第七十一話『今の君』
翌日の空は、
驚くほど晴れていた。
◆
雨上がりの匂い。
濡れたアスファルト。
白い雲。
夏の光。
◆
カナタは、
一人で歩いていた。
◆
イヤホンから流れる、
昨夜録ったギターのデモ。
シンプルなコード。
飾り気のない旋律。
でも。
不思議と嫌じゃなかった。
◆
途中。
駅前の大型ビジョンが目に入る。
ニュース。
SNS炎上。
ノイズ。
◆
『都市部各地で認識障害報告――』
『存在記録消失問題――』
『原因不明の通信エラー――』
世界は今も、
少しずつ壊れている。
◆
でも。
カナタの足は止まらなかった。
◆
高架下。
電車が通り過ぎる音。
風。
白い光。
◆
その瞬間。
頭の奥へ、
知らない記憶が流れ込んだ。
◆
薄暗いスタジオ。
煙草の匂い。
アンプノイズ。
ギターを抱えた男。
◆
――智樹。
◆
『もっとリズムをタイトに』
『違う、
そのコードじゃ届かない』
真剣な声。
苛立ち。
焦燥。
何かへ縋るみたいな音。
◆
カナタは一旦足を止める。
深呼吸をする。
◆
最近、
こういう事が増えていた。
智樹の記憶。
404NOTFOUNDの感情。
まるで。
自分の中へ流れ込んでくるみたいに。
◆
「……っ」
頭痛。
ノイズ。
視界が揺れる。
◆
次の瞬間。
昨夜の澪の言葉が蘇った。
◆
『今ここにいるの、
カナタだよ』
◆
柔らかい声。
優しい瞳。
白いカーテン。
◆
カナタはゆっくり目を閉じる。
◆
智樹は、
確かに存在していた。
苦しんで。
世界を壊して。
それでも、
音楽へ縋った。
◆
でも。
自分は違う。
◆
「……俺は」
小さく呟く。
◆
「永瀬カナタだ」
風が吹く。
電車の音。
夏空。
◆
その瞬間。
頭の奥で鳴っていたノイズが、
少しだけ遠くなる。
◆
過去は消えない。
404NOTFOUNDも。
智樹も。
ミカも。
全部、
自分の中に残っている。
◆
共に行こう。
過去の自分が智樹という存在でも、
そこに戻る事はない。
ミカの事、遥の事、
忘れてしまう必要もない。
◆
自分は、
智樹になる為に生きるんじゃない。
404NOTFOUNDを再現する為に、
音楽をやるんじゃない。
◆
今。
ここで。
ちゃんと、
誰かに、
彼女に、届く音を鳴らしたい。
◆
その時。
スマホが震えた。
【澪】
『今日、
会える?』
◆
短いメッセージ。
それだけで、
少しだけ笑えた。
◆
カナタは空を見上げる。
青かった。
泣きたくなるくらい、
綺麗な夏空だった。
◆
そして。
カナタは静かに歩き出す。
過去ではなく。
“今”の方へ。




