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第七十三話『シュワシュワサイダー』



 夏の夜。


     ◆


 コンビニを出る。


 自動ドアの電子音。


 生温い夏風。


 街灯の白い光。


     ◆


 カナタと澪は、

 並んで夜道を歩いていた。


     ◆


 ビニール袋の中で、

 シュワシュワサイダーの缶が小さく触れ合う。


 カラン、と音が鳴った。


     ◆


「……なんかさ」


 澪が缶を見ながら呟く。


「結局いつも飲んでるよね、

 これ」


「…確かに」


「飽きない?」


「いや別に」


 少しだけ笑う。


     ◆


 その何でもない会話が、

 やけに愛しかった。


     ◆


 公園前。


 ブランコが風で揺れている。


 誰もいない夜。


 蝉の声だけが遠く響く。


     ◆


 澪がベンチへ座る。


 プルタブを開ける音。


 炭酸が弾ける。


     ◆


「……あ」


「ん?」


「ちゃんとシュワシュワしてる」


「そこ確認するとこか?」


「そこが重要なのです」


 真面目な顔で言うから、

 カナタは少し吹き出した。


     ◆


 澪も小さく笑う。


     ◆


 夜風が吹く。


 綺麗な髪が揺れる。


 街灯の光が、

 淡くその輪郭を照らしていた。


     ◆


 カナタは缶を傾ける。


 冷たい炭酸。


 喉へ抜ける刺激。


 少しだけ、

 世界のノイズを忘れられる気がした。


     ◆


「……ねぇ」


 澪が空を見上げたまま言う。


「もしさ」


 静かな声。


     ◆


「全部終わったら、

 どうしたい?」


 カナタは少し考える。


     ◆


「……普通に生きたい」


「普通?」


「朝起きて」


「曲作って」


「たまにライブして」


「コンビニ行って」


 そこで少し笑う。


     ◆


「またこれ飲んで」


 澪が小さく吹き出した。


     ◆


「なにそれ」


「普通だろ」


「普通すぎる」


 笑い声。


 夜風。


 炭酸の音。


     ◆


 でも。


 その“普通”が、

 どれだけ遠いものなのか。


 二人とも、

 もう知っていた。


     ◆


「……私は」


 澪が小さく呟く。


 缶を両手で持ちながら、

 少しだけ俯く。


     ◆


「朝、

 一緒にコンビニ行きたい」


 その言葉に。


 カナタの呼吸が止まる。


     ◆


「それでね」


「新作のお菓子見て」


「絶対買わないのに、

 これ美味しそうって話して」


「アイス迷って」


「結局いつもの買って帰るの」


 澪が少しだけ笑う。


     ◆


「……そういうの、

 やってみたかった」


 静かに、楽しそうに言う。


 その“未来”は、

 あまりにも普通で。


 だからこそ、

 胸が苦しくなる。


     ◆


 カナタは何も言えない。


     ◆


 澪は炭酸を一口飲む。


 シュワ、と小さな音。


     ◆


「……変だよね」


「世界とか、

 改変とか」


「そんな大きい話してるのに」


 灰青色の瞳が、

 少しだけ揺れる。


     ◆


「最後に欲しくなるの、

 こういう普通なんだ」


 その瞬間。


 カナタは、

 たまらなく澪を抱きしめたくなった。


     ◆


 …消えてほしくない。


 隣にいてほしい。


 一緒に、

 くだらなくも愛しい日常を過ごしたい。


     ◆


 それだけだった。


     ◆


 カナタはゆっくり、

 澪の手へ触れる。


 冷たい缶越しに、

 指先が重なる。


     ◆


 澪が少しだけ目を見開く。


 何も言わずに、


 触れた指を握り返す。


     ◆


 夜風が吹く。


 炭酸の泡が弾ける。


 世界は少しずつ壊れていく。


     ◆


 それでも。


 この瞬間だけは、二人の世界の全てが

 確かにここにあった。


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