第七十四話 『君だけが』
夜風が、
静かに吹いていた。
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公園。
街灯の白い光。
遠くで鳴る踏切。
蝉の声。
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澪とカナタは、
まだベンチへ座っていた。
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飲みかけのシュワシュワサイダー。
ぬるくなった炭酸。
時間だけが、
ゆっくり過ぎていく。
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澪は空を見上げていた。
夜空。
薄い雲。
滲む月。
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「……ねぇ」
静かな声。
「ん?」
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「カナタはさ」
「もし全部戻せるって言われたら、
戻したい?」
その質問に。
カナタは少し黙る。
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全部戻す。
改変前。
ERRORが起きる前。
404NOTFOUNDが壊れる前。
誰も消えない世界。
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それはきっと、
正しい事なんだと思う。
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でも。
その世界に。
“永瀬カナタ”はいるのか。
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「……分かんねぇ」
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「前は、
戻さなきゃ、真実を知らなきゃって思ってた」
「でも今は」
言葉が止まる。
夜風が吹く。
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「……澪といた時間まで、
無かった事になるなら」
そこで、
カナタは少しだけ笑った。
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「そんなの絶対嫌だ」
静かな本音だった。
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澪は少しだけ目を見開く。
灰青色の瞳が揺れる。
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「……そっか」
小さな声。
溢れてくる感情を抑えるように、
澪はまた夜空を見上げる。
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沈黙。
風。
遠くを走る電車の音。
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澪は缶を両手で持ちながら、
ゆっくり俯く。
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「……私ね」
「最初、
怖かったんだ」
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「カナタが、
智樹になっていくの」
その言葉に。
カナタの胸が小さく痛む。
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「記憶が戻って」
「404NOTFOUND知って」
「レイの、ミカの事を思い出して」
「どんどん、
遠くに行っちゃう気がしてた」
静かな声。
その一つ一つに、
本当の不安が滲んでいた。
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「……でもね」
澪がゆっくり顔を上げる。
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「今は違うよ」
街灯の光。
揺れる瞳。
少し透ける輪郭。
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「カナタは、
ちゃんとカナタだった」
その瞬間。
カナタの呼吸が止まる。
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「智樹でもなくて」
「誰かの代わりでもなくて」
「ちゃんと、
今ここにいる人だったよ」
優しい声。
泣きそうなくらい優しい声。
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澪は少しだけ笑った。
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「……だからね」
小さく息を吸う。
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「私は、
今のカナタが好き」
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風が止まる。
蝉の声。
遠くの踏切。
全部の音が、
一瞬だけ遠くなった気がした。
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カナタは言葉を失う。
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澪は少し照れたみたいに、
視線を逸らす。
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「……ごめん」
「今言うつもりじゃなかった」
「でも、
消える前にちゃんと言いたかった」
震える声。
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その瞬間。
カナタは、
どうしようもなく苦しくなる。
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多分、今まで生きてきて一番嬉しい瞬間。
なのに、
“消える前に”なんて、
聞きたくなかった。
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「……消えねぇよ」
独り言のように呟く。
自分でも、
幼稚な願いみたいな言葉だと思った。
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澪は少しだけ困ったように笑う。
◆
「……うん」
その返事は。
精一杯に優しくて。
精一杯に堪えていて。
二人は、
声を出さずに、泣いていた。




