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第六十三話『残響』



 砂時計の光が止まった翌日。


 澪は学校へ来なかった。


     ◆


 夏休みに入った校舎は静かだった。


 部活の音。


 遠くの吹奏楽。


 蝉の声。


 世界は何も変わっていないのに。


 カナタの中だけ、

 ずっと嫌な予感が渦巻いていた。


     ◆


「……連絡、

 返ってこないんですか」


 音楽室。


 ひまりが不安そうに聞く。


 カナタはスマホ画面を見る。


【既読なし】


 短いメッセージだけが、

 静かに残っていた。


     ◆


「……寝てるだけならいいけど」


 その言葉は、

 自分に言い聞かせているみたいだった。


     ◆


 夕方。


 カナタは澪の家へ向かった。


 見慣れた坂道。


 静かな住宅街。


 あと少しだ。


 澪の部屋に近づくほど、

 胸の奥がざわついていく。


     ◆


 インターホンを押す。


 返事はない。


 もう一度押す。


 静寂。


     ◆


「……朝霧」


 小さく名前を呼ぶ。


 その時。


 玄関のドアが、

 少しだけ開いている事に気づいた。


     ◆


 嫌な予感がした。


 心の奥がざわつく。


     ◆


「……入るぞ」


 返事はない。


 カナタはゆっくりドアを開けた。


     ◆


 静かな部屋。


 カーテンが揺れている。


 窓が少し開いていた。


 机の上。


 飲みかけのシュワシュワサイダー。


 半分残ったまま、

 炭酸はもう抜けていた。


     ◆


「……朝霧?」


 声が少し震える。


 返事は…ない。


     ◆


 リビング。


 キッチン。


 誰もいない。


 生活の痕跡だけは、

 ちゃんと残っていた。


     ◆


 再度見渡すと、


 机の上には、

 一冊のノートがあった。


     ◆


 カナタはゆっくり近づく。


 見覚えのある字。


 澪の文字だった。


     ◆


『もし、

 私が消えても』


 その瞬間。


 呼吸が止まる。


     ◆


『ちゃんと、

 カナタは生きてね』


 白いノイズ。


 頭の奥が揺れる。


     ◆


『音楽、

 続けてね』


『カナタの曲、

 大好きだから』


 文字が滲む。


 視界がうまく合わない。


     ◆


「……やめろよ」


 何とか感情を抑えつけようとする。


「こんなのって……」


 指先が震える。


     ◆


 その時。


 部屋の奥から、

 小さな物音がした。


     ◆


 カナタは顔を上げる。


「……朝霧?」


 急いで奥の部屋へ向かう。


 ドアを開ける。


     ◆


 夕暮れの光。


 白いカーテン。


 ベッド。


 そして。


 澪が眠っていた。


     ◆


「……っ」


 カナタの身体から、

 一気に力が抜ける。


     ◆


 眠っているだけ。


 ちゃんといる。


 消えてない。


 その事実だけで、

 涙が出そうになる。


     ◆


 カナタはゆっくりベッドの傍へ座った。


 澪の呼吸は浅い。


 でも。


 ちゃんと温度があった。


     ◆


「……心配…

 かけんなよ」


 小さく呟く。


 その時。


 澪の瞼が、

 ゆっくり開いた。


     ◆


「……カナタ?」


 ぼんやりした瞳でゆっくり起き上がる。


 その声を聞いた瞬間。


 カナタは思わず、澪を抱きしめる。


 細く華奢な肩。


 壊さないように、そっと。


 それでも、離れないように。


 強く。


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