第四話【K】
翌朝。
目を覚ました瞬間、
嫌な予感がした。
静かすぎる。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
スマホを見る。
7:12。
通知欄が異常なことになっていた。
「……は?」
WAVE。
“K”
フォロワー数。
昨日まで三桁にも届いてなかった数字が、
一晩で跳ね上がっていた。
『夜を越える前に』
再生数。
42,831。
意味が分からない。
「なんだよこれ……」
通知を開く。
『おすすめに流れてきた』
『この曲、危ない』
『聴いたあと知らない記憶見た』
『なんで泣いてるか分からない』
『夜が怖くなった』
指先が冷える。
コメント欄の空気が普通じゃない。
もはや音楽の感想じゃない。
何か別のものを見ているみたいだった。
その時。
画面が一瞬だけ乱れる。
ノイズ。
白い砂嵐。
すぐ戻る。
「……っ」
思わずスマホを落としかける。
呼吸が浅い。
昨日からずっと、
世界が少しずつ壊れている気がする。
◆
学校へ向かう途中。
駅前の巨大ビジョンに、
ニュース映像が流れていた。
『現在、一部SNS上で
“同期障害”
と呼ばれる現象が話題になっています』
立ち止まる。
『投稿の履歴消失、
一時的な記憶齟齬など――』
周囲の人間は誰も気にしていない。
俺だけが画面を見ていた。
その瞬間。
「止まらない方がいいよ」
隣。
朝霧澪。
白いカーディガン。
眠そうな灰青色の瞳。
「……いつからいた」
「今」
澪はビジョンを見上げたまま言う。
「広がり始めてるね」
「同期障害って何なんだよ」
「まだ都市伝説扱い」
「じゃあ本当は?」
澪は少し黙る。
顎先に指。
「……世界が、
綺麗に繋がらなくなってる」
「だから意味分かんねえって」
「うん。
でもカナタ、
もう気づいてるでしょ」
返事ができなかった。
◆
教室。
いつも通りの騒がしさ。
でも今日は違った。
「なあ、
“K”って知ってる?」
「昨日めっちゃ流れてきた」
「なんか中毒性あるよな」
心臓が止まりそうになる。
俺の曲だ。
でも誰も、
それを俺だとは知らない。
カナタは窓際を見る。
澪だけが静かにこちらを見ていた。
その目が、
妙に落ち着かなかった。
◆
昼休み。
スマホが震える。
WAVE通知。
【あなたの楽曲が急上昇トレンド入りしました】
「……は?」
開く。
おすすめ欄。
“K”
知らないユーザーたちが、
俺の曲を使って動画を投稿している。
夜景。
電車。
雨。
泣き顔。
全部、
妙にこの曲と合っていた。
コメント欄。
『この曲、
夢に出てきた』
『前にも聴いた気がする』
『なんで初めてなのに懐かしいんだろ』
頭が痛い。
「……やばいな」
「うん。
結構まずい」
隣に澪がいた。
「近い!」
「ごめん」
全然悪びれてない。
澪は俺のスマホ画面を見つめる。
「……共鳴が早い」
「共鳴?」
「感情って、
広がる時は一気だから」
「だから何の話だよ」
「カナタの曲、
人の感情に触りすぎてる」
その言い方が妙に怖かった。
「普通、
ここまでならない」
「……それ、
俺のせいって言いたいのか」
「半分くらい」
「半分!?」
澪は小さく笑う。
本当に少しだけ。
でも、
最近分かってきた。
この子が笑う時って、
少し安心してる時だ。
◆
放課後。
音楽室。
窓から夕焼けが差し込んでいる。
ギターを抱え、
コードを鳴らす。
落ち着く。
この音だけは、
まだ変わっていない気がした。
ドアが開く。
澪。
もう驚かなくなってる自分がいる。
「……何」
「来ると思ったから」
「エスパーかよ」
「ちょっと近い」
「怖」
澪はピアノの前に座る。
白い指が鍵盤に触れる。
静かな音。
夕焼け。
誰もいない音楽室。
不思議なくらい、
この空間だけ世界から切り離されていた。
「……ねえ」
澪がぽつりと言う。
「もし、
世界が変わっても」
鍵盤を見たまま。
「音だけは、
残ると思う?」
答えられなかった。
その時。
スマホが震える。
通知。
知らないアカウントからのDM。
【あなたの音は危険です】
空気が止まる。
差出人名。
“Revision_00”
澪の表情が、
初めて明確に変わった。
「……もう見つかったんだ」
その声だけが、
静かな音楽室に小さく響いた。




