第七十話『今の音』
雨が降っていた。
◆
窓を叩く雨音。
不機嫌そうな空。
カナタは自室で、
作曲作業をしていた。
◆
五線譜。
開いたノートPC。
散乱したコードメモ。
どのくらい経ったのか。
何時間経っても、
曲は完成していなかった。
◆
ギターを構える。
鳴らす。
違う。
止まる。
また弾く。
違う。
◆
「……っ」
苛立ち。
焦燥。
ノイズ。
頭の奥で、
色んな音が混ざっていた。
◆
ERROR。
REWRITE。
KERNEL。
UNDEFINED。
◆
404NOTFOUNDの残響が、
まだ身体の奥に残っている。
◆
「……違う」
カナタが小さく呟く。
◆
これは、
智樹の曲じゃない。
404NOTFOUNDの続きでもない。
◆
じゃあ。
自分は何を書く。
◆
窓の外で、
雷が鳴った。
◆
その時。
スマホが震える。
【澪】
『今、
起きてる?』
◆
数分後。
カナタは、
澪の部屋にいた。
◆
白いカーテン。
薄暗い部屋。
机の上には、
光を失った砂時計。
◆
澪はベッドへ座りながら、
小さく笑った。
◆
「……また曲、
出来てない顔してる」
「分かるのかよ」
「なんとなくね」
少しだけ笑い合う。
◆
でも。
その空気はどこか静けさを纏っていた。
この時間が少しずつ、
終わりへ近づいているみたいに。
◆
「……怖い?」
澪が小さく聞く。
カナタは少し黙る。
◆
「……分からないんだ」
「何書けばいいのか」
「何が正しいのか」
「世界戻したいのかも、
もうよく分かんねぇ」
その本音が、
静かな部屋へ落ちる。
◆
澪は黙って聞いていた。
◆
「智樹なら、
もっと上手くやれたのかもしれない」
その瞬間。
澪が少しだけ眉を寄せた。
◆
「……でもさ」
優しい声。
「今ここにいるの、
カナタだよ」
雨音。
遠くの雷。
白いカーテン。
◆
「智樹じゃなくて」
「404NOTFOUNDじゃなくて」
「今、
曲を書こうとしてるのはカナタだよ」
静かな言葉。
その一つ一つが、
胸へ深く響く。
◆
「……私は、
その曲が聴きたい」
澪が真っ直ぐこちらを見る。
灰青色の瞳。
少しだけ揺れる光。
◆
「世界を壊す曲じゃなくて」
「誰かを書き換える曲でもなくて」
「ちゃんと、
今を歌う曲」
その瞬間。
カナタの中で、
何かが静かに繋がった。
◆
ERRORでもない。
REWRITEでもない。
KERNELでもない。
UNDEFINEDでもない。
◆
これは。
自分の曲だ。
◆
カナタはゆっくり、
ギターへ手を伸ばす。
コードを鳴らす。
◆
シンプルな音だった。
初めて、
ノイズが混ざっていなかった気がした。
◆
澪が微笑む。
◆
「……うん」
「その音、
好きかも」
その言葉を聞いた瞬間。
カナタは初めて、
少しだけ前を向けた気がした。
◆
雨音の中。
新しい曲が、
静かに生まれ始めていた。




