↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/80

第四話【K】



 翌朝。


 目を覚ました瞬間、

 嫌な予感がした。


 静かすぎる。


 カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。


 スマホを見る。


 7:12。


 通知欄が異常なことになっていた。


「……は?」


 WAVE。


 “K”


 フォロワー数。


 昨日まで三桁にも届いてなかった数字が、

 一晩で跳ね上がっていた。


『夜を越える前に』


 再生数。


 42,831。


 意味が分からない。


「なんだよこれ……」


 通知を開く。


『おすすめに流れてきた』


『この曲、危ない』


『聴いたあと知らない記憶見た』


『なんで泣いてるか分からない』


『夜が怖くなった』


 指先が冷える。


 コメント欄の空気が普通じゃない。


 もはや音楽の感想じゃない。


 何か別のものを見ているみたいだった。


 その時。


 画面が一瞬だけ乱れる。


 ノイズ。


 白い砂嵐。


 すぐ戻る。


「……っ」


 思わずスマホを落としかける。


 呼吸が浅い。


 昨日からずっと、

 世界が少しずつ壊れている気がする。


     ◆


 学校へ向かう途中。


 駅前の巨大ビジョンに、

 ニュース映像が流れていた。


『現在、一部SNS上で

“同期障害”

と呼ばれる現象が話題になっています』


 立ち止まる。


『投稿の履歴消失、

 一時的な記憶齟齬など――』


 周囲の人間は誰も気にしていない。


 俺だけが画面を見ていた。


 その瞬間。


「止まらない方がいいよ」


 隣。


 朝霧澪。


 白いカーディガン。


 眠そうな灰青色の瞳。


「……いつからいた」


「今」


 澪はビジョンを見上げたまま言う。


「広がり始めてるね」


「同期障害って何なんだよ」


「まだ都市伝説扱い」


「じゃあ本当は?」


 澪は少し黙る。


 顎先に指。


「……世界が、

 綺麗に繋がらなくなってる」


「だから意味分かんねえって」


「うん。

 でもカナタ、

 もう気づいてるでしょ」


 返事ができなかった。


     ◆


 教室。


 いつも通りの騒がしさ。


 でも今日は違った。


「なあ、

“K”って知ってる?」


「昨日めっちゃ流れてきた」


「なんか中毒性あるよな」


 心臓が止まりそうになる。


 俺の曲だ。


 でも誰も、

 それを俺だとは知らない。


 カナタは窓際を見る。


 澪だけが静かにこちらを見ていた。


 その目が、

 妙に落ち着かなかった。


     ◆


 昼休み。


 スマホが震える。


 WAVE通知。


【あなたの楽曲が急上昇トレンド入りしました】


「……は?」


 開く。


 おすすめ欄。


 “K”


 知らないユーザーたちが、

 俺の曲を使って動画を投稿している。


 夜景。


 電車。


 雨。


 泣き顔。


 全部、

 妙にこの曲と合っていた。


 コメント欄。


『この曲、

 夢に出てきた』


『前にも聴いた気がする』


『なんで初めてなのに懐かしいんだろ』


 頭が痛い。


「……やばいな」


「うん。

 結構まずい」


 隣に澪がいた。


「近い!」


「ごめん」


 全然悪びれてない。


 澪は俺のスマホ画面を見つめる。


「……共鳴が早い」


「共鳴?」


「感情って、

 広がる時は一気だから」


「だから何の話だよ」


「カナタの曲、

 人の感情に触りすぎてる」


 その言い方が妙に怖かった。


「普通、

 ここまでならない」


「……それ、

 俺のせいって言いたいのか」


「半分くらい」


「半分!?」


 澪は小さく笑う。


 本当に少しだけ。


 でも、

 最近分かってきた。


 この子が笑う時って、

 少し安心してる時だ。


     ◆


 放課後。


 音楽室。


 窓から夕焼けが差し込んでいる。


 ギターを抱え、

 コードを鳴らす。


 落ち着く。


 この音だけは、

 まだ変わっていない気がした。


 ドアが開く。


 澪。


 もう驚かなくなってる自分がいる。


「……何」


「来ると思ったから」


「エスパーかよ」


「ちょっと近い」


「怖」


 澪はピアノの前に座る。


 白い指が鍵盤に触れる。


 静かな音。


 夕焼け。


 誰もいない音楽室。


 不思議なくらい、

 この空間だけ世界から切り離されていた。


「……ねえ」


 澪がぽつりと言う。


「もし、

 世界が変わっても」


 鍵盤を見たまま。


「音だけは、

 残ると思う?」


 答えられなかった。


 その時。


 スマホが震える。


 通知。


 知らないアカウントからのDM。


【あなたの音は危険です】


 空気が止まる。


 差出人名。


 “Revision_00”


 澪の表情が、

 初めて明確に変わった。


「……もう見つかったんだ」


 その声だけが、

 静かな音楽室に小さく響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。