第六十七話『404の残響』
その映像は、
古いHDDの奥に残っていた。
◆
夕方。
白石遥の部屋。
薄暗い室内。
デスクの上には、
いくつもの古い記録媒体が並んでいた。
◆
「……本当は、
見せるつもりなかった」
遥が小さく呟く。
カナタと澪は、
無言で画面を見つめていた。
◆
ノイズ混じりの映像。
暗いライブハウス。
歓声。
ステージライト。
そして。
そこにいた。
◆
404NOTFOUND。
◆
ギターを構える智樹。
マイクを握る黒瀬ミカ。
ドラムセットへ座る直人。
◆
今まで断片でしか知らなかった存在が、
そこには確かに生きていた。
◆
『よっしゃ!いけるか智樹!』
『当然だろ。誰に言ってんの』
ミカが笑う。
その声を聞いた瞬間。
澪が小さく息を飲む。
◆
「……天音レイ?」
呟く。
遥は静かに首を横へ振った。
◆
「違う」
静かな声。
「これは、
黒瀬ミカ」
その名前が、
部屋の空気を少しだけ変えた。
◆
映像の中のミカは、
レイよりずっと感情的だった。
笑って。
叫んで。
おどけた仕草もしている。
◆
でも。
歌い始めた瞬間。
圧倒的なオーラを放ち、空気が変わった。
◆
ノイズ。
画面揺れ。
音飛び。
映像そのものが、
不安定になる。
◆
「……これは」
カナタが低く呟く。
遥は静かに頷いた。
◆
「感情共鳴現象」
「404NOTFOUNDの音楽は、
人の感情と世界そのものへ干渉していた」
夕暮れの光。
白いノイズ。
画面の向こうで、
ミカが笑っている。
◆
「最初は小さな違和感だった」
遥が続ける。
「記憶違い」
「認識ズレ」
「夢と現実の混線」
「でも」
そこで言葉が止まる。
◆
「ERROR以降、
世界は壊れ始めた」
その瞬間。
カナタの胸の奥で、
白いノイズが鳴った。
◆
「ERRORは、
存在を欠落させる曲だった」
遥の声は静かだった。
◆
「消失」
「存在の穴」
「世界から何かが抜け落ちる」
「それが最初の異変」
◆
映像が切り替わる。
ライブ。
歓声。
歪む照明。
そして。
次のタイトル。
◆
【REWRITE】
◆
「REWRITEは、
壊れた世界を上書きした」
「欠けた存在を、
別の形へ置き換える曲」
ノイズ。
白い砂嵐。
観客の歓声が歪む。
◆
【KERNEL】
◆
「KERNELは支配」
「“正常”そのものを書き換える」
「世界の定義を侵食した」
その言葉に。
澪が小さく目を伏せる。
◆
「……だから、
今の世界は」
遥が静かに頷く。
◆
「正常と異常の境界が、
もう曖昧になってる」
夕暮れ。
遠くで電車の音が鳴る。
◆
そして。
最後のタイトル。
◆
【UNDEFINED】
◆
その瞬間。
空気が変わった。
◆
「UNDEFINEDは――
解放」
遥が小さく言う。
◆
「存在」
「記憶」
「正常」
「世界」
「全部の定義を手放そうとした曲」
◆
映像の中。
智樹が床へ座り込んでいる。
ミカが壁へ寄りかかっていた。
◆
『……また増えた』
『世界、
ズレ始めてる』
◆
「……知ってたのか」
カナタが低く聞く。
遥は静かに頷く。
◆
「智樹もミカも、
途中から気づいてた」
「自分達の音楽が、
世界を壊し始めてるって」
沈黙。
遠くで電車の音が鳴る。
◆
「……なのに、
止めなかった」
遥は少し目を伏せた。
◆
「止められなかった」
静かな返答。
「私も、どこかで
自分を書き換えていたんだと思う」
その言葉が、
ひどく痛かった。
◆
映像の中。
ミカが笑う。
『ねぇ智樹』
『もし世界壊れてもさ』
ノイズ。
音飛び。
白い砂嵐。
◆
『――忘れられるより、
マシじゃない?』
その瞬間。
部屋の空気が凍った。
◆
カナタは言葉を失う。
澪も、
静かに画面を見つめていた。
◆
忘れられるくらいなら。
世界を壊してでも、
残りたかった。
◆
その感情を。
今のカナタは、
痛いほど理解できてしまった。




