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第七十八話『Re:member』



 雨が降っていた。


     ◆


 窓を叩く雨音。


 白く滲む街。


 遠くで鳴る雷。


     ◆


 澪の部屋。


 ベッドへ横たわる彼女の身体は、

 もう輪郭が安定していなかった。


     ◆


 ノイズ。


 透過。


 揺らぎ。


     ◆


 少し目を離しただけで、

 消えてしまいそうだった。


     ◆


 カナタは、

 ただ言葉を失っていた。


     ◆


「……そんな顔しないで」


 澪が小さく笑う。


 その笑顔も、

 少しずつノイズに溶け始めている。


     ◆


「……澪」


 沈んだ声でカナタが言う。


     ◆


 澪は少し困ったみたいに目を伏せた。


     ◆


「ごめんね」


「多分、

 もう限界みたい」


     ◆


 雨音。


 沈黙。


 白いノイズ。


     ◆


 その時。


 澪の部屋のインターホンが鳴った。


 遥だ。


 突然やってきた遥は告げた。


「もう時間が無い」


     ◆


 古いノートPC。


 大量の記録媒体。


 404NOTFOUNDの映像。


 ノイズ混じりの音声。


     ◆


 遥は静かに言う。


     ◆


「……もう、

 世界の修正限界が来てる」


「このままだと、

 澪だけじゃ済まない」


 低い声。


     ◆


「全部崩れる」


 その言葉が、

 静かに突き刺さる。


     ◆


 カナタは俯く。


     ◆


「……何か方法は」


     ◆


 遥は少しだけ黙った。


 それから。


 小さく息を吐く。


     ◆


「多分ある」


     ◆


 部屋の空気が止まる。


     ◆


「404NOTFOUNDが、

 最後まで辿り着けなかった音」


「ERRORでも」


「REWRITEでも」


「KERNELでも」


「UNDEFINEDでもない」


     ◆


「“今”を肯定する音」


 その瞬間。


 カナタの瞳が大きく見開く。


     ◆


「……智樹だった貴方の曲は、

 唯一、世界を繋ぎ直せる可能性を持っている」


 雨音。


 白い光。


 遠くの雷。


     ◆


 カナタの頭の中で。


 今までの全てが繋がっていく。


     ◆


 ERROR。


 存在欠落。


     ◆


 REWRITE。


 存在上書き。


     ◆


 KERNEL。


 正常支配。


     ◆


 UNDEFINED。


 定義解放。


     ◆


 でも。


 404NOTFOUNDには最後まで無かった。


     ◆


 “今を愛する音”。


     ◆


 澪と過ごした時間。


 夕暮れ。


 電車の音。


 シュワシュワサイダー。


 「普通が欲しい」と笑った声。


     ◆


 全部。


 失いたくなかった。


     ◆


 その時。


 頭の奥で、

 智樹の記憶が揺れる。


     ◆


 暗いスタジオ。


 ノイズ。


 ギター。


     ◆


『……結局うまくいかなかったんだよな』


     ◆


 智樹が笑う。


 泣きそうに。


 悔しそうに。


     ◆


『存在したかっただけなのに』


 その時、


 カナタは初めて理解した。


     ◆


 404NOTFOUNDは。


 世界を壊したかった訳じゃない。


     ◆


 “誰かへ届きたかった”。


     ◆


 でも。


 届く前に、

 世界の方が壊れてしまった。


     ◆


「……だったら」


 カナタが小さく呟く。


     ◆


「今度は、

 ちゃんと届かせる」


 遥が静かに目を見開く。


 澪は、静かに微笑む。


     ◆


 カナタはギターを手にする。


 譜面ノートを開く。


     ◆


 震える指で、

 歌詞を書き始める。


     ◆


 remember。


 思い出す。


     ◆


 re-member。


 もう一度、

 存在を繋ぎ直す。


     ◆


 これは。


 世界を戻す為の歌じゃない。


     ◆


 “今ここにいた”事を、

 忘れない為の歌。


     ◆


 雨音の中。


 最後の曲が、

 静かに生まれようとしていた。


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