第八話 『ひまり』
「カナタ、
ちゃんと残ってるんだね」
その言葉の意味を聞き返す前に、
動画はノイズ混じりに止まった。
ブツッ。
白い砂嵐。
真っ黒な画面。
「……っ」
カナタは我に返ったように目を逸らす。
涙の跡が、
やけに熱かった。
「……悪い」
「謝らなくていいよ」
澪は静かにPCを閉じる。
部屋が静かになる。
遠くを走る車の音だけが、
小さく聞こえた。
「……なんなんだよ、
あの曲」
澪は少しだけ考える。
顎先に指。
「残響、
みたいなものかな」
「残響?」
「消えたはずなのに、
残っちゃった音」
その言い方が妙に怖かった。
◆
翌朝。
教室。
「永瀬先輩!」
元気な声。
勢いよくドアが開く。
振り向く。
明るい茶髪。
短めのスカート。
小柄な女子生徒。
「……誰」
「ひどっ!?」
教室が笑いに包まれる。
女子生徒はショックを受けた顔のまま、
机に身を乗り出した。
「親友の妹を覚えてないんですか!?
去年文化祭でギター貸してくれたじゃないですか!」
「……あー」
なんとなく思い出す。
軽音部の後輩。同級生の悠真の妹。
確か。
「柊ひまりです!」
ひまりは満面の笑みを浮かべた。
明るい。
教室の空気が一気に軽くなるくらい。
「久しぶりですね!」
「まあ……」
「先輩、
最近めっちゃ有名ですよね!」
心臓が止まりそうになる。
「……は?」
「【K】!
絶対先輩ですよね!?」
「ぶっ」
思わず咳き込む。
なんで分かった。
「図星だ」
「違う」
「嘘下手ですねえ」
ひまりは楽しそうに笑う。
その笑顔は、
澪とは真逆だった。
朝みたいな空気。
炭酸みたいな爽やかさ。
でも。
その奥に、
少しだけ寂しさが混ざっている気がした。
◆
昼休み。
屋上前。
「へえ、
もう気づかれてるんだ」
澪が呟く。
「笑い事じゃないだろ」
「でも、
ひまりは悪い子じゃないよ」
「知り合い?」
「少しだけ」
澪はフェンス越しに空を見る。
白い雲。
夏前の青。
「彼女、
音に敏感だから」
「……またそれか」
「実際そうだし」
澪は小さく笑う。
「カナタの曲、
普通の人より深く聴いちゃうタイプ」
その言い方が妙に引っかかった。
「普通の人より?」
「感情が強い人は、
影響受けやすいから」
ぞくり、とした。
「……影響って」
「共鳴」
またその単語。
澪は続ける。
「音って、
人の感情を繋げるから」
◆
放課後。
音楽室。
ギターを弾いていると、
勢いよくドアが開いた。
「先輩!」
「うおっ」
ひまり。
今日もテンションが高い。
「やっぱりここにいた!」
「ノックくらいしろ」
「えへへ」
全然反省してない。
でも。
その明るさに、
少し救われる自分がいた。
「……何しに来たんだよ」
「聴きに来ました!」
「は?」
「【K】の新曲!」
「作るって言ってないだろ」
「作る顔してます」
「どんな顔だよ」
ひまりはケラケラ笑う。
その時。
視線を感じる。
窓際。
澪。
静かにこちらを見ていた。
灰青色の瞳。
少しだけ、
複雑そうな顔。
「……朝霧先輩もいるんですね」
ひまりが笑顔で手を振る。
「久しぶりです!」
「うん。
久しぶり」
澪は静かに返した。
でも。
その空気が、
少しだけぎこちなかった。
◆
夕方。
カナタがギターを鳴らす。
柔らかいコード。
未完成のメロディ。
ひまりは机に頬杖をつきながら、
静かに聴いていた。
さっきまで騒がしかったのに、
今は驚くほど静かだ。
そして。
「……やっぱ好きだなあ」
ぽつり、と。
「先輩の曲」
その声だけが、
少し寂しそうだった。
澪が目を伏せる。
夕焼け。
静かな音楽室。
その時。
カナタのスマホが震えた。
通知。
WAVE。
【おすすめ急上昇1位】
その下。
【感情同期率:更新】
一瞬だけ、
画面にノイズが走る。
「……また」
澪の顔が曇る。
そして小さく呟いた。
「……早すぎる」




