第六十五話『世界の修正』
最初に気づいたのは、
写真だった。
◆
夏休み。
昼過ぎ。
カナタは自室で、
スマホを見ていた。
何気なく開いたアルバム。
海。
文化祭。
音楽室。
澪と過ごした時間。
◆
「……は?」
スクロールする指が止まる。
◆
海で撮った写真。
ひまりが笑っている。
後ろには青い空。
防波堤。
綺麗に撮れている。
なのに、
本来そこにいるはずの澪だけ、
白いノイズみたいに崩れていた。
◆
「……なんだよ、
これ」
動揺が隠せない。
次の写真。
文化祭。
ステージ。
ひまり。
自分。
また、
澪の輪郭だけが、
砂嵐みたいに滲んでいる。
◆
胸の奥が、
嫌な音を立てる。
呼吸が浅くなる。
◆
「……ふざけんなよ」
スクロールする。
次。
また次。
全部。
澪だけがおかしい。
◆
その時。
スマホが震えた。
【ひまり】
『先輩、
今電話できますか』
◆
数分後。
通話越しのひまりの声は、
少し震えていた。
『……写真、
変じゃないですか』
ひまりの声に、
カナタの心臓がドキッとなる。
◆
「……お前も?」
『はい……』
ひまりが小さく息を飲む。
『朝霧先輩のところだけ、
変にノイズ入ってるみたいで』
◆
沈黙。
蝉の声だけが、
遠く聞こえる。
◆
『……わたし、怖いです』
ひまりの声。
『なんか、
本当に消えちゃいそうで』
その言葉が、
胸へ深く刺さる。
◆
「……消えねぇよ」
カナタが低く言う。
でも。
その言葉に、
自信も根拠も無かった。
◆
夕方。
カナタは学校へ向かった。
誰もいない教室。
夕暮れ。
静かな机。
◆
澪の席を見る。
そこに。
一瞬だけ、
強い違和感が走った。
◆
「……あれ」
何かがおかしい。
でも。
上手く言葉に出来ない。
◆
出席表。
壁に貼られた座席表。
そこには確かに、
朝霧澪の名前がある。
なのに。
視線を外すと、
一瞬だけ存在感が薄れる。
◆
まるで。
世界そのものが、
“朝霧澪”を認識しきれなくなっているみたいだった。
◆
「……っ」
カナタが拳を握る。
嫌な汗が滲む。
◆
その時。
背後で声がした。
「始まったみたいね」
◆
振り向く。
白石遥だった。
◆
夕暮れの教室。
逆光。
遥は静かに、
澪の席を見つめていた。
◆
「世界の修正」
静かな声。
「ズレた存在を、
世界が消そうとしてる」
カナタの喉が鳴る。
◆
「……止められないのかよ」
遥は数秒黙る。
それから。
「本来なら、
もうとっくに消えてるはずだった」
その言葉が、
残酷なくらい静かに響く。
◆
「レイが消えた時点で、
均衡は崩れてた」
「今の彼女は、
かなり不安定な状態」
夕暮れの光。
白いノイズ。
遠くで電車の音が鳴る。
◆
「……じゃあ、
どうすればいい」
カナタが低く聞く。
遥は静かに目を伏せた。
◆
「――“今”を、
選ぶしかない」
その言葉の意味を。
この時のカナタは、
まだ理解できなかった。




