第五十四話『同じ景色』
知らない景色を、
知っていた。
◆
夢を見た。
夕暮れの歩道橋。
オレンジ色の空。
遠くの踏切。
ギターケースを背負った誰かが笑っている。
『智樹ー!
早く!』
声がして、振り向いた。
黒瀬ミカだ。
風に髪を揺らしながら、
こちらへ笑っていた。
◆
その瞬間。
胸の奥が、
妙に熱くなる。
懐かしい。
なのに。
知らない。
◆
「……っ」
カナタは飛び起きた。
朝。
汗ばんだシャツ。
窓の外では、
蝉が鳴いている。
◆
「……なんだよ、
これ」
思わず呟く。
夢にしては、
感覚が生々しすぎた。
夕陽の色。
風の温度。
ミカの声。
何もかも現実みたいだった。
◆
昼休み。
屋上前。
最近、
三人の居場所になっている階段。
ひまりがジュースを飲みながら、
カナタを見る。
「……先輩、
今日顔死んでます」
「最近ずっと死んでる」
「それはそうですけど」
ひまりが苦笑する。
◆
「……また、
記憶?」
澪が静かに聞く。
カナタは少し黙る。
それから。
「……知らない景色を見た」
風が吹く。
白い空。
澪の表情が、
少しだけ硬くなる。
◆
「歩道橋」
「夕焼け」
「踏切」
「あと……
ミカがいた」
その瞬間。
澪の指先が、
小さく止まった。
◆
「……それ、
本当に夢?」
小さな声。
「分かんねぇ」
カナタが頭を掻く。
「でも妙なんだよ」
「初めて見る景色なのに、
懐かしい」
その感覚だけ、
ひどくリアルだった。
◆
放課後。
カナタは一人で歩いていた。
理由はない。
ただ。
夢の景色が頭から離れなかった。
◆
夕暮れの駅前。
知らない道。
細い坂。
古い自販機の前を通り過ぎる…
その瞬間。
カナタの足が止まる。
◆
「……は」
歩道橋。
オレンジ色の空。
遠くの踏切。
夢で見た景色と、
全く同じだった。
◆
風が吹く。
胸の奥で、
白いノイズが鳴る。
知らない。
来た事なんてない。
なのに。
記憶の外の無意識だけが、
ここを知っていた。
◆
『智樹ー!
早く!』
頭の奥で、
ミカの笑い声が蘇る。
「っ……!」
頭痛。
視界が揺れる。
◆
その時。
「……やっぱり」
聞いた事のある声に振り向く。
そこには、
白石遥が立っていた。
◆
夕陽に染まる横顔。
遥は歩道橋を見上げながら、
小さく言った。
「ここは、
404NOTFOUNDがよく来てた場所」
カナタが一瞬息を止める。
◆
「……なんで、
俺」
うまく言葉にならない。
遥は数秒黙る。
それから。
「記憶じゃないから」
静かな返答。
「もっと深いところに残ってる」
風が吹く。
踏切の警報音が遠くで鳴る。
◆
「人は、
全部忘れても」
遥が小さく続ける。
「感情だけは、
残る事がある」
その言葉が。
カナタの胸の奥へ、
ゆっくり沈んでいった。




