第五話『同期障害』
【あなたの音は危険です】
画面に浮かぶ文字。
差出人。
“Revision_00”
音楽室の空気が、
一瞬で冷えた気がした。
「……何これ」
澪は答えない。
ただ、
スマホ画面をじっと見つめている。
その横顔が、
少しだけ強張っていた。
「朝霧?」
「……開かない方がいい」
「は?」
「たぶん、
向こうも気づいた」
「向こう?」
澪はゆっくり息を吐く。
窓の外。
夕焼け。
校庭のざわめき。
全部が遠く感じる。
「Revision」
その名前を、
澪は静かに口にした。
「“改変”を管理してる人たち」
「……管理?」
「危険な音を、
消そうとしてる」
意味が分からない。
でも、
冗談じゃないことだけは分かった。
DMを開く。
【これ以上の投稿を推奨しません】
【感情同期率が危険域へ到達しています】
【あなた自身が消失する可能性があります】
「……なんだよこれ」
画面の文字が、
やけに現実感を失って見える。
「悪質なイタズラじゃねえの」
「だったらよかったんだけどね」
澪は小さく呟いた。
◆
翌日。
学校の空気がおかしかった。
「昨日さ、
一瞬スマホ固まらなかった?」
「分かる!
なんかノイズ入った」
「俺、
昔の夢急に思い出したんだけど」
教室のあちこちで、
そんな会話が聞こえる。
でも誰も深刻に考えていない。
都市伝説みたいに笑っている。
「同期障害ってやつ?」
「うわ、まだ言ってんのそれ」
笑い声。
軽い空気。
なのに。
カナタだけは笑えなかった。
◆
昼休み。
スマホを見る。
WAVE。
『夜を越える前に』
再生数。
108,000。
「……は?」
意味が分からない。
コメント欄も異常だった。
『これ聴いたあと、
教室の席違った』
『知らない駅の夢見た』
『怖い』
『また音消えた』
その中に。
『Kって、
本当に存在してる?』
ぞくり、とした。
◆
廊下。
窓の外は曇り空。
雨が降りそうだった。
「顔悪いよ」
声。
振り向く。
澪。
白いカーディガン。
今日も静かだった。
「……お前、
なんでそんな普通なんだよ」
「慣れてるから」
「何に」
「世界が変わること」
その言い方が、
やけに自然だった。
「……朝霧って、
何者なんだ」
澪は少しだけ黙る。
顎先に指。
考え込む癖。
「普通の高校生」
「絶対違うだろ」
「じゃあ、
変な高校生」
「自覚あるんだな」
澪が少し笑う。
小さい笑み。
でも、
それを見た瞬間。
胸の奥が少しだけ軽くなる。
なんでだ。
◆
放課後。
突然、
校内放送が途切れた。
『――本日の下校時刻は』
ブツッ。
ノイズ。
ざわつく教室。
「え、なに今」
「壊れた?」
その瞬間。
耳鳴り。
世界の音が、
一瞬だけ遠くなる。
カナタは立ち上がった。
「……っ」
視界が揺れる。
白いノイズ。
教室の景色が、
一瞬だけ別のものに変わる。
知らない掲示物。
違う制服。
違う窓景色。
すぐ戻る。
「カナタ!」
澪が腕を掴む。
冷たい手。
「大丈夫?」
「……大丈夫」
反射的に答える。
でも声が震えていた。
澪はそれを聞いて、
少しだけ悲しそうな顔をした。
「……無理しないで」
その瞬間。
教室後方の男子生徒が言った。
「……あれ?」
全員が振り向く。
「誰だっけ、
これ」
男子生徒が、
掲示板の写真を指差していた。
集合写真。
そこに写っている男子の顔だけ、
ぼやけていた。
教室が静まる。
「……最初からこうじゃなかった?」
「いや、
でも……」
誰も確信が持てない。
空気だけが冷えていく。
澪が小さく呟く。
「……始まってる」
「何が」
澪は、
ぼやけた写真を見つめたまま答えた。
「存在の同期ズレ」




