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第六十八話『白石遥の後悔』



 雨が降っていた。


     ◆


 窓を叩く雨音。


 薄暗い部屋。


 モニターだけが、

 白く光っている。


     ◆


 遥は一人で、

 古い映像を見つめていた。


 404NOTFOUND。


 ライブ映像。


 まだ世界が壊れる前。


 全部が、

 戻れなくなる前。


     ◆


『遥ー!』


 画面の中で、

 ミカが大きく手を振る。


 カメラがぶれる。


『差し入れ買ってきた?』


『お前それしか言わねぇな』


 智樹が呆れながら笑う。


     ◆


 遥は静かに目を伏せた。


     ◆


 あの頃は、

 まだ普通だった。


 狭いライブハウス。


 機材トラブル。


 終電。


 バンドが売れない焦り。


 でも。


 確かに楽しかった。


     ◆


「……ほんと、

 馬鹿だったな」


 小さく呟く。


 誰に向けた言葉か、

 もう分からない。


     ◆


 映像が切り替わる。


【ERROR】


 観客の熱狂。


 会場の異常な一体感。


 バンドの実力以上の求心力。


     ◆


 最初は、

 ただのバズだと思っていた。


 でも違った。


     ◆


 ライブ後。


『……ひとり、

 お客さん、消えてない?』


 遥が呟く。


『始まる前数えて31人だったのに、

 終わった時30人しかいなかった』


 ライブ中の退出者は目立つからすぐわかる。


 その時、


 確実に一人の観客の存在が消えていた。


     ◆


 あの日のライブ以降、

 明らかに世界がおかしくなった。


     ◆


 楽曲の異様なバズり方。


 聴いた人間の存在が消える恐怖。


 “最初からそうだった”

という認識変化。


     ◆


 智樹は楽曲で世界をコントロールしようとした。


 "消える"のではなく"書き換える"


 そして"定義する"


 新曲を演奏する度に、

 世界の境界は壊れていった。


     ◆


 そして。


 遥も気づいてしまった。


     ◆


 ミカと智樹が。


 それを理解した上で、

 曲を書いている事に。


 それを危険な事だと止めるより、


 その方が確実だという事に。


     ◆


『……これが私』


 REWRITEを聴いたあの日。


 遥自身、"書き換え"られていたのかもしれない。


 バンドは更に聴かれるようになったが、


 "定義された"人々と世界は、


 彼らの好きだった音楽の意味を奪い始めていた。


     ◆


『無理だろ』


 掠れた声。


『もう、

 これしか方法はない』


     ◆


 ミカはソファへ寝転がりながら、

 天井を見ていた。


『ねぇ遥』


『私達さ』


『普通に消えると思う?』


 その言葉が、

 今でも耳に残っている。


     ◆


 遥は答えられなかった。


     ◆


 404NOTFOUNDは、

 最後の曲をドームで演奏した。


 それは、"定義しない世界"に戻る曲。


 でも同時に。


 大規模改変の"ズレ"は大きく、


 彼ら自身の存在は世界から少しずつ、

 零れ落ち始めていた。


     ◆


 ライブ映像。


 SNS。


 記録。


 全部が、

 少しずつ曖昧になる。


 世界の"ズレ"は、


 完全には元に戻らなかった。


     ◆


『忘れられる』


 その恐怖と、偶然手にした


 悪魔のような楽曲の力。


 智樹を、ミカを、

 さらに音楽の深淵へ追い込んでいった。


     ◆


 遥はゆっくり目を閉じる。


     ◆


「……止めるべきだった」


 静かな部屋。


 雨音。


 白いモニター光。


     ◆


「世界が壊れる前に」


「ミカが、

 レイになる前に」


「智樹が、

 永瀬カナタになる前に」


 でもその後悔は、

 もうどこにも届かない。


     ◆


 その時。


 スマホが震えた。


【永瀬カナタ】


 遥は少しだけ目を伏せる。


     ◆


 画面の向こうで。


 今度は、

 別の“今”が壊れようとしていた。


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