第四十九話 『No Signal』
Kのアカウントが更新されたのは、
深夜四時だった。
◆
【No Signal】
タイトルだけの投稿。
ジャケット画像もない。
告知もない。
ただ。
音源ファイルだけが、
静かにアップされていた。
◆
その頃。
カナタは一人、
部屋の床へ座っていた。
カーテンは開いたまま。
白くなり始めた空。
机の上。
飲みかけのシュワシュワサイダー。
もう炭酸は抜けている。
◆
スマホ画面。
【アップロード完了】
その文字を見ても、
何も感じなかった。
達成感も。
期待も。
何も無い。
◆
「……何やってんだろ」
小さく呟く。
でも。
投稿しないと、
本当に全部消えてしまう気がした。
レイも。
悠真も。
あの日の音も。
全部。
◆
イヤホンを耳へ入れる。
No Signal。
歌うようなギター。
余白と余韻が共存したサウンド。
呼吸みたいなノイズ。
そして。
自分自身の声。
『午前四時
光らない画面を見ていた』
◆
その瞬間。
胸の奥が、
少しだけ疼くような感覚がした。
◆
翌朝。
学校。
まだ誰も、
Kの正体は知らない。
ただ、
No Signalだけが、
異様な速度で拡散し始めていた。
◆
『なんか苦しくなる』
『泣きそう』
『誰かを思い出しそうになる』
『深夜に聴くと危ない』
『何か忘れてる気がする』
コメント欄。
SNS。
感情だけが、
静かに広がっていく。
◆
Blue Noiseとは違う。
暴走じゃない。
熱狂でもない。
それは、
もっと静かに危険だった。
◆
昼休み。
屋上前。
カナタはスマホ画面を閉じる。
隣には澪。
最近、
二人でいる時間が少し増えていた。
◆
「……聴いた?」
カナタが小さく聞く。
澪は少し黙る。
それから。
「……三回」
小さな返答。
「どうだった」
柔らかい風が吹く。
澪は少しだけ空を見る。
◆
「……寂しい曲」
静かな声。
「世界が終わる音じゃなくて」
「誰かがいなくなった後の音」
その言葉が、
胸へ刺さる。
「でも、素敵な曲」
◆
「……そっか」
カナタが小さく笑う。
澪はその横顔を見る。
少し疲れてるような
それでいて、
どこか優しい顔だった。
◆
「……でも危ない」
澪が小さく続ける。
「この曲」
「え?」
「喪失感が、
同期してる」
空気が静まる。
◆
「今、
世界中で」
「“誰かを失った感情”だけが、
静かに繋がり始めてる」
白い空。
風。
そして。
カナタの胸の奥で、
小さなノイズが鳴る。
◆
その時。
階段下から、
バタバタと足音が響く。
「先輩!!」
ひまりだった。
息を切らしている。
◆
「……No Signal」
ひまりが、
少し怒ったみたいに言う。
「なんですかあれ」
「……え」
「ずるいです」
カナタが目を瞬かせる。
ひまりは少し俯く。
◆
「あんな曲聴いたら、
会いたくなるじゃないですか」
小さな声。
その瞬間。
澪の表情が、
ほんの少しだけ揺れた。
◆
風が吹く。
三人の沈黙。
その中で。
カナタだけが、
胸の奥の違和感を見つめていた。
No Signal。
本当は。
誰へ向けて作った曲なのか。
まだ、
自分でも分かっていなかった。




