第七話『ERROR』
「改変の速度」
その言葉が、
帰宅してからも頭から離れなかった。
シャワーを浴びても。
ギターを弾いても。
ベッドに横になっても。
世界が、
少しずつズレている感覚が消えない。
スマホを見る。
WAVE。
『夜を越える前に』
再生数。
247,000。
「……おかしいだろ」
もう完全にバズっていた。
知らないインフルエンサー。
歌ってみた。
切り抜き動画。
全部に自分の曲が使われている。
なのに。
嬉しくなかった。
コメント欄を開く。
『昨日と今日で街違わない?』
『この曲、
危ない気がする』
『また夢見た』
『音消えた人いる?』
スクロールする指が止まる。
『404NOTFOUNDっぽい』
「……は?」
初めて見る名前だった。
タップ。
検索。
ヒット件数は少ない。
古い掲示板。
削除済みリンク。
ノイズ混じりの動画サムネ。
まともな情報が出てこない。
妙に胸がざわつく。
◆
翌日。
昼休み。
窓際でスマホを眺めていると、
澪が近づいてきた。
「……見つけたんだ」
「何を」
「404NOTFOUND」
心臓が跳ねる。
「なんで分かるんだよ」
「カナタ、
分かりやすいから」
「嘘だろ」
「本当」
澪は椅子を引いて座る。
教室の喧騒が遠い。
「……知ってるのか。
そのバンド」
「うん」
即答だった。
「すごく有名だった」
「だった?」
「前の世界では」
またそれだ。
でも、
もう完全否定できない自分がいる。
「……何なんだよ、
その“前の世界”って」
澪は少しだけ黙った。
それから。
「放課後、
時間ある?」
◆
放課後。
夕暮れ。
電車に揺られる。
澪は窓の外を見たまま、
ほとんど喋らなかった。
『次は――』
いつものアナウンス。
その声だけが妙に現実感を繋ぎ止めてくれる。
「……どこ行くんだよ」
「私の家」
「は?」
「見せたいものあるから」
さらっと言う。
心臓に悪い。
◆
朝霧澪の部屋は、
驚くほど何もなかった。
白い壁。
白い机。
整いすぎた本棚。
生活感が薄い。
女子高生の部屋というより、
展示室みたいだった。
その中で、
ひとつだけ目を引くものがある。
机の上。
ガラスの砂時計。
中の砂が、
淡く青白く光っていた。
「……綺麗だな」
思わず呟く。
澪は少しだけ目を細めた。
「これだけ、
ずっと変わらないから」
「……何それ」
「ううん。
こっちの話」
澪はデスク横に置かれていたノートPCを開く。
古い動画サイト。
タイトル。
【404NOTFOUND - ERROR】
再生ボタンの横には、
ひどく古い日付。
「……これ」
「たぶん、
カナタは好きだと思う」
クリック。
ノイズ。
ざらついた映像。
歓声。
ステージライト。
古いライブ映像だった。
ギター。
ピアノ。
轟音。
そして。
ボーカルの女性が歌い出した瞬間。
息が止まる。
「……っ」
知らない。
知らないはずなのに。
胸の奥が痛い。
歌声が、
直接感情を掴んでくる。
画面の向こう。
ギターを弾く男。
顔は暗くて見えない。
でも。
なぜか目が離せない。
曲名。
『ERROR』
サビ。
ノイズ。
観客の歓声。
映像が一瞬だけ乱れる。
その瞬間。
カナタの脳裏に、
知らない景色が流れ込んだ。
巨大なライブ会場。
白いライト。
誰かの声。
マイクノイズ。
そして。
『――智樹!』
「……っ!」
気づけば、
涙が落ちていた。
「……え」
自分でも意味が分からない。
なんで泣いてる。
知らないバンドだろ。
知らない曲だろ。
なのに。
苦しい。
胸の奥が、
壊れそうなくらい痛い。
澪はそんなカナタを、
静かに見つめていた。
「……やっぱり」
「……何が」
声が震える。
澪は小さく息を吐く。
灰青色の瞳が、
少しだけ悲しそうだった。
「カナタ、
ちゃんと残ってるんだね」
その言葉の意味だけが、
分からなかった。




