量が、じわじわと身体を、そして意識を侵食していく。ふと見上げた窓の向こう、夕暮れから夜へと移り変わる空が、まるで私の酔いに連動するように、濃密な色へと染まっていった。
泡盛を 喰ろうて染まる 空の群れ
世界の境界線が曖昧になる。
ベランダの網戸の向こうで、小さな羽虫たちが不規則な軌跡を描いて舞っている。まるで、私が心の中で紡いでいる不格好な詩を、彼らだけが理解して踊ってくれているかのように。
あかね空 我が詩を知り 羽虫舞う
夜はさらに深まる。
かつて若かりし頃、暴れん坊の武神・哪吒のように尖っていた自分の尖角を、今はそっと引き下げる。そんな大人の静けさを身にまといながら、星空の下、言葉を持たない羽虫たちと無言の唱和を続ける。
哪吒を下げ 羽虫と詠う 星の夜
(第2話へ続く)
【後書き】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
日常のふとした歩みのなかで見つける季節の移り変わりを、五・七・五の調べに乗せてお届けしました。みなさまの心にも、それぞれの秋の景色が浮かんだなら幸いです。




