第七十七話『世界のノイズ』
ライブが終わった後も。
世界の揺れは、
止まらなかった。
◆
夕暮れが沈みきった街。
滲む信号。
ノイズ混じりの電子音。
◆
カナタは駅前を歩きながら、
小さく息を吐く。
◆
頭の奥に、
まだ屋上ライブの余韻が残っていた。
澪へ届いた。
確かに届いた。
その実感だけが、
まだ胸の奥に熱を残している。
◆
それなのに、
世界は明らかに壊れ始めていた。
◆
駅前ビジョンが一瞬ノイズ化する。
映像が崩れ、
知らない街並みが混ざる。
通行人は誰も気づかない。
◆
いや。
気づけない。
◆
認識そのものが、
少しずつ曖昧になっている。
◆
ホームへ続く階段。
カナタは足を止めた。
◆
いつも聞こえるはずのアナウンス。
◆
『――まもなく、
一番線に――』
◆
ノイズ。
音飛び。
声が途切れる。
◆
カナタの呼吸が止まる。
◆
変わらないはずだった。
ずっと、
そこにあると思っていた。
◆
なのに。
◆
「……嘘だろ」
◆
ホームへ電車が滑り込む。
ブレーキ音。
そして。
乗客の一人が、
一瞬だけノイズみたいに揺らいだ。
◆
次の瞬間。
そこには誰もいなかった。
◆
なのに、
周囲の人間は、
何事も無かったみたいに歩いていく。
◆
カナタだけが立ち尽くしていた。
◆
「……っ」
スマホが震える。
【ひまり】
『今すぐ来てください』
『澪先輩が――』
◆
その瞬間。
嫌な音が頭の奥で鳴った。
◆
走る。
夜の街。
赤信号。
ノイズ。
滲む光。
走る。
◆
世界が、
少しずつ形を失っていく。
◆
途中。
コンビニの前を通る。
◆
カナタは反射的に足を止めた。
◆
見慣れた冷蔵ケース。
炭酸飲料の棚。
◆
――シュワシュワサイダーが、
消えていた。
◆
「……は?」
何度見ても無い。
別の商品へ置き換わっている。
◆
頭の奥で、
白いノイズが鳴る。
◆
違う違う違う。
これは駄目だ。
◆
あれだけは、
変わっちゃいけなかった。
◆
カナタは息を乱しながら、
再び走り出す。
◆
夜風。
遠くの雷。
歪む街。
◆
世界から、
“変わらないもの”が消えていく。
◆
そして。
澪の部屋のドアを開けた瞬間。
◆
カナタの心臓は止まりそうだった。
◆
部屋の中。
白いノイズ。
揺れる空間。
◆
ベッドへ座る澪の身体が。
半分ほど、
透けていた。
◆
「……カナタ」
カナタに気付き、澪が小さく笑う。
その声さえ、
ノイズ混じりに揺れていた。
◆
「……もう、
時間…ないみたい」




