第四十七話 『砂時計』
澪の部屋へ入るのは、
二回目だった。
◆
静かな部屋。
白いカーテン。
小さな本棚。
机の上には、
読みかけの文庫本と炭酸の缶。
以前と変わらないはずなのに。
今日は妙に空気が冷たかった。
◆
「……適当に座って」
澪が小さく言う。
カナタは床へ置かれたクッションへ腰を下ろした。
外は雨。
窓ガラスへ、
静かに水滴が流れていく。
◆
「……ひまりは?」
「今日はバイト」
澪はそう言いながら、
キッチンへ向かう。
冷蔵庫を開ける音。
炭酸の缶。
プシュッ。
最近、
この音を聞くと少し安心する自分がいた。
◆
「はい」
澪が缶を差し出す。
【シュワシュワサイダー】
カナタは小さく笑った。
「毎回これだな」
「……変わらないから」
静かな返答。
その言葉が、
妙に胸へ残った。
◆
少しの沈黙。
雨音。
炭酸の泡。
その静かな時間が、
なんだか心地よかった。
◆
「……なぁ」
カナタが小さく言う。
「世界線って、
本当にあると思う?」
澪は缶を持ったまま、
少し考える。
「……あるよ」
「私は、
何回も見てるから」
その声は、
少し沈んでいた。
◆
「何回も?」
カナタが眉を寄せる。
澪は数秒黙る。
それから。
「……見せる」
小さく呟いた。
◆
澪は部屋の奥へ歩いていく。
ベッド横。
棚の下。
そこから、
小さな箱を取り出した。
白い箱。
古びた金具。
そして。
中に入っていたのは、
一つの砂時計だった。
◆
「……これ」
カナタが小さく呟く。
透明なガラス。
中の砂は、
淡く青白く光っていた。
とても綺麗だが、普通じゃない。
砂が、下へ落ちていない。
途中で止まっている。
◆
「……何これ」
「世界線観測装置」
澪が静かに言う。
「Revisionが使ってる」
空気が静まる。
青白い光だけが、
部屋を淡く照らしていた。
◆
「世界が安定してる時は、
普通に落ちる」
澪が砂時計を見る。
「でも今は、
止まってる」
「なんで」
澪は少しだけ目を伏せる。
「……世界が揺れてるから」
静かな声。
「本来消えたはずの記憶とか、
存在とか、
まだ残ってる」
カナタの頭へ、
レイの笑顔が浮かぶ。
◆
「……それって」
「もうすぐ限界って事」
澪の返答は静かだった。
でも。
その声には、
確かな恐怖が混ざっていた。
◆
その時。
ピシッ。
小さな音。
カナタが顔を上げる。
砂時計。
ガラス表面へ、
細いヒビが入っていた。
「……っ」
澪の表情が強張る。
◆
次の瞬間。
ブツッ。
カナタの視界へ、
別の景色が流れ込む。
白い病室。
知らない天井。
窓際。
制服姿の澪。
でも。
今より少し幼い。
『……また、
失敗した』
知らない声。
でも。
澪の声だった。
◆
「っ……!」
視界が戻る。
呼吸が乱れる。
澪がこちらを見ていた。
灰青色の瞳。
その表情は、
ひどく苦しそうだった。
◆
「……今、
何見たの」
小さな声。
カナタは答えられない。
病室。
泣きそうな澪。
そして。
“また”
という言葉。
◆
「……なあ、朝霧」
カナタが小さく呼ぶ。
でも。
澪はゆっくり目を逸らした。
「……まだ、
知らなくていい」
その瞬間。
砂時計の光が、
一瞬だけ大きく揺れた。




