第六話『放課後、音楽室』
「存在の同期ズレ」
澪の言葉が、
妙に耳に残っていた。
放課後になっても、
教室の空気はどこか落ち着かなかった。
集合写真。
顔だけぼやけた男子生徒。
誰も、
その名前を思い出せない。
「なんか加工ミスじゃね?」
「いやでもさ……」
みんな笑っている。
でも、
笑い切れていない。
それが逆に気味悪かった。
◆
帰り支度をしながら、
もう一度写真を見る。
ぼやけた顔。
ノイズみたいな歪み。
誰かがそこにいたはずなのに、
輪郭だけが抜け落ちている。
「……気になる?」
振り向くと澪がいた。
窓際に立っている。
「そりゃなるだろ」
「普通は、
数分で違和感消えるんだけどね」
「……俺、
普通じゃないって?」
「うん」
即答だった。
「結構前から」
「怖えよ」
澪は小さく笑う。
夕陽が横顔を赤く染めていた。
「でも、
気づけるのは悪いことじゃない」
「お前、
ほんと何者なんだよ」
「秘密」
「軽っ」
「重く話すと、
もっと怖いから」
その言い方が妙にリアルだった。
◆
放課後。
結局、
また音楽室へ来てしまった。
静かな場所の方が、
少し落ち着く。
ドアを開ける。
西日。
古いピアノ。
木の匂い。
誰もいない。
……と思った。
「また来たんだ」
窓際。
澪が座っていた。
「うわ」
「失礼」
「いや、
毎回いるからびっくりすんだよ」
澪は小さく肩を竦める。
「ここ、
好きだから」
意外だった。
「朝霧って、
音楽やんの?」
「聴く方」
「へえ」
「特に、
夜っぽい曲がすき」
そう言って、
こちらを見る。
「【K】みたいな」
心臓が跳ねる。
「……なんで」
「なんとなく」
「絶対嘘だろ」
「半分くらい」
最近、
こいつの“半分”は信用しない方がいい気がしてきた。
◆
カナタはギターケースを開く。
アコースティックギター。
いつもの感触。
弦を軽く鳴らす。
静かな音が広がった。
その瞬間。
澪の表情が少し変わる。
「……変わってない」
「何が」
「音」
またそれだ。
でも、
嫌じゃなかった。
むしろ、
少し安心する。
「なんか弾いて」
「雑だな」
「聴きたいから」
窓から入る夕風。
静かな教室。
カナタは少しだけ考えてから、
コードを鳴らした。
柔らかいアルペジオ。
まだ完成していないメロディ。
音が、
夕焼けに溶けていく。
澪は黙って聴いていた。
顎先に指。
でも、
その目だけは少し優しい。
「……なんか、
不思議」
演奏を止める。
「何が」
「カナタの曲、
世界が静かになる」
「褒めてる?」
「たぶん」
「たぶんかよ」
澪が少し笑う。
本当に小さい笑顔。
でも、
それを見ると胸が妙にざわつく。
◆
帰り道。
コンビニ。
もう自然に、
二人で入るようになっていた。
「……お前、
毎回それ買うな」
澪の手には、
シュワシュワサイダー。
「カナタも」
「まあ」
「前の世界でも、
飲んでた」
足が止まる。
「……またそれ」
澪は少し黙る。
それから、
静かに言った。
「ねえ、
もし全部変わったとしても」
レジの光が、
灰青色の瞳に映る。
「ひとつだけ、
変わらないものがあるとしたら、
どうする?」
「……は?」
「ちゃんと、
信じられる?」
意味が分からない。
でも、
なぜか答えないといけない気がした。
「……分かんねえよ」
「そっか」
澪は小さく頷く。
その時。
店内BGMが、
一瞬だけノイズ混じりに歪んだ。
ブツッ。
耳鳴り。
世界の音が遠くなる。
カナタが顔を上げる。
レジ奥。
店員の姿が、
一瞬だけ違う人間に見えた。
知らない顔。
知らない制服。
すぐ戻る。
「……っ」
息を呑む。
澪だけが、
静かにその光景を見ていた。
「……早くなってる」
「何が」
澪は小さく缶を握る。
「改変の速度」




